今日も少し遠くから聞こえてくる、ちょっと煩い声。

 あれで一国の大名だなんて、誰が信じられる?

 ずっと一緒に居る自分でも信じられないっていうのに。

 ああ、ほら、また来た。

 もういい加減にしてくれないかな。

 誰のためを思って動いてると思ってるのか。

 臣下一人の意図を汲み取れないようじゃ、国主なんて務まらないわよ。

 ねぇ、そう思わない?

 そんな哀れんだ目で見るくらいなら助けてよ!

 今日もまた、こうやって―――――


















あなたにはお手上げ















 「じゃあ、、頼んだ」

 「任せて、兄様」

 奥州一帯を治める伊達家当主のおわす城。
その広大な城内の一角、庭に面した廊下で男女の姿が在った。
男は伊達現当主・政宗の腹心中の腹心と謳われる片倉小十郎。
女はその妹に当たる、だ。

 橙色の髪に、一部入っている赤い色。
瞳の色は紫がかっていて、芯の強さを感じさせる。
服装も街娘のように小袖ではなく、肌の露出が多いもの。
それもどこに居ても目立ってしまう、派手な色合いだ。
流石は伊達者と揶揄される人間の近くに居る、と思わせる。

 そんな彼女は政宗と同い年。
幼い頃から彼の教育係だった兄と共に居たため、世間では幼馴染といった関係だ。
彼の従弟になる成実とも仲が良い。

 「小十郎!」

 (ああ、やばい・・・)

 聞きなれた声がの耳に入ってくる。
男のものだが、少し声高の、少年から抜け切っていないような音。
目の前の兄を呼びながら、こちらへ迫ってくる足音。
それらに一瞬だけ眉根を寄せて、は兄を仰いだ。

 「兄様、行ってくる」

 小十郎が返事をするかしないか、瞬きの間にの姿はなかった。
気配を探っても、もうすぐ近くにはいないことが分かる。
我が妹ながら、と感心していた小十郎の前に声の主が出てきた。

 「小十郎」

 「これは政宗様。どうされましたか」

 「を知らぬか?」

 「さて・・・・・・見ておりませぬが」

 さっきまで一緒だった小十郎が白を切ると、そうか、と言って政宗は立ち去った。
その後姿が見えなくなると、やれやれ息を吐きながら空を見る。

 (相変わらずなものだ)

 真っ青の中に、流れる白を見ながら小十郎は思う。
若いながら一族を率い、乱世に身を投じている主。
また自分達の手助けに、と誰からの制止も聞かずに闇へ身を潜めている妹。

 (素直になればいいものを)

 周りから見れば微笑ましくもあり、呆れでもある。
当人達だけが何も知らず、何も思わないような言い合いをする。
その飛び火を喰らうのは、そろそろ勘弁したい。

 片や大大名であり、まだ少年な政宗。
片や政宗や小十郎達のことを思い、忍として道を開く
根にある想いは同じだというのに、反発している。
どちらも不憫に思いながら、小十郎は空に背を向けた。





























 頼まれていた近隣の偵察を終え、数日振りには城へ戻ってきていた。
真っ先に兄の元へ向かい、報告をする。
そのまま今後について少しだけ聞けば、身体を休めるため部屋を辞した。

 己に与えられている部屋へ向かうは忍装束ではない。
そうしていれば到底忍だと思われない、普通の小袖姿。
色合いは明るいものだが、それが彼女によく似合う。

 「

 「・・・・・・政宗」

 思わず、げ、と呟いたのは彼に聞こえていなかったらしい。
けれどその隻眼に強い光を宿し、睨み付けてくる。
そんなことでは怯えたりしない、いつものことだ。
逆に真っ向から受けて立つ。

 「何?」

 「この数日、どこへ行っておった?」

 「どこだっていいでしょ」

 低い声で聞かれたのを強く言い返して横を通り抜けようとする。
自室はすぐ前まで迫っていて、政宗はそんな場所で待っていた。

 「このような傷を負うような場所へ行っておったのか?」

 通り過ぎる瞬間に腕を取られ、引き戻される。
小袖に隠されていた腕を見られた。
そこには朱の滲む布が巻かれている。

 「答えるのじゃ、

 「偵察途中に相手方の忍と一戦交えました―――これで、ご満足ですか?」

 どこへ何をしに行っていたかは、知っているだろう。
それでも政宗は分かっていて、聞きに来る。
本人の口から聞かなければ気が済まないのか、毎度のことだ。

 「傷を負って帰ってくるくらいならば、初めから行くでない。他に適任の者が居るはずじゃ」

 「それは、私が忍として務まらないと?」

 「ああ」

 思わず力いっぱい掴まれた腕を振り払っていた。
傷が痛むことも忘れて。それほど言われたことが腹立たしかった。
行くな、と言われたことは何度もあったが、ここまで言われたことはない。

 「足手纏いになるようならば、即刻舌を噛み切って果てますのでご心配なく」

 「っ!」

 そう、もし偵察先で捕まってしまったなら、即自害する覚悟はある。
そのまま捕虜として扱われ、薬を使って情報を吐かされたならば、大いに困るから。
また自分が片倉小十郎の妹だと知れてしまえば、どんな交渉に使われるかも分からない。
手助けをしたくて動いているのに、妨げるようになれば、死を選ぶ。

