― チカラノヒミツ ―










 昼間とは打って変わって涼しげな風が頬を優しく撫でる夕刻。
 人も疎らになった鍛錬場に、激しく動く二つの影があった。
 大きな刃を持った剣を悠然と携える長身の男と、それに刃向かおうとする男と対照的な細い剣を持つ女。
 彼らは互いの武を競うでもなく、ただひたすらに手にする得物を相手に向けて振り続ける。
 そして――



 がきんっ!



 互いの刃が唸りを上げ、弾き合った刹那…二人は間合いを取ってそれぞれに笑みを浮かべた。
 「流石は。 その剣撃の速さには恐れ入ったぞ」
 「ふふっ…貴方も武器を変えたばかりなのにその一撃のキレ、見事だったわ…馬超」
 額に浮かぶ汗を拭いもせず、互いを褒め称えあう姿は男女の壁を越えた何かを感じさせる。
 彼らは戦場にて背中を預け合う、信頼で結ばれた戦友であり…その雰囲気は暖かいというよりは寧ろ清々しい。







 は二枚ある手拭いの一枚を馬超に投げやり、漸く残った一枚で頬を伝う汗を拭うと
 「でもさ、思い切ったわよね…貴方が槍を手放すなんて」
 長年親しんでいる細剣を鞘に収めながら馬超に語りかけた。



 馬超が愛槍ではない得物を持って鍛錬場に現れた時、はその目をこれでもかという程見開いて驚愕した。
 体の一部かと見紛う程一体化した彼と槍の動きは、見ている方も気持ちよく感じていたのだが…まさか、それをあっさりと手放してしまうとはには想像もつかない事だった。
 しかし、重厚な大剣を自在に操る彼を見て妙に感心してしまった自分も居る。
 得物を変えてもその武勇に変わりがないのは彼の武人たる所以なのだろう、と。



 「貴方が上手いのは、馬の扱いだけではなかったのね」
 「これ程の事、造作もない…と言いたいところだが、実はかつて俺が使っていた槍とこの剣…扱いはあまり変わらんのだ」
 「そっ…そうなの?」
 「あぁ。 …いいか?よく見ていろよ、
 思いもかけない言葉に目を丸くするを一瞥し、距離を取るように少し離れた馬超が己の得物を構え、演武を始める。
 成程、その動きはよくよく見てみると今迄戦場で幾度となく見てきた馬超の動きと然程変わらない。
 武器が変わっただけでもこうも印象が違うんだ、とは合点がいったように笑みを零す。
 「くすっ…面白いもんね」
 「だろう? 大きく違うと言えば、刃の重さくらいだな…構えが低くなる」
 「成程…流石の馬超もその差は大きいか」

 だけど――
 やっぱりその力、羨ましいわ。

 演武が止まっても依然威圧感を失わない姿を目の前に小さく呟かれるの想い。
 ――これは、男女の差だけじゃない。
 馬超の手にする大剣…見るからに重そうな得物を持ったとして、果たして自分…いや、他の武将には使いこなす事が出来るか。
 余程鍛錬を積まない限り、無理だろう。
 突きつけられた事実にの心の中で「もっと力が欲しい」という気持ちが膨れ上がるが、そこで終わるではない。

 …それが一つのとんでもない野望を生んだ。



 ――その力の秘密、絶対に暴いてやるっ!













 それから数日後――
 この日は、珍しく鍛錬も執務もない日であった。
 誰もが漸く訪れた休日を喜び、安穏とした一日を思うように過ごす。
 そんな中、は早朝から馬超の自室の近くで朝餉代わりの点心を頬張っていた。



 馬超のみならず………誰もが己の努力を喜んで見せるような真似はしない。
 どのような鍛錬をしているか、直接訊いてもまともに答えてくれないだろう。
 だから、こっそりと見るんだ。

 自分の行動を正当化するように一つ大きく頷く
 これだけ早い時間から待ち伏せしていれば、彼を取り逃がす事もない。
 そう思ったは満足げに目を細め、残りの点心を一気に腹に収めようとした。
 刹那――



 「このようなところで何をしているんだ、?」
 「ぅえ!? 馬超!? ………っ、ごほげほっ!!!」



 不意に背後から声を掛けられ、点心を喉に詰まらせてむせ込んだ。
 …驚いた。
 自室に居る筈の貴方が、なんで後ろに居るのよ!?
 己の胸を叩きながら、必死に声にならない声を上げる。
 朝陽が完全に登ったとは言え、未だ朝も早い…にも関わらず既に動き出していたとは、にとっては全くもって想定外。
 頭の中には『こっそりと後をつける』という計画しかなく、万一相手に見つかった時の対処法など考えてもいない。

