――ボク、キミの事が好きだもん――



 こう、彼女に告げられたのは何時の事だったか。
 あれから私の心は大きく揺れ動き続けている。

 このような時に色恋沙汰で騒いではならない、とは思う。
 しかし………教えを請うばかりの毎日に憤りを感じているのも事実。



 、貴女なら………

      ――私の心を生まれ変わらせてくれるだろうか――










 BOMBER GIRL










 日差しも眩しい昼下がり。
 乱世も小康状態の中、城内の面々もそれぞれ思いのまま長閑な時間を過ごしている。
 それはここに居る姜維も例外ではなく、卓の上に書簡を乗せたままぼうっと窓の外を見つめていた。
 だが――



 「こらっ! 何処に行くの!?」
 「折角天気がいいんだから、散歩するくらいいいだろ? んじゃね〜」
 「待ちなさいっ!!! ………ったく、何であぁも落ち着きがないのかしらあの娘は………」



 突如、眠気を誘う陽気を台無しにするような会話?がその場に響いた。
 何事か、と窓から覗いて見れば、腕を組んでぷりぷりと怒りを露にする女軍医の姿がある。
 その様子と独り言の内容から察するに、どうやら妹に逃げられたようだ。

 ――あぁ………また、か。

 姜維は容易に想像できる二人のやり取りを思い浮かべ、ふふと笑う。
 何をするにも先ず頭で考えてしまう自分と全く正反対な娘、
 彼女には姉をはじめ、たくさんの人が振り回されている。
 武将や女官たちだけでなく、君主までもだ。
 しかしあの前向きで開けっ広げな性格所以か、誰もが彼女を悪く思っていない。
 そして今、軍医に声をかける姜維も――



 「またにしてやられたようですね」
 「あぁ姜維。 そうなのよ、また手伝いをすっぽかされちゃったわ………どうしよう」
 「何なら、私が連れ戻して来ますよ」
 「えっ、いいの? ………何時も悪いわね」
 「お安い御用ですよ、軍医殿」



 軍医が言うように、毎度のように自ら探しの役を買って出ている。
 それは執務や勉学の気分転換、という気持ちもあるが――

 ――の事を、もっと知りたい。

 彼女への興味から来るものが半分以上であった。
 賊によって壊滅させられた村ただ一人の生き残りである彼女の、一体何処からあの元気が出てくるのか。
 そして、あの時何気なく言われただけの言葉で何故こうも振り回されてしまうのか――



 姜維は心にある疑問の答えを求めるかのように、外へと飛び出した。













 これは、姜維が言う 『あの時』 の出来事――





 その日、姜維は執務も勉強もせずに近くの小高い丘へと訪れていた。
 城内に居ても、何も手に付かない。
 この沈んだ気持ちを抱えたままでは、丞相にすら合わせる顔がないと思っていたのだ。
 彼が何故、落ち込んでいるのか――



 それは遡る事昨晩――夕餉前。
 時間が少しだけ空いたという事で、諸葛亮とちょっとした知恵比べをした。
 そもそも知識の量に差がある二人だ、この勝負は負けて当然。
 しかし、その結果は――彼の予想以上だった。
 これでもかと言う程、格の差を見せ付けられてしまったのだ。

 「姜維、貴方もまだまだですね」

 その時の丞相の含み笑いが一晩明けた今でも思い浮かぶ。
 何処か悲しく、何処か腹立たしい――そんな気持ちが心の中に燻っていた。



 大木に背を預け、ぼんやりと空を見上げた。
 大きく広がる青にはふわふわと浮かぶ雲と、気持ちよさげに宙を舞う鳥の群れ。
 その光景を何の気なしに見つめながら 「あぁ、私は何をしているんだろう」 と姜維は独り言を零す。
 刹那――



 ガサッ!

 「よっ姜維! キミもサボりかぁ? 珍しいな」
 「うわっ!!!!!」



 緑広がる枝の間からひょっこりと現れる娘。
 その思いもかけない場所から出てきた姿に、姜維は飛び上がる程の勢いで驚いた。
 彼女は大きな木の枝に足を引っ掛け、逆さになったまま屈託のない笑顔を見せる。
 まるで相手の過剰な反応を楽しんでいるかのように。

 「………あまり私を驚かすな、
 「あははっ、ごめんごめん! でも無用心だなぁ…こんなところでもし敵将に出くわしたらあっさり斬られちゃうぞ」
 「はは、確かにの言う通りだな………」
 「………? どうしたんだ、姜維?」

 だが、続く姜維とのやり取りでどうやら様子の違いに気付いたようだ。
 何時もならの茶化しとも言うべき冗談に食って掛かるのに、言い返しもせず力なく俯いてしまったのだから。
 心配そうに顔を覗き込んで来る娘を他所に、姜維は盛大な溜息を吐いた。

