――白昼堂々夢を見ていたのかも知れない。
 あまりの暑さで、つい誘われるように向かった小さな湖――



 そこで俺は、女神と出逢った――










 女神、舞い降りし瞬間(とき)










 「よっこらせ、と。 ふぅ、これで全部かい?軍医さん」
 「えぇ――ありがと、凌統。 おかげで助かったわ」

 両手に抱えていた薬草の山を卓の上に乗せると、凌統は傍らに居る女軍医に苦笑を向けながら額に滲んだ汗を拭った。
 日差しが強く地を照り付けるこの時分、このように動かなくとも自然にじんわりと汗が出て来る。

 湿気を含んだ暑さは、この季節特有のものだ。
 今迄薬品庫に陳列されていた薬草たちも使い物にならなくなるという危惧の元、より涼しい場所への移動を余儀なくされていた。
 我が軍の軍医が忙しなくその作業に勤しむ中――ふと傍を通りかかったのが凌統。
 本日は鍛錬もなく、昼餉の後何をするか漠然と考えながらぶらぶらと歩いていた彼は、他の誰が見ても暇そうに見えただろう。
 ここぞとばかりに助けを請う女の要求を、凌統は素直に受け入れざるを得なかった。





 一時の重労働?を終え、凌統に再び暇な時間が訪れた。
 先程と同じように両手を頭の上で組みながら、緩やかに廊下を歩いて行く。

 ――さぁて、何処へ行こうか。

 今、自室に帰ったとしても暑苦しい部屋の中で一人昼寝をするくらいだろう。
 かと言ってこの炎天下、自主鍛錬する程殊勝な精神も持ち合わせていない。
 だとしたら――

 刹那、何かが閃いたのか厩舎の方へ足を駆る凌統。
 その頭の中には、少々離れた場所にある森林の緑が広がっていた――。













 馬を駆る事一刻――

 凌統は木々が鬱蒼と生い茂っている森へと辿り着いていた。
 あまりにも深い森――ゆえに余程の事がない限り誰も足を踏み入れる事がない。
 しかも、ここには現地の者に伝わる言い伝えがあった。

 ――ここに足を踏み入れた者は、魂を奪われる――

 ただの迷信だ、と凌統は思う。
 昼間でも薄暗いこの森――こういった場所は決まって何らかの噂があるというもの。
 そんなものをいちいち気にしていては仕舞いには何処へも行けなくなってしまう。

 まぁ確かに怪しい雰囲気はするけどね、と奥へと歩を進めながらぼんやり考える。
 だからこそ、一人で時間を潰すにはいい場所なのだ。





 「うーん。 やっぱりのんびり出来るっていいねぇ」

 お気に入りの大木の下に腰をかけると、凌統は思い切り背伸びをした。
 城の中ではなかなかこのように羽を伸ばせない。
 なんとなく歩いていても先程のように誰かしらから声が掛かってくる。

 特に、女は疲れていても容赦ない。
 手が空いている自分を見ると挙って声をかけ、力仕事をさせたり話し相手にしようとする。
 疲れていなければ自分も相手をするのだが、そう頻繁だと次第に煩く感じてしまうのだ。

 ――だから、時には一人になりたい。

 そういった時に、ここは最適な場所だった。
 瞳を閉じ、風が起こす木々の語らいに耳を傾ける。
 刹那――



 ぱしゃっ――



 木々のざわめきに混じって僅かな水音が凌統の聴覚を刺激した。
 身体を起こし、水音のした方へ視線を走らせる。

 ――珍しいな。

 視線の先に湖がある事は、以前から知っていた。
 澄んだ水を湛える、小さいけれど存在感のある湖――
 風が吹き荒れる悪天候の時でも、湖は何時も静かに穏やかな姿を見せていた。
 それが、今は僅かだが水音を発している。

 不思議に思った凌統は次の瞬間、湖の方向に歩を進めていた――。










 近付くにつれて大きくなっていく水音。
 湖を騒がせるものの正体、それは――

 湖に程近い大きな木の影から湖を覗き見た刹那、凌統は目の前に広がる光景に暫し言葉を失った。





 ――それは神秘的な光景、だった。

 陽に煌く湖に、水と戯れる一人の女。
 一糸纏わないその裸体は代わりに眩い光を纏い、水と共に舞い踊る。

 湖面に美しく影を落とす姿は――まるで水を自在に操る女神のようだった。





 ――綺麗だ――

 見たまま、感じたままに言葉を零す凌統。
 この地には迷信ともいえる噂が存在する、が――

 こんな女神が居るんじゃ、魂を奪われるというのも強ち間違いじゃないかも知れないな。

 彼がそう思う程、今目の前には魅惑的な光景が広がっている。
 彼女は本当にこの湖に住む女神なのか、はたまた別の――
 凌統の頭の中に率直な疑問と欲望が舞い込む。
 知りたい。
 あの美しき姿を惜しみなく晒す女の正体を――



