愛する心と不安に思う心は、常に背中合わせで…
私は…あなたを愛している。
あなたも…私を愛してくれている。
解っていても…
心は何時も―
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今、歩を進めるこの廊下に柔らかい日差しが降り注ぐ。
肌に当たるその温度は、音もなく近付く春の気配をそっと教えてくれるような気がした。
しかし、愛する人の部屋に向かうの表情は嬉しい筈なのに何故か曇りがちだ。
それは逢いたい、という気持ちよりも…何か後ろめたい気持ちの方が強いからなのか―。
今日は、数ヶ月ぶりに訪れた同時の休日で…本来ならば二人で遠乗りをしている時間だったのだが…
何を思ったのかは自室へと迎えに来た陸遜に
「ごめん、今日はちょっとやめとく」
そんな気分じゃないの、と心にもない事を言い、断っていたのだ。
そして、今度は…断った自分から逆に誘いに行こうとしている。
…人は、愛する人の我が儘をどれだけ許す事が出来るのだろう。
は少々重たくなった足を運びながら考えた。
自分は一軍を率いる将で、彼はそれらを束ねる知将。
互いに忙しく…特に最近は滅多に逢瀬の時間が持てないという事が、大きくの心を切なく締め付けていた。
「逢えなくても、例え遠く離れたとしても…二人は一心同体です」
誓うように言ってくれる心強い言葉も、逢えない時間がその力を奪っていくような気がする。
これから起こそうとしている行動は…些か我が儘だとは自分でも思う。
こんな事を意図的にしなくても、普段から我が儘を言って彼を困らせているかも知れない。
だけど…試さずにいられない。
陸遜を愛するが故に、心から離れてくれない一つの不安。
どれだけ、彼に愛されているのか。
…私は、果たして本当に愛されているのだろうか―。
陸遜の部屋に到着するや否や、扉を叩く事なく入り込む。
視線を左右に泳がせると、の意中の人は床に寝転がって何もない天井を見上げていた。
その姿には不貞腐れた様子はないが、横顔からは少しの苛立ちと寂しさを感じ取る事が出来る。
は意を決するように一つ小さく頷き、床へ向かって歩を進めると
「伯言」
彼の本心を窺うべく声をかける。
すると…
「いらっしゃい、。 …来てくれたんですね」
今日はもう逢えないかと思いました、と己の身を起こして笑顔で歓迎してくれた。
皆の前にいる彼とは違う、何の裏もない笑顔に突如の心がちくりと痛む。
しかし、その心の内を見せないように同じような笑顔で返すと
「伯言。 …気が変わったの。 やっぱり、これから遠乗りに行こう!」
ねぇ早く、と陸遜の腕をぐいっと引っ張り、殆ど強制的に立たせた。
突然とも言うべきの行動に陸遜は面食らう。
「ちょっ…あの、…?」
あまりの勢いで言葉にならない陸遜を尻目に、は相手の返事を聞かないと言わんがばかりに更に腕を引きながら外へと導いていく。
「大丈夫! 馬はちゃんと用意したから!」
「…いや、そういう問題ではないのですが―」
陸遜はそこで言葉を止めた。
一度は諦めた遠乗りを、と二人で…。
我が儘だな、と心の隅では思ったが…嬉しさからか直ぐに表情を笑顔に戻す。
「…折角の休日ですからね、行きましょう!」
腕を引いていた手を自分の手に握り直すと、に歩調を合わせるように廊下を歩き出した。
外は、いい遠乗り日和だ。
しかし―。
「…ごめん、伯言」
一日の終わりを締めくくるべくの自室に足を踏み入れた陸遜は、彼女の口から吐かれた一言で出迎えられた。
彼女の切羽詰った表情に少々呆気に取られる。
この 『ごめん』 に、どのような意味があるのか…。
陸遜には初めからなんとなく解っていた。
今日一日の、が見せた一連の行動。
遠乗りに出てからも、彼女の我が儘は続き…帰ってきてから一旦別行動になるまで彼はすっかり振り回されっ放しだった。
こちらの事を考えない縦横無尽な態度は、常に冷静に場の空気を読んでいる普段の彼女からは到底出てくるものではない。
自室に戻り、夕餉を食している間も彼はずっと思案していた。
もしや…あれは意図的にしている事なのではないか、と。
そして、我が儘を言う度にほんの一瞬だけ曇らせていた表情―。
刹那、全て解ったのだろう…陸遜は心の中に結論とこみ上げるものを感じた。
それっきり黙って俯いたままのの身体を己の腕で拘束しながら張本人に言い放った。
「…、謝らなくても私は大丈夫ですよ」
今日一日、身を切る思いだった。
傲慢な態度を意図的にするのが、こんなに辛いものだったなんて―。
一旦別行動になるまで、彼は自分の我が儘に何も言わずに付き合ってくれた。
だけど…もしかしたら心の中では怒っていたのかも知れない。
もしかしたら…今日の事で嫌われたかも知れない。
自室に戻って来たの心の中には違う不安が付き纏い始めていた。
本当は楽しい筈の遠乗りが、自分の勝手な気持ちのために台無しとなってしまった。
こんな事なら、彼を試そうなんて思わなければよかった…。
と、思っても後の祭り。
とにかく、先ずは今日の非を詫びなきゃ………。
扉が開き、陸遜の姿が見えた刹那…は開口一番
「…ごめん、伯言」
首を垂れながら言い放った、のだが―。
…えっ!?
