戦中心に過ぎていく毎日。
 敵味方関係なく己の武を競い…日々鍛錬を怠らず、そして――

 人が、同じ人を傷つけながら勝利を掴んでいく。



 ここは乱れた世の中――

 この世には楽園なんて存在しない。

 だけど――



 ひとつ、楽園だと思えるような場所があるとしたら――










 この世に楽園なんて存在しない…だけど
       ― 後編 2 ―











 「権!」
 孫呉の君主をこの名で呼ぶのは、最早彼女しか居ない。
 視界の端に彼の人の姿を捉えた刹那、鍛錬の手を休めて足早に駆け寄る
 その顔には、充実感と………溢れんばかりの笑みを湛えていた。



 はじめに出くわした『戦』の時に援護してくれたと共に孫呉の支配する地へ足を踏み入れたは、程なくこの世が乱世だという事をこれでもかという程思い知らされた。
 武器を持つからには、戦わなければならない。
 何故こういう目に遭っているのか…いや、そもそも何故自分がこのような場所に居るのか?
 何もかも解らないまま、河の水が海へと流れていくかのように戦へと身を投じていく。

 そして時は………自身が途方もなく感じる程長く、流れ去った――



 「相変わらず、頑張っているようだな…。 調子はどうだ?」
 「うん、上々ってとこかな。 が手合わせしてくれてるから」
 隣で模擬用の得物の手入れを始めるに視線を送りながら満足そうに語る
 その視線を受け、も優しい微笑みを二人に向ける。
 「私も、さんと手合わせをするのが楽しみですわ。 同じ女性ですし」
 「だよねー! ここにはムサ苦しい男ばっかだからさ、が居てくれてマジよかったよ」
 苦笑いを浮かべる君主を余所に、は顔を見合わせてくすりと笑い合う。
 孫権の瞳には、その姿がまるで彼女達が古くから友だったかのように映っていた。













 「大将の首を取ろうったって、そうは問屋がおろさないよ。 私が、権に指一本触れさせないっ!」

 味方を思い、突出した君主の目の前に迫る敵兵。
 その間に立ちはだかり、は徐に刃の切っ先を晒しそして…相手共の得物に怖気づく事もなく更に続ける。

 「権に触れていいのは私だけなんだからねっ!」
 「…お、おい…それは、私と二人っきりの時に言ってくれんか? 照れくさくて敵わん」
 「だって…ここは私の見せ場だよ? しっかり自己主張しとかなきゃ!」
 「ならば…先程の台詞だけで充分だろう」

 ここが緊迫感溢れる場だというにも関わらず、二人は楽しげだ。
 それは、彼らがこれ以上ない程の信頼で繋がっているからに他ならない。
 傍に居れば、必ず護れる――
 自分の想い人が傍に居る事、それこそが力になるのだ。





 の言葉に怯まず、じりじりと次第に距離を縮めていく敵兵共。
 それを一瞥し、が挑発するようにくすっと笑う。
 「来ないの? …そっか、怖いんだ」
 「なっ! 何を…っ!」
 力のなさそうな細腕を持つ兵らしからぬ女に、彼らは馬鹿にされたような思いを抱く。
 刹那、逆上した一人が遂にの身体へと己の一撃を繰り出した!
 しかし――



 「遅い! そんなんで私が簡単に殺られると思った!?」
 「――それに、さんには私もついていますわ」



 軽く翻して避けたの身体に受ける風圧。
 その正体は、影のように身を潜めていたの刃から放たれる剣撃だった。
 「くっ………」
 己の一撃が外されて勢い余ってよろける敵兵の胸板に、の一閃が突き刺さる。
 そして――



 「今ですわ、さん」
 「OK!」



 の言葉が出る時機がよかったのか、二人の息が合っているのか――
 斃れ伏す身体を踏み台にするように跳ねて敵兵の群れに突っ込むと、後に続くの疾風の如き援護。
 敵兵があまりの勢いに怯み、慌てふためくが――時既に遅し。
 二人の目覚しい動きがその場に紅い豪雨を降らせる。
 「アンタら、私達の事を『この小娘風情が』とでも思ってたでしょ! 甘いね!」
 女の腕には少々大振りな剣をいとも簡単に振り翳しながら、が唇の端を吊り上げ吐き捨てるように言い放った。