 ――どうせ、言っても同じだろうな。

 他人に話をしたら必ず返って来るであろう言葉が姜維の頭を過ぎる。

 『相手が丞相だから』

 諸葛亮が軍にとって絶大な力を持っているのは解っている。
 彼から兵法を直接学ぶ事がどれだけ誇らしいかも。
 しかし――



 「私は、このままで、いいのだろうか………」



 無意識に口を吐いて出てくる言葉は心の叫び、そのものだった。
 ずっと丞相に教えを請い学び続けていても、未だ師には遠く及ばない。
 果たしてこの先、自分が軍を担う程の器になり得るのかが不安で堪らなかったのだ。



 「――ボクはそのままでいい、と思うけどな」



 だが次の瞬間、枝にぶら下がる娘からかかる声に己の思考がぴたりと止まった。
 視線を上げてその顔を見れば、最初に見せてくれた笑顔が変わらずにある。
 姜維は頭の中で呟いたつもりの言葉が声となっていたのにも驚愕したが、それよりも――

 「今のままで、か?」
 「うん。 少なくともボクは、そう思うよ………だってボク、そんなキミの事が好きなんだもん」
 「え………!?」

 続くの台詞に、心から驚いた。
 あまりにも突然で、あまりにも何気なく吐かれる一言。
 しかしそれは姜維の心を動かすには充分過ぎる程の力を持っていた。

 「え、いや、あの?」
 「そんなに動揺するなよ………いいじゃん、キミの事を悪く言ってるわけじゃないんだからさ」
 「いや、その………そういう事ではなくて………」
 「あぁもう、ちゃんと言わなきゃダメか?」



 ――キミの一生懸命なとこが好き。
    誰に何を言われても、丞相に怒られても………
    挫けないで一生懸命前へ向かってるキミが、好きなんだ――



 飽きっぽいボクにはないところだからね、とは恥ずかしそうに頬を染めて笑う。
 そして枝から身軽にひらりと地に降り立ち、姜維の顔面に己のそれを思いっきり近づけると――

 「だからキミはそのままでいい。 努力はきっと報われる、って姉さんも常に言ってるしね」

 姜維の鼻を指でぴんと弾いて、返事は要らないと言わんがばかりに丘を駆け下りていった。



 あっという間にその場へ取り残された姜維は、ただただ唖然との去っていった方向を見続ける。
 その心に突如沸き起こる気持ちと疑問――

 それは、奇しくも今迄己の中に渦巻いていた負の気持ちを綺麗さっぱり吹き飛ばしてくれたのだった。













 ――は、一体何処に行ったのだろうか――



 姜維は城下の街を探しながら独り言を零した。
 今迄何度も探し回った経験もあってか、彼女の行きそうなところはほぼ把握している。
 しかし今回はなかなか見つける事が出来ない。
 一応軍のために武を身に付けているとは言っても彼女は女、心配になるのは当然だ。
 方々に話を聞きながら街中を注意深く歩いていく。
 すると――



 「おい! そこをどいてもらおうか」
 「嫌だね。 か弱い女の子が危ない目に遭ってて、放って置けないだろ?」



 ――あの声は………まさか!?



 突然、何処ぞから聞こえてくるやり取りに姜維ははっと息を呑んだ。
 男に食って掛かっているであろうその声は、紛れもなくのもの。
 大方、街の娘に絡んでいた荒くれを止めにかかったのであろうが――

 「まずい! あれでは危険だ!!!」

 やり取りを聞いていた姜維は弾かれたように身を翻すと、野次馬が集まる方向へ駆け出した。
 殆ど、無意識に――。















 は、穏やかな日差しが照らす街中をのんびりと歩いていた。
 店にはこの地ならではの食材や装飾品が並び、通りには様々な声や笑顔が行き交う。
 彼女はそういった活気に満ちた場所を訪れるのも好きだった。
 何をするでもないけれど、歩いているだけで楽しさを共有しているような気分になれるから。

 しかし、今回は少々雰囲気が違っていた。

 通りの向こうにちょっとした人だかりが見える。
 その人の隙間から中を辛うじて見てみれば、どうやら前の店の娘に何処ぞの荒くれが突っかかっているようだ。
 周りの人間は奴が怖いのか、遠巻きに見ているだけである。
 刹那、頭よりも先にの足が動いた。



 「ようよう姉ちゃん、こんな不良品を売りつけてごめんなさいだけじゃ済まねぇぜ?」
 「あのっ…何度も言うようですがそれは貴方が――」
 「おいこら、減らず口を叩くのはこの口かぁ、あぁっ!? このまま塞いじまう――」

 「ちょっと待ちなよ」



 娘の口元を掴み、下卑た笑みを浮かべる男の真後ろに立つ。
 そして一瞬の動きで相手の脇腹に肘を叩き込むと、怯んだ隙に娘を庇うかの如く荒くれの前に立ちはだかった。

 「いっててて………」
 「そんなに痛かったか? あーぁ、かっこ悪ぅ」
 「なっ、何!?」

 自分の倍以上はありそうな巨漢を目の前に、は挑発的な笑みを向ける。
 まるでお前には負けないと言わんがばかりに。
 だが、ここで黙っていられる相手ではない。
 軽い咳払いの後、大きな身体を更に大きく見せるようにふんぞり返ると小娘相手に滑稽な程凄んで見せた。
 しかし――



