「貴方が好きよ」
その言葉に嘘がないことくらい解っている。
しかし、何故…
私は、それを一番、望んでいるのに…
好きだからこそ。
「お疲れ様」
「お疲れさん!」
この言葉を聞くと、誰もが終わった気になる。
午後の修練。
今日は朝からの大雨で外の訓練場が使えないため、室内の訓練場で行われていた。
室の中は、今まで武将達が汗を流した跡を残すかの如く熱気で噎せ返る。
「あぁ〜暑っっっ!」
は首にかけた手拭いに自分の汗を吸い取らせながら室の掃除をしていた。
これは本来、武将達がする仕事ではない。
もその『しなくてもいい』側の人間なのだが…。
…これは、私がやりたくてやってんの。
…文句ある?
否…文句なんか言いようものなら次の瞬間には手か足が出ている…。
はそんな人間だ。
がいつものように床を雑巾で拭いていると、
かたん。
背にしている扉を開ける音がした。
が振り向くと、其処にはついさっきまで一緒の組で汗を流していた仲間の姿があった。
「おぅ、!またつまらんことで時間使ってる…ムグ」
「馬超殿!お言葉が過ぎますよ。頑張ってる殿に失礼ではないですか」
と言う姜維の手に口を塞がれ、もがいてるのは馬超。
「む〜む〜…ムグムグ!!」
思うように言葉が出ない状況にも関わらず依然もがき続ける。
それを一瞬で止めたのは
「…馬超殿、煩い」
という星彩の一言だった。
周りから見ると『じゃれ合ってる』としか見えない二人の動きがぴたっと止まった。
どちらからともなく顔を見合わせる。
「…」
「ぷっ…あはははは」
はそんな光景を可笑しそうに笑いながら見ていた。
…ホント、見てると飽きないわ…この人達。
、星彩の二人は親友。
と言うよりも、星彩が年上のを姉のように慕っていると言った方がいいかも知れない。
星彩の初陣の時、趙雲に「星彩を頼む」と言われ、護衛をしたのもだった。
そして。
姜維は星彩に淡いながらも恋心を抱き、暇さえあれば星彩の側にいる。
その姜維に只ならぬ?興味を抱いてるのは馬超。
とは仕官をした頃からの悪友で、二人の会話は周りの人に笑いを齎(もたら)す。
―従って、この4人の姿が一堂に会するのも無理無い話である。
「…、この後食事を一緒に、と思って」
場が落ち着いた処を見計らって星彩が口を開いた。
が、誘われたは少し困ったように小首を傾げると
「あ…うん、誘ってくれて凄く嬉しいんだけど…先約がいるのよ」
ごめんね、と星彩に微笑みかけた。
すると、今まで口を噤んでいた馬超が自身の手をぱん、と鳴らし
「それって、趙雲だろう?…な、当たってるだろう?」
と嬉しそうにに詰め寄った。
「いや…あの…」
馬超との距離を保ちつつ後ずさりながらは次の言葉を捜す。
刹那、
「相変わらず煩いな、馬超」
「げげっ!趙雲…今の聞いてたのか?」
突然の『本人』の出現に馬超自身が一番驚いた。
が、趙雲はそれに構わず
「。掃除はもう終わったのか?」
と言いながらの額に手を添え、汗を拭ってやる。
「ごめんね…もう少しかかりそうなのよ。」
趙雲の手に不快感を感じるでもなく、はそう言うと持ってた雑巾を持ち直した。
そして、「星彩、ごめんね」と言いながら掃除を再開する。
そのの姿を見詰めていた趙雲が、「そうか!」と一瞬だけ声を上げた。
「…趙雲殿、どうされました?」
と不思議そうに姜維が声をかけると、趙雲はさらに「そうだな」と呟いた。
そして、自分の服の袖を捲りながら馬超に顔を向けると
「馬超、お前も手伝ってくれ」
と笑顔で言い、箒(ほうき)を馬超に手渡す。
「なっ…おい、何で俺が…って、まだ返事していないだろう!」
「返事は要らん。煩くしての邪魔をした罰だ」
「何故だ〜!」
趙雲の腕によって殆ど引き摺られるように室の中に入っていく馬超を残された姜維と星彩が見送る。