 女戦士二人の目を見張るような働きに、孫呉の君主と大都督が揃って大きく溜息を吐く。
 「陸遜。 …あの様子ではお前達の婚姻した後の事が思いやられるな」
 「はは………それはお互い様ですよ、殿。 しかし、彼女達も今や立派な孫呉の将ですね」
 「あぁ、お前もな。 …頼りにしているぞ」



 
 最早、お前が何処からやって来たのかなどどうでもいい事だ。
 この先も…お前と共に――



 を見る孫権の脳裏に、ふと共に築き上げる新しい世が見えたような気がした――。













 孫呉の天下が目の前にまで迫っていた。
 鎬を削っていた蜀は早くも崩れ…また、曹魏から奸雄が去った。
 そして――





 これから紅き海になるだろう目の前の地を眺める女達の瞳には、強い光が宿っている。
 「いよいよ…最後だね、
 「えぇ。 ですがさん………殿のためにも、あまり無理はなさらないようにしてくださいませ」
 「…ん、解った」
 今やの片腕とまで言われるようになったは、相棒の忠告にしっかりと…そして静かに頷く。



 ………いよいよ、最後だ――。





 ここは、敵本陣の前。
 固く閉ざされた門の向こうには魏の君主が…逃げる事なく、我が軍の戦略を窺っているだろう。
 全ては、陸遜の策のままに――



 の軍が待機する場所の少し手前――その場は敵味方が犇めき合うまさに乱戦となっていた。
 敵軍の連中は、次から次へと現れる伏兵のあまりの多さに辟易している。
 それこそが、陸遜の策だった。

 敵本陣から程よく離れた場で乱戦を繰り広げ、その間に女性のみの軍が違う道を通り、本陣へと迫る――

 この賭けのような策は、皆が思うよりも簡単に成功した。
 敵兵に気付かれる事なく、本陣へと歩を進める精鋭達。
 女達の瞳には…男にも負けず劣らず、闘志の炎が燃え盛っていた――





 門を守る兵の目の前に二人の女が近付く。

 「ねぇねぇ。 ここに…魏軍?の君主さんが居るんだよね?」
 「…むむ、何奴!?」
 「抵抗しなければ貴方に害を与えるつもりはありませんわ。 ただ…門を開けてくだされば――」

 にっこりと微笑んだの右腕が上がる。
 刹那、門を目がけて無数の火矢が降り注ぎ――瞬く間に敵本陣への入り口が真紅の炎に包まれる。

 「うわっ! お前ら伏兵か!? 伝令を呼――」
 「………無駄だよ。 援軍は呼ばせない」

 大声を発しそうになった門兵の喉下を掻っ斬るの刃。
 それは休む事なく、次の瞬間門の中から溢れ出てくる敵兵へと次々に向けられる。
 そしてあまりの剣撃の速さに怖気づき、遠巻きになった敵兵共を見据えながら大きく言い放った。

 まるで、その心にある想いを吐き出すかのように――



 「死にたくなかったら道を開けて! 私が欲しいのは君主の首ただ一つ!」













 「、そして。 貴女達の働き、お見事でした」
 「えへっ…ありがと」
 「いえ…貴方の策があってこそですわ、陸遜様。 お疲れ様でした」
 「えぇ、貴女も………本当に無事でよかった、

 賛辞に照れる自分を余所に…離れていた今迄の時間を埋めるように熱い抱擁を交わす陸遜と
 刹那、それを見てやれやれと両手を力なく挙げる。
 これだけの甘さを見せられたら萎えるってーの!と独り言を呟きながら。
 しかし、次の瞬間――



 「お前も、同じような事をしたいのか? 
 「――権!」



 熱の籠った二人の向こうからかかる声に、の顔が一気に綻んだ。
 心で思うよりも早く足が動き、そして想い人の胸に飛び込んでいく。
 「やったね、権! これで孫呉の天下は確定だねっ!」
 「これも皆の働きのおかげだ。 …、お前もよくやった」
 「ありがと! やっぱ権に誉められるのが一番嬉しいよ」
 孫権の手放しの賛辞にうんうん、と確認するように大きく頷く
 その顔には、満足そうな笑みが溢れていた。





