は苦悩していた。
改めて己の不器用さを恨み、頭を抱える。
――どうして、今迄努力しなかったんだろう。
後悔しても時既に遅し。
何時もは医療班付きの女官が使っている小さな厨房で一人、途方に暮れる。
の目の前には…未だ手付かずで残っている食材や、己の失敗作――食材の成れの果て――が無残な姿で並んでいた。
料理人?
――『仮面の下の笑顔』 外伝 THE MOVIE――
遡る事数日前、友人である女官達との茶会での事――。
女同士集まると大概は色恋沙汰で話の花が開く。
この日も例外ではなく、突如吐かれたの一言から話は発展していった。
「ねぇ、好きな男(ひと)にもっと喜んでもらうにはどうしたらいいかな」
何時もは女官達の噂話を傍観者の如く聞いているだったが、この時ばかりは彼女が話の主役となる。
先日、漸く想い人と心を通わせる事が出来たが、彼のために何かしたいと頬を紅く染めながら言ってきたのだ。
これには友人達も黙ってはいられない。
親友とも言えるが漸く掴んだ『女の幸せ』。
それを応援するかのように口々に思いのまま吐き出していく。
「来た来た、のノロケが!」
「ふふっ…男性を喜ばすには、やっぱり手作りのお菓子でしょ」
「そうそう! 男は手作りに弱いんだから…これでホウ統様もアンタに首ったけよ!」
「まずはホウ統様の好みを訊いて………それからよ、頑張れ!」
ところが、キャーキャーと可愛い悲鳴を上げながらの言葉を、は複雑な表情で聞いていた。
――手作りのお菓子、ねぇ…
うーん、と眉間に皺を寄せつつ悩み始める。
彼女の頭の中には決定的な――弱点とも言うべき問題が首をもたげている。
今迄誰にも話していない、自分の中だけの秘密がにはあるのだった。
「のお手製のお菓子、きっとホウ統様を想ったら物凄く甘くなりそうよね!」
「うんうん…でも、それ食べてホウ統様は言うんでしょ? 『手作りのお菓子よりも、お前さんの唇の方が甘いよ』ってー!」
「きゃー! ホウ統様ったらやらしー!」
苦悩の表情を浮かべながら考え込むを余所に、友人達の会話は違う方向へと勝手に進んでいく。
そんな中、一番の親友――莱流だけは話の輪から少々離れてを見つめていた――。
数日後――
ここ、専用の医務室の前にはちょっとした人だかりが出来ていた。
集まっている人物には、と仲のいい面々だけでなくホウ統の姿まである。
何故ここまでの騒ぎになっているか、それは――
この数日、が姿を現していない事であった。
が部屋に籠ったままで何をしているのか――それが一同のたった一つの疑問。
しかし、数日前に茶会の席を共にしていた女官達とホウ統には思い当たる節があった。
「やっぱり………中でお菓子を作っているのでしょうか?ホウ統様」
「うーん、あっしに好きなお菓子を訊いてきてからの事だから恐らく間違いないだろうねぇ」
「でも………これだけ籠ってて、一体あの娘は何を作ってるんだろ」
『うーーーーーん』
考えれば考える程混乱するばかり。
がこの中で菓子を作っているとして、この世で製作過程に数日を要するような菓子など聞いた事もないし見た事もない。
しかも、誰も中に入れようとしないのだ。
今や恋仲であるホウ統に至っても 『ダメ! 絶っっっっっ対にダメなんだから!』 と完全なる門前払い。
これではどうしようもない。
一同が揃いも揃って頭を抱え始める。
そんな中、すっと扉の前に立つ人物が居た。
「まぁまぁ皆様、ここは落ち着いて………私に任せてくださいませ」
ちょっと茶化すようにかしこまりながら口角を吊り上げ、にぃと笑う莱流。
の複雑な表情を見逃さなかった彼女の心には既に確信の持てる一つの仮説が出来上がっていたのだ。
思わぬ助け舟の登場に、他の一同はほっと胸を撫で下ろす。
このままに籠られては、いろんな意味で大打撃だ。
「頼んだよ、莱流。 ここは女同士の方が話しやすいだろうからね」
「はいっ、ホウ統様! ………では、行って参ります」
親友の恋人からの言葉を受け、軽い拱手をする莱流。
そして、扉を静かに開けて中へと身を滑らせた――。
「………こんな事だったら、母上にみっちり教えてもらっとくんだったわ」
乱雑に散らかった厨房の中心で、は大きな溜息と共にひとつ零した。
依然、心の中には落胆と後悔が入り混じっている。
――男性の心を掴むのは手作りのお菓子――
友人達から聞いたその直ぐ後、ホウ統の元で好みを訊き――
手に取ったのは母の形見の一つである書簡。
長い間紐解かれなかったそれは少々色褪せていたが、中には整然とした文字で様々な料理の作り方が書かれていた。
しかし、それを片手に作り始めたはいいがなかなか思うようにいかない。
――それどころか、同じように作っているつもりでも出来た物はとても菓子とは言えない代物ばかり。
試しに食してみれば、あまりの不味さに顔を顰める始末。
そんなこんなで、の身も心も数日のうちにボロボロになっていたのだった。
