今、目の前に…この現代日本にいる筈がないような、独特の雰囲気を持った人間がいる。
 過去の時代、しかも今で言う中国から来たらしい。
 彼がここに来た原因も元の世界に帰る術も、私になんか解りゃしない。
 だけど。
 自分勝手だと思うけど。
 今、私の心にある気持ちは………。










 ご利益!?に 『ありがとう』 を。










 目が覚めて、起き上がったらぐらりと視界が揺れた。
 頭が割れるように痛い。
 タイマーでエアコンがかかっている筈なのに、異常に寒いし!
 …やばい、風邪をひいたらしい。
 ぐらぐらと揺れる頭を振りながらベッドから降りて体温計を手に取ると、徐に脇に差す。
 …待つこと数分。

ピピッ、ピピッ。

 …うわ、久し振りの38度オーバー!
 ついてない。
 聞かれるわけでもなく、一人零した。
 新年早々こんな始まりなんて…!
 『一年の計は元旦にあり』 とはよく言うけど…これじゃ今年一年が思いやられる。
 しかも、今日は………。

 今、世界で一番大好きなヒトと初詣に行くぞ!と息巻いていたのに―。





 思うように動けない。
 歩こうにも足がスポンジの上を歩いているようにふらふらするから、仕方なくベッドに逆戻りする。
 掛け布団を頭まで被り、丸くなっていると
 「よう、。 珍しいな…まだ寝ているのか?」
 声が、聞こえた。
 寒さに震えながら首だけを布団から出して声のする方へ向ける。
 すると…。
 うわ、眩しっ!
 どうやったら…朝からこんな笑顔が出せるんだ、この御仁は!
 熱でうなされた私には目の毒だっつの。
 でも…カッコイイから、目が離せない。
 と目を細めながら大好きなヒトの姿を更によく見る。
 彼は…もう既に普段着に着替えていて、古き三国志の時代に居た人間にも関わらずカッターシャツにGパンというスタイルが物凄く似合っている。
 まぁ、ここは男性モノのブティックに勤めている私の本領発揮といったところだけど。





 遡る事約一年前。
 新年の大売出しの準備による残業でへとへとになった私の目の前に突如現れたこの御仁。
 警察やら役所やら…いろいろなすったもんだの末、結局私が引き取る事になった。
 だけど、今思うと…本人に失礼な言い方をしてしまえば「いい拾い物をした」と思っている。
 最初はお互いに戸惑い、ぎこちない毎日を過ごしていたけれど…何時しか彼もこの世界に馴染んできて、順応性が微妙に悪い私も漸くこの奇妙な現実を受け入れる事に成功した。
 そして…。
 男と女が一つ屋根の下(ここはアパートだから部屋だけど)で暮らしていたならば、何時かはこんな関係にもなろうというもので…。
 私達は、どちらからともなく愛し愛される間柄になっていた―。





 愛を確かめ合ったその次の日、私がプレゼントした服。
 それに身を包む彼は、少年のようなあどけなさを残しながらも男の頼もしさをしっかり醸し出している。
 これは前に居た世界が乱世で、己の身すらも己で守らなければならないという現実の中で戦ってきた所以なのかも知れない。
 だけど、それすら今の私にとっては尊敬に値する。
 ヘタレな男共がそこら中に氾濫するこの世の中で、強さが内から滲み出ているような人にはそう簡単に出逢う事ができないから。
 ぼうっとする頭でそんな事を考えていると―

 「どうした? 早くしないと神社が混んでしまうぞ」

 笑顔を更に眩しくした人が私の傍に寄ってきた。
 そして、ベッドの縁に腰掛けて私の髪を優しく撫でてくれる。
 直後、彼の手がぴたりと止まった。
 「…。 お前、熱が…」
 「孟起…私、風邪ひいちゃったみたい」
 ごめんね、と泣きそうになりながら彼の瞳を覗き込む。
 本当に情けない。
 折角のお出かけ…しかも新年早々同僚のブーイングを浴びながら休みを取ったってのに、このザマだもの。
 風邪の菌なんて、どこに潜んでたのよ!?
 悔しい…と彼に訴えてたら泣けてきた。
 昨夜、寝床で
 「楽しみだな、
 と私に口付けながら囁いてくれた孟起の笑顔が思い出され、それが痛く心を刺した。
 出てきた汗と涙で枕が濡れてきたけど、それにも構わず私の瞳からは次々と溢れてくる。
 枕に顔を埋め、嗚咽を洩らしていると…再び彼の手が私の髪に伸びてきた。
 「汗で濡れてるから…汚いよ」
 「いや、お前のものだからな…汚くなどない。 …そうだ、ちょっと待っててくれ」
 私の髪を梳き、優しい言葉をかけながら何かを考えていたのか…突如立ち上がって部屋の向こうに消える姿。
 風邪、感染したらいけない。
 だけど、いざ姿が見えなくなると急に心細くなる。
 これが病人の性、というもので…私は孟起が通った扉をずっと見つめていた。

