――今日は全国的にお洗濯日和となるでしょう――
何時も見る、天気予報のお姉さんが笑顔でこう語った瞬間、私の心は嬉しさに跳ね上がった。
だって今日は待ちに待った日帰り旅行の日。
彼と1ヶ月も前から計画して、職場から休みも貰ったんだもの。
「今日、晴れるって」
未だベッドで寝息を立てている彼の耳元に、そっと囁く。
――ねぇ、早く起きて。
私の 『今日』 は、君なしでは始まらないんだから――
大きな傘の下で
〜 JOY INTO THE LOVE 〜
11月ともなると、日の出も大分遅い。
出掛けるために早起きしたがカーテンを開けるが、外は未だ暗いまま。
仕方なくカーテンを閉め直し、部屋の明かりをつけながらベッドの上で眠っている同居人の顔を窺う。
「明日が楽しみで、とても眠れませんよ」
昨晩、が眠りにつく直前まで楽しげに話していた彼。
本当にギリギリまで眠れなかったのだろう、今は明かりをつけても反応しない程の熟睡っぷりだ。
――仕方ないな。
何時もは起こされる立場のがベッドの脇に立って、徐に大きく息を吸い込む。
どうやら大声で相手を起こそうというつもりらしい。
すると――
「――、隙だらけですよ」
「え、伯言!? ってきゃぁぁっ!!!!!?」
どさり。
不意に手を引かれたと思えば、自分の体はあっという間にベッドの上。
その主――陸遜にのしかかるようになったの声は、咄嗟の叫びに変わった。
一方目を白黒させるを余所に、陸遜の表情は彼女の体重がかかっているにも関わらず涼しいままだ。
「ふふっ………おはようございます、」
「――んもう、ビックリするじゃない」
「それが狙いですから」
「………そんな余裕があったらさっさと起きてくれないかなぁ」
「あはは………すみません」
謝りながらも満足そうに笑い声を上げる陸遜。
軽くふくれっ面を見せる相手の表情を、今迄何度可愛いと思った事だろう。
己の施した策にことごとく引っかかってくれる、年上なのに可愛い恋人。
陸遜はその度に思うのだ――この世界で初めて会った人がこの方でよかった、と。
程なく、二人を乗せた車は軽快なエンジン音を立てながら目的地へと向かった。
その車中、列車の車窓から見る風景も好きなんだけど、とは助手席に座る陸遜へ語り掛ける。
彼と出会う前から旅行は趣味と言う程好きだったが、恋仲になってからはそれがより一層強くなった。
それは共に楽しみたいという気持ちもあり、彼にこの世界のいろんな物を見せてあげたいという気持ちも然り。
そしてこのの思いが、今回の小旅行の話へと発展したのだ。
車は高速道路をひた走り、通り過ぎる景色が見慣れたビル街から静かな田園風景に変わる。
そして何時しか自然の香りが漂う山間の道に差し掛かっていった。
空も徐々に明るくなり、周りのものがぼんやりと浮かび上がり始める。
一日だけの、都会からの脱出。
今日の目的地は山――滝や溪谷の美しさで有名な、が以前から行きたいと思っていた場所だ。
「これを見るだけでも、圧巻ですね」
「でしょ? だから実物を拝みに行きたいと思ったの…君と一緒に、ね」
持っている本に掲載されている写真を見て感心しきりの陸遜には笑みを浮かべた。
探究心が強いのかはたまた勉強家なのか、彼は何時も何かしらの資料を持参する。
これから現地に向かうのだから、そんなに食い入るように見なくてもいいのにとも思うのだが――
「、私は貴女と出逢えたこの世界の事をもっと知りたいんです」
その度に瞳を輝かせながら言われてしまうと、は何も言い返せなくなるのだった。
が運転に集中していても陸遜が黙って本や流れる景色を見ていても、二人の時間は楽しく過ぎていく。
そして辺りがすっかり明るくなった頃、思ったよりも早く現地へ到着する事に成功した。
ところが――
「………凄い、人ですね」
「うわぁ………あれだけ早く出てきてもこの混雑かぁ」
評判の観光スポットだけあって、駐車場の看板には既に『満車』の文字。
二人を乗せた車は否応なしに手前で立ち往生と相成った。
出てくる車はそう多くなく、この様子では駐車スペースが開くにはまだまだかかりそうだ。
はハンドルに顎を引っ掛け、悔しそうに唇を尖らせる。
「あぁんもう………目的地は目の前なのにっ」
「あはは…平気ですよ、まだ時間はありますから」
「でも、この後の予定もあるのよ?」
「あくまで予定は未定、ですよ」
「………むぅ」
現地に来て初っ端からの想定外。
一日の予定を詰め込んでいるだけに、これは少々痛い。