そして。
「馬超殿〜!私達は先に行ってますよ〜♪」
「馬超殿…頑張って」
という言葉を置き土産に、室の扉を閉めた。
「…でも、さっきは面白かったわね」
「あぁ。が遅いと思ったら…やはりあいつらの仕業だった」
「もう…趙雲、そういう考え方…硬すぎるわよ?」
趙雲の私室。
は、先程女官達が持ってきた夕餉を卓に運びながら言った。
「いや…そういうつもりで言ったのではないのだが」
ありがとう、と夕餉を受け取り、趙雲は少し顔を伏せる。
そして、「しかし、馬超の態度には許せんところがある」と言いながら椀の中の汁を箸でかき混ぜた。
はそんな趙雲の仕草にあ〜成程、と頷くと、
「…もしかして…趙雲、妬いてる?」
趙雲に詰め寄りながら訊いた。
「!! いや、そのようなことはない。私はの気持ちが解っているからな」
趙雲は驚きながらもそう言うと、近付いてきたの肩をそっと抱き寄せる。
二つの唇が一つに重なる。
最初は啄ばむ様に軽く。そして次第に貪る様に深く、深く…。
…食事が出来なくなっちゃうよ、と言いながら趙雲の腕に身を委ねる。
二人が恋仲になったのは数年前。
星彩と仲良くなってから遅れること一月。
星彩の父親−張飛−から教育係を請け負っていた趙雲だったが、相手が『女の子』であるが故にやり辛い事も多々あった。
そこで「もう一人教育係を就けよう」ということになり、白羽の矢が立ったのがだった。
普段、滅多に他人に心を許さない星彩が慕う数少ない人物のうちの一人だったので丁度いい、と。
そして、二人で協力しながら星彩の教育をしているうちに、自然に恋仲になった。
「ある意味、私が二人を結び付けた事になるのね」
と言った時浮かべた星彩の可愛らしい笑顔をは今でも忘れない。
少し遅くなった夕餉を終え、片付いた卓に腕を置き、趙雲は何かを考え込んでいた。
「…趙雲?」
が訝しげに訊くと、趙雲は急に顔を上げて
「…前から君に言いたいことがあった」
と言いながらに自分の隣に座るよう促した。
はいはい、何でしょうか?と隣に座り、首を傾げるに趙雲は尋ねる。
「…君は私のことが好きか?」
「えぇ、勿論。誰よりも大事に想ってるわ」
は趙雲の頬に手を添えながら言う。
が、趙雲はその言葉に喜ぶでもなく、さらに言葉を続ける。
「その言葉に嘘がないことくらい解っている。
私も、を愛しているからな。
しかし、何故…字で呼んでくれないのか?
私は、それを今一番、望んでいるのに…」
趙雲はここまで言うと、ふぅ、と一息ついた。
…暫しの沈黙。
それを破ったのはの「くすっ」という微かな笑い声だった。
「なっ…何が可笑しいのだ?」
の思わぬ反応に趙雲が戸惑っていると、が言葉を選ぶように話し始めた。
「ねぇ、趙雲。『字』って、大事な名よね?
授けてくれた方の想いがたくさん詰まってる…と私は思うの。
だから…今の私に、その大切な名を呼ぶだけの資格があるか…
私には解らないの…」
俯く。
そんな彼女の言葉を真剣な眼差しで聞いていた趙雲は、
「解った。では、その『資格』、私が見極めてやろう」
と言うと、自分の得物『豪竜胆』を持ち、立ち上がった。
「手合わせ、願いたい」
夕方、二人(おまけもいたが)で一緒に掃除した訓練場には今…人一人いない。
冷たい夜風が少しだけ開いた窓から入り込んでくる。
その中央に二人はいた。
武道着を身に纏い、それぞれの手には得物。
趙雲は『豪竜胆』、は『四聖細剣』。
一定の距離を保ち、其処に立つ。
対峙する二人の心には今、何が過っているのか…。
「…手加減は無しだぞ」
「解ってるわ。………、いざ、参る!」
のその言葉で本気に近い『手合わせ』は始まった。
直ぐに助走をつけて跳び、一気に間合いを詰める。
ひゅっ!
