二つの群雄割拠の時代が一つになった世界。
数多の武人や武士と共に、はこの世界へと導かれた。
このような事に己の力を使うとは…彼の人は何を考えているのだろう、と彼女はしばしば思っていたのだが――
彼の人が斃れ伏しても未だこの世界に終わりは訪れない。
それどころか、仙界の人物までもが次々と姿を現す始末。
何故、元の世界へ還れないのだろう――?
――しかし、それよりも彼女の心には大きく燻るものがあった――。
口は戦いの元………!?
「うがー! いっつも何時も………あいつはっっっ!!!」
「…何を吼えている? 」
紅と青………二つの月を見上げながら叫んでいるの背中に女の声が届く。
ふと振り返れば、視界に飛び込んで来るは勇ましくも女らしい微笑み。
「珍しいな、お前が月に吼えるなど」
「これが叫ばずに居られますかって! 本当にあいつ、腹が立つんだもん」
「ははっ、また坊やの事か」
姉のような眼差しで茶化すように言って来る女カに、己の心の叫びが恥ずかしくなったのかは苦笑いで返す。
女カの言う『坊や』――それは仙界の住人の一人、太公望の事である。
職業柄、どのような人物に対してもあまり態度を変えないなのだが…何故か彼とは相性が悪いらしく、姿を見た後は何時も苛立っている。
太公望の何処がの癪に障るのか。
それは、彼の態度に他ならないだろう。
「――だってさ、何かある毎に『人の子』って………何様のつもりだっての」
「何様、とは…。 奴は仙人様のつもりなのだろう?」
「………ここでベタな答えを返すか、女カ」
ある意味思った通りの女カの返事に、がっくりと肩を落とす。
確かに、仙人という者は…目の前に居る女カの口調からも人間を少々見下している感がある。
しかし、太公望が他の仙人達と決定的に違うところは――
「…とにかく、私はあいつが許せないのよ。 あれは絶対に人種差別だわ」
「坊やも酷い言われようだな」
「相手が仙人だからあまりはっきりは言わないけどさ、本来ならもっと食って掛かるところだわ」
――そう。
がここまで苛立つ理由、それは太公望が自分達人間を完全に侮蔑しているところだった。
彼にしてみれば「たかが人間」、自分達にしてみれば「されど人間」である。
あそこまで馬鹿にされては流石のも黙ってはいられないらしく、苦虫を噛み潰すような表情で悔しがっている様子からもそれが容易に窺える。
しかし、女カはその姿を見てふっと軽く笑みを零し
「…ならば、食って掛かるといい。 奴も仙人といえど、元は人だ」
許せぬ事ではないぞ、との肩をぽんと叩いた。
刹那、渋い表情を湛えていた顔が女カの一言で忽ちぱぁっと明るくなる。
「えっ!? いいの?」
「あぁ、私が許す」
――そうよ、あいつだって元は人間なんだ。 何を躊躇ってたんだろう?
「よっしゃー! 今度あいつに会ったら体力がなくなるくらいの致命的な事、言ってやる!」
「やる気だな、」
「おう、やらいでか! …ねぇ、女カ…あいつ、今度何時来るの? 早く来ないかしら」
つい先程まで「もう二度と会いたくない」といった状態だったにも関わらず、今はその相手を心待ちにしている。
そんなの様子を女カはただただ微笑ましく見つめていた。
「他人の言葉一つでこうも態度が一変するとは………、やはりお前は面白い奴だな」
程なく、この地は戦乱に包まれた。
武器を持たないも、軍医として日々傷ついた兵士の治療に忙しく動き回っている。
その様子は目が回る程だったが………何故か表情は明るかった。
「よし、治療完了! 痛くなくなったら直ぐに復帰してねー! はい次ー」
動ける兵士に対しては容赦ない。 手当てをしては直ぐにその背中をどんっと押し、外へ追い遣った。
その様子は戦場にて武を振るう戦人に近い何かを感じさせる。
「…あんたは鬼だ…」
再び外へと追い出される兵士の口からふとこんな言葉が出て来ても我関せずといった調子だ。
「何とでも言って頂戴。 武器は持たないけど、私だって戦ってるんだから!」
違う形で――
戦場に身を置く兵士達と共に戦っている。
相次ぐ負傷者を再び戦場に立てるように治療し、戦の手助けをする事がの心に高揚感をもたらしていた。
しかし、彼女がご機嫌な理由はそれだけではなかった。
間もなく、我が軍は蜀軍の精鋭と合流する。
そして、その中には………が『天敵』と認識する太公望も居るのだ。
