抱いて…。










 光を失っていく落陽に照らされた、季節はずれの病葉(わくらば)…ひとひら。
 風に舞い、静かに大地へと下りていく。
 それを窓越しに見つめる物憂げな女、ひとり。
 長い髪を束ねる事なく、風の向くまま靡かせている。
 窓枠に頬杖をついているその姿は…傍から見ても絵になる程、綺麗に見えた。







 「…戦、か…」
 女が溜息と共にぽつりと零す。
 そう。
 明日、夜明けと共に武将達は新たな戦へと出立する。
 その前夜。
 軍の中に居る面々はそれぞれ違う想いを抱え、最後となるかも知れない静かな晩を過ごす。
 大切な家族と共に過ごす者。
 一人、想いを巡らせ…時の過ぎ行く様を感じながら夜明けを待つ者。
 そして…。
 ここに居る女…のように、戦へ赴く男を見送る者も数え切れない程存在する。
 はこの軍…いや、戦にはなくてはならない存在である。
 『軍医』。
 本来、戦には医師も同行するのが尤もなのだが…此度の戦は極々小さなもので、場所もここから然程遠くない。
 故に…医療班の同行は極力小規模で、という総大将の指示に従い、同じ軍医である父が同行する事となった。
 是非私を、と言う娘の我が儘は
 「…。 お前は戦場から流れて来る重傷人に備えてくれ。 前線はあまりにも危険だ」
 と言う父の気配りの前にあっさりと屈した。
 自身が『彼』を大事に思うように…父も自分を大事にしてくれてるんだ、と思えたから。
 しかし…。
 『彼』と暫くの間離れてしまう。
 その事実にはこの上ない切なさを感じていた。














 夜の帳が下り、軍の全ての者が戦場への出立に向けて眠りにつき、その場は静寂に支配されていた。
 は眠れる筈もなく、医務室の卓に突っ伏して物思いに耽っている。
 戦の準備で暫く彼と二人の時間を作るというのが困難だった。
 それ故に、逢う事もなく時は過ぎ…そして前日まで迫ってしまった。



 せめて…前の晩くらい一緒に過ごしたかった、な…。



 独り言を零し、顔を両手の上に伏せると…はぁ、と大きな溜息を吐いた。
 刹那。
 その独り言を聞いていたかのように、医務室の扉が僅かな音を立てて開いた。
 唐突な事にの肩がびくっと一瞬震える。
 大きい瞳を更に大きく瞬かせて音がした方向に振り返ると…が今、一番逢いたかったその人が扉の前に佇んでいた。







 「…。 お前、未だ起きていたのか」
 「孟起…」
 突然の嬉しい訪問にの心が躍る。
 今迄愁いを帯びていたのが嘘みたいにぱっと表情が明るく変わった。
 しかし
 「貴方だって私が起きていると思って来たんでしょ?」
 それとも…こんな所で夜這いをかけるつもりだったの?と自分の方へ歩いて来る男にからかうような笑いを向けた。
 馬超はその言葉に軽く高笑いをする事で答える。
 直後…今が宵だという事を思い出し、直ぐに笑いを喉の奥に押し込むと
 「、お前が『その気』なら今すぐそこに押し倒しても構わないぞ…俺はな」
 の顔に自身のそれを近付け、言い放った。
 卓の上に乗せられた二人の両手が重なり、それを合図にするかのように…同時に二人の唇が触れ合う。
 その暖かさは、これまでの空白の時間を埋め尽くす程の力で二人の心を満たした。







 卓を挟んでの口付けがもどかしいのか…馬超が唇を離し、をその腕に包み込もうと回り込む。
 刹那。
 「…駄目よ。 明日からの戦に障るわ」
 片腕を馬超の胸にそっと添えてが制した。
 が発する理由に納得いかないのか、突如馬超の表情が憮然としたものに変わる。
 「…何故だ?」
 「あのね、孟起? 明日は朝早くから出立でしょ…その時に覇気がなくちゃ、周りの兵に示しがつかないじゃない」
 もう少し考えて行動しなさいよ、と諭す
 すると。
 馬超がの腕を振り解き、その心に訴えかけるが如く言葉を吐き出す。
 「前の晩だからこそ…俺はお前を抱きたい。 場合によっては二度と戻れないだろうからな」
 「…はぁ」
 馬超の熱い台詞に今度はが大きな溜息を吐いて反撃した。
 もう…この男(ひと)は何処まで真っ直ぐなのかしら…。
 でも、とは思う。
 その一途な気持ちに屈したのは…私。
 何かで包むような言葉や仕草でなく、思った事を素直に表す事が出来る彼に惹かれたのも、私。
 そして…彼も、私のありのままを愛してくれている。
 だからこそ…。
 「孟起…お願い。 …戦が終わるまで待って」
 は心から搾り出すように声を発した。

