その姿…
 もう一度…見たいと思った…。



 互いに、生きていられたなら…。










 対峙する心 〜蒼き月 紅い大地〜










 彼は今迄の相手とは違う…
 こいつは私が倒さなければ…。

 しかし、自分の心について行けなくなったの身体は崩折れ、がくっと片膝を付いた。
 …額の汗が目に凍(し)みる。

 …これは、冷や汗?

 は、身体が覚えた『恐怖』を頭(かぶり)を振って飛ばした。
 目を自らの腕で擦り、敵を睨む。
 の手には彼女の得物『四聖細剣』が握られているが…悔しい事に、その右手は先程の一閃が弾かれた時に受けた傷で最早使い物にならなくなっていた。

 「貴様…己の得物を手放さなかったか…。これは流石、と言うべきか」
 「ふん…世辞など、要らん…」
 は、相手の声に殆ど無意識に答えていた。
 そして、動く左腕を支えにして細剣を構える。

 お願い…この一撃だけでいい。…仮令(たとえ)外れたとしても構わない。
 …動いて!

 ふわりとの身体が浮く。

 …いける!

 「この一撃、貴様にくれてやる!!!
 どあぁぁぁぁぁ!!!!!」

 地を駆る自らの足。
 感覚はなくとも、自身には確かに『動いている』と感じられた。







 張遼は対峙する女戦士に驚愕していた。

 強い…。

 武人としての剣技の強さは勿論、何より精神的な彼女の強さに。
 幾ら身を傷つけられようとも。
 何度剣撃がかわされようとも。
 決してその目に『光』を失わせない…。
 「貴様…己の得物を手放さなかったか…。これは流石、と言うべきか」
 と言いながら、張遼は彼女の眼差しに心を奪われていた。
 そして。
 「ふん…世辞など、要らん…」
 答えた彼女の声に更なる『強さ』を感じていた。

 何処でこのような強さを手に入れたのか…。

 視線が逸らせない。
 張遼が構えた刃を下ろした瞬間…

 「この一撃、貴様にくれてやる!!!
 どあぁぁぁぁぁ!!!!!」

 声と共にの身体が迫ってきた。

 …しまった!







 張遼は刃を構え直し、一撃を受け流そうと身を低くする。
 刹那。
 彼女の身体が目の前から忽然と消えた。

 …! 上か!

 張遼は空を見上げた。

 綺麗だ…
 …この姿、この世から消すには惜しい…。

 空に浮かぶ月を背に、の身体が宙を舞った。
 次の瞬間、彼女は身を回転させながら張遼の真後ろへ降り立ち、真っ直ぐに一閃を放つ。

 キン!

 張遼は横に避け、身を低くしたまま一閃を寸での処でかわした。
 そして刃を逆手に持ち替え、真横に居る筈の身体に切り掛かる。

 ひゅっ!

 はそれよりも早く身を屈めながら後方に滑り、一旦間合いを開けた。
 目は張遼の刃を捉えたままで。
 刹那、自らの足に反動をつけ再び素早く間合いを詰める。

 張遼もに向かいながら構えを元に戻し、更に刃を片手に短く持ち直す。
 彎刀が如く蒼き月光の元……二つの影が再び一つになった。
 抱き合うように身体を重ねた二人…。

 ざしゅっ!

 肉を鋭く斬った確かな感触。
 紅い飛沫がの身にかかる。
 「くっ…!」
 瞬間、刃を受けた彼女の左腕からも熱が放出された。
 「これで…剣を振るう術、は…残って…おらん、ぞ」

 力尽きたと、脇腹に深い傷を負った張遼がほぼ同時に膝を付く。
 「…何故、このような、真似を…」
 は左腕の熱に意識が持って行かれそうになりながら訊いた。
 正直、歯が立つ相手ではないと解っていた。
 この一閃が『最期の一撃』になると思っていた。
 なのに…

 …手加減…

 すると、張遼は自らの得物を地に置き、その力なき手をの頬に添える。

 「心と剣技…双方の強さ、を…兼ね備えた、貴公の姿…
 真に…見事、であった。
 その姿…互いに生きていられたならば、もう一度…見たい、と思った…」

 と消え入りそうな声で言いながらその場に倒れた。

 も地に身を伏す。
 その目から一筋の涙が零れ落ちた。

 倒さなければならない相手なのに…
 何故、涙が…。

 薄れ往く意識の中で、は彼から何かを感じ取っていた…。













 「…ここは…?」
 は医務室の寝台に寝かされていた。
 目を横に向けると…見慣れた室の配置と心配そうに中をうろうろ歩き回る女官の姿。
 すると、声に反応した女官が寝台に駆け寄って来た。
 「…様! 気が付かれたのですね!」
 「…莱流…私、生きてるのね」
 「当たり前です!様に死なれたら…私は…」
 「ごめん、莱流…心配、かけたね」
 と、自分のために涙する莱流の方に左手を差し出そうとするが、それは適わなかった。

