ぐわり、視界が回ったと思えば、もう後の記憶がなかった。
次に覚えがあるのは、ひんやりとした感触。
そして、全身の微々たる痛み。

 そっと目を開ければ、そこは完全な暗闇だった。
禍々しい色の月が、遥か遠くで光っていることだけが分かって。
当たり一帯は静寂に包まれていて。

 どこだか分からない場所で、ぐるりと見渡す。
何か場所を知れるものがないか、そう思って。
けれど少し手を伸ばした先にあったのは、己の得物だけだった。

 「どこよ、ここ・・・・・・」

 ぽつり呟かれた言葉は、闇に溶け込んで消えた―――――


















この手は絶対に離せない















 黒と赤の二色に染まった大地を歩き始めて、どれくらいの時が経ったのか。
ひび割れた地面からは、溶岩のようなものも湧き出ていて。
どくんどくんと波打っているようにも見えてくる。

 誰も居ない、何もない、そんな場所を一人で。
止まることを知らない足は、ずるずると引き摺られている。
そろそろ、限界が近いのだろう。

 疲労の溜まった身体を、己が得物を支えに立たせている。
柄の長い武器は、月の光で鈍い色に光っていて。
その明かりだけが進んでいくための頼りだった。

 時折建物の残骸が目に入ってくる。
きれいに咲いていたであろう花は、完全に萎れていて。
生きているものが確認できないこの場所は、冷たい。
静寂が恐怖心だけを煽って、身体に纏わり付いてくる。

 この闇から、どうすれば脱出できるのか。

 出たい一心だけで、歩き続ける。
右も左も分からぬ場所で、ただ只管に前に進んで。
ざりざりと足が地面に摺れる音だけを聞いて。
本能的に、息を極限まで潜めて。

 それともこれは夢なのかしら?

 それならば、早く覚めて欲しい。
起きて明るい大地で、大切な人たちと言葉を交わす。
そんな楽しい日常に戻りたい。
夢なら、誰かこの悪夢から起こして欲しい。

 「誰か―――――」

 限度が来た足は、進むことを止めて。
得物の柄に縋ったまま、大地に膝を着いた。
そのままぐらりと身体が倒れていく。

 そこで、二度目、意識を手放した―――
























 次に目が覚めたときは、あたたかみがあった。
ああ、悪夢から解放されたんだ。
そう思って目を開ける。
しかしその期待は外れて、空は暗いままだった。
違うのは、傍らにある小さな明かり。

 「目が覚めた?」

 かたん、と音がして人の気配が近付いてきた。
咄嗟に得物を掴んで構えようとするが―――
肝心の武器がない。
探すと、寝ている場所から離れた壁に立て掛けられていた。

 (え?壁?)

 何故壁があるのか、自分が寝ている場所はどこなのか。
混乱していて現状が把握できていない。
確か、意識を手放した場所は、何もない大地だったはず。

 「大丈夫?」

 ひょこっと顔を覗き込まれて、思わず仰け反った。
直後、ごんっと後ろにあった壁に後頭部をぶつける。

 「ったた・・・・・・」

 少し涙目になって、けれどそれで少し冷静にもなって。
改めて自分の居る場所を確かめる。
あと、さっきから覗き込んだままの人の顔も。

 「ここ、どこ?・・・で、貴方、誰?」

 何とも素っ気ない言葉と問い掛け。
ぶっきらぼうとも言える態度にも関わらず、相手は気にする様子もなかった。
喋ったことに安心したように、目を細めていて。

 「私は姜伯約だ。ここは、私たちの活動拠点だよ」

 あっさり答えられたそれに、また新たな疑問符が飛んだ。


































 「、右だっ!」

 その声に従って、彼女の持った得物が大きく振られた。
槍や矛のように長い柄の先には輪状の刃先。
それと交差するように少し反った左右に延びる刃。
その面白い形状の武器が、迫ってきていた異形の兵を切り捨てる。

 「怪我はない?」

 「平気よ。伯約は?」

 「私も平気だ」

 得物にこびり付いた血を払って、差し出された手に掴まって立ち上がる。
と呼ばれた少女は、くすっと笑った。
それに対し、姜維は呆れたように息を吐く。

 「この辺りの敵は片付いたみたいだ。先に進もう」

 あの日、諦めたように地面に倒れたは、偶然通り掛った姜維に助けられていた。
そして彼からいま自分達が置かれている状況を聞いて―――
危ないから、という警告を受け入れず付いて回っている。
その手に持った得物を振るって。

