――洒落たプレゼントなんか要らない。

           ここに、あなたがいるから――










 おおきな、おおきなおくりもの










 「なっ………!? なんですと!?」

 私は己の耳を疑った。
 今聞こえた上司の台詞に、ただただ茫然とするしかなかった。



 ――すまんが、今月の24日から25日にかけての夜勤、山田君と代わったから宜しくな――



 くそ、山田のヤツ…上手く逃げやがったな。

 私は上司に引きつった笑顔で「解りました」と言いつつ、心の中で舌打ちをした。
 毎年、この時期は夜勤から逃れるのに苦労するのよね。
 方々から声がかかる忘年会に加えて、この月にはある意味重要な一大イベント『クリスマス』があるから。
 家族や恋人のいる人は早々と夜勤のお断りをしている。
 私も、今年は特に回避したいところだったんだけど………同僚の山田が彼氏と別れたって言ってたから完全に安心してた。
 それが、上司曰く「お前に頼めば断らない…いや断れない、と山田君が言っていたからな」との事。

 うーん、やっぱりもっと早めに対処しておけばよかったかな。

 ………と思っても後の祭り。
 一度了承してしまったからにはやらなければならない――それがこの業界?の掟みたいなものだからね。



 あーあ。 つくづく私ってお人好し!













 その夜。
 私は目の前に座る男に向かってひたすら謝ってた。
 何に?って………言うまでもなくクリスマスイヴの夜に一緒に居られないからに決まってるじゃない。
 急に夜勤が入ったって言ったら流石に普段は穏やかなこのヒトも怒るかな………って思ってね。
 だけど――

 「世の中、何時何が起こるか解らぬものだ。 …、そなたが謝る事ではない」

 この御仁はたった一言であっさりと終わりにしちゃった。
 「いいの? 折角一緒に素敵な夜を過ごすチャンスだったんだよ?」
 って私が訴えても、
 「構わぬ。 …そもそも『くりすます』なるもの、私には未だによく解らぬからな」
 はは、と私の頭をわしゃわしゃ撫でながら一笑。
 確かに、古き戦乱の世――三国志の世界から来たこのヒトにはクリスマスなんてナンボのもんじゃい!ってとこなんだろうけど。



 そう。
 目の前でポロシャツにジーンズというラフな格好をしているオトコ――張遼は何らかのチカラでこっちの世界にトリップしちゃったらしい。
 私が第一発見者って事でその時は嫌々ながら引き取ったんだけど………どういうわけか、私とウマが合ったのよね。
 そんなこんなで今は世間一般で言う『同棲』って間柄になってるってワケ。



 ――その彼がふと真顔になって言う。
 「、そなたも大変なのだな………夜も寝ずに執務など」
 百戦錬磨の御仁に労いの言葉をかけられてちょっと照れくさくなった私は負けじと言い返す。
 「あは…それを言ったら遼の方が大変じゃない? 何時も死と隣り合わせだったんでしょ?」
 「うむ、だがな…この安穏とした世の中でそのような執務をしているのは、やはり立派だと思うぞ」
 「なんのなんの。 この世の中に限らず、楽な仕事はないって事よ…遼」
 「そういうものなのか」
 「そういうモノなの!」



 止め処なく続く問答。
 ちょっと難しい話になっても決してつまらなく感じないのは、やっぱり張遼の事が好きなワケで………
 そんな問答でも飽きる事なく付き合う張遼も、同じように私を好きでいてくれてるって事で………
 このヒトは、何時も私の中の負の気持ちを綺麗サッパリ洗い流してくれる。



 こうして――
 私の中に燻っていた悔しさや寂しさは、何時の間にか抱きすくめられた腕によって消えていった。













 「お疲れ様でしたー! お先っ!」

 挨拶もそこそこに、とっとと職場を出る。
 更衣室で着替えながら壁掛けの時計を改めて見ると………既に午前10時を過ぎている。
 夜勤に加えて、想定外の残業。
 これは何時もの事だけど…今回だけは流石に私も発狂寸前だった。
 早く帰って…遼とイヴのリベンジをしたいのに、そんな時に限って忙しいんだからっ!

