――私の彼は鈍感だ………と思う。
    折角頑張って飾ってみても、全然気付いてくれない。



    はぁ………女の苦労男知らず、ってとこかしらね――










 溜息雑じりの愛の中で










 透き通るような青空が些か眩しい早朝。
 こんないい陽気では、廊下を歩くの足取りも軽くなるというもの。
 顔いっぱいに笑顔を浮かべながら一路想い人の元へと進んでいく。

 ――これなら、ヤツも流石に気付いてくれるよね。

 彼女の心には確たる思い一つ。
 朝早くから頑張って結い上げた――二つに分けた髪が足取りに合わせて可愛らしく揺れる。
 何時ものひっつめ髪とは違う髪形。
 見た目は勿論、それからかもし出す雰囲気は街中に居る若い娘そのものだ。
 普段、のちょっとした変化にも気付かない彼もこれだけの変化があるのなら気付かない筈はない。
 はそんな彼の反応を勝手に想像しつつ歩幅を広げた。



 しかし最初に出会った人物は彼女が目指していた人とは違っていた。
 おはよう、と声を掛けられ背後を見遣ると――

 「あら、凌統じゃない………おはよう」
 「お、朝からどうしたんだ。 随分雰囲気が違うねぇ」
 「流石は凌統! 解る? ちょっと髪の結い方を変えてみたんだ」
 「うんうん。 その髪型、凄く可愛いと思うぜ俺は」
 「ありがとう、今日は素直に嬉しいわ」

 偶然なのか何なのか――不意に登場した男からの言葉には満足げに礼を告げる。
 未だ微妙な距離ではあるものの、今や甘寧といい関係を築きつつある凌統。
 しかし彼は甘寧とはある意味対照的だ。
 女の変化に全く無頓着な甘寧に対して、凌統は本当に細かい事まで気付く。
 髪型や化粧の違いだけでなく、顔色など相手の体調でさえも。
 何かある毎に言われると煩いと感じる事も少なくないが、全然気付かれないよりは遥かにましだというもの。
 そんな彼らに、は何時も溜息混じりに思うのだ。

 ――この二人、足して二で割れば丁度いいのに、と――



 「なぁ。 あんたがそんな格好してる、という事は………これから甘寧のところに行くんだな?」
 「あはは、察しがいいわね。 その通りよ」
 「んじゃ、俺も同行させてもらおうかな。 俺も、甘寧に用事があるんだ」

 朝っぱらから甘寧に会いに行くという凌統。
 幾らなんでも朝から喧嘩するわけじゃないわよね、と訝しげになりながらもは了解する。

 太陽が眩しさを増す中、二人は肩を並べて廊下を再び歩き始めた。







 程なく甘寧の部屋へと辿り着く二人。
 がおはようと声をかけつつ扉を開け、中を窺うと――

 「よう! ………って、お前誰だ?」

 少々遅い朝餉を食べている部屋の主から意外な言葉をかけられた。
 その態度には目を剥いて驚く。

 ――コイツ、気付いてない。

 なんと、甘寧は彼女の変化どころか彼女がだという事すら解っていないようだ。
 紛いなりにも彼はとは恋仲であるにも関わらず、ここまでに鈍さを曝け出されると怒りを通り越して呆れさえする。
 刹那、の中に悪戯心が湧き上がった。
 後ろで同じ反応をする凌統を振り返ると唇の端を吊り上げ、ニヤリと笑う。

 「………凌統、ちょっとコイツをからかってやりたいんだけど」
 「了解。 じゃ俺はあんたに口裏を合わせればいいんだな」
 「そういう事。 宜しくね」

 流石は察しのいい凌統、ここに一瞬にして悪戯っ子同盟は結成された。
 は開け放たれた扉から僅かに身体を入れてはにかんだような笑顔を向ける。

 「朝ご飯中にごめんなさい。 でも………どうしても貴方に逢いたくて」
 「悪いね、甘寧。 この娘、さっき俺のところに『甘寧さんに逢いたいから付き合って』って来てさ」
 「はぁ? 何で朝っぱらから俺んとこに来るんだ?」

 ………やっぱり気付いてない。

 思った通りの反応には心の中でほくそ笑んだ。
 一方の凌統も心底楽しそうに話を膨らませてくれている。
 それならとことんからかってやれ、とは畳み掛けるように言葉を連ねていった。

 「だって………昼間だと人が居て恥ずかしいし、夜だともっと恥ずかしいから………」
 「察してやりなよ甘寧。 この娘、精一杯頑張ってるんだからさ」
 「………何だよ、俺は朝飯食ってんだ。 話が長くなるようだったら後にしてくれよ」

 口裏を合わせる凌統は甘寧の反応に少々苦笑を浮かべていた。
 恋仲のにからかわれる鈍感な甘寧に同情すら覚えているようだ。
 しかし、当の甘寧は何が何やら解らない様子での言葉の続きを待っている。
 この鈍感!と心の中で舌を出しながら、は泣き真似をすべく両手を顔に当てた。

