振り向けない。
前も見えない。
思い出しても、悲しくなるだけで…。
そんな 今の私に…
不必要な物の行方。
「どうしたのよ?こんな所に呼び出したりして…
いつもはその場で押し倒しそうな勢いで話してくるのに…」
紙の香りが篭る書簡室。
普段はあまり人が寄り付かない、そんな場所には呼び出された。
「いや、別に…意味はないんだが…明日、お前の誕生日だろう?」
呼び出した張本人、馬超は少々歯切れの悪い口調で切り出した。
「うん…そだけど? それが?」
「それが?って…お前、嬉しくないのか?」
「嬉しいワケないじゃない。だってもう23歳よ。ただでさえ孟起より年上なのに…喜んでられないわよ」
「くっ…そう言われると…」
と言葉を失う馬超。
そして、何かきっかけを探すようにの顔をマジマジと見つめた。
うむ…どうしたものか。の鈍感さには困ったものだ。
暫くの沈黙の後。
先に痺れを切らしたのはの方だった。
「あのさ…この続きは後にしない?私、薬品の調達しなきゃいけないし」
「いや、待て!」
馬超は、馬超から背を向けて書簡室から出ようとしたの腕を掴み
「これ、誕生日の祝いにやろう!」
との手に小さな紙の包みを握らせると、の動きがぴたっと止まった。
「…このために此処へ?」
「そうだが…」
「ぶっ…あはははは!!!!」
は、いつもと違う馬超の様子に「何かあるんだろう」とは思っていたが、ここまでは予想していなかった。
だから、この突然の出来事に思わず笑い出してしまったのだ。
「あのなぁ…そんなに笑うことないだろう? 俺、そんなに可笑しい事したか?」
「あはは…はぁ。 ううん…ごめんごめん。あまりにも孟起がらしくない事するからさ」
「贈り物をやるってことがか?」
「違うわよ。人前でも普通に渡しそうだったから…意外だっただけ」
はそう言いながら紙包みを見て、「中、見るわよ」と封を破った。
…ちりん。
紙包みからの手に落ちたのは簪だった。
根元の部分に蓮の花をあしらった可憐な風合いの簪。
が掌で軽く振ると、それは涼しげな音を立てて揺れた。
「…可愛い」
「だろ?…この前村に降りた時、出店で見つけたんだ。お前に絶対似合うと思って買った」
「孟起…嬉しい。ありがと」
は簪の花に負けないくらいの笑顔を馬超に向けると…その首に自分の腕を絡めた。
あの出来事から約一月後。
突然村から『山賊が村を荒らしてる』との連絡があった。
その日の軍議で、馬超の軍にも山賊討伐の命令が下った。
そのさらに数日後、討伐隊出立の前夜。
は毎日のように訪れる馬超の私室にいた。
「明日だね…」
は不安げな瞳で馬超を見つめる。
「今回の敵はたかが山賊だ。お前が心配することないだろう?」
「でも、何が起こるかわかんないじゃない。もし、孟起の身に何かあったら…」
「おい、今から不吉な事言うな。俺は必ず無事に戻ってくる。…お前がいるからな」
不安をかき消すように馬超はの体を抱きしめ、言った。
孟起の腕の中…とても安心する。
「約束だよ、孟起…」
そのの髪にはあの日の簪が鮮やかな色を放っていた。
…ちりん。
あら…?しっかり留めておいた筈なのに。
蓮の花の簪がの髪から外れ、小さな音を立てて床に落ちた。
刹那、
「軍医殿!軍医殿、いらっしゃいますか!!!」
医務室の扉を騒々しく開け、倒れながら入ってきた兵士はかなり慌てた様子で叫んだ。
「何事?」
「あ、殿…あの…」
の顔を見て戸惑った兵士が重い口を開こうと体を起こす。
「軍団長…馬超様が…」
!!!!!
は咄嗟に傍らの作業着を手に取ると治療の支度を始めた。
「孟起…馬超殿は何処?何処にいるの!」
と叫びながら。
2人の兵士に担がれ、入ってきた馬超の鎧や肌には無数の傷。
そして、出掛ける時の色がわからなくなるくらいに血の赤で染まっていた。
「早く!そこの寝台に乗せて!」
手を冷水で洗いながらが兵士に指示を出す。
「孟起…」
は寝台の上の馬超を見ると、一瞬だけその顔を伏せた。
それは同時に自分が軍医であることを恨んだ瞬間だった。
馬超の鎧は脱がされ、見慣れた肌が晒される。
が、その色は白く、ぱっくり開いたいくつもの傷口からは止め処なく赤いものが流れて寝台を覆う布を赤く…紅く染め上げていく。
軍医であるの判断は「最早成す術なし」だった…。
それでもは傷口に清潔な布を当て、必死に血流を止めようとする。
「すみません、殿…馬超様、連れ去られようとした村の子供を庇って…」
「そう…彼らしいわね」
兵士の言葉に冷静さを装って答える。
何を貴方が謝るの、と。
これは誰が悪いって話じゃない。
一番悪いのは約束を守らない、孟起だ…。
人払いをして、この空間にいるのはと亡骸になった馬超だけとなった。
馬超の物言わぬ唇に自分のそれを重ねる。
本当に、冷たくなっちゃったね。
せめて、私が一緒に行っていれば…と悔やむ。
誰もが「たかが山賊」と思っていた。
当のを除けば。
だからは軍議の時に『医療班同行』を提案したのに…。
しかし、その提案を却下したのは他でもない馬超本人だった。
「だから、あれほど『危険だ』って言ったのに…」
はそう零すと漸くその瞳から涙を流した。
「殿、準備は…」
「えぇ、もう出来てるわ。早く連れて行ってあげて」
「はっ」
兵士に葬儀の準備を急がせ、は医務室の机に突っ伏した。
手には蓮の花の簪。
指で弄ぶとちりん、ちりんと軽く音を立てる。
これ…もう、必要ない、か。
だって、つけてるのを見て「似合う」って言ってくれる人、いないもん…。
振り向けない。
前も見えない。
思い出しても、悲しくなるだけで…。
そんな 今の私は…
…抜け殻だ。
そして。
いらない物の行方は…
………
数刻後。
「殿…? あれ、いないのかな」
医務室の扉を開けて中を見た兵士は、人の気配を感じなかったのか、すぐに扉を閉めてその場を去った。
医務室の奥。
馬超が最期を迎えたその寝台には…
簪を胸に刺し、息絶えるの姿があった。
その胸には……簪にあしらった蓮の花より鮮やかな赤が広がっていた。
fin.
アトガキ
すみません……。
…
あ〜!石を投げないでぇ〜〜〜!!!(逃
小生、こんなクロいのが好きなんです(滝汗
…ってか、これは『赤』か(本当に 逝 っ て し ま え
簪というアイテムを決めた時、最初に思い浮かんだのが最期の場面でした…。
『不必要な物の行方』…最後はヒロインの胸に突き立てられた…。
普段活発な娘は一度落ち込むと何をしでかすかわからない…典型的な例です(何
今回はばちょ様に死んでいただきました(ごめん)。
お詫びにヒロインも…(をい
いやいや、そうでなくて!
ばちょ様の照れるシーンは絶対に書きたかった。
ブッキーなばちょ様…何気に好きです。
ここまで読んでいただき、本当に有難う御座いました☆
2006.6.30 飛鳥拝
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