――昼の月、ってまるであたいみたいだね――

 何処か場違いでさ、居ても居なくてもいいような………



 こう呟いたあたいに、あんたは教えてくれた。

 優しく、微笑いながら――










 白夜月(はくやづき)










 今日も、この鍛錬場は熱気に包まれていた。
 強い弱いを問わず、ここでは誰もが何かを守るために己の武を磨いている。
 そんな中――

 「おっと、邪魔だ邪魔だ! 見ているのはいいが、もう少し離れててくれ!」
 「あっ………ごめんよ」
 「………ったく」

 勢いあまった兵が女とぶつかり、軽い舌打ちと共に再び熱気の中へ戻って行く。
 その背中を見送りながら、女――は盛大な溜息を吐いた。
 あたいもあの中に入れたら、とは思うが彼女は今、素性を明かせない立場にある。
 所謂『仕事人』である自分は普段、職人として過ごしているのだ。

 「やっぱり、あたいはここに骨を埋める人間じゃないのかねぇ………」

 改めて、実感する。
 この城の城主と恋仲になり、出入りするようになっても依然変え様のない蓮っ葉な性格と口調。
 影で『相応しくない』という声も上がっているのは彼女自身知っていた。
 それでも、想い慕う気持ちに嘘は吐きたくない。
 だから彼女は出来るだけ彼の傍に居るのだ。

 ――たとえ、場違いだと言われても――





 「あーやめやめ! こんな事考えてる暇があったら新しい武器の構想でも練ろっての!」
 「こんな事って、どんな事かな――?」
 「!! やだ、あんた何時からここに!?」
 「うーん、君が『ここに骨を埋める人間』がどうこう言っている時から、かな」
 「うわ、聞いてたのかい!? 参ったね………」

 落ち込みかけた気持ちを押し上げて、天を仰いだ刹那に隣からかかる声。
 その主にばつの悪そうな笑顔を向けつつ、は己の頭をかいた。
 さっき一人ごちた言葉の原因の半分はあんたにあるんだ!と叫びたい気持ちもあるが、ここはぐっと堪える。
 多忙な城主――毛利元就が顔を出してくれたのだから、無駄に時間を使いたくはない。

 「それより…忙しい城主様がこんな所で油を売っていいのかい、元就?」
 「はは、私にもと話をする時間くらいはあるさ。 誰が何と言おうと私にとっては大事な時間だからね」
 「ちょっ………やめとくれよ、照れくさいじゃないか」

 涼しい顔をしてさらりとのたまう想い人の胸を勢いよく叩き、顔を背ける
 この男は何時だってこうだ。
 聞く方が恥ずかしくなるような言葉でも、彼にかかれば当たり前。
 気持ちを隠す方が心にも身体にも良くないんだよ、と前に本人が言っていた事をは思い出す。

 「あっは、でも寧ろあんたらしくて清清しいよ」

 恐らく元就には、今相手が顔を紅潮させているのが何故なのかは解らないだろう。
 ここで漸くこみ上げた笑いを零し、は差し出された手を取って共に歩き出した。







 二人が向かった先は城の天守。
 ここならば誰にも邪魔される事なく、城下の町を一望しながら話が出来る。
 眼下には、夕方近くにも関わらず朝市並みに賑わう街の景色が広がっている。
 それは、が一番身近に感じる『日常』で――

 「こっちまで声が聞こえてきそうだねぇ」

 今迄ほんの少し燻っていた気持ちが晴れていくような気がした。
 決して裕福とは言えないけれど、あそこには間違いなく安らぎがある。
 しかし想い人の事を考えると、どちらがいいなどとは言えないのだ。

 「ねぇ、元就」
 「ん? 何だい改まって?」
 「………あたいは、ここに居ていいのかい?」

 率直に訊く。
 自分や二人に関しての噂は、当然の事ながらこの城主の耳にも入っているだろう。
 それでも元就は何一つ変わらずに自分を傍に置いてくれ、自由に街と行き来させてくれている。
 この男には己のしがらみなど感じてはいないのだろうか?
 刹那――

 「、見てごらん」

 の問いを聞いていなかったのか、元就は答えの代わりと言わんがばかりに空を指差す。
 彼に倣って空を見上げれば、透き通るような青の中にぽっかりと浮かぶ白い月。
 昼間にも関わらず己の存在を主張するかのように淡く輝くそれを見て、は少し自嘲的に笑った。



 「あっはっは………まるであたいみたいじゃないか」

 ――何処か場違いで、居ても居なくてもいいようで、ちょいと滑稽な、さ――



 柄にもなく泣きたくなって来る。
 元就は、少し落ち込んでいたを元気付けるためにあの月を見せたのだろう。
 だが、にとっては己の立場を再確認するものに過ぎなかった。

 ――元就は何も悪くない。 だけど――

 頭では解っているつもりでも、気持ちはどんどん落ち込んで行く。
 これでは元就との貴重な時間が無駄になってしまう。
 益々泣きたくなる気持ちを何とか押し止めようとが唇を噛み締めた刹那――