 早く、戻って来て…と切に願いながら―。





 程なく、彼は戻ってきた。
 両手に自分が先程まで使っていた掛け布団やら今日着て行くんだった上着やらを抱えて。
 それを蹲る私の上にかけながら
 「。 重くなるかも知れないが、寒いよりましだろう」
 たくさん汗をかいて早く熱を下げなければ、と笑顔を湛えて言い放つ孟起。
 その心遣いが嬉しい。
 大事な日に風邪をひいてしまった私を責めるでもなく、かと言って慰めるでもない。
 私が困った時には、確実に護ってくれる…優しさで包んでくれる。
 私は再び泣きそうになる心を抱えながら「ありがとう」と小さく零した。





 そして、再び彼は「悪い、今一度待っててくれ」と私の前から姿を消した。
 直後、台所で何やら動く音がし始める。
 何をしているんだろう…?
 不思議に思いながらうつらうつらと夢と現実の世界を行き来し始めた私の耳に時折飛び込む孟起の声。
 「おい、俺の手から離れるな! …大人しく斬られろ!」
 「…てっ! くそ…これが槍なら自在に扱えようものが!」
 ………大体想像がつく。
 彼は、病床!?に臥せる私のために、何かを作ろうとしてくれているんだ。
 嬉しい…けど、心配になる。
 さっきの「てっ!」は…恐らく指でも切ってしまったのだろう。
 そこまで無理しなくてもいいのに…。
 私は、苦笑を浮かべながら上着を二重に羽織り、ベッドから降りると台所へ覚束無い足を向けた。





 結局、私の手が殆ど加わった形で雑炊が完成した。
 ベッドに戻り、布団や上着に包まれた私は
 「手を出したら寒くなるだろう。 …俺が食べさせてやるから、大人しくしていろ」
 と照れくさそうに言い放つ孟起から雑炊を食べさせてもらった。
 …この上なく恥ずかしかったけど、物凄く暖かくて…私の心も身体もホッとする。
 それは、雑炊の暖かさだけじゃなく…絆創膏だらけの指やレンゲにすくった雑炊に吹きかけてくれる息や、たまに私の髪を撫でてくれる無骨な手とか…孟起の大きな優しさから感じる暖かさでもあって。
 「本当に、ありがとう…大好きよ、孟起」
 私はまたしてもこみ上げてくる涙を堪えるように、笑顔をちょっとだけ崩した。





 雑炊は、暖かい気持ちと共に二人で完全に平らげた。
 「この食欲ならば、風邪も早く治るだろう」
 ちょっと茶化しながら私に言うと、孟起は食器を片付けるべく台所へと戻った。
 そして…。

 「それだけでは少々心細かろう。 …仕上げだ、

 突然、私の布団に潜り込んできた。
 「うわ! ちょっ…何するの!? 風邪、感染るって!」
 本当に「何するの!?」だ。
 そりゃ、本当に寒い時は人肌が一番いいとは言うけど…。
 これじゃ、ミイラ取りがミイラになるってば!
 すると、孟起は私が慌てるのを余所に身体をグッと引き寄せて両手に包んでくる。
 孟起のちょっと跳ねた髪が私の顔を掠めると、私と同じシャンプーの香りに混じって彼の匂いが私の鼻腔を擽った。
 この瞬間…孟起の腕に抱かれる時こそ、私の一番の至福。
 「そのような風邪など、俺が吹き飛ばしてやる。 、お前は大人しく俺に従え」
 こう言われると、最早抵抗はできない。
 私は彼の優しさや腕の強さに身を委ねながら、ちょっとはにかんだように笑顔を作った。

 孟起。
 もし…貴方に風邪が感染っちゃったら、今度は私が優しく暖めてあげるね。










 今、目の前に…この現代日本にいる筈がないような、独特の雰囲気を持った人間がいる。
 彼がここに来た原因も元の世界に帰る術も、孟起はおろか…私になんか解りゃしない。

 だけど。

 自分勝手だと思うけど。

 今、私の心にある気持ちは………。



 「これが、神様からの『ご利益』なら…
          心から…貴方と神様に感謝しなきゃ、ね。

               本当に…本当にありがとう、って―」







劇終。






アトガキ

 新年、明けましておめでとうございます!
 2008年、初書きです〜。
 正確には年末から書き始めていたものなんですが…これは新年に相応しいと思い、最初にアップという形になりました。
 これも途中までお相手さんに迷ったんですが、結局ばちょんでゴー!(汗
 直接的な言葉でなく、行動で愛情を示してくれるばちょんというイメイジで書かせていただきました。

 少しでも楽しんでいただけることを祈りながら…。
 (詳しい裏話などは日記にてw)


 ここまでお読みくださってありがとうございました。

 2008.1.5     飛鳥 拝



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