あなたと共に歩んで往きたい。
 あなたの甘く、狂おしい香りに抱かれていたい…。
 これからも、ずっと………。










 愛は甘い香りと共に










 初冬の肌寒さが身に凍みる。
 中庭に面した縁側に腰を下ろしていたは上着の前を深く合わせて身体を軽く震わせた。
 雪が舞うのは時間の問題ね…と灰色に支配される空を見上げる。
 すると…その視界が突如暖かいものに塞がれ、暗転する。



 「陸遜様…お戯れを」
 は目を覆っている陸遜の手に自身のものを添えると、やんわりと微笑んだ。
 そして、陸遜の手を握り…導くようにゆっくり下ろしていく。
 「…。やはり解ってしまいましたか」
 と言いながらの手に逆らうかの如く両の手を開くとその身体を背中から抱きしめる陸遜。
 の肩に垂れる髪の感触を自身の頬で楽しむかのようにその瞳を閉じながら。
 すると、はくすっと鼻を鳴らし、口調を変える。
 「…こんな事するのは…貴方くらいしか居ないでしょ? 伯言。 それにね…」
 貴方が来るって…風が運んできてくれた香りが教えてくれたわ、と。
 風を読んでいるのか…陸遜と同じように瞼を伏せ、はにかんだように微笑んだ。
 「…伯言の香り、好きだもの」
 「私の…ですか?」
 抱きすくめた腕をそのままに、に訝しげな顔を向ける陸遜。
 貴女も同じ香を用いているのに?と。
 確かに…二人は同じ香を好んで使っている。
 同じ物なのに、何故…?
 はそんな陸遜の疑問に笑顔を崩さず答える。
 「うん。 何ていうのかな…香の香りじゃなくて、貴方の香りっていうか。 そんな感じ」
 私の、香り…。
 陸遜は「それは私も思っていました」と小さく頷きながら再び目を閉じ、彼女の身体を強く拘束する。
 視覚を遮る事で研ぎ澄まされる嗅覚。
 自身から漂う香りをいっぱいに吸い込む。
 「ほら…こうするともっと貴女の香りを感じる事ができます」
 「そうね。 あの時より、強く、強く…」
 も陸遜に倣い、他の感覚を閉じる。
 そして、顔を陸遜のそれに向け、更に近づけると…二人の唇が極々自然に重なった。





 そう…あの時から私は、あなたの香りに心を奪われていた………。











最初はただの、偶然…だった。







 普段は平坦な…何もない平原に幾つもの天幕が立ち並ぶ。
 その中で、戦の準備に誰もが右往左往している。
 これはある意味戦の最中よりも緊迫した場面かも知れない。
 用意周到でなければ、敵軍に出鼻を挫かれる。
 そんな思いを胸に、軍の面々は自分達の作業に没頭していた。





 「おい! こっちに手を貸してくれ!」
 天幕の外から声がかかる。
 しかし、中も慌しく…兵達は自分の作業をこなすので手一杯だった。
 兵の一人が天幕から外に顔を出し、声を荒げる。
 「こっちだっていっぱいいっぱいなんだ! てめぇらで何とかしやがれぃ!」
 「何だと!」
 このような口論は、戦の瞬間が近付くに従ってより一層激しくなる。
 緊張の糸が足の踏み場もないほど張り巡らされているような雰囲気。
 少し離れて自身の得物『翔隼』を研いでいたにもその様子が手に取るように解る。
 得物を鞘に収め、腰に差してからその場にすっくと立ち上がると、てくてくと歩を進め出した。
 近くに居た兵士が「様…どちらへ?」と声をかける。
 すると、は天幕の入り口に手を掛けたまま顔だけを兵士の方に向け、言い放つ。
 「決まってるでしょ? 手伝いに行くのよ」
 「ですが…」
 「偉いからって何もしないわけにはいかないわよ。 ちょっと手を貸してくるわ」
 「役に立たないかも知れないけどね」と軽く舌を出し、兵士に笑顔を振り撒いた刹那、目にも留まらない速さで外へと消える姿。
 兵士はそれをを見ながら
 「はぁ…うちの軍団長もじっとしていればいい女なんだがなぁ…」
 やれやれ、と腕を組み、かぶりを振った。