 殆ど徹夜で浮腫んだ頬を更に膨らませて、私は必死に家路を急いだ――。







 やっとの事で辿り着いた我が家…中には私の一番大事な人が私の帰りを待ってる。
 今、彼は何をしてるんだろう?
 ちょくちょく私が買って来る本でも読んでいるかな…それとも、暇を持て余して転寝でもしてるかな?
 そんな想像を勝手にしながらドアノブに手をかけ、徐に扉を開けた。
 すると――



 ――ガチャリ。

 「めりーくりすまーす!」



 「うわっ!」
 いきなりの事で声を上げてしまった。
 目の前に突如現れた紅い服の老人――いや、これはサンタのコスプレをした張遼だ。
 その彼が、困惑いっぱいな私の手を引いて奥へと導いていく。





 リビングには――
 テーブルの上に置かれた大きなケーキと七面鳥っぽい鳥の丸焼き。
 そして、私が何時も座ってるところには買ったばかりらしいふかふかの座布団が置いてあった。

 えっ、でも………なんで?

 私は今ある状況がいまいち把握できなかった。
 手に提げているバッグをそのままに、開いた口が塞がらない。
 確かに、ケーキや鳥の丸焼きは私が夜勤の前に買ったものだけど…サンタの服や座布団までは用意していない。
 これって、もしかして………遼が用意したの?
 あまりに突然の出来事で言葉が出ない私に、張遼が言う。
 「。 執務、疲れただろう………早く座ってくれ」
 「え、あの、遼? それ――」
 「話は後だ。 今は、そなたと一緒に楽しく過ごしたい」
 穏やかな笑顔を崩さずにいる張遼にそっと背中が押される。
 私は戸惑う心と共に、彼に導かれるがままテーブルについた――。



 冷蔵庫から出されたシャンパンが小気味いい音を立ててグラスに注がれる。
 その二つのグラスが「ルネッサーンス!」の言葉と共にチン、と重なる。



 そして、無神論者二人の不思議な聖誕祭が始まった――。







 「ねぇ、遼?」
 「なんだ」
 「それ………どうしたの?」

 宴もたけなわ、ってワケじゃないけど…シャンパンと夜勤明けの頭に程よく酔わされた私が、漸く張遼に訊いた。
 考えれば考える程、謎が深まる。
 どうやってクリスマスを詳しく知ったのか。サンタの服や座布団を何時手に入れたのか。
 私なしで滅多に出掛ける事がなかったのに――。
 だけど、目の前のサンタは白い付け髭の奥でくくっと笑うと
 「…これだ。 、忘れてたのか?」
 私に一冊の雑誌を差し出してきた。
 それ――タウン情報誌には、『二人で過ごす聖なるひととき』と大きく書いてある。
 あ、これ………そう言えばちょっと前、遼にクリスマスとは何ぞや?という事で説明代わりに渡していたんだっけ。
 「あは、ごめん遼…すっかり忘れてた」
 「まぁ、見たところで全ては理解できなかったがな…それを見て、昨夜が出かけた後に買いに出た」
 「そ、そうなんだぁ」
 張遼の言葉に相槌を打ちながら、私は失礼な事に必死で笑いを堪えてた。
 …だって、一見硬派そうなお兄さんがサンタの衣装や座布団を一生懸命選んで買ってるところを想像しちゃったから。



 なんとなく可笑しくて………そして凄く嬉しくて。
 私の瞳にわけの解らない涙が浮かんでくる。



 「ありがとう、遼………今日は人生最高のクリスマスだわ」

 私はそう言うと…目の前で微笑っているちょっと不器用なサンタさんに、心のまま抱きついた。







 「…遼、貴方に何かお返しをしなきゃね」
 「いや、そなたが居れば私は何も要らぬ」



 私と同じだね。
 私も………遼が居てくれれば何も要らない。





 だって――





 あなたこそが…私にとって大きな、大きな贈り物だから――







 劇終。



 アトガキ

 ィヤッホゥ! メリークリスマース!(←気が早っ!
 というわけで………先走ってクリスマスネタを投下いたしますぜ!

 日記にも書きましたが、今迄リクエスト以外でクリスマスネタを書いたことがありませんでした。
 それを思い出した時にポッと閃いた即興ネタ。
 そして、この時期に丁度よく?5万打企画のお相手投票の結果が出て………
 惜しくも次点だった山田様をお相手として書き上げてみました。
 (久し振りに書いたにも関わらず、物凄く書きやすかったというw)

 制作時間合計3〜4時間という…まぢで即興!って感じのお話ですが…
 私自身楽しく書かせていただきました。
 (なんとなくこのヒロインの状況…私と似てないでもないですが;;)

 このお話で少しでも楽しんでいただければ幸いです。
 ここまでお読みくださってありがとうございました。

 2008.12.16     飛鳥 拝


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