『住めば都』 という言葉がある。
この世界に来て、どれだけの時が流れたんだろう?
はじめは不安や疑問ばかりでどうしようもなかった。
それが、何時の間にか――
この世に楽園なんて存在しない…だけど
― 後編 1 ―
「こんのぉー! 食らえ、私の剣撃っ!!!」
の叫び声と共に剣の一撃が敵兵へと繰り出される。
一見、直ぐにでも避けられそうな軽い剣撃だったが――
「んぐわっ! …コイツ、なんて強さだ………」
さっくりと斬られ、憎まれ口に似た呻き声を吐きつつ地へと倒れる敵軍団長の身体。
それを見ては勝ち誇ったようにふふん、と鼻を鳴らす。
「やたらめったら斬りかかって来るからそうなるんだよ! 一昨日来やがれっ!」
毎回、口癖のように吐かれるこの台詞――
「一昨日来い」とは、どういう事なのかはいまいち解らないが…恐らく「敵将、討ち取ったり!」と同義語なのだろう。
何時もの言葉を近くで聞いていた陸遜は、如何にも理解できないといった様子でに声をかける。
「殿。 …貴女、近頃戦を楽しんでいませんか?」
「うん! それなりにねっ!」
「それなり、ですか………私には『かなり』楽しんでいるようにしか見えないのですが」
「ん? あぁ…それは間違いなく気のせいだわ」
「………見事に言い切りましたね、」
お構いなしといった感じで受け答えするに、負けたと言わんがばかりにがっくりと肩を落とす陸遜。
刹那、その心の中でふつふつと悔しさが沸き起こる。
――こいつ、何時か燃やしてやる、と。
しかし、その心中を察したのか…陸遜の許嫁であるが彼の握り締められた拳を自分の手で包み込む。
「いけませんわ、陸遜様。 さんも漸く戦の仕方が解って来たのでしょう」
「しかし、…私はっ――」
「悔しいお気持ちも解りますが…ここで感情を露にするのは芳しくありませんわ、陸遜様」
貴方は軍師なのですから、とやんわりした笑顔を向けつつあっさりと言い放つ。
ここまで言われてしまっては流石の陸遜もぐぅの音も出ない。
やり場のない悔しさを心の奥に無理矢理押し込め、少々歪んだ顔を上げると
「ありがとうございます、。 …やはり貴女が居てくれてよかった」
人目を憚らず、の肩をぐっと引き寄せた。
人を殺めた、という実感がないからなのか――
近頃、の様子が違う事に近くに居る面々は逸早く感付いていた。
我が軍――孫呉――に来た時から、彼女は持ち前の明るさでこの戦中心の世を乗り越えて来た。
しかし、今の彼女を見ていると………『明るい』だけでは済まされないような気がする。
――前にも増して、はっちゃけているのだ。
何が彼女をそうさせているのか?