 程なくその場に着いたを出迎えたのは、数人の言い争うような会話だった。
 天幕の影から恐るおそる顔を覗かせる。
 すると…。
 数人の兵士に取り囲まれ、彼らと取り留めのない問答を交わす一人の姿が見えた。
 それは…青年、というより未だ少年といった方がいいだろう。
 「陸遜様…! 幾ら手が足りないとは言え、貴方様がこんな事までなさらなくとも…」
 という兵士達の言葉を「いいえ、構いません」とやんわり退ける口調は、既に大人特有の空気をその身に纏っていたが…兵士達の顔を見回すその精悍な顔に潜む僅かなあどけなさをは感じ取っていた。
 「ふぅ〜ん…。 あれが噂の『若き軍師』様、ね」
 成程、と数回小さく頷く。
 『この軍に来てからたった数日で知将全ての目に留まった程の逸材』
 と謳われているのを小耳に挟んでいたは、未だ会った事もないその人物像を勝手に作り上げていた。
 そして、今目に映る彼の姿…。
 その想像とはあまりにもかけ離れた容姿に驚きを通り越して感心する。
 ぱっと見は単なる優男だけど…あの雰囲気、やっぱり只者じゃないわね、と。
 しかし、何時までも黙って見ているではない。
 あのまま問答を続けていれば、捗る作業も滞ってしまう。
 そう思ったは言葉を発するよりも先にその人だかりの前に姿を見せていた。
 そして
 「何時までもそんな問答をしていたら埒が明かないわ」
 「此処は私が手伝います」と言い放ち、「様、貴女様までも…」という兵士の制止を振り払うように器具を手に取って踵を返すと…突然の事に戸惑いを隠せない『若き軍師』に
 「はじめまして、陸遜様。 と申します…以後、お見知りおきを」
 極々丁寧に拱手し、直ぐに他の兵士達が作業する場に足を向けた。



 刹那、その場を吹き抜ける一陣の風。
 そして、その風が運んで来た香りがと陸遜二人の鼻孔を擽る。



 !!!
 …この香りは…。



 一時の後、二人は向かい合ってそれぞれ同じ驚愕の表情をその顔いっぱいに湛えていた。
 「陸遜様。 まさか貴方が私と同じ香を嗜んでいるとは…」
 「私の方こそ驚きましたよ、殿。 貴女も『伽羅』の香をお使いだとは。 …ですが」
 陸遜はここで一旦言葉を切り、表情を一瞬曇らせてに一瞥をくれると
 「武将である貴女が、この場でも香を使うのは感心できません。 敵兵にその存在を晒しているようなものですからね」
 貴女が伏兵だとしたら直ぐにばれてしまいます、とに詰め寄った。
 すると、は陸遜の言葉にも臆する事なくくすりと笑い、目の前の『若き軍師』に言葉を返す。



 「ふふっ…何を言い出すかと思えば、そんな事ですか。
 …私は『伏兵』なんて姑息な手段は好まないんです。
 どうせ戦に出るのなら…。
 逃げも隠れもせず、正々堂々と敵兵に立ち向かいたい。
 それに、この香りはどうしても手放したくないんです。
 だって、この香りは…郷里の母が好んでいる香りですから」



 武人としては相応しくないのでしょうけど、と付け加えて再び笑う
 その表情はつい先程まで感じていた勇ましさに加えて女性としてのしおらしさを含んでいて、陸遜は彼女に対する興味が自分の心の中に湧いてくるのを感じていた。
 くくっと軽く喉を鳴らして笑うと、改めてと対峙し至極丁寧に拱手しながら言葉を紡ぐ。



 「殿…。
 私は…貴女に、興味が湧きました。
 その言葉、此度の戦で確かめさせていただきますよ。
 改めまして。
 私、陸伯言と申します…以後、お見知りおきを」



 それにも拱手で答えるが…刹那、負けずに問いを投げかける。
 「…ですが、陸遜様。 貴方の方こそ戦で香を用いたら危うい立場なのでは?」
 からの意地悪い問い掛けに、今度は陸遜が声を上げて笑った。
 そして、の顔に自身のそれを近付けて再び詰め寄る。
 「貴女の…先程の言葉を、そのまま貴女に返したらいけませんか? 実は私も…逃げたり隠れたり、という事が苦手なのですよ」
 その悪戯っ子のような表情にも声を高らかに笑い出した。
 なんて、可笑しい事を…!
 「あはっ…! 貴方、軍師なのに…!」
 笑いながら、も目の前で笑う青年の事に興味に近い感情を抱いていた。











 『興味』が『愛情』に変わったのは何時からだろうか…?
 それは、今では確かめる術を持たない。

 しかし、二人の関係がこうなる事は…
 お互いが同じ香りを感じたあの瞬間から、決まっていたのかも知れない………。







 愛は………
 伽羅の甘い香りと共に…二人の下へと舞い降りた。







 「陸遜様…お戯れを」










 劇終。




 アトガキ

 管理人お題挑戦作品・第1弾です!!!
 うわぁ、やっちゃったよ!
 久し振りのベタな甘夢!

 やはりお題に沿った制作は難しい。
 それでも、書いていて楽しかったです。
 少々まとまりのないものになってしまいましたが(汗

 しかし。
 書きたいことは書けた。
 「だ〜れだっ♪」をさせたかったのですよ、このカポーに!
 実現させた、それだけで管理人は満足です、はい。
 (いい加減逝ってきた方がいいと思ってしまうが)

 こっぱずかしくなってきたので退却します(汗

 ここまで読んでいただき、ホントにありがとうございました!

 2007.2.16     飛鳥 拝

 使用お題『愛は甘い香りと共に』。
 (当サイト「正真正銘!タイトルお題10連発!」より)

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