「っしゃ! 野郎ども、今日も暴れるぜぇっ!」
彼の一声で周りの兵の士気が大音声と共に上がる。
これは勿論何時もの事で、戦でなく鍛錬であっても変わらない。
女よりも男に多く慕われる男――甘寧。
――ねぇ、貴方は解っているかしら?
私も、貴方に――
雨と太陽
「あぁもう! ただの鍛錬なのに、何でこんなに怪我人が増えるのっ!!?」
空は青く澄み、爽やかな風が程よく頬を撫でる。
本来ならばのんびりと窓の外を見上げながら昼餉はそろそろか、と考えている時分。
それが今日は、呑気に構えて居られない事態になっている。
太陽が高みに昇ったと思えば、途端に鍛錬場から聞こえる金属音と大音声。
そして程なく大小の傷を負った兵が医療室へと次々に雪崩れ込んで来たのだ。
慌しく治療を施しつつ、はこのままでは薬が足りなくなりそうだと盛大な溜息を吐いた。
幾ら数日振りの晴天とはいえ、これは酷過ぎる。
しかしその原因が何処にあるのか、にとっては考えるまでもない。
今頃は活き活きと大暴れし、怪我人を更に増やしている事だろう。
「んもう、アイツには後で最大級のきっつーいお灸を据えてあげないとね………」
怒りを込めた形相に怪我人が恐れを成す中、は益々恐ろしい言葉を呟いた。
――どうして、雨が嫌いなの?――
私は以前、彼に訊いた事がある。
何時もは荒くれ者よろしく、子分を引き連れてそこら中を闊歩している興覇。
なのに、雨が降るだけで人が変わったように大人しくなる。
確かに雨は嫌いだと何度も言われて来たけれど………。
それが、私にはとても不思議だった。
何日か雨の続いたこの日も、彼は窓枠に腰を掛けてただぼんやりと灰色の空を眺めていた。
私がお茶を淹れて傍に座ると、興覇は何も言わずにそれを受け取る。
「………今日も雨、だな」
「ん………そうね」
気が滅入っているのか、浮かない顔で私の方をちらりと見れば直ぐに空へ視線を戻す。
この時私は、彼に元気がないのは外で暴れられないからなんだと思っていた。
何より、体を動かすのが好きなヤツだから。
だけど――
「興覇。 退屈でしょ、流石に」
「いや――こうやってお前と一緒に居るのも悪くねぇよ」
「あら、珍しく嬉しい事言ってくれるのね」
「………っせーな」
日常と何ら変わりない会話に、ちょっと感じる違和感。
やっぱり、雨だと態度が違う。
普段なら私の茶化す言葉にも噛み付くような勢いで突っ掛って来るのに………。
張り合いがない、っていうのが正直なところ。
日常茶飯事な言い争いが煩いと思っていても、いざ無くなると寂しく思ってしまう。
だから、訊いてみた。
「ねぇ興覇、どうして雨が嫌いなの?」 と。
すると――
「だってよお前………誰かが泣いてるみてぇでよ、やり切れねぇ気持ちになるんだ」
一瞬の間の後、私の予想を大きく覆した言葉が興覇の口から零れた。
彼から聞く、初めての詩人みたいな表現。
刹那、唖然としながらも私の頭の中に一つの単語が浮かんで来る。
「涙雨、ね………」
「あーそれだそれ。 前にオッサンも言ってた」
「呂蒙が?」
「あぁ。 オッサンが言うには、人の悲しい気持ちが時に雨を降らせる………んだとよ」
成程………興覇はきっと、呂蒙の言葉を素直に受け止めたんだ。
で、何処の誰か解らないような相手に心を痛めている。
でも他の人にしたら滑稽に聞こえる事も、興覇にとっては大真面目なんでしょうね。
こみ上げてくる少しの笑いを堪えながら、私は改めて興覇の顔を見上げた。
「意外だったわ、貴方がそんな事言うなんて」
「………そうか」
「でも――嫌いじゃないわよ、興覇のそういうところ」
――性格の割には馬鹿が付く程正直なところとか。
困っている人を放っておけない、意外にお人好しなところとか。
ついでに、自分が無意識でも周りを元気にしてるところとか――
「何だよそれ、褒めてんじゃねぇのかぁ?」
「あはは! 褒めてるわよ………今は、ね」
「………ったく」
小さく舌打ちをして、興覇は再び空を見上げる。
刹那、その顔にみるみる浮かび上がる笑み。
私もそれに倣って視線をやると、その先には少しだけ雲が開けた場所があった。
「ふふっ、どうやら何処かの誰かさんが泣き止んだみたいね」