それは次の瞬間、簡単に明らかとなった――
「、ここから先は特に危ない。 陸遜やと共に進軍せよ。 …くれぐれも慎重にな」
「………権! 来てたの!?」
今迄敵兵に向けていた形相を一気にはち切れんばかりの笑顔に変え…とてて、と声の主に駆け寄る。
孫権は、その様子に少々苦笑を浮かべながらも、己の胸に飛び込んで来る身体をしっかりと受け止めた。
「今しがた到着したのだ。 ………出陣前にも言っただろう、あまり私に心配をかけるな」
「ごめん――」
先程までの勇ましさは何処へやら、は孫権の説教じみた言葉で少々しょぼくれる。
この世界に来てからの戦、始めは苦戦の連続だった。
敵を斬るだけの強さは何故か備わっていたが、肝心の戦術には流石に疎い。
当然、足手纏いになる。
しかし、ここ孫呉の君主――孫権――は間もなく恋仲になったを護衛として傍に置き、成長を見守ってくれた。
その優しさや器の大きさに応えたい――
その想いが、今の彼女をここまで成長させたと言っても過言ではないだろう。
「――でもね、今私がここまでやれるのは貴方が居るからだよ、権」
刹那、小さく零した言葉で孫権の腕に力がこもる。
「あぁ、解っている。 だからこそ心配になるのだ」
「――ん。 これから気をつける…程ほどに」
の口から出た言葉に、その場に居る誰もが
「程ほどに、っておま!」
………と、ツッコミたくなったが――
逆上したは始末に終えない、と解っている故…実際に口に出せる者は居なかった――
孫呉の天下は最早時間の問題だった。
劉備率いる蜀は、劉備及び諸葛亮が亡き後瞬く間に崩れた。
そして、曹魏も――
「…さん、準備はよろしいですか? 後は手筈通りに…ですわね」
「うん! 合点承知、だよ!」
の呼びかけにまたしても理解不能の答えを返す。
ここは、敵本陣の目の前。
固く閉ざされた門の向こうには魏の君主が仏頂面を引っさげて居る事だろう。
全ては、陸遜の策のままに――
との軍が待機する場所の少し手前――その場は敵味方が犇めき合うまさに乱戦となっていた。
敵軍の連中は、次から次へと現れる伏兵のあまりの多さに辟易している。
それこそが、陸遜の策だった。
敵本陣から程よく離れた場で乱戦を繰り広げ、そのどさくさに紛れて女性のみの軍が違う道を通り、本陣へと迫る――
この賭けのような策は、皆が思うよりも簡単に成功した。
敵兵に気付かれる事なく、本陣へと歩を進める精鋭達。
女達の瞳には…男にも負けず劣らず、闘志の炎が燃え盛っていた――
「みんな、火矢の準備はいい? 私が合図をしたら一斉に射掛けるんだよ」
の指示に、控えていた女戦士達が頼もしく頷く。
預かった兵は弓兵ではなかったが…の頭の中にはある一つの思惑があった。
陸遜でさえも、思いつかないだろう策が――
「じゃ、一足早く行くわよ…」
「…貴女なら必ず成功いたしますわ、さん」
今や自分の片腕とまで言われるようになった連の背中に、の言葉が優しく届いた。
その一言を更なる力にして――
今、の渾身の策が動き始めた――
「ねぇねぇ。 ここに…魏軍?の君主さんが居るんだよね?」
「…むむ、何奴!?」
「まぁまぁ…そんな顔しなさんなって。 私はただ――」
は向こうの世界に居る頃のような軽い調子で門兵長に歩み寄る。
刹那――
「――私はただ、この軍を乗っ取りたいだけよ!」
檄の如く上げたの声と共に、敵本陣へと降り注がれる無数の火矢。
それは何かを目がけて、というものではなく…無差別と言わんがばかりに本陣の門やら建物やら――
「うわっちち! コイツ、何しやがるっ!」
――女達の勢いに圧され、背を向ける敵兵の尻にまで及んでいた。
「何しやがるって…乗っ取りに決まってんじゃん」
炎により崩れた門の間に身を躍らせると、は水を求めてのた打ち回っている敵兵に向けて剣の一撃を与えた。
倒れ行く身体を踏み台にするようにひょいっと身を翻し、迫り来る刃を難なく避ける。
そして――
「みんなでやれば火遊びも怖くない、ってね!」
追って本陣へと足を踏み入れるに笑顔を向けた――
「――まさか、貴女があのような動きをするとは思いませんでした」
むすっとした表情で陸遜が溜息と共に言葉を吐いた。
これは、彼なりの賛辞なのだろう。
しかし、はその言葉に間髪入れずに切り返す。
「正直に言っていいんだよ、陸遜。 『何処から来たか解らないようなヤツにお株を奪われて悔しい』ってね」
「あっ…貴女って人は――」
「無闇に女性へ手を上げてはいけませんわ、陸遜様。 もう戦は終わりました」
の諭すような言葉に、苦虫を噛み潰したような顔をする陸遜。
そして、振り上げた拳を所在なさげにゆっくりと下ろしていく様を優しい瞳で見つめる。
そんな彼らのやり取りをを見ながら、は心から満足そうに笑った。
刹那――
――コードナンバー1000359、。
お疲れ様でした。 あなたのミッションはこれでクリアと見なされました――
「………は?」
突如、天から降り注ぐ声に素っ頓狂な声を上げる。
わけも解らずにただただ小首を傾げる。
それは周りに居る面々も同じだった。
しかし、戸惑う一同にお構いなしで天からの声は更に続く。
――これから、あなたを再び元の世界へと転送します。
まさか、この世界に馴染み過ぎて………契約を忘れたとは言わせませんよ――
『転送』という聞いた事もない単語を話す天の声に更にざわつく他の面々。
だが、当のから出た言葉は………その場を一瞬にして笑いの渦へと引き込んだ。
「………あ、すっかり忘れてた!」
解説しよう!