 「何だ、つまらない事を考えているんだね。 君らしくない」
 「………っ! つまらない、ってあんた――」
 「いいかい、人の考え方や感じ方はそれぞれ違うものさ」



 ――現に私は、この昼の月がとても好きなんだ。
               勿論、君みたいだからって理由で、さ――



 肌寒かった自分の身体に温もりを感じる。
 それは言うまでもなく、元就からもたらされるもので――

 「元就――」
 「知っているかい? この月は『白夜月(はくやづき)』って言ってね――」

 ――誰が言い始めたのかは解らないけれど、言い得て妙だね。
    陽が沈む事のない白夜に浮かぶ月、と誰かが例えた。
    それを私なりに言うと、幾ら周りが明るくても月の美しき強さは消す事が出来ない、ってとこかな――

 「ほら、君みたいだろう?」
 「………言ってる意味が良く解んないんだけど?」
 「ははっ、未だ君は気付いてないみたいだね」



 ここで元就は漸く笑顔を再びへ向け、直ぐに真下を指し示す。
 その先には階下の廊下が見え、数人の少女――城で働く娘たちが天守を見上げて手を振っているのが見えた。
 そして――



 「おーーーーーいっ! ちゃん! 殿とよろしくやるのもいいけど、こっち来ない?」
 「そうよそうよ! また楽しい町の様子聞かせて! ついでにいい男の情報もっ!」
 「やだぁ何言ってんのあんた!? ま、私も気になるけどね!」
 「あはははは!!! じゃ、皆と待ってるからね、ちゃん!………っとと、ごきげんよう、殿」



 次々にへ言葉をかけ、そそと去って行く。
 確かに彼女らはがこの城に出入りし始めてから直ぐに仲良くなった娘たちだ。
 しかしそれが先程元就が言った事とどう繋がるのかがには解らない。
 すると、娘たちに向けて振った手をそのままにするへ元就は優しい笑顔を向けて言葉を続けた。



 「他人の噂というものは、悪いものばかり広がるものさ。
  勿論私も、聞いていていい気がしない。
  でも同時に、私には君の素敵な噂も聞こえているんだよ――」

 ――を見ていると元気になる、とか。
    のんびりした殿には、のような活発な娘がお似合いだ、とか。
    はは、私は将来の尻に敷かれるって声も前に聞いたかな――



 「これでも解らないかな? 、君はここに居ていい人――いや、居なくてはならない人なんだよ」
 「元就、あんたっ――」
 「あっと、これは実際に聞いた話だよ。 何なら言った本人を連れて来るかい?」
 「あはははははっ! もういいよ、これで充分さ。 それに――」

 ――これ以上は、照れくさくてとても聞いてらんないよ――



 こつん、と頭を元就の胸につければ伝わって来る元就の鼓動。
 それはとても優しく、頭上に浮かぶ月も柔らかく微笑んでいるようにも見えた。



 ――人の感じ方はそれぞれ違うものさ――



 そう、違うんだ。
 人は誰だって万能じゃない。
 たった今感じた事でも、時が過ぎればまた色を変えるかも知れない。



 「ありがとう元就! これで何時ものあたいに戻れるってもんさ!」
 「うん、それだ。 私は、君のそういうところが好きなんだよ」

 「んもう、だからよしとくれって! 出鼻挫かれるじゃないかっ!?」







 もう直ぐ夕暮れ――

 晴れた空にある月も、間もなく本来の輝きを取り戻すだろう。





           ――そう、今愛する者の胸に抱かれる蓮っ葉な白夜月も――










 ― 終 ―



 アトガキ

 皆様、此度は嬉しい拍手をありがとうございます!
 お礼としては何ですが………ここにお礼夢を置いておきます。。。
 (そしてこれが復帰第1作となるのは………ムフフ←やめれ)

 このお話は、以前から使わせていただいている背景(このページの背景も)から浮かんだもの。
 復帰作をどーしようか悩んでいて、検索サイト様にて『昼の月』と検索したのがはじまりでした。
 残念ながら正確な情報は得られなかったものの、、、
 素敵な名称を見付けたので、私なりの解釈をして書いてみました。

 活発な娘の、ちょっとした影。
 当時はお家とか、血筋とかを重んじていたでしょうから…流石に彼女の心も落ち込むんだろうな。
 それが少しでも前向きになれるように、祈りながら書きました(笑

 そして、お相手は自分自身2回目になる彼(1回目は合同企画の拍手お礼にて展開中♪)。
 優しく教えてあげる――って考えた時に、真っ先に浮かんだのが彼でした。
 (ちょいと偽者っぽくなっちまいましたかね…すんません orz)
 んまぁ、前に書いたヒロインとおんなじよーなヒロインなんですが…ま、いっか←


 復帰作にしては少々お粗末かも知れませんが――
 少しでも楽しんでくだされば幸いに思います。

 ここまでお読みいただけただけで幸せです、アタクシ。
 あなたが押してくださった拍手に――
 これ以上ない程の感謝の気持ちをこめて。

 2013.03.30   御巫飛鳥 拝


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