 この状況、如何にすべきか――

 喉に詰まっていた点心が漸く腹へと落ち、一つ溜息を吐くと恐る恐る馬超の顔を見上げる。
 「驚いた。 まさか馬超がこんな時間から動いてるなんて思わなかった」
 「それは俺の台詞だ…絶影の準備をして戻って来れば、廊下でお前が黙々と点心を食ってるんだからな」
 驚いたのは俺も同じだ、と溜息雑じりに苦笑を浮かべる馬超。
 しかし、直後その顔に訝しげな色を乗せて
 「で…お前は何をしているんだ? 
 はじめに吐き出した言葉を反芻するように問うた。





 観念したが事の真相を正直に話すと、馬超はふっと幽かに笑った。
 そして、何かを思案するように少々瞳を伏せる。
 「…そうか、お前は俺が個人的にどんな鍛錬をしているか知りたいのだな」
 「うん。 …私、もっと強くなりたいから」

 ――貴方のように。

 同じく視線を地に落として零すに、刹那馬超が笑みを含んだ顔を上げる。
 「ならば…今日一日、俺に付き合ってみるか?」
 「えぇ!? いいの、馬超?」
 「あぁ。 …ついて来られるのならばな」
 「私の根性を試すつもりね…いいわ、付き合いましょう」

 ――貴方の力の源を見出せるのなら。

 馬超は目の前の決意を秘めた瞳を真摯に受け止めると、唇の端に笑みを乗せて踵を返す。
 「ならば善は急げだ、。 準備が出来たら呼んでくれ…俺は部屋で待っている」
 「了解! 直ぐに用意してくる!」



 自室に入る背中を見送ってから、は同じように微笑いながら自室へと足を向けた――。













 「で? こんなところで一体何をするわけ?」

 は目の前に聳え立つ大きな崖の下で殆ど呆けたように馬超へ問うた。
 頂上がどれだけの高みにあるかすら解らない程尊大に構える崖をぽかんと口を開けて見上げる。

 ――ここで、どんな鍛錬をするのだろう。

 彼女の頭の中に浮かぶのは崖を相手に斬りかかる馬超の姿。
 しかし、そのような鍛錬ならば相手が崖である必要性は全くない。
 何故、わざわざここまで来ているんだろう…と頻りに首を傾げるを余所に、馬超は早速行動を開始する。
 自分とが乗ってきた愛馬を近くの大木の下に待機させ、
 「何を、とは…。 鍛錬に決まっているだろう」
 さらりと言い放ち…刹那、崖にある小さな出っ張りへ足をかけた。



 …え?



 「えぇぇぇぇっ!? 馬超、貴方…まさかこの崖を登るつもりっ!?」
 本日、二度目の驚きである。
 鍛錬、と言うからには無論己の得物を使ったものだと思っていたが、馬超のこれからするであろう行為は…武器など必要ない。
 使うのは己の体力…いや、気力だけだ。

 …これって、鍛錬どころか荒行じゃないの!

 「嫌なら帰っても構わないんだぞ」
 半分叫ぶように訴えるに、意地悪い笑顔を向けながらあっさりと云う馬超。
 その手は既に次の目標へと動いている。
 彼は本気だ…というより、様子を見ていると余程登り慣れているようだ。
 は躊躇する気持ちを思い切りかぶりを振る事で払うと、後を追うように崖へ足を向けた。

 「誰が嫌って言った? …乗りかかった船だもの、とことん貴方に付き合うわ」
 「…見上げた根性だな」
 「それは頂上(うえ)に上がってから言う事ね。 …さ、行って」



 陽に照らされた岩肌は、遠目で見るよりもずっと白く見えた――。







 「………っ、ぜぇ、はぁ」
 「疲れたか? 
 「…っ! ううん大丈夫、まだまだ行けるわ」

 荒くなったの息遣いに、幾度となく上から声がかかる。
 正直、の腕や脚は既に限界へと近付いていたが…志半ばで音を上げるような小さな器は持ち合わせていない。
 持ち前?の根性で少し高みを登っている馬超に必死で食い下がる。
 …こんなところで引き返すわけにはいかない、と。
 先程――崖の中腹に差し掛かったあたり――から、は崖を手馴れた様子で登っていく馬超の力強さに感服していた。
 しかしそれは腕っ節の強さで、自分が欲する真の力…あの時の馬超から感じた力ではない。

 ――本当の力の秘密は、登りきった先にある――

 そう思ったは…何が何でも頂上に辿り着いてやる、と改めて心に誓った。







 頂上まであと一息――

 「大丈夫か、? …手を貸すぞ」
 先を登っていた馬超は既に到着し、上からを心配そうに見つめながら手を差し伸べていた。
 しかし、は感覚のなくなった腕を伸ばす事なくぶんぶんとかぶりを振る。
 「駄目よ。 だって、これは…鍛錬でしょう? だったら、自分の力でっ…登りきらなきゃ」
 そう、自分の力だけで――。