――契約――
それは、が『とある企業』から買ったものだった。
の居る世界で今や大ブームとなっている『仮想現実チップ』。
脳の一部に埋め込む事によってあらゆる映画やゲームの世界を現実と変わらずに体験出来る。
チップを購入し…脳に埋め込まれた瞬間、その人物と『企業』との間に契約が生まれ、そして――
『映画ならエンディング、ゲームならミッションのクリア』
それを果たした時が、再び元の世界に戻る『契約の終わり』なのだ――
「そっか、そうだよね………私、元々はここの人間じゃないんだもんね」
ぽつり呟いたの瞳に一粒、光るものが見えた。
解らないまま…というか忘れたまま、この世界に来て――
最初、こんな世界に楽園なんて存在しないと思っていた。
だけど………
かけがえない相棒と、頼もしい(一部煩い)仲間、そして………愛する人に出会った。
そして、戦う事…ううん、頑張る事の楽しさを教わった。
何時しか、私の中で大事になっていたもの。
それが――
全て『仮想』だと言うの!?
の心の叫びに天の声は逡巡したが、一時の後再び声をこの世界に響かせた。
――あなたに、選択の余地を与えましょう。
あなたが自ら望み、元の世界に帰るか………
或いは、拒み…私達の手によって強制的に転送されるか――
「せっ…選択になってねぇよっ!!!」
は思わず天に向かって叫んだ。
折角のシリアスなシーンが台無しじゃない!
泣いた私が損した気分だわ!
しかし、の叫びは天の声に通用する筈もなく――
暫くの間、この片側一車線のようなやり取りが続いた――。
――あなたに一日だけ時間を与えましょう――
「一日も要らんわ! …だがどっちも断るっ!」
――ならば…あなたの身体はこちらで好き勝手に扱っていい、という事ですね?――
「だがそれも断る!」
――あなたに、選択の余地を――
「だから要らんと言っとろーがっ!!!」
誰も居ない天に向かって叫ぶ女子高生。
その姿を映すモニターの電源を苛立ちを隠し切れない手でぶつりと切る人物。
そして――その口が忌々しいものを吐き捨てるように、開いた――
「………しくじったな」
劇終。
「何!? この近未来スペクタクル!」
と、石を投げないでください orz
飛鳥作夢小説第9弾、後編(Vol.1)の完成ですー!
引っ張った割には変な終わり方でスミマセン;;
しかも…お相手さんが出てくるのはちょこっとだけというカオス!
なんとなく…前編からヒロイン二人がいい感じに絡んでくれたので…
そのまま突っ走っちゃいました、うふv
えー前述の通り、このお話にはもう一つバージョンがあります。
そちらでは…もう少しお相手さんが絡んできますよw
とりあえず…それで勘弁してください(滝汗)
そして…いつものようにオモローなネタを提供してくれた情報屋に感謝します!
本当にありがとーwww
このお話で少しでも楽しんでいただけたら幸いです。(’08.09.27)
ブラウザを閉じて下さいませwww