 「失礼します、政宗様」

 普段は敬語も敬称も使わない。
それでも怒りが立って、身分と立場が違うのだと言い聞かせたくて、わざと口調を改めた。

 そのまま廊下に立っている政宗を無視して、自室へ入った。



















 あの日から、政宗と口を利いていない。
任務のほうもないと言われ、傷を治すことに専念しろと兄からも言われた。
腕の傷だから武器を取ることも許されず、毎日することがない。
城の中を歩き回り、庭を眺めたりしているだけだ。

 「

 「ああ、成実」

 どうしたの?と聞けば、何も、と言いながら隣に腰を降ろしている。
縁側に二人並んで庭を眺めながら、暫くぼうっとしていた。

 「なあ、梵と何かあった?」

 「言い合いはしたけど、いつものことでしょ?」

 それがどうしたか、と問えば、唸る声が返ってくる。
暫し考え込んでいるような成実だったが、顔を上げれば苦笑していた。
その笑みの意味が分からなくて、首を傾げる。

 「絶対それだけじゃないね。が帰ってきた日から梵、様子おかしいし」

 何がおかしいのかといえば、普段以上に荒れているらしい。
でもそんなこと、が関係していなくても、あることだ。
他には急に思い悩むようになる。
それでまた苛々が溜まって、周りの人間が被害に遭うのだ。
特に小十郎と成実の二人が。

 「な、梵の言ったこと、真に受けてないよな?」

 こくんと頷いた。
成実の言いたいことはよく分かっているつもりだ。
兄にも、ずっと言われ続けている。
どうして政宗が、口煩く忍を止めろ、と言うのかを。

 「梵はさ、が大事なだけなんだって」

 捻くれてるから素直に言えないみたいだけど、と成実がおかしそうに笑う。
気恥ずかしいのか何なのか、政宗は本人に面と向かって何かを言わない。
文句とかなら嫌ほど言うが、心配する言葉は絶対に言わないのだ。
それが仇になって、言い合いが生じるわけだけど。

 「でも、それだったら私の気持ちだって考えて欲しいわ」

 「まーねー」

 ずっと一緒に居た幼馴染だから、いいことも悪いこともある。
政宗が自分を忍にしておきたくない理由は知っていた。
彼は言葉と態度とは裏腹に、親しい人間が失われることを極端に嫌がる。
傷付くこと、離れていくこと、そういうことを。
女だから、というのが少しはあると思うけど、私に出るな、というのはその理由からだ。

 でも私の気持ちも少しは汲んで欲しかった。
ずっと傍に居たから、政宗が何を求めているか知っている。
その道が困難で、険しいものだとも。
だから少しでも楽になるように手助けしたくて、こうやって忍になったのに。
もちろん兄にも止められたけど、最終的には納得してくれた。
政宗を支えたい、助けたい、それは同じだから。

 けど、この気持ち、当の政宗だけが分かってくれない。

 「俺もさ、に忍やめてほしいって思ってるよ」

 幼馴染として、梵とはちょっと違う感情だけどね。そうだけ言い残して成実は居なくなった。
違う感情ってなに?また考えさせられることを残して。
























 「

 「これは政宗様、どうかされましたか?」

 また明日から任務に出る、そんなときに政宗が自室に来た。
またどうせ行くなと言われるのだろうと、推測して。
冷たく言い放ち、顔は見ない。

 「、わしを見ろ」

 小袖の袖を引かれて、仕方なく政宗を見た。
冗談めいた色はない、真剣な瞳だけがそこにある。
息を飲んでしまいそうなくらい、引き込まれる力。

 「此度は怪我など負ってくるでないぞ」

 「止めないのね、珍しい」

 任務に行く後押しをされるなんて、初めてかもしれない。
いつもは行くな、か、残ってわしの相手をしろ、と言われるのだから。

 「止めても無駄なのじゃろう?」

 「よく分かってるじゃない」

 何が政宗を改心させたのか分からない。
どうせ成実辺りがからかい半分で何を吹き込んだに違いないけど。
もしそうだったとしても、認めてもらえたみたいで嬉しかった。

 「万が一、失敗しても生き延びろ。わしが助けに行ってやる」

 「何言ってんの。私が失敗するわけないじゃない」

 政宗のための忍になって、その本人に背を押されて。
それで失敗してるようじゃの名が泣くってものよ。

 「帰ってくるのじゃ、絶対に」

 「もちろん」

 その顔を見るために帰ってきますとも。
























 煩いくらい聞いている声。

 それがなくなるのも、変な感じね。

 無視してるつもりでも、するりと耳に入ってくる。

 いくら理不尽な物言いされても。

 何て言うのかな、甘んじて受けるしかないのよね。

 ちょっとだけ特別な存在として見てくれてるのは知っているから。

 何言われても、結局は邪険に出来なくて。

 私も、特別な感情持ってるから余計、かな。

 だからさ・・・・・・どうしても頭が上がらない。

 貴方には―――――






 お手上げ、なのよね。

 悔しいけど。















企画にて葵の夢、第2弾!
何故かまたも戦国、お相手政宗でした〜
政宗以外との接点の方が多い気がしますが・・・・・・
お気になさらずw


今度は誰を書こうか、悩みながら・・・
これにて失礼!(08.04.14)






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