「ダメだ、やっぱり………」
もう何度目になるか、失敗作を目の前にはとうとうその場に座り込んでしまった。
あまりの不甲斐なさに、その瞳から涙が零れそうになる。
刹那――
「そういう事だと思ったよ、」
突如、頭の上から聞き慣れた声が降りかかった。
顔を上げると、少々意地悪く微笑みを零す親友の顔が視界に飛び込んでくる。
「え、ちょ、莱流………?」
「あの時のあんたの顔を見たら、大体察しはつくわよ。 苦手なんでしょ、こういう事」
「うん………って言うより、何度やってもダメなの」
そう――
の最大の弱点、それは『破壊的な料理の腕前』だった。
どんなに良いお手本があったとしても、上手く行ったためしがない。
そんな事から、は次第に料理から離れていったのだった。
「言ってくれれば、教えてあげたのに――」
「だって、手伝ってもらっちゃったら手作りじゃないって思ったんだもん! …だから、一人で頑張ってみようって」
差し伸べられる親友の手を取りながら訴えるの言葉の中には悔しさが溢れている。
しかし、続く莱流の話にの表情が直後みるみる明るくなっていった。
「もう…思い込んだらとことん突っ走るんだから、は。 私は教える、って言ったのよ…誰も手を貸すなんて言ってないじゃない」
――そうだ。
作りながら教えてもらえばいいんだわ。
変わり身の早いのも彼女たる所以か。
はしゃきっと背筋を伸ばすと、頼もしい親友に改めて拱手をする。
「ありがとう、莱流! ………じゃ、お願いします、先生」
「その呼ばれ方はくすぐったいけど…いいよ! 味見はしてあげるから一緒に頑張ろう、!」
「うんっ!」
こうして――
と莱流の共同作業?が漸く始まった――。
それから更に時は過ぎ――
菓子盆を両手に持ち、はホウ統の許に居た。
「ホウ統様………正真正銘の私の手作りです、食べてください!」
想い人に初めて恋文を渡す娘が如く、両手をぴっと伸ばして菓子盆を差し出した。
その上には、形は少々不恰好ながら美味しそうな香りを漂わせる菓子が整然と並べられている。
ホウ統はその手作り色溢れた菓子と両腕の間に挟まれた俯き加減の紅い顔を交互に見遣りながらふふ、と覆面の下で笑みを零した。
「おやおや、美味しそうな臭いだねぇ…本当にが作ったのかい?」
「はい! 今迄で一番の傑作です! 味も莱流が保証してくれました!」
「そうかい、そいつは嬉しいねぇ。 の手作りが食べられるとは、あっしも果報者だよ」
菓子盆をの手からしかと受け取り、片手で徐に菓子を一つ取ろうとするホウ統。
刹那、微かに聞こえる女達の声――
「……………よかったねぇー………」
「うわっ、莱流!? ちょ、あんた顔が土気色ぉ!?」
「…だいじょうぶ。 なんとかたべられるくらいには…なったか、ら…」
――ぱたり。
「やばっ、莱流が『しおしお』になったー! 誰か、軍医をっ! …あ、も軍医だった!」
「誰かのお父様を呼んでぇぇぇぇぇっ!?」
遠くから聞こえる女官達のやり取りに、ホウ統の手がぴたりと止まった。
覆面から僅かに見える眉を顰め、訝しげにを見る。
「、何だか向こうで声がするんだがねぇ――」
「あっ………あれはただの冗談ですからお気になさらず、ホウ統様」
想い人の問いにふふ、と軽い笑いで返すと、自室へと入るべくホウ統の背中をぐいぐい押す。
その笑顔には、ほんのちょっと苦いものが含まれていた。
ホウ統は、君主の下に赴いていた。
玉座に座る優しい笑みを浮かべた君主にホウ統は開口一番こうのたもうた。
「――劉備殿。
あっし、今から十日程休みを戴きたいんだけど、ねぇ………」
劇終。
アトガキ
ふっ………ふざけてスミマセン!!!(←いきなり何言うかアンタわ
この、本編が台無しになりそうなお話は――
ふざけた題名(苦笑)の通り、連載 『仮面の下の笑顔』 の外伝となります。
(因みに、タイトル命名者は情報屋です←テラ責任転嫁www)
このお話を書く直前、9章にて漸く心を通じ合わせる事が出来たヒロインとお相手。
奇しくもこの時、バレンタインの時期と重なりました。
という事で生まれたネタ――お菓子ネタ。
私の中のヒロインの基本設定に基づいて書いてみました。
しかしライフパスが『破壊的な料理の腕前』ってなヒロインって orz
…というわけで管理人お得意のギャグ仕様となりましたが――
このようなお話でも楽しんでいただけたら幸いですw
(本編が少々シリアス気味ですからね…丁度いいでしょう←をい)
最後に――
このネタにまたしても素敵なエッセンスを加えてくださった情報屋に…
毎度の事ながら感謝の意を述べさせていただきます!
いつもありがとう情報屋、そんな君が大好きだ!!!
ここまでお読みくださってありがとうございました!
2009.02.14 (同15日改訂) 飛鳥 拝
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