 やっぱり…動かない、か。

 「様、今はあまり無理をしない方が…」
 「うん。解ってる」
 女官の一言に力なく頷く
 そして目線を腕に持っていくと
 「この腕…もう使い物にならないのかな」
 額の汗を拭いてくれる莱流に訊いた。
 その声の重さに驚き、一瞬肩を震わせた莱流だったが、直ぐに頭を振り
 「そんな…!大丈夫です、心配には及びません。暫く安静にしていれば再び剣を振るえるようになる、と軍医様が仰っていましたから」
 と言い、とびっきりの笑顔を見せた。
 「そう…よかった。」
 はそう言うと、「眠いからもう少し寝るわ」と再び目を閉じた。







 「…?」
 「ようやくお目覚めになりましたか?オヒメサマ」
 「…楽陵!」
 再び目を覚ました時、其処に居たのは女官ではなく…同じ武将である楽陵だった。
 「3日寝たから頭がすっきりしてるんじゃないか?」
 と言いながらの顔を覗き込む。
 「…3日? …長い…」
 「長いな。 お前…此処に運んで来てからずっと意識がなかったんだぞ…誰もが『もうこのまま死んじまうのか』と思ったくらいだからな」
 「あは…ごめんね…って、楽陵が此処まで運んできてくれたの?」
 「あぁ。お前を見つけた時は肝を冷やした」
 「そうだったんだ…そうだ!張遼殿は?」
 はがばっと勢いよく身体を起こそうとしたところで自分の左腕が動かない事に気が付き、右手だけの力でゆっくりと起き上がった。
 「張遼って…あの側で倒れてた武将さんか?」
 「そう!その人! …止(とど)め、刺しちゃった?」
 が不安そうな面差しで楽陵を見ると、
 「…刺さなかったよ。 否…刺せなかった」
 楽陵はそう言い、静かに項垂れた。

 どうして…?

 が小首を傾げて楽陵の答えを待つ。
 楽陵はゆっくりと顔を上げ、ぽつりぽつりと話し始めた。







 の傍らに倒れる張遼の姿を見たとき、楽陵の心の中に暗い闇が訪れた。

 こいつが、を!

 直ぐに止めを刺そうと大剣を振り上げる。
 その手を制したのはのか細い声だった。
 「この、人は…私、が…」
 うわ言だろうか…。
 言葉を発したはぴくりともしない。
 しかし、声を聞いた楽陵ははっと我に返り、意識のないを抱きかかえた。

 の命が先だ。
 貴様の首は…暫し預けておく!

 そして彼は、の身体を庇いながら自軍へと戻って来たのだった。







 「…ごめんね」
 「否、お前が謝る事はないよ。本当はあの場で止めを刺しておいた方がいろいろな意味で良かったのかも知れないけどな」
 「うん…本当にごめん。 だけど、あの人は私が倒したい」
 が真っ直ぐに楽陵を見詰める。
 その瞳には決意の他の色も混じっていたが…それでも、楽陵は優しい瞳でふっと笑いかけると

 「あぁ、解ってるよ。お前の獲物を奪うような馬鹿な真似はしないさ。
 只、もし…お前が奴の前で再び膝を折るような事があったら…
 その時は…俺が出る。
 だから…獲物を俺に取られたくなかったら…
 もっと強くなって、必ず勝て!」

 に拳を差し出す。
 「傷を早く治して…もっと強くならなきゃ!」
 彼女の右腕は負傷によって不自由であったが、確実に強く楽陵の拳に添えられた。













 自らの傷を癒し、勘を取り戻すための修練の日々は瞬く間に過ぎた。
 そして数ヶ月経った今…
 再び彼と対峙する好機に恵まれた。
 邪魔をする兵士達は全て倒れるか二人の気迫に恐れをなして逃走した。



 辺りは燃え盛る炎の熱気に噎せ返り。
 空は地上の炎に呼応するような…夕陽の紅に染まっていた。

 「再び貴公と合間見えることになろうとは…」
 「私と貴方は敵同士…お互い、息があれば当然であろう?」
 はふっと微かに笑いながら言った。
 火の粉が彼女の長い髪の先をちりっと焦がす。

 もう一度逢いたい、と思った…。

 しかし…出来れば、こんな形ではなく…。



 お互いの得物は既に幾人もの命を奪っている。
 しかし…。
 対峙する二人の心がそうさせているのか、なかなか動き出せないで居る。



 どれだけ時間が過ぎただろうか。
 「張遼殿…今度は手加減せぬよう」
 ようやくが重い口を開き、鞘から細剣を抜いた。
 そして、目の前の敵に晒す。
 「今、我が全てを賭けて貴方に挑む! …答えは選べぬ、よな?」

 …この『強さ』。
 私がもう一度、見たかったもの…

 「私も全てを賭けよう。いざ、勝負願う!」
 張遼も意を決したように刃を構え、を見据える。

 「、いざ…参る!」





 紅蓮の炎の中…駆け寄る二つの影。
 「せやっ!」
 掛け声一番、張遼が前に一撃を繰り出す。
 と、は横に滑りやり過ごす。
 すぐさま身を小さくしたまま張遼の背後に回り、細剣を横に薙ぎる。

 がきっ!

