――人は何故、戦ばかりするのじゃ?



 馬を駆りながら、は独り言を零した。
 彼女は巫女――本来戦とは縁のない娘。
 だが、自分の住む地を荒らされるのを黙って見過ごす事は出来ない。
 しかも、此度は気心が知れている人が前線に立っているという。

 ならば――



 彼の人の安否を気遣いながら、は再び馬の腹を蹴った。










 祈る巫女、援軍に立つ。










 近いようで遠い過去――

 坂戸城近くの雲洞庵に、新しい仲間が加わった。
 名は与六、あの坂戸城の息子の小姓として仕える事となった子供らしい。
 が父の手引きでこの雲洞庵で学ぶようになってから一年程過ぎた頃の事である。



 「すまんがちょっと与六を探して来てくれんか」

 一刻前、先生から頼まれたは、庭をぶらぶらと歩いていた。
 その様子は、誰かや何かを探している感じではない。
 仲間に加わった早々、脱走の常習犯となっている与六を探すなど無駄だとは思う。
 それでも探しに出るのは、これを口実に勉強から解放されるという不純な動機からであった。

 何時もはろくに探しもせず、「居らんかったのじゃ」と報告するだけなのだが――
 今回は少々勝手が違っていた。
 自身も気に入っている大きな木の上。
 そこに、彼――与六が居たのだ。

 は直ぐに小袖の裾を捲くり上げ、器用に大木に登る。
 そして少しの遠慮もなく与六の傍に座ると
 「何をしておるのじゃ、与六?」
 屈託のない笑みを彼に向けた。



 程なく、二人は友達になった。
 お互いにとって、この短い間の会話は他のどんな時間よりも楽しいものだったらしい。
 そして話は次第にお互いの生い立ちにまで及ぶ。



 「は巫女だろ? 何故ここで勉強しているんだ?」
 「父上が世の中の事もよく見ておけ、と言うのじゃ………妾は神社で術の練習をしていた方が楽しいのに」
 「術?」
 「うん! ほら与六、よく見ておれ」

 はこう言うと、懐から数枚の札を出して手のひらに乗せる。
 そして、ぼそぼそと呪文のような言葉を唱えると――



 びゅおっ!!!



 手のひらから起こった風が、札を花びらのように舞い上がらせた。

 「うわっ!」
 「どうじゃ与六、これが妾の練習してる術じゃ」
 「凄い、凄いよ! もっと見せてくれ!」

 の出した術に与六は驚き、歓喜に目を輝かせる。
 巫女の中に幼くして強大な『力』を持つ者が居ると噂で広まっていたが、それがまさかだったとは思わなかったのだろう。

 与六の様子にはすっかり上機嫌だ。
 もっと見たい、との言葉には何度も術を披露する。
 そして――

 「本当に凄いな、は。 なぁ、それどうやってやるんだ?」
 「ふむ、これは生半可な鍛錬では身に付かないのじゃ。 まずはな――」



 きっかけは些細な事だった。
 何の気なしに披露した術に大きく興味を持った与六。
 その楽しげに光る羨望の眼差しに、は何時の間にか術の指南を始めていた。



 小さな師匠と、更に小さな弟子。
 この関係は、与六が元服した後に『直江兼続』と名乗るようになってからも長い間続いた。













 「………無事でおってたも………」

 は馬を駆りながら独り言を零した。
 此度の戦は我々の住む地から程近い場所。
 戦火が広まれば、城下の治安も危うくなる。
 そうなっては神社で暢気に祝詞を唱えるところではなくなる、と父がを呼んだ。
 幼少の頃より鍛えられた弓と術を持って援軍に駆けつけろ、との事である。

 本来戦とは縁がないと思われる巫女だが、これまで幾度も城下の街を護って来た。
 祈るだけが巫女の力ではない、と己の力を誇示するかのように。
 しかし、此度の戦は少々勝手が違う。
 この地を護るべく戦ってくれている人物の中に、彼が居るのだ。