 しかし、この幸せな時間は長くは続かなかった――。







  ――コードナンバー1000359、
    お疲れ様でした。
    あなたのミッションはこれでクリアと見なされました。
    これから、あなたを再び元の世界へと転送します――



 突如、天から降り注ぐ声。
 『転送』という聞いた事もない単語を話す天の声に周りがざわめき出す。
 小首を傾げる者、隣人とひそひそ小声での事を詮索する者、そして――
 「何奴! 貴様、姿を現せっ!」
 姿のない声に意味もなく得物を掲げ、声を大にして訴える孫権。
 だが、皆の顔と天を交互に見遣る当のから出た言葉は…その場に居る一同が予想もしないものだった。



 「契約切れ………か」





 ――契約――
 それは、が『とある企業』から買ったものだった。
 の居る世界で今や大ブームとなっている『仮想現実チップ』。
 脳の一部に埋め込む事によってあらゆる映画やゲームの世界を現実と変わらずに体験出来る。
 チップを購入し…脳に埋め込まれた瞬間、その人物と『企業』との間に契約が生まれ、そして――

 『映画ならエンディング、ゲームならミッションのクリア』

 それを果たした時が、再び元の世界に戻る『契約の終わり』なのだ――





 「ごめんね、みんな………私、帰らなきゃ」

 ぽつり呟いたの瞳に一粒、光るものが見えた。
 解らないまま…というか忘れたまま、この世界に来て――
 最初、こんな世界に楽園なんて存在しないと思っていた。
 だけど………
 かけがえない相棒と、頼もしい仲間、そして………愛する人に出会った。
 そして、戦う事…ううん、頑張る事の楽しさを教わった。
 何時しか、私の中で大事になっていたもの。
 でもね、結局は――

 ――私の居た世界にとったら、それは『仮想』でしかないんだ。





 「このような急な話、私は認めんぞ!」
 「…このまま貴女が帰ってしまっては寂しすぎますわ。 もう少し、こちらに居られる方法はないのですか? さん」

 縋るように訴えている二人に天の声は逡巡したが、一時の後再び声をこの世界に響かせた。



 ――では、あなたに一日だけ時間を与えましょう――



 しかし、それを聞いたは小さくかぶりを振る事で答えた。



 ………時間は、もう要らない。
 これ以上ここに居たら………決心を揺るがす事になるから。
 向こうでは…私を待つ人が居る。

 それは――

 仮想ではなく、現実のものだから――





 独り言のように吐かれるの言葉に、周りが静まり返った。
 その中を、それぞれに感謝を述べながら歩く
 そして――



 「。 …やはり行ってしまうのか」
 「うん………ごめんね、権」



 想い人と交わす最後の言葉は、どんな言葉が相応しいのだろう――?
 今生の別れになるかも知れない…そんな相手に、何を語ればいいのだろうか?



 これ以上ない切なさに襲われる二人だったが、刹那――



 「………っ!」
 「権! お互いに素敵な恋をしようね!」





 孫権の唇に熱いものが重なり、そして儚く消えた――















 「殿――楽しい方でしたね、
 「えぇ。 そして…とても素敵なお方でしたわ」

 もう何も聞こえなくなった天を仰ぎ、どちらからともなく語るのは彼の人の事。
 二人の心には、彼女の居た時間が確かに刻まれていた。
 そして――





 「。 私はお前の事を決して忘れない」

 孫権は、その場に残されたのたった一つの証――ひと振りの剣――を握り締め………
 ただただ空の一点を見つめていた。





 青い空に、突如輝いた星を――







 劇終。




 飛鳥作夢小説第9弾、後編(Vol.2)の完成でございます。
 此度は…Vol.1と全く対照的な話となりましたが、如何でしたか?
 前回がギャグ仕様と言うならば…今回はシリアス仕様ですね。

 ヒロイン二人がいいように動いてくれました。
 …前回のコピペをするというちょっとした反則を交えてしまいましたが…
 なんとなくいい感じに仕上がったと思うのは気のせいでしょうか!?

 そして!
 これにて夢小説でのヒロインコンプリートです!(うわお☆
 (詳しくは日記にてお話いたします!)

 Vol.1共々、少しでも楽しんでいただけたら幸いです。(’08.10.04)




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