 本当は今直ぐにでも交わしたい。
 身も心も彼に委ね、刹那の想いに溺れたい…。
 だけど。



 ………今宵を『最後』にしたくないから………。







 依然 「何故だ?」 と呟きながら詰め寄る馬超にが微笑みかける。
 …瞳に少しの寂しさを湛えて。
 刹那、彼女の瞳の色が変化した事に馬超がはっと息を呑む。
 「どうした…? そんなに俺と契るのが嫌か?」
 の肩に両手を乗せ、心配そうに顔を覗き込む馬超。
 その表情があまりにも可愛らしくて。
 次の瞬間、は軽く吹き出すとくすくすと笑い出した。
 顔色がころころと変わる目の前の恋人に馬超が戸惑いを隠せないで居る。
 「…おっ、おい。 俺、おかしい事言ったか?」
 その慌てた様子に、が 「ううん」 とかぶりを振りながら自身の胸に手を当てて息を整えた。
 そして…最後に一つ小さく息を吐くと、馬超に最初向けた悪戯っぽい笑みを顔いっぱいに溢れさせて口を開く。



 「貴方と肌を重ねるのが嫌な筈ないじゃない。
 これは私の『策』よ。
 ここで『おあずけ』しておけば…貴方だったら奮起すると思ったの。
 それに…これが『最後』なんて嫌だから。
 だから…必ず勝って、私の許に帰って来て。
 そして…。

 帰って来た、ら…。



           私を、抱いて」







 突如、馬超の身に触れる熱いもの。
 首筋に絡むの腕と…唇に再び柔らかく、甘い感触を受ける。
 馬超は身体全体から彼女の気持ちが流れ込んで来るのを感じた。
 己の腕を彼女の背に回す。
 そして、惜しむように唇を離すと…抱きしめる腕に力を僅かに加えてを見据えた。
 その視線を真正面から受け止め、視線を絡める



 重なった二つの視線は…ただ、目の前にある愛しい人に向かい。
 そして。
 抱きしめ合う二人の心は…
 既に来るべき戦へ向かっていた―。



 「解った。 お前の言うように…必ずここに戻って来る。 意地でも、な」
 「意地でもって…。 屍で帰って来るってのは御免被るわ。 絶対、無事に帰って来て!」
 「…あぁ!」















 光を湛えた陽に照らされた、清々しい朝露…ひとつぶ。
 重力に任せ、静かに大地へと零れ落ちる。
 それを窓越しに見つめる女、ひとり。
 束ねた長い髪を解き、その艶やかさを陽に晒す。
 窓枠に頬杖をついて、愛する人を見送るその姿は………。
 その笑顔は。
 傍から見ても絵になる程、綺麗だった。







 劇終。





 アトガキ。

 皆様、お久し振りです…新作です(汗
 私の勝手な気まぐれで…帰宅後僅か2時間で完成させてしまったばちょん夢です。

 おパソの前でまず思った事。
 「エロじゃない…色気のある話が書きたいぞ」
 …この時点で既に終わってるかも、と自覚する腐女子がここに orz

 そこでタイトル 『抱いて…。』 決定(こら
 そして、お相手さんは…。
 今迄色気のある作品を書いていなかったばちょんで決定☆
 (ある意味チャレンジャー)

 しかし。
 やはり色気やらエロやらは…私の得意分野でないらしく。
 なんとも中途半端な結果に(汗
 それでも…ヒロインの 「抱いて」 に全てをぶっ込みましたよ、アタクシ!
 ばちょんの 「抱きたい」 に全て(以下略

 少しでも楽しんでいただけたら幸いですw
 ここまで読んでいただき、ホントにありがとうございました!

 2007.6.8     飛鳥 拝

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