 思い返してみれば、彼とはもう長い付き合いになる。
 幼馴染みと言えば聞こえはいいが、その実は師匠と弟子の関係。
 しかし相手はどう思っているかは解らないが、にとっては今も変わらず友達………なのだ。
 その彼が、今は武士として何者かと戦っている。
 はその事実に誇りを感じつつも相手の身を何時も案じていた。





 あれこれ考えている間に、周りを取り囲む空気が変わって来た。
 鼻腔をくすぐる臭いに、血生臭いものが混じる。
 近いな、とは背中に携えている弓に手を掛けて木陰から様子を覗った。
 すると――



 ぶぉんっ!!!!!



 「――の住む地を荒らす者はこの愛と義をもって成敗するっ!!!!!」

 遠くから術の気配がしたと思えば、よく知っている人の声が木霊する。
 相変わらず恥ずかしい台詞を声高らかに叫ぶ男――直江兼続だ。
 仕える者の影響だか何だか、彼は何時しか義や愛を頻繁に語るようになった。
 は彼が強い意志を持つ事を喜ばしく感じていたのだが、流石に連呼されるとこちらが恥ずかしくなる。

 よく見ると、どうやらこちらが優勢らしい。
 兼続の勢いに同調した味方の兵たちも意気盛んに得物を振るっている。

 「よし、妾も行くかの」

 は弓を構えると、そのままの状態で馬の腹を蹴った。



 しかし――





 が意気揚々とその場に着くと、勝負はほぼついてしまっていた。
 敵兵の殆どが地に斃れ、残った者もすっかり意気消沈している。
 そして、その中心に立つ兼続が剣を天高く突き上げて口を開いた。



 「戦う意思のない者は立ち去るのだ! 直江兼続が居る限り、この地は愛と義によって護られるであろう!」

 「………恥ずかしげもなく、よく言えるの………与六」



 逃げていく残党に目もくれず、兼続に歩み寄る
 だがその姿は、これ以上ない程の不機嫌さを纏っている。
 完全なふくれっ面を見せるに気付いた兼続は、何故彼女が不機嫌なのかがさっぱり解らなかった。

 「………来てくれて嬉しいぞ! 待っていた!」
 「待っていた、じゃないわ!」
 「??? しかし大丈夫だ、もう戦は終わった………私も無事だ、心配はないぞ」
 「そういう問題ではないのじゃ!」



 兼続が笑顔で語って来るが、それでもの不機嫌さは治まらない。
 腕を組み、頬を膨らませたままそっぽを向く
 それを見て、不得要領としながらも兼続は僅かに笑う。
 その辺は昔と変わらずに可愛いものだ、と思いながら。

 「………どうした、? 言ってくれなければ解らぬだろう」

 しかし、久し振りに見せるふくれっ面を何時までも堪能しているわけにはいかない。
 兼続はそっぽを向くの前に回りこみ、駄々っ子を宥めるように問う。
 すると――



 「………与六は酷いのじゃ」

 「………え!?」

 「妾が来る前に殆ど片付けてしもた………折角妾が与六のために駆けつけたというのに」



 自身の口から、不機嫌の真相が語られた。

 此度は、兼続に対する初めての援軍。
 漸く術の師匠ではなく、戦地で己の武を振るう兼続のために戦えると思っていたのに――



 「妾も、そなたと戦いたかったのじゃ」
 「いや、あの、それは………そなたが少しでも危険な目に遭わないようにだな――」
 「そんな気遣いは無用じゃ! 妾は少しでもとっておいて欲しかったのじゃ!」

 何とも可愛らしい我侭である。
 兼続の無事を案じつつも、援軍に駆けつけるまで兵をとっておけと云う。
 共に戦いたかった、というの言葉に兼続は痛く感動したらしい。
 その心のままにを両腕に強く拘束すると、今にも涙を流しそうな勢いで大きな声を上げた。