陸遜の言うように、いざとなれば計画を変えざるを得ないだろうが――
「はぁ………ここを最初に持ってきて良かったんだか悪かったんだか」
なかなか動かない車の列を見つめながら、は盛大な溜息を吐いた。
どうしても見たいところを優先的に訪れるのは旅行の定石だが――
何ともこの渋滞が恨めしく思う。
しかも、先程から空の雲行きが天気予報に反して思わしくない。
そして――
車が漸く駐車場に入った刹那、雨粒がフロントガラスを濡らし始めたのだった。
暫くして、二人は足早に帰り道を急ぐ人の波に逆らいながら雨に濡れるのも構わずに遊歩道を歩き始めた。
はじめは諦めて次の場所へ行こうと提案したのだが――
「山の天気は変わりやすい、と言いますから」
当の相手は、少年らしい笑顔を見せつつ躊躇せずに車を降りた。
幸いに降る雨も寒さもそう酷くない。
それなら途中の売店でビニール傘でも買えばいいか、とも陸遜の行動に倣ったのだ。
陸遜の大きなコートを二人の傘代わりに遊歩道を暫く歩くと、の思惑通りにそれはあった。
少し古びた土産物屋の片隅に置いてあった蛇目の傘。
店のお婆さんに訊くと、ビニールの傘は既に全部売れてしまい、あとはこれしかなかったのだが――
「さぁ、持って行きなされ………この大きさなら一本でも平気じゃろう」
二人が現地に向かっていると聞き、売り物でもないのに快く譲ってくれた。
この暖かさも、観光地ならでは。
お婆さんに心から感謝しつつ、二人は並んで歩いていく。
「傘が手に入ってよかったですが…もう少しあの状態でもよかったかなぁーと――」
「ダメよ伯言、あれはあれで楽しいけど風邪を引いたら困るわ」
流石は傘、陸遜のコートとは違って雨をしっかりと避けてくれる。
しかし陸遜は二人の身体が少し離れてしまった事を残念に思っているようだ。
顔をほんの少し紅潮させて云う横顔を見ながら、はくすりと微笑った。
――んもう、可愛い事言うんだから――
「うわぁ………凄いっ!」
「雨に烟る滝も素敵ですね――寒いでしょう、もっとこちらへ」
「――ん」
人も疎らになった遊歩道を歩き続け、二人は漸く轟音を響かせる滝へとたどり着いた。
初冬らしく、滝壺に流れ落ちる水は沢山の飛沫と湯煙を立ち上らせている。
それはまるで別世界に来たような錯覚さえ起こさせる景観だった。
少し雨に濡れた体を寄せ、暖め合いながら見る風景。
誤算には見舞われたけれどこれもまたいい思い出になるね、とは想い人に語り掛けた。
一人よりも、二人の方がもっと楽しい。
目の前の幻想的な景色も、陸遜が居なければきっと見られなかったものだ。
「伯言、ありがとうね」
「こちらこそありがとうございます。 貴女が居なければこのような素晴らしいものも見る事がなかったでしょう」
「あははっ! 君も私と同じような事考えてたのね!」
同調する気持ちに、重なる二人の笑い声。
この楽しい瞬間が、何と幸せな事か。
独りで生活していた頃には到底味わえなかったものが今、ここにある。
この幸せは、一体何時まで続くのだろう。
偶にふと不安に思ってしまう時もある、けれど――
――私は今を、一番大事にしたい。
愛しい君と、楽しい時間を共有出来る――
――現在 (いま) を――
「二人の体温で、服が乾いて来ましたね」
「うん、本当に傘様さまね」
「ですが――傘にはこのような使い方もあるのですよ」
突然、君が微笑いながら傘を握り直して僅かに人混みへ向ける。
そして私の身体を更に引き寄せると――
「――ほら、こうすれば他の人には見られません」
「くすっ………馬鹿」
かりそめの異世界の中、私たちは長く甘いキスをした――。
劇終。
ども、ご無沙汰してすみません。
此度は飛鳥作短編14作目を投下させていただきます。
しかし………お話に波がない!!! orz
読者さんに「あまーーーーーっ!」と叫ばせたくて書き始めたんですが…
やはりアタクシにほのぼの話は似合わないっちゅーことですかね、御前?(←訊 く な
今回はお題をタイトルに使いませんでした。
まさに愛の中で楽しんでいる二人、といった雰囲気を感じ取っていただければ幸かと。
私としてはラストのあのシーンが書けただけで大満足でゴザイマス!(をい!
このようなお話でも、少しでも楽しんでくれたなら本望!
以上、飛鳥でしたv(’11.12.12)
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