「………だな!」
私の言葉に短く返す興覇は、もう既に元の元気を取り戻したようだった。
そして、驚きを通り越して呆気に取られる私の手を取ると――
「、行くぜ!」
「ちょっ、何よいきなりっ!?」
「今日はどうせ暇だろ? だったらこれからあの雲の切れ間まで行ってみようぜ!」
「はぁ………これがさっきまで感傷的になってたなんて、嘘みたい」
私の手をぐいぐい引っ張って外へと連れ出す興覇。
その大きい背中を見つめながら、私はちょっとだけ心の中で舌を出した。
――やっぱり興覇にはぎらぎらの太陽がお似合いね、って――
「よう! 早速俺に逢いに来てくれたのか?」
「あのねぇ………アンタに説教しに来たのよ! 晴れた途端怪我人続出だなんてもうっ!?」
「別にお前には関係ねぇだろ!?」
「大ありだから言ってんのよっ!!! 私の仕事増やしてんだからっ! アンタ絶対私に喧嘩売ってんでしょ!?」
「売るんだったらもっとマシな奴に派手な喧嘩を売るぜ!」
「そーゆー問題じゃなぁぁぁぁぁいっ!!!!!!」
一時の後――
気が済んだのか、甘寧の大暴れ…もとい、鍛錬は漸く終わりを告げる。
数日の雨の所為でずっと建物の中に燻っていたのだから、これは無理もない話なのだが――
皆の健康を管理しなければならないにとっては気に障る事だった。
一方の甘寧も面と向かっていきなり怒鳴られては黙っていられない。
こうして、落ち着いた途端の口論は暫く続くものと思われた。
しかし――
「ちょっ、ちょっと待ってくだせぇさん! そんなに兄貴を怒らねぇでくだせぇ!」
「そうだそうだ! 俺たちだって好きで兄貴とやり合ってんでさぁ!」
「アンタが俺たちを心配してくれるのは嬉しいけどよ、俺たちはちょっとやそっとの怪我は構わねぇんだ」
「あぁ、兄貴にやられるんだ…寧ろ勲章だぜ!」
今にも噛み付きそうな勢いのに、幾人もの兵が迫った。
彼らは口々に弁護するような言葉を垂れると、甘寧の身を守るかのように立ちはだかる。
刹那、遠くに居ても聞こえてきそうな溜息を盛大に吐きつつ振り上げていた平手を力なく下ろす。
「あぁもう………興覇も馬鹿なら、アンタたちも馬鹿ね」
普通に聞いていれば暴言のような台詞。
しかし、これはなりの賛辞だった。
何をするにしても独りよりは大勢の方がいいし、大勢ならばそれを守り束ねる人が必要だ。
彼女も軍医として仕官して痛い程知った――ひとつの手でたくさんの人を守る大切さ、そして難しさを。
それを考えると、この地の民だけでなく甘寧に付き合う兵たちもまた、彼の大きさに惹かれているのだろう。
そう、今大地を照らす太陽のような彼に――
「ぃよっしゃ! 野郎ども、昼飯の後も暴れるぜぇっ!!!」
「ちょっ、興覇! まだそんな事言ってんの!?」
「まぁまぁ………さんも暇過ぎるよりはいいだろ?」
「久方振りの晴れなんだ…大目に見てくだせぇ」
「はぁ………みんな、暴れるのはいいけど、大怪我だけは負わないでね………」
今日も彼の一声で周りの兵の士気が大音声と共に上がる。
これは勿論何時もの事で、戦でなく鍛錬であっても変わらない。
女よりも男に多く慕われる男――甘寧。
――ねぇ、貴方は解っているかしら?
私も、貴方という太陽に守られているのが一番の幸せなんだ、って――
劇終。
アトガキ
どうも、お久しぶりになってしまいました飛鳥です。
今回は孫呉陣営第4の男、甘寧の登場です。
企画やら、他のところではお相手として書いてはいたんですが………
いよいよ、本館でも参上いたしました。
彼相手のネタはいろいろあったんですよ。
でもその殆どが武将ヒロインとのお話でして………
最初くらい?はちょいと大人しく、軍医をヒロインにしてみようとw
………あまり大人しくはありませんが orz
甘さんて、雨になるとしゅんとしてそうな気がします。
そんなところから生まれたこのネタ。
彼らしさが出ていれば幸いかな、と思いつつ………
ここまでお読みくださってありがとうございました。
2011.10.17 飛鳥 拝
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