「…、謝らなくても私は大丈夫ですよ」
思いもかけない言葉と共に自分の身体が温かい腕に優しく包まれる。
そして、直ぐにその腕が小刻みに震えているのを感じ、はっと息を呑んだ。
…もしかして、泣いているの…?
確かに…今日一日我が儘を言いまくって振り回したけれど…まさか、それが彼をここまで酷く傷つけていたなんて…。
心の中に棲む後悔の念が更に増殖していく。
「ちょっ…伯言? どうしたの…?」
戸惑いのあまり言葉にならない言葉を吐き出しながら、恐る恐る顔を上げた。
刹那―
「すっ…すみませっ…! 笑いが…こみ上げっ…」
身体を拘束する腕の持ち主が、声を高らかに笑い出した。
今迄…そう、出逢ってから一度も見た事もない陸遜の純粋な爆笑。
その今にも腹を抱えそうな様子には面食らい、ただただ茫然とするしかなかった。
身体が震えていたのは、泣いていたわけではなく…こみ上げていた笑いを堪えていたからだった。
しかし、彼の身に何が起こったのかが全くもって解らない。
何故、笑っているのか。
のした事は…怒りこそすれ、決して笑える事ではなかった筈だ。
それを………。
目の前で瞳を頻りに瞬かせ、開いた口が塞がらないといった状態のと…硬直している身体を依然抱きしめたまま笑い続ける陸遜。
この異様な光景は、暫しの間続いた―。
一時の後。
やっとの事で我に返った二人は、心を落ち着かせるべく卓を挟んで向かい合って座っていた。
互いの手には茶碗が握られ、が新しく淹れたのだろう…芳しい香りを漂わせるお茶が程よい温度で入っている。
茶碗を手に包み、香りを堪能しながら二人が漸く口を開く。
「ねぇ、伯言。 何故…大笑いしたの?」
びっくりしたのよ、と突然顔を上げたから吐き出された一言。
それに
「今の方がびっくりしましたよ…私は」
と軽い笑い声と共に陸遜が茶化すような答えを返し、直後表情を元に戻す。
そして、片手で頬杖を付くと…空いた方の手での髪を梳きながら思いのたけを放った。
私は―。
、貴女はもっと大人だと…恋愛を冷静に見ている方だと思っていました。
でも、違ったんですね。
貴女も、私と同じように…愛情と共に不安も同時に抱えていたんですね。
ただ、それが妙に可笑しくて…
そして、とても嬉しくて―。
二人の手が…身体が重なり、心も同じように重なっていく。
それは、朝の曇った心模様を見事に晴らすかのような暖かさも、明るさも含んでいた。
愛する人の姿が視界いっぱいに映る。
「…今日は、本当にごめんね」
「だから、謝らなくても大丈夫ですよ、。 私には全て解っていましたから―」
改めて自分の非を詫びるに、陸遜は元の彼らしい笑顔で返した。
今日の我が儘は、決して心からしたかった事ではなくて…
それは、貴女の不安な心の裏返しで…
「―私の気持ちを試そうとしていた事も、ね」
違いますか?と片目を瞑り、悪戯っ子のような笑みを浮かべながら問うた。
…違わない。
寧ろ大正解よ、とはかぶりを振りながら両手を挙げる。
当に 『お手上げ』 だった。
不本意ながら起こす行動は…その裏にある感情が自ずと露になってしまう事をは思い知った。
と言うより…陸遜の洞察力が人並みではない、という事か―。
どちらにしても、ここまで来たら彼には到底敵わない。
「…慣れない事はするもんじゃないわね」
「そうです。 貴女は貴女のままでいいんですよ…まぁ、あの程度の我が儘なら、可愛らしいので許容範囲ですがね」
たまにはあぁいうのもいいものです、と普通に聞いたら照れくさい言葉を平然と言い放つ陸遜。
直後、体中にある水分が全て蒸発するのではないかという程にの顔が上気する。
「なっ…! あっ、あんな事! 二度としないんだから!」
そう、貴方を試すような事なんか、二度としない―。
刹那、紅潮した頬を両手で挟みながらぶんぶんと首を振るに、陸遜の顔が更に迫る。
そして紅く染まる耳元に唇を寄せると、囁くように小さく言葉を落とした。
…たまにはいいですよ、。
我が儘な貴女に付き合うのも―
心の広い、大人の男になったようで………悪くないという事に気付きましたから。
「―ですが、程ほどにしてくださいね」
「…なんで?」
「あまり悪戯が過ぎると…ちょっと酷いお仕置きが必要になりますからね」
「…!!!」
こんな風にね、と瞬時に身体が床に組み敷かれる。
首筋にかかる陸遜の息にくすぐったいような快感を覚えながら、は―
…やっぱり、貴方の方が上手(うわて)だわ。
愛する人に解らない位の、小さな溜息を吐いた。
愛と不安は、何時も背中合わせだけど…
二人がいつまでも同じ気持ちでいられれば、きっと―。
劇終。
アトガキ
ども、ツンデレ管理人です(←マイブーム)。
今回は約3ヶ月ぶりとなりました、りっくん夢です。
相変わらず甘々だなぁ…ヒロインがツンデレだなぁ…と思いつつアップ(汗
今回はある楽曲をモチーフにしています。
りっくんの台詞に歌詞の一部を用いています(←100%ではないですが)。
このようなお話でも…少しでも楽しんでいただければ幸いかと。
(詳しい裏話などは日記にて書く予定ですw)
ここまでお読みくださってありがとうございました。
2008.03.25 飛鳥 拝
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