 張遼の刃がそれを受け止め、払った。
 その衝撃での身体が後方に弾かれる…が。
 身体が浮遊した瞬間、宙で一回転させて着地し、その反動を使い前方に跳びながら細剣を前に構える。

 …体当たりの一撃、か。

 張遼は目の前で待ち構える。
 刹那、彼女の身体は目の前で忽然と消えた。

 …! …あの時と、同じだ。

 は彼の目の前で地を蹴ると、夕陽と炎の光を受けて紅く染まりながら宙を舞った。
 そして、そのまま張遼の真後ろへ落下する。
 「二度と同じ手は通用しないぞ!」
 張遼は彼女が落下する瞬間、刃を力一杯振り、斬りかかる。
 「せりゃあぁぁぁぁっ!」

 びゅんっ!

 …!! 何っ!

 は先の戦で張遼に傷つけられた左腕を彼の肩に一瞬だけ乗せると、その反動で前方に跳び、身を屈めた状態で地を駆りながら一気に間合いを詰める。
 そして、張遼の目の前でまたしても姿を消した。

 今度も上かっ!

 しかし、張遼が空を見上げた其処に、は居なかった。

 彼が一番見たかった姿は…。





 彼の、真横に居た。



 二人の間の時が一瞬止まる。

 ざしゅぅっ!

 何時まで経っても慣れてくれない…肉を切り裂く音と、感触。
 の一閃は、確実に張遼の急所を捉えていた。

 ぶしゅぅぅぅぅ…

 炎よりも鮮やかな紅が噴き出す。
 それを浴びるのも構わず、は其処に立ち尽くした。







 倒したい相手だったのに…。
 武人として当然の『行い』をしたまでなのに。
 何故、こんなに…悲しいの?

 抑えきれずに流れる涙。
 それを見ながらその場に崩折れる張遼。







 「…貴公が、そんな、に、泣く事、は…ない」
 横たわる張遼の側に座り込む
張遼はの頬にあの時と同じように力なく手を添える。

 「私は…嬉しい、のだ。
 この、命が…落ちる、前に…貴公の、姿が…もう、一度…見られた、のだから、な」

 「張遼殿…
 私も、お会いしたかった…でも!」

 「皆まで、言うな… この世の、未練、になる…」



 は。
 張遼と対峙する直前まで葛藤していた。
 会いたい気持ちと、倒したい気持ち。

 これが、戦場では『我が儘』だったとしても。



 しかし、彼女は『武人』としての自分を選んだ。
 楽陵がその勇気を与えてくれたから。
 仮令(たとえ)…それを今張遼に言ったとしても、彼は何も言わないであろうが。



 「その、涙…冥土、の…土産に…持って、行く…こと、に。しよう…」

 すとん。

 の頬から張遼の手が地に落ちた。

 「〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」

 立ち上がり、唇を噛み締め。
 声無き声を上げて泣く
 その手には自らの得物『四聖細剣』と張遼の得物『青龍鉤鎌刀』が握られていた…。










 今は…そっとしておいてやろう…。

 楽陵は戦場に背を向け、歩き出した。
 彼の胸に今、何が去来しているのか…。
 それは、事の全てを見ていた紅い大地だけが解っているのかも知れない…。





 fin.









 アトガキ

 はふぅ…しんどかった orz
 今回、課題にしたのは『戦闘シーン修行』(をい
 戦場で戦う人たちの気持ちが解りたいなぁ〜なんて思いながら書き殴った。
 途中、情報屋に知恵を借りつつ…なんとか披露できるくらいに仕上がった。
 (情報屋様、サンクスです☆ やっぱアンタは天才だ!)

 切ない関係。
 此処が戦場でなければ…ヒロインと張遼様の関係に進展があったんではなかろうか??

 …楽陵君との三角関係になる事必至、だけど(汗

 今回のヒロインと楽陵君との関係…
 実は煙に巻いてます(あはは
 どういう関係なのかは読者の皆さんにお任せします☆

 珍しくギャグにならないで終われた事が今回の一番の収穫♪(こら


 ここまで読んでいただき、ホントにありがとうございました!

 2006.7.20     飛鳥拝

 使用お題『声無き声を上げる事しかできないなんて。』
 (当サイト「切なさに悲鳴を上げそうな10のお題」より)

 ブラウザを閉じてください☆