 「おぉ愛い奴だっ!!! そなたの義と愛、この兼続がしかと受け止めた!」
 「くっ、苦しい………離せ与六! は、は、恥ずかしいのじゃ!」
 「私と共に戦いたいなど………そなたは女の鑑だ! 私は今猛烈に感動している!」

 「少しは妾の話を聞けぇぇぇぇいっ!!!!」







 一時の後――

 煩い程に感動する兼続に根負けしたのか、漸くは落ち着いた。
 戦後の処理を待ち、揃って帰路に着く二人。
 その顔には、複雑ながらも何処か清々しいものが感じられる。

 「よかったな、此度も我らの義と愛でこの地は護られたぞ」
 「(義と愛、は余計じゃ)………妾は少々不本意じゃがな。 でも、与六が無事じゃったからの、これでおあいこじゃ」
 「っ! 何度も言うようだが、それはそなたに危険な事を――」
 「解っておるわ。 だから遅くなった妾自身に腹が立ったのじゃ」



 そう、本当は解っていた。
 自分が援軍に駆けつけるとの報が届いた際、兼続はきっとこう思ったに違いない。

 これで苦戦していてはに合わせる顔がない、と。

 それはが己の師匠だからなのか、他の気持ちがあるからなのかは確かめる気はない。
 しかし、そんな彼の心意気が此度の完勝に繋がったのだろう。
 そういう意味では援軍の意味はあったの、とは人知れず顔を綻ばせた。



 その心の片隅に生まれた、たったひとつのささやかな祈りを込めながら――










 「しかし………強くなったの、与六」
 「っ! もうその名で呼ぶな、と何度も言っているだろう」
 「あはははは! まぁそんな固い事を言うな与六。 妾にとってのそなたは何時までも与六のままなのじゃ」
 「………幾らでも子ども扱いをするのは許さんぞ!」

 「………子供扱いではない。 妾は変わらないで欲しいと思っているだけじゃ」



 その優しさも。
 影響を受けやすくて素直なところも。
 そして――



 「何時までも妾と………」
 「………」







 戦火が二人を引き離そうとも――



      ――どうかこの関係が、変わらずに続きますように――










 劇終。


 ↓ここからはおまけ(タネ明かし)です。 反転してどうぞ。
 (夢のままで終わりにしたい方はご遠慮ください)


 ――お疲れさん、。 どうだったかな、今回の話は?

 「何だか腑に落ちないのじゃ………妾も戦いたかったのに」

 ――す、すまん(汗)。 これは情報屋が前にくれたネタでな………

 「言い訳は無用じゃ。 やっと話の中で弓が使えると…(ぶつぶつ)」

 ――アンタがここまで根に持つとは思わなんだよ(汗)。 と、とりあえず任務は達成したからな。

「………次もこんな感じだったらただでは済まんぞ(ギロリ)」

 ――あぁごめんなさいぃぃぃ!! もう不完全燃焼しないから弓を下ろしてぇぇっ!!!



 本当の終わり。



 アトガキ
 相変わらず暖かい拍手をありがとうございます。
 此度はシリーズ『筆者の秘密指令!?』第6弾!
 これで上半期コンプリートですwww

 ………ホント、ギリギリ間に合ってよかった orz

 此度のお話は如何でしたか?
 指令内容は『幼馴染みの援軍に駆けつけてくれ』。
 しかし、結末はこんな感じで…いろんな意味でのサプライズになったのではないかなと。

 ギリギリの作成だったので、今後ちょいと弄る可能性はあると思いますが………(汗
 
少しでも愉しんでくだされば幸いです。

 さぁ、次は誰が生贄になるのか――
 それは来月まで(もう直ぐ来ますが;;)のお楽しみ、と言う事でv


 あなたが押してくれた拍手に、心から感謝いたします。



 2010.09.30 御巫飛鳥 拝



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