 「酷い………どうして私の気持ち、解ってくれないの!? こんなにも好きなのに!」

 涙は女の武器とはよく言ったもので、の態度に漸く甘寧はこの事態を把握したらしい。
 慌てて立ち上がり、ちょっと待てよと言いつつに近付く。

 「い、いや、あのな………お前も知ってんだろ? 俺にはって恋仲のヤツが居るってよ」
 「そんな事関係ない! 私が貴方を好きになっちゃいけないって誰が決めたの!?」
 「あーぁ。 甘寧も悪いヤツだな………女の子を泣かせちまうなんてさ」
 「ちょ、待て! それはコイツが勝手に――」
 「酷いわ酷いわ、女心を弄ぶなんて!!!」

 慌てる甘寧を更に煽るように両手で覆ったままの顔をぶんぶんと振る
 その心の中に楽しいと思う反面、次第に怒りが込み上げてきた。
 近くまで寄って来ているのに未だ気付かない甘寧をぶん殴りたい衝動に駆られる。
 刹那――



 「弄んでねぇよ! いや、何だ………お前みたいな可愛い女に告白されて悪い気は、しねぇ」

 「………は?」
 「何度も言わせんな! 可愛い女に好きだって言われて悪い気はしねぇ、って言ってんだ」
 「私が、可愛い?」



 、驚愕の瞬間再び、である。
 恋仲になっても未だ滅多に言われる事のなかった『可愛い』という言葉を、まさかこの時に聞くとは思ってなかったからだ。
 よくよく見てみると、甘寧が表情を今迄見た事もないような笑みに溢れさせている。
 更に――

 「俺も隅に置けねぇなぁ………へへ、まぁ何だ…凌統には悪いけどよ、見てるヤツは見てるってこった」

 得意げに鼻で笑いながらふんぞり返ったではないか。



 ………何、その態度!?

 刹那、の心の中で甘寧への殺意が芽生える。
 それは後ろに控えている凌統も同じ気持ちらしい。
 二人顔を合わせて一つ大きく頷くと、先程の同盟は違うものへと移り変わり、行動へと繋げた!



 「「このバ甘寧! いい加減気付けっっっ!!!!!」」



 二人の修羅から放たれる回し蹴り。
 それは締まりのない顔を晒している甘寧を見事に捉えたのだった――。















 「なぁ、いい加減機嫌直してくれよぉ
 「い、や、だ! アンタの顔なんか見たくもないって言ってんのよ!」



 あれから数刻――
 未だと甘寧の冷戦状態は続いていた。
 …と言っても、怒り心頭のが鈍感な甘寧を許していないだけの話だが。

 予定していた街中での買い物も今日は凌統と共に出かけ、甘寧が慌てて後からくっついてくるといった状況。
 傍から見ればそれは滑稽なものだった。
 通り過ぎる人々からは
 「あーぁ、また甘寧様が様を怒らせたみたいだねぇ」
 「今度は相当重症のようだ」
 「戦では強くても女にはからっきしだもんなぁ、甘寧様は」
 ………などと囁かれる始末。



 「いいのか、?」
 「………何が?」
 「甘寧、凄い言われようだぜ。 あんたは言わせといていいのかな?ってさ」
 「構わないわ。 これでアイツも少しは反省するでしょ」

 町の人の言葉には流石に可哀想だと思ったが、未だ機嫌の直らない彼女はいい気味よ、と横目で見てふふんと笑う。
 確かに、朝っぱらから見た目を変えてしまった自分にも責任は無きにしも非ずだが………
 凌統が気付いたのに何故自分を想ってくれている筈の人が気付かないのか、それが納得いかなかった。

 ――私は、こんなにも興覇の事が好きなのに。

 先程、甘寧をからかっている途中で言った言葉は本心だ。
 しかし店の外で凌統の買い物を待ちながら、は一つ溜息を吐く。

 アイツの気持ちが解んなくなりそう、と――










 髪型を変えた時の飾りを見ようとはふと装飾店の前で足を止めた。
 中に入れば俺が選んでやるよ、とアイツも来るだろうと踏んだのだ。
 しかし、辺りを見渡すと彼が居ない。
 簡単に許してやるもんか、と心の中では思っていてもいざ姿が見えないと途端に不安になる。

 ――何処、行っちゃったのかしら?