作業を続けながらも心は既に彼の人へ向ける言葉を思案し始めている。
そんな彼女の笑顔には少々黒いものが雑じっていたが、それでも味方の士気を上げる力を充分に持っていた――。
間もなく、敵軍撤退の報がの居る拠点にも届いた。
敵軍の総大将であった妲己はあと一歩のところで取り逃がしたが、こちらの被害が最小限に抑えられただけでもよしとしていいだろう。
つかの間だが、歓喜に沸く我が軍。
しかしそんな中、をはじめ医療班の面々は依然傷ついた兵達の治療に勤しんでいた。
「軍医殿…手が空いたらで構わないんじゃが、後でわしの腰を診てくれんか? 先の戦で痛めてしまったようなのじゃ」
甲斐甲斐しく作業を進めるの背中に、突如老将から声がかかる。
声の様子から症状は大した事はないと判断出来たが、は作業の手を休める事なく顔だけを老将に向けて
「あら、それはいけませんね。 では…そちらの寝台に横になって少々お待ちください」
この後按摩して差し上げます、と付け加えながらにっこりと微笑んだ。
軍医の言われるがままに寝台へと身を横たえる老将。
その様子を視線で追いながら、は更に笑みに優しさを湛えた。
しかし――
「…人の子とは厄介なものだな――歳を追うと身体が思うようにならなくなる」
吐き捨てるような冷たい声が違う方向から届き、僅かに顔を強張らせた。
人の子――
人を差別する、が一番嫌う言葉を放つ声の正体は…視界に捉えなくても直ぐに解る。
決して会いたくはないが、今最も心待ちにしていた人物――
「ふ、随分と実感がこもった一言じゃないの………ねぇ、太公望サマ?」
はその姿を見る事なく今迄湛えていた笑みを黒いものに変えて、云った。
さぁ、戦闘開始だ――
「実感、とは…? 私達仙人には歳など関係ない」
理解不能と言わんがばかりに憮然とした表情を顔に貼り付けたまま言い放つ太公望。
…流石にこの一言だけじゃ彼を仕留めるのは無理か。
はここで漸く太公望と視線を合わせるとむぅ、と一瞬だけ眉間に皺を寄せた。
しかし、言葉というものは面白いものだ。
これまでが彼に言おうとしていた言葉の数々はすっかり忘れ去られ、その代わりに太公望の始めの一言から連想するかのように頭の中で次々と浮かんでくる。
彼女の心の中で燻っていた気持ちは、相当のものだったのか。
だが、相手は仮にも仙人だ。
はこみ上げてくる衝動を抑え、慎重に事を運ぶべく言葉を選びつつ相手の出方を窺う。
「ふぅん、そんな事言っちゃっていいんだ? ………『元』・爺ぃのクセに」
すると――
「んぐっ………何っ!?」
彼女の一言があまりにも意外だったのか…太公望は一瞬声を詰まらせ、そして語気を荒げた。
何時もは飄々としながらずけずけと勝手な事ばかり言ってくる彼とは違う反応。
――効果はなかなかだ。
気持ちが波打ったと判断したは、更に口角を吊り上げて云う。
「あらぁ?違いましたっけ? 貴方って、かなり歳を食ってから仙人になったんでしょ? なら元爺ぃで間違いないじゃない」
「………貴様――」
「とんだ若作りね。 私も危うく騙されるところだったわ…見た目にね」
一度波打った心は、流石の仙人でも制御し切れないらしい。
「これは決して『若作り』ではないっ!」
顔を紅潮させ、半分叫ぶように怒鳴る太公望。
それを見て、は心の中でほくそ笑んだ。
――しめた、効果は抜群だ――。
こうなれば、後は畳み掛けるように攻撃すればいい。
戦に於いて、感情の制御は必須条件――心のままに行動してしまったら、それは時に取り返しのつかない事となる。
これは、武器を持たないにも充分に理解出来るところであった。
太公望の上げた声に、周りの人々が「なんだなんだ」と集まってくる。
それは、まるで二人のやり取りを観戦するように…遠巻きに人垣を作り出した。
その中には、先の戦を見届けに来た伏犠や女カの姿もあった。
「ははっ! 酷い云われようじゃな、坊主!」
「ふっ…奴にはいい薬になるだろう」
しかし………どうやら彼らには太公望を援護する気はないらしい。
二人の態度に小さく舌打ちをすると、太公望はに向き直る。
「ふ、ふん………人の子の中にも口が達者な者が居たか」
辛うじて冷静さを保ちつつ眉間に皺を寄せて言い放つその様子は、それでも畳み掛ける余地は充分にあった。
この期に及んで未だ『人の子』を出すか、とは僅かに腹を立てるが