 「で、どこに行くの?」

 「私の仲間が近くで戦っていると聞いたから、そこへ」

 突如この世界に君臨したという魔王によって、この世は歪んでしまっていた。
建物も、そこに住んで居た人たちも。
全然国も生きているときも違うような人間が、見付かっていて。
その上、人間でないものたちも、多く居る。

 襲い掛かってくる異形を相手にしながら、は姜維に付いて大地を走っている。
彼のことは、まったく知らなかったけれど。
助けてくれたことと、他に頼れる人もおらず、行動を共にして。
いまでは冗談を言い合えるくらい、気を許している。

 「そこ、足元危ないよ」

 「え?―――っと、わぁっ!?」

 前を向いて走っていても、は足元をちゃんと見ていない。
こんなにでこぼこしていて、何かが湧き出している土地であっても。
それをここ何日間の行動で知った姜維は、事ある毎に注意する。
けれど、それが為になったことがなく―――

 「―――っと。平気?」

 「あー、ごめんごめん。またやっちゃった」

 あはは、と軽く笑っては支えてくれている姜維の腕から離れた。
こんなことが起こるのは、これで何度目になるか。
それほどまでには姜維の注意空しく何かに躓いて転ぶことが多い。
大抵は姜維に助けられるか、持ち前の反射神経で回避しているが。
そのうち顔面から地面に打ち付けるんじゃないか、と姜維は肝を冷やしていて。

 「やっちゃった、じゃないよ。いつもいつも・・・」

 「だから、ごめんって」

 呆れてため息しか出てこない姜維の背中を、はばしっと叩く。
じと目で見据えられても、笑っている顔は崩れない。
こんな会話が日々の習慣になってしまっていて、結局は姜維が折れてしまう。

 「ほら、行こう!」

 にっこり笑ったに手を引かれ、何かを言おうとしていた姜維は渋々走り出した。
























 どうにか敵を倒しながら、姜維の仲間だという人と合流した。
そこでこれからどうするか、といろいろ話している。
その様子をは一人離れた場所から見ていた。

 和気藹々と再会を喜んでいる姜維を、はじっと見る。
自分の前では呆れた、困ったような苦笑しか見せていなかった。
そんな彼が子供っぽい笑顔を、その仲間には見せていて。
何かからかわれているのか、時々顔を染めて言い返している姿もあった。

 (これからどうするかな〜)

 姜維は同じ国の仲間と再会して、これから行動を一緒にしていくのだろう。
そうすればは一人取り残される。
あの中には見たこともない―恐らく時代の違う―人達がいるが・・・・・・
もう既に打ち解けているようで。
はその中に入っていく自信がなかった。

 自分だけ、住んで居た国が違うのだ。

 いっそのこと、時代から何から違っていれば良かったのかもしれない。
そしたら何も思うことなくあの輪の中に入れただろう。
姜維は蜀の人間、は呉の人間だ。
元々、敵として過ごしてきていた国同士。
姜維は気にしていなかったが、あまり気分のいいものではないだろう。
敵と、過ごすというのは些か難しいものだと思う。

 自身は、交流に積極的な性格なので、そういったものは気にしないが。

 (あー、もう、みんなでも探しに行こっかなぁ)

 姜維が仲間を探していたように、自分も国の仲間を探しに行こうか。
そうすれば、居場所を探すようなことはしなくていい。
いつものようにいままで通り、仲間とはしゃいでいればいい。

 (うん、そうしよ)

 一人納得して、仲間を探しに行こうと決めてしまう。
これからの方針が決まれば、行動は早いほうがいい。
ここに居る人達にみんなのことを知らないか情報を集めたら、すぐに出発する。

 「よしっ!」

 座っていた木から立ち上がって、知らず気合を入れる。
手の空いている人を見つけると、片っ端から話を聞いて回った。





























 少しだけあった荷物を纏めて、は静まり返った建物を出た。
いま頃はみんな寝ていて、起きているのは少人数の見張りだけ。
その中を誰にも告げず、出て行く。
数日だけでも世話になった人には、ちゃんと置手紙を置いてきた。