 息が絶え絶えになる。
 脚も腕も…もうこれ以上動かない。
 今直ぐにでも差し伸べられる手に縋りたくなるか弱い自分が居る。
 だけど………。

 「私に………もっと、力を…っ!」



 「、お前は…張飛殿のようになりたいのか?」
 「ぇう!?」



 刹那、素の表情で放たれた馬超の言葉に驚き、出っ張りを掴む腕の力が緩んだ。
 ぐらり、と力を失いかけた身体が後方へ傾く。
 …やばっ! 落ちる………っ!
 気の遠くなるような感覚に襲われ、の背中に冷たいものが走った次の瞬間――



 がしっ!



 自分の腕を掴む馬超の力強い手に助けられた。
 ほっと安堵の息を吐き、頂上を見上げると………いっぱいに身を乗り出し、同じように安堵している馬超の顔が見える。
 「危ないな…いきなり手を離すな」
 「なっ…! だって貴方が唐突にあんな事言うから…っ」
 今のは貴方が悪いわ、と身体を引き上げてくれている主に礼を言うのも忘れて文句を垂れる
 その表情には安心しながらも何処か違った思いが表れている。

 混同してたわ…。
 私はね、別に男並みの筋骨隆々な身体が欲しいわけじゃなかったんだ。
 どんな時でも、護りたいものを護れる――芯の強さを手に入れたかったのよ。
 だから――

 「――だから、最後まで自分だけの力で登りたかったのか」
 小さな文句に続けて言葉をかける馬超の唇に納得したような軽い笑みが零れた。
 そして、引き上げられた身体をその場にへたり込ませるの肩を軽くぽんぽんと叩き
 「その想いもお前の力だ。 …あまり片意地を張らず、自分の良さを活かせばいい」
 笑みを崩す事なく、諭すように云った。



 ――これが私の………チカラ。



 は大きく納得すると同時に心の中に可笑しさを抱え込み、突然声を高くして笑い出した。
 自分の欲していたものは、実はもう既に手に入れていて…それに向けて頑張るあまりに、自分自身気が付かなかっただけなんだ、と。
 「ありがとう、馬超」
 それを教えてくれた人に、笑いながらも漸く感謝の言葉を告げた。
 ところが、相手はそれに答えるでもなく…悠然とした佇まいで前方を見つめている。
 「――見てみろ」
 己の向く方へ指を差しながら――。







 「うわ…ぁ」

 やっとの事で立ち上がり、馬超に促されるまま視線を泳がせたは眼前に広がる景色に感嘆の息を洩らした。

 柔らかな曲線を描く地平線と、太陽の光を浴びて碧々と輝く草原。
 その中を幾つかの人馬が行き交う。
 そして遠くには………夕餉の煙を立ち上らせる、小さい集落が見える。

 馬超が何時も、鍛錬の先に見る景色――

 あまりにも雄大すぎる景観に、言葉もない
 その姿を視界の端に捉え、満足げに頷くと…漸く馬超が口を開いた。

 「ここは、俺の心を癒してくれる場所。 そして………俺が護るべきものを再確認する場所」

 目の前に広がる大地と、そこに住む生きとし生けるもの――
 解るか――これが、俺の護りたいものだ。







 一つ大きく頷くの瞳に、馬超と同じ光が宿る。

 自分には、護りたいものがある。
 それを、この命ある限り護り続ける――



 ――その想いこそが、力の秘密――










 目の前に広がる大地を見つめ続ける二人の影が………

                     ほんの少しだけ、近付いた――。







 劇終。




 アトガキ

 おっまたせいたしましたー!
 記念式典、第3弾の完成にございますーーーーーっ!
 って…既に45000打を過ぎています…引っ張りすぎですね、スミマセン orz

 此度はお相手投票ではランク外でしたが…
 コメントにてご指名を受けたばちょんをお相手に、武将ヒロインをメインにお送りいたします。
 例のように!?途中オフにてすったもn(以下略

 今回は手前で宣言した微糖…でしたが、如何だったでしょうか?
 何故この方がお相手だとギャグに走りたくなるのでしょうか…
 本当に最後まで微糖とギャグの狭間でウロウロ…(汗
 それでも、今回も情報屋の活躍によりいい感じ?に仕上がったような気がしますv
 (因みに、タイトルもなかなか浮かんで来ず、情報屋に泣き付いたというヘタレな俺)
 この場を借りまして情報屋をはじめ、読んでくださった皆様に厚く…暑苦しく御礼を申し上げます!

 少しでも楽しんでくだされば幸いに思います。
 ここまでお読みくださってありがとうございました。

 2008.09.13     飛鳥 拝
 (同9月15日 改訂)



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