「口に関しては貴方に敵いませんわ、太公望サマ」
あくまで笑顔を崩さずに言い放った。
しかし、これまではにとってほんの『先制攻撃』でしかない。
――ここからが、本番だ――
心の中で一つ大きく頷くと、は太公望の顔に己のものを近付けながら言葉を続ける。
「貴方のその達者ぶり…何処から来るのかしら? やっぱり仙界では相当溜まるものがあるんでしょうね」
「…どういう意味だ、」
「え?解らない? ふぅん、そう――」
訊き返してくる太公望の反応にやれやれ、とかぶりを振りながら合点がいったように唇の端を吊り上げた。
「太公望、貴方は…仙界で溜めた鬱憤を私達を相手に晴らしていたのよね。 …早く言えば八つ当たり」
の言葉を女カと伏犠ははじめ理解不能といった表情で聞いていた。
しかし、頭の中で噛み砕くうちに漸く言葉の意味を理解していく。
「………あぁ、そういう事か」
「あの事まで…あやつの知識も侮れんものじゃな、女カ」
うんうん、と頷く傍観者二人。
その一方で未だ理解しきれていない人物が一人。
「何故私が人の子なんぞに八つ当たりなど――」
平静さを装いながらも動揺を隠せないで居る目の前の仙人をはしっかりと見据えた。
――ふふ、じわりじわりと効いて来たわね。
自分の言動が勝利を掴むのは、最早時間の問題。
相手を見据える瞳の奥に更なる黒さを湛えるとゆっくりと言葉を紡いでいく。
「違うって言い切れる? …私、知っているのよ――」
――貴方が落ちこぼれだ、って。
の言葉は、太公望にとって大打撃だった。
この事実が、まさか人間界にまで広まっているとは………。
その場にがっくりと膝を付く様子は、今迄の彼とは思えない程に弱々しかった――。
普段見る事のない彼の姿にはおろか、傍観者達も呆気に取られる。
しかしそんな中女カと伏犠だけは堂々とした雰囲気を保ち、瞳に全てを見据える光を湛えていた。
「いいぞ、! あと一押しじゃ!」
「勝負はついた。 奴の気力はもう既にない………これ以上煽ってどうする、伏犠」
力なく項垂れる太公望が溜息と共に言葉を吐き出す。
「…お前にそこまで云われるとは思わなかった…お前には少なからず好意を寄せていたからな」
――これは、彼にとって精一杯の言葉。
傷ついた兵に向ける慈愛に満ちた笑み。
そして、かつて自分に向けてくれた親愛の表情。
それが、全て虚像だと思わせるような今のに、太公望は大きく衝撃を受けていた。
見るからに哀れな姿――
しかしは投げかけられた精一杯の言葉を――
「ごめんなさい、太公望。 でも私………貴方の事、嫌いだから 」
たった一言で、すっぱりと斬り捨てた――。
「………も、女カも、伏犠も………みんな大嫌いだ」
膝を抱え、のの字を書いている太公望を尻目に、は寝台で爆睡している老将の下へと向かう。
その表情は、今迄の燻ったものがすっかり晴れているようで…優しい微笑みに更なる磨きがかかっていた。
そして、事の全てを見ていた仙人二人が感心したように言葉を交わす。
「あの太公望をここまで落ち込ませるとは………」
「ははっ! ある意味、が最凶なのかも知れんなぁ!」
しかし、その表情は…どん底に落ち込む太公望を余所に、至極楽しげだった――。
――勝者、――
劇終。
アトガキ
長らく引っ張ってしまい、申し訳ありません orz
しかし、これにて記念式典の課題(こら)、全てコンプリートですっ!
(と、一人歓喜の声を上げる管理人)
というわけで…記念式典第4弾、最後の作品の完成です。
今回は再抽選にて第1位を飾ったOROCHI設定でのお話。
しかも、出てくるのはヒロインと仙人だけ♪
如何でしたか?
当初、太公望とヒロインに口でバトってもらおうと書き始めたんですが…
何時の間にか太公望がカワイソウなキャラになり…
そして、ヒロインがめっちゃ黒くなったというカオス(苦笑
管理人のお得意のパターン(ギャグ→甘)ではないですが…
この場を借りまして、ネタを授けてくれた情報屋をはじめ、読んでくださった方に御礼を申し上げます。
少しでも楽しんでくだされば幸いに思います。
ここまでお読みくださってありがとうございました。
2008.10.25 飛鳥 拝
(改訂するかも!?)
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