一度でも、嫌いだなんて言ったことがあった?













ざぁ…ざぁ…

外は突然の雨。冷たい雫どもが容赦なく大地を打ち付け、土や草木をしっとりと湿らせていく。

その雨音にいち早く気が付いたのは、医務室の中、薬品庫の前で薬品の書簡に目を通していた軍医のだった。

座っていた椅子から立ち上がると窓際に歩み寄る。

空は先程までの青空が重い雲にすっかり覆われ、恨めしそうに見上げるの顔にも暗い影を落とす。

「雨か…嫌だなぁ、もう。これじゃ薬も湿っちゃいそう…」

と言いながら元居た方へ視線だけを向けた。

其処には薬品が入った入れ物が並んでいるだけの何とも味気ない空間が広がっているのだが。

昔からこの空間に慣れ親しんできたにとっては心の落ち着く場所になっていた。





窓際に座り、窓枠に頬杖を付いて暫し灰色の空を見上げていると

「やはり、此処でしたね…

背の方から気の張った凛々しい声が聞こえた。

は頬杖を付いたまま顔を声の方に向けると

「…伯言」

優しい笑みを浮かべて言った。

伯言と言われた青年−陸遜−は軽い足取りで室の中を進むと、の隣に座って同じように頬杖を付き、空を見上げる。

「…嫌な雨ですね」

「うん…」

「憂鬱な気分になりますね」

「早く止まないかな…」

「そうですね…」

ぽつぽつと言葉を交わしながら空を見続ける二人。

会話の内容に似合わず、此処には優しい時間が流れていた。





「伯言、どうして此処に?」

暫くして。

茶の入った茶碗を陸遜に手渡しながらが問うた。

すると、陸遜は茶碗を両手で包み込むように持ち、真綿のような柔らかい笑顔をに向ける。

「いえ…。 突然の雨で貴女が憂鬱な気持ちになっているのではないか、と思いましたので」

「あは…それで」

「…お邪魔でしたか?」

「ううん…私も、伯言の顔が見たいなって思ってたから」

「そうですか…よかった」

陸遜はそう言うと茶碗の中の茶をこくり、と一口飲み、卓に置いた。

そして、その温まった手をの頬に添える。

…貴女を愛しています」





今迄何度も繰り返すように…心に届いてきた声。

しかし。

自分が年上であることに引け目を感じていたは未だ確実な『答え』を出せないでいた。

素直に気持ちをぶつけてくれる陸遜に。

そして自分自身の気持ちに。


一時は恋焦がれる気持ちを押し殺し、『姉的存在』に甘んじようとも試みた。

逢いたい気持ちを無理やり引き剥がし、言葉なく避けていたこともあった。

が…先程意識せずに口をついて出た本音。

「…伯言の顔が見たいなって思ってたから…」



…もう、駄目…。





心の奥底から湧き上がる愛しい気持ち。

その愛しさに抗う事を止めたの口から自然に言葉が溢れ出して来た。

「伯言…愛してる」





…重なる唇。

陸遜の手が頬から肩…腰へと滑り、降りる。

その動きに合わせるようにの腕も陸遜の首へと回される。


二人はお互いの温もりを…今、此処に居る存在を確かめ合うように抱き合った…。





「よかった…」

「何故『よかった』なんて言うの?」

「今の気持ち、其のままですよ…

重なっていた身体を僅かに離すと、陸遜は先程解いたの長い黒髪を片方の手指で撫でるように梳いた。

刹那、は僅かに上気した顔を上げ、陸遜を見据える。

いまいち理解し難い、というような表情で。

すると、陸遜は笑顔を浮かべながら再びの身体を強く抱き締めるとゆっくりと言葉を紡いでいった。



「私の気持ちが貴女に届くとは思っていませんでした。

貴女は私よりも歳が上で…ずっと大人で、

私がどんなに恋焦がれようとも、決して叶わないものだと。

正直言うと…嫌われている、と思っていました。

でも、今貴女は私に『愛してる』と言ってくれました。

だから…よかった、って…」



「ちょっ…ちょっと待って、伯言。…嫌われてるって…」

「はい。私が年下で、可哀相だから付き合ってくれていたのだと…」

「え…?」

言葉を失ったは暫く陸遜の笑顔を見詰める。

一方の陸遜は笑みを消さずにの視線を捉えたままでいた。





暫しの沈黙の後。

ようやく合点がいったのか、がくすっと笑う。

…?」

訝しげに訊く陸遜には今までにない優しい笑顔を向けた。

「…伯言、それは貴方の勘違い…早とちりよ」

「え…何がですか?」



「もう…伯言? 一つ訊くわ。 私が貴方に…

          一度でも、嫌いだなんて言ったことがあった?」



は笑顔のままでそう言うと、目を丸くする陸遜の唇に軽く口付けた。





外は、何時の間にか雨が止んで。

雨で洗い流されたような澄んだ青色が空一面に広がり…。

春の穏やかな太陽の光が二人の笑顔に降り注いでいた。







fin.


アホガキアトガキ


お題に沿ってたのは最後だけのような気が…。
正直『こんなモンでよかろうか?』と疑問点がザワザワ…(汗

発想がベタだと思う事なかれ…(祈

こんなものでよかったら…どうぞ載せてやってください!

最後に、お付き合い下さった読者の皆様に大いなる感謝を!

本当に、本当に有難う御座いました☆



2006.8.12     御巫飛鳥 拝

使用お題 『一度でも、嫌いだなんて言ったことがあった?』






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