 きょろきょろと立ち並ぶ店を覗きながら歩く
 その姿を見て、近くに居る少々荒っぽい男共が顔を見合わせてニヤリと笑った。
 街中で所在無さげに歩く年頃の女――それを放っておかない筈はない。
 男達は肩で風を切りながらへと近付く。



 「なぁなぁそこの別嬪さん、ちょいと俺らに付き合わねぇ?」
 「一人で歩いててもつまんねぇだろう? なぁ、一緒に来いよ」

 こいつらに誉められても嬉しくないわ、とは一目で悪いヤツだと解る男共を目の前に心底思った。
 太腿に隠している得物をさり気なく確かめつつ先頭に立つ男にずい、と顔を近付かせる。

 「………アンタ達とつるむくらいなら一人の方がましよ」
 「はぁ? 何強がってんだ姉ちゃん? 一緒に来た方が身のため――」
 「私、今物凄く機嫌が悪いの。 アンタ達こそこのまま帰った方が身のためだと思うけど?」

 を孫呉の武将だと知ってか知らぬか、の挑発紛いの言葉に腹を立てる男共。
 口々に罵倒を浴びせかけながら手に持つ粗末な得物を晒す。
 しかし――



 ひゅんっ――



 刹那、一人の男の背後に身を詰める
 一瞬の不意を突いて己の得物から一閃を放つと、背に垂れていた男の髪がバッサリと斬り落とされた。

 「――どう? これでも私とやり合う気はある?」
 「ぅっるせぇ! おい、野郎ども! コイツをねじ伏せろぃ!」

 頭と思われる男の一声で、直ぐに包囲される。
 徒党を組んで女を取り囲む男達を見遣りながら、はクスッと笑った。



 女一人を寄ってたかって………バッカみたい。
 興覇はコイツらみたいな荒くれだけど………決してこんな事はしない。

 こんな時にアイツの事思うなんて、私も重症ね。



 を取り巻く男共から一斉に得物が振り下ろされる。
 しかし、も一軍を率いる将――このような光景は戦場では日常茶飯事だ。
 目の覚めるような速さでその全てを受け流しながら次の一手を繰り出す。
 すると――



 ドスッ!!!



 「ぐぁっ! この女、強ぇ!」
 「この『風神の雅』の強さ、恐れ入ったか! このバカ!」

 「………そりゃ強いぜぇ。 何せ俺の惚れた女だからな」



 「………こ、興覇!?」



 意外な援軍?に自身が一番驚いた。
 甘寧は「こんなヤツらに武器なんか必要ねぇな」と不敵に笑いながら男の鳩尾に一撃を食らわす。
 そして、何か言いたそうにしているの背中に己のそれを合わせると眉間に皺を寄せた。

 「ったく、無茶しやがって。 こんなところで余計な力使うんじゃねぇよ」
 「………あら、貴方どなたでしたっけ?」

 「ちっ………くっそ、話は後だ。 、行くぜ」
 「了解っ!」



 一瞬、二人は瞳で言葉を交わす。
 戦場を轟かす『鈴の甘寧』と『風神の雅』、二人の手に掛かれば街の荒くれ共などひとたまりもない。
 程なく、二人の傍には呆気なく伸された男共が折り重ねられ、それを取り囲むように野次馬の人垣が出来上がっていた。



 「二人に掛かりゃ、こんなもんよ!」
 「だな」

 互いの手を頭の上でぱちんと叩く。
 得も言われぬ爽快感。
 それは他でもない――自分の想い人と共に戦い、そして勝利した証。
 は隣で汗一つかかない豪傑にやれやれ、と溜息を零しながら一つ、微笑った。



 「しょうがないわね。 今回の助太刀で、さっきの事はなしにしてあげる」










 「あーぁ。 折角頑張って綺麗に結ったのに………台無しだわ」

 二つに結った髪を頻りに気にすると、歩幅を合わせて歩く甘寧。
 その様子は恋仲のようであり、友人同士のようにも見えた。



 「自業自得だろ。 でもな、お前がどんな格好してても………お前はお前だ」
 「………興覇、それで私を慰めてるつもり?」

 「あ、いや、あの、何だ………くっそ、俺はそのまんまのお前が好きなんだよ!」
 「クスッ………よく出来ました」















 肩を並べて歩き出す二つの背中を見送りながら、ここにも溜息を吐く人が居る。
 店の出入り口で事の全てを見守っていた、お節介もどきの凌統、その人だ。

 「俺の出番はこんなもんか………ったく、やってらんないっつの」



 ――あの単細胞は似た者同士ってやつだな。



 あれだけ怒っていたがあの一件ですんなり機嫌を直した事に、凌統は心のままポツリと零した。










 劇終。



 ども、飛鳥です。
 こちらはお久し振り………久し振り過ぎる飛鳥作短編12作目となります。

 今回のお話は、毎月恒例絵チャにて前に御前やお客様から無茶?振りされたネタを書いてみました。
 (イメチェンしたヒロインに気付かずデレデレする甘寧に凌統とヒロインのW回し蹴り、というネタ)
 まぁ、ヤられるだけでは甘さんがあまりにも可哀想なんで…
 ちょいと熱い戦闘シーンとちょいと甘い部分を盛り込んでみましたが…如何でしたか?

 第2回ヒロイン投票の途中経過にて――
 奇しくもピンで第1位になっている娘だったので、この機会に執筆。

 このようなお話でも、楽しんでいただけることを心から祈りつつ。
 以上、飛鳥でした。(’09.11.05)




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