 「おい! そこをどいてもらおうか」
 「嫌だね。 か弱い女の子が危ない目に遭ってて、放って置けないだろ?」
 「だったら………腕ずくでどいてもらうぜ、坊主!」



 大男の言葉に、の頭の中で何かがぷつりと切れた。
 こうなってしまっては、誰も彼女を止める事は出来ない。
 近くに立て掛けてあった長柄の棒を手に取り、そして――



 「………お前、ボクを本気で怒らせたね?」



 周りの心配を他所に、の無双乱舞の幕が切って落とされたのだった――















 「………言っておくけど、ボクは女なんだからね!」



 姜維がその場所に辿り着いたのは、既に事の決着がついた後だった。
 地には驚く程の巨漢が完膚なきまでに倒されていて、そいつに向かってが決め台詞のような言葉を投げかけている。
 体中を泥塗れにしているその手には長柄の棒。
 これでは男に間違えられても無理はないな、と姜維はがっくりと肩を落とした。

 それは姜維の、嫌な予感的中の瞬間だった。
 危険だ、と思わず叫んだのはの事ではなく、相手の事。
 彼女は人一倍正義感が強く、怒りに任せると普段以上の力を出してしまうのだ。

 ――に会ったのが運の尽き、だな。

 よろよろと覚束ない足取りで去っていく荒くれを憐れむように一瞥し、改めて視線を移す。
 そこには感謝の気持ちを露にする街の人々と照れくさそうに答えているの姿。
 彼女の無事を安堵すると同時に、その楽しそうな顔を見られる事を嬉しく思う自分が居る。
 刹那、姜維は自分の心の中が一つの想いで一杯になっていくのを感じていた。



 ――そうか、私は――















 「みんなも気をつけなよ! じゃね〜」

 「――




 ――心にある疑問が、やっと解けた――

 私は、何て鈍感な人間だったのだろう。
 ここに来て初めて、この気持ちに気付くなど――

 ………いや、もしかしたら気付かないふりをしていただけなのかも知れないな。



 「おっ、姜維! またボクを連れ戻しに来たのか?」
 「………怪我はないか?」
 「うんっ全然! あんなヤツ、鍛錬の相手にもならないよ!」



 小さな身体でも立派に医療班の用心棒も勤める
 その前向きな強さに元気を貰っている者も少なくない。
 そう、この私も――



 「しかし、あそこまでやる必要はないだろう」
 「だってほっとけないじゃんか!? キミは女の子が絡まれててもそのまま見てるだけなのか?」
 「いや………しかし、それでが危険な目に遭っては――」
 「あぁもう、勝ったんだからその話はもう終わりっ! さっさと帰ろうよ姜維!」



 腕をぐっと掴まれ、引っ張られても今となっては悪い気がしない。
 彼女は何時でも周りの者を振り回してしまう、誰も手に負えないじゃじゃ馬。
 しかし――



 「………、私は貴女が好きだ!」

 「え………ちょっ姜維!?」



 ――そんな貴女が今、私の心を生まれ変わらせてくれた――



 心のままに動くのは、子供の頃以来だろうか?
 気付くと、私はの動きを抱きしめる事で制していた。



 「い、いいいやあの、きっ気持ちは凄く嬉しい、んだけど………ここ、街中――」
 「ここが何処でも構わない! 私の気持ちはもう、止まらないんだ………」



 そう、この気持ちは最早誰にも止める事は出来ない――自分自身でさえも。
 私の腕の中で小さくうろたえるを、より一層愛しく感じる。
 先が見えなくとも、周りからどのように言われても………私はもう動じる事はないだろう。



 何故なら――



 ――今、私は人生で一番大切なものを手に入れたのだから――















 劇終。



 アトガキ

 ども、ひじょ〜〜〜〜〜にお久しぶりでございます orz
 オフの多忙やスランプに見舞われつつも、漸くひとつ出来上がりました。
 リク以外での姜維夢、第3作目ですね。

 今回は4と6の間な感じの姜維を書いてみました。
 4までは何となく丞相に依存し過ぎてる感がありましたが、6になって見事、素敵に変貌を遂げた彼w
 その過渡期的な話を書こうと思ってみたものの………

 何となくヘタレ度が強くなっちまいました…スミマセン orz

 そして、今回はある楽曲(このお話のタイトルまんま)をモチーフにしました。
 楽曲自体はすんごくセクシーなんですけど、このお話はちょいと違いますね(汗
 そして――

 彼の言う 『大切なもの』 それは何なのか――
      それはあなた自身にも………♪

 こんなお話ですが、少しでも楽しんでいただければ幸いです。
 ここまでお読みくださってありがとうございました。

 2011.08.03     飛鳥 拝


 ブラウザを閉じてくださいね☆