素早い動作から繰り出す細剣から閃光が放たれる。
「なんの!」
と咄嗟に槍の柄で薙ぎ払った趙雲の眼に一瞬だけの顔が映る。
その目の前の敵の表情に驚愕した。
の微笑みに。
…! しまった、今のは…
次の瞬間、趙雲の左胸の前にの細剣の切っ先が迫る。
趙雲は無理な体勢で体を捻って避けると、そのまま後ずさった。
槍の柄を地に付けてそれに体重をかける。
そして、目標に向かい…
…?
の姿が見えない。
刹那、背中に尖った物が押し付けられる。
「…手詰まりね、趙雲殿」
後ろから耳元で囁くのは本人だった。
趙雲の起こす動作よりも早く駆け、後ろに回りこんでいたのだ。
クスッとは笑い、
「趙雲って、何度言っても直らないのね。その、跳びかかる時に勢いをつけるとこ」
と言うと趙雲の背につけていた細剣を鞘に戻した。
すると、趙雲は槍を床に置いてその隣に胡坐をかき、「そうか、やはりな…」と笑い出した。
そして、
「あとね、先を読むのはいいけど…読むんだったらそのずっと先まで読まなきゃ。大体趙雲はねぇ…」
延々と続けるの腕を引っ張り、自分の足の上に座らせてその体を抱きすくめる。
「これで解った。、君は充分に『資格』を持った女性だ」
「えっ…ちょっ…こんなことで解るの?」
「あぁ。簡単なことだ」
趙雲は言うと、戸惑うに口付ける。
趙雲が言うには。
戦う時の『癖』が解るのはだけだ、と。
本来の戦ではその『癖』が仇になったことはない。
しかし、には全てお見通しで…
それはが自分を愛してくれていて、長い間その姿を目に焼き付けていた結果だ、と言った。
「それだけで充分な『資格』にはならないか?」
目の前の女に微笑みかける。
は一瞬だけ俯いたが、直ぐに顔を上げて
「解ったわ。貴方の『望み』に答えましょう」
と言うと、趙雲の唇に自身のそれを近付けた。
「愛してる…子龍」
fin.
↓反転でおまけ。
「ねぇ…子龍」
「ん?何だ?」
「字で貴方を呼ぶこと…『恥ずかしかっただけ』って言ったら…怒る?」
「否、怒らないさ。それも、君の性格なら充分有り得る話だろう」
「なっ…なんですってぇぇぇぇ〜〜〜!」
「あわっ! すっ…すまない、… 頼むから細剣を仕舞ってくれ!」
訓練場が運動場になった瞬間でした。
ホントの終わり。
アトガキ
うほほ〜い、子龍様の夢☆
(モチツケ…)
オチを考え付いちゃったので反転でお送りします。
『恋仲』モノでしたが…如何だったでしょう?
子龍様に関してはまず言葉遣いに戸惑いました…。
荒くはないし、丁寧でもない。
まぁ、対比としてばちょんときょんを出してみたんですが…。
見事なギャグになっちゃいました orz
今回はストーリー性にちょっと凝ってみようと思って、星彩ちゃんも出してみました。
…登場人物が多いと大変なのよね(汗
でも、苦労しながらも結構サクサク書けた様な気がします。
手合わせで自分の女として相応しいか見極める…。
そういう普通じゃ有り得ない事を考えそうな子龍様…。
お堅いけど、結構好きです♪
その子龍様を負かすヒロイン…これも結構私の中での悶え要素なんです…ごめんなさい。
そして、最後の最後で字を言わせてみました。
…結構好きなシーンになりました☆
ここまで読んでいただき、ホントにありがとうございました!
2006.7.6 飛鳥拝
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