 ――がさり。



 刹那――よく見ようと思った凌統が動いたその時、少々大きな足音を立ててしまった。
 まずい!と直ぐに大木へと身を隠す。
 そして、今一度こっそり木陰から顔を覗かせると――



 「――誰? 誰か居るの?」



 耳にした言葉と己の胸を隠す見慣れた腕の傷に、凌統は再びはっと息を呑んだ。

 この声、あの傷――俺は知ってる。

 刹那、思い浮かぶは一人の女――
 しかし彼女の普段の姿を思い出すと、今ここに居る女とはとても考えられない。



 ――そう、湖に居る女は凌統の思う通り、だった。
 彼が今の軍に仕官した時には既に一軍を率いるまでのし上がっていた武将だ。
 普段は勇ましく、部下の兵にも己にも厳しく鍛錬を課している。
 そして、何度誘いをかけても「ごめん私、貴方には興味の欠片もないから」との一点張りで、一切受け付けようともしない。
 凌統は、何かある毎に話しかけてくる姦しい女達とは違う反応や仕草を見せるそんな彼女が前から気になっていた。










 その想いが強くなったのは、一体何時からだろう………?



 ――俺はずっと前から、あんたに心を奪われていたのかも知れないな――





 「――きゃっ!?」
 「やっと捕まえた――俺の女神」



 気がつけば、俺は心の動くまま湖に入ってを両腕で拘束していた。

 「ちょ、何! 何すんのよっ!?」

 幾ら抗ってももがいても――俺の腕はもうあんたを放さない。
 この湖で、あんたを見てから――いや、初めて逢った時から俺の気持ちは決まってたんだ。



 きっと――
 俺にとってが、女神なんだって。



 「私は嫌だって言ってんのよバカ! 早く放しなさいよ!?」
 「いや――俺だってこれは譲れないね。 今迄俺に散々恥をかかせた代償、貰わなくっちゃな」
 「代償、って何よ!? 私は貴方の事、これっぽっちも――」
 「あぁもう、煩いなぁ………」





 ――お願いだ
 今は黙っていてくれ。

 女神の真の姿を、俺はもう少し見ていたいんだから――





 「――っ!? んぅ………ん」



 俺は、煩くわめきたてる女神の口を、自分の唇で塞いだ。
 そう、心のままに――。










 ――これが、白昼夢でも構わない。

 俺は、湖で俺の女神と出逢った。



 この、気難しい女神の心までをも捕まえるのは至難の業かも知れない。
 でも――



 きっと、何時の日か――










 劇終。




 アトガキ

 暑中お見舞い申し上げます!(←ちょっと早い!?
 ちゅーわけで今回のお話は去年の暑中お見舞い夢と同様に勢いだけで綴らせていただきました。
 (いいのか!?というツッコミも受け付けております←をい)

 去年は軍医とボクっ子を絡ませたので…今年はちょっと違う形で、と思った設定。
 完全に絡んではおりません(←デフォ名が同じだから当然だ)が、軍医と武将を一つのお話に出してみました。
 (最後まで書いて、あまり要らんかったなーと思ったのはここだけの話;汗)

 そしてですね…私が今迄書いた事のない「男一人称」がお話の最後に出てきますが――
 まぁまぁ、なんて強引なんでしょ凌さんたらv(←悪いのはお前だ
 アノ後の展開は皆さんのご想像にお任せするとして………
 (真夏の不祥事?もヒロインを凶暴化させるのもアナタ次第♪←こらこら)

 当初の構想には全くなかった展開となってます、はい。
 ………これが『キャラの一人歩き』だと思ってくださるとこれ幸い。
 (テラ責任転嫁ワロタwww)
 ※因みに、『捕まえた(以下略)』の台詞は情報屋発信です。さんきゅwww

 少々暑苦しい内容となっておりますが…これで少しでも涼しくなってくださると嬉しい、かな…♪

 ここまでお読みくださってありがとうございました。

 2009.07.25     飛鳥 拝



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