 荷物を背負い、両手を自由な状態にして得物を持って歩く。
さくさくと音のする大地を踏み締めて。

 「んっ―――――わぁっ!?」

 がつっと何かに足先が掛かり、体勢を崩したは盛大に転んだ。
咄嗟に付いた手で顔面の衝突は免れたものの。
防具で覆われていない膝を打ち付ける。

 「いったたたたた・・・・・・」

 むくり、と一人で起き上がって埃を払う。
しん、と辺りが静まり返っていて淋しさを覚えて。
思わずぐるりと周りを見渡した。
初めてこの異様な空間に来て、何も分からず歩き回っていたときに似ていて。
妙な不安を感じてしまって。

 「大丈夫だって。みんなのところに着いちゃえば」

 そう自分に言い聞かせて、また進むのを再開させる。
自分の足音と息遣いだけが聞こえる中を、ずんずんと進んで。
景気付けに歌でも歌いたいところだが、危険を避けるためにそれは出来ない。

 「ったっ!」

 小さく声を上げると、慌てて手を付いた。
今度はしっかりと踏ん張って、膝も何も地面には着かない。
その横で、からんと音を発てて得物が転がる。

 「やばっ」

 いま武器を手から離すのは、とても危険だ。
視界に敵は映っていなくても、いつ現れるか分からない。
分かっているのは、あの異形の敵が人の匂いに敏感だということ。

 (―――!?)

 がさっと音がして、はばっと身を起こす。
気配を窺いながら、そろそろと得物へ近付いて。
しゅっという音と共に出てきた白い影を、前方に一転することで避ける。
起き上がるときに武器の柄をしっかりと掴んで。

 「さあ、来るなら来なさいよっ!」

 隠れている敵に向かって声を上げ、得物を構えた。


































 「痛いじゃないのよっ!」

 腕に小さな傷を負わせた敵に悪態を付きながら、それを切り倒す。
終わりを知らない敵の数に疲弊してきて。
一瞬油断したところに、背後から刃が光ったのが見えた。

 (しまっ―――――っ!)

 振り向いても、もう遅くて。
上から降りかかって来た刃を避けるのも受け止めるのも叶わない。
覚悟を決めて、目を閉じた。

 ぎゃぁぁぁぁ。と気味の悪い断末魔を上げたのは、敵だった。
え?と目を開けたが見たのは崩れ落ちていく敵と、その向こうに立っている人。

 「本当に危なっかしいんだから、は」

 「伯約・・・・・・」

 肩を竦めて吐き出された言葉に、は呆然とする。
どうしてこんなところに彼が居るのか。

 「話はあとでしよう。いまは敵を片付けるのが先だ」

 「そうだね」

 すっと背中合わせに立って、お互い得物を構え直す。
力強い味方を得て、はにやりと笑った。


































 「何でこんな無茶をするっ!?は・・・・・・」

 敵を全部倒し終わって、二人は地面に座り込んでいる。
肩で息をして、もう完全に疲れきっていて。
そんな中で姜維はに怒鳴りつけた。

 「だって、仲間を探しに―――」

 「そんなの、私達と一緒に行けばいいだろう?」

 一緒に行く、そんな選択肢を考えていなかったはぽかんとして。
目をぱちぱち瞬くと、けらけら笑い出した。

 「な、何・・・・・・?」

 「そっか、その手があったんだよねー」

 妙な笑い方をし始めたから咄嗟に身を引いた姜維は、顔を引き攣らせている。
そこに何とも拍子抜けのする、あっけらかんとしたの言葉。

 「ほら、行こう」

 先に立ち上がった姜維に手を引かれ、も立った。
ぴぃと指笛が鳴って、馬が一頭駆けてくる。
それにを先に乗せ、その後ろに姜維が乗り手綱を握った。

 姜維の掛け声で、馬は走り出す。
後ろや隣に姜維の居る安心感には身を委ねていた。

 (ここが、いい、かな・・・)






 一度繋がれた手に居場所を覚えてしまえば、もう絶対に離せない―――






















さって、紫緋作の夢はこれで4弾目となりました!
夢を読んで下さっている方、お久しぶりでっすww


今回は活発な娘にて書いてみましたが・・・
どうでしたでしょうか?
新たな武器を持たせた(イラスト)ので、ちょっと書いてみたくなったンです
お相手は同じ時代の人ですが、国が違うってことで、OROCHI設定にて


これを書いたのが大分前だったので―――
今回編集しながら、こんな感じの話だっけ??って自分でw
えらく娘がドジっ子になってました
愛嬌あっていいですよね!?


次の話はいつ頃、どの娘でお相手は誰、とかまだ決めてませんw
ので、いつになるかは分かりませんが
待っていて頂けると嬉しいです〜


読んで下さってありがとうございました♪


09.01.22






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