――クソ暑い!
異常気象だか何だか知らないけど、少しは私たちの身にもなってくれ!って感じ。
これじゃ財布よりも早く私が干上がっちゃうっての。
でも、そんな中――
世界的な危機よりも大変なモノが、私の元に転がって来たんだ。
その、ビックリ仰天なモノに遭遇したのは去年の夏。
夕方になっても気温の下がらないコンクリートジャングルを必死に歩いている私の前に現れたのが一人の男。
………と言うより行き倒れのオッサン、って感じ?
ヤツはこのクソ暑い中、ビルの間に挟まれるように倒れてた。
小汚い鎧を着て、汗だくで。
こんな都会じゃ、行き倒れている輩を介抱してやろうというお人好しなんか居やしない。
私も、胡散臭いオッサンと関わりたくなかったからそのまま素通りしようと思ったんだ。
けど………。
「そこの美しい人………そう、貴女ですよ。 悪いが、ちょいと俺を助けてくれませんかね」
倒れて動けなくなってるのに飄々とした態度でさらりと言って来たヤツに、何故か惹かれるものを感じちゃったのよね。
これってお人好しなのか、何なのか未だに解らない。
ヤツの名前は島左近。
戦国時代で活躍した人の中にそんな名前の人が居たなぁ………と思ってたらなんと本人だったのだ!
あつさもたいがいに。
あの、ビックリ仰天な出来事から一年。
最初戸惑いまくりーな二人だったけど、一緒に過ごすうちに慣れてきた。
………と言うより惚れ合った的な?
そりゃーね、左近は誰も知らない場所にいきなり飛ばされてさ、私しか頼る人が居なかったから?それで私を選んでくれたのかも知れない。
でも、「好きだ」って言われた時には正直ものすっごく嬉しかった。
だから彼氏彼女の関係になったんだけど。
そして、今………
「あーーーーー! 暑いよー左近ー! アイスー!」
私は今年の記録的な暑さに完全にダウンしてた。
日陰で少しは冷たいフローリングの床の上でゴロゴロ転げ回ってる始末。
だってさ、クーラーは身体に合わないって左近が言うんだもん。
ワガママも大概にしろって感じ。
でも――
「、さっき食べたばかりだろう? 腹を壊すぜ」
「えーだって暑いんだもーん」
「それは誰でも同じ事だ。 我侭も大概にしろよ」
………どっちがワガママだっての。
こちとらクーラーがあるのに扇風機だけで耐え忍んでるんだぞ。
これじゃー折角の休みがダラダラするだけで終わっちゃうじゃない。
………ん?
「ひぁっ!」
「どうだい、………これなら少しは涼しくなるだろう」
「うっは、これは名案だわ左近………ありがとう」
ちょっとして戻って来た左近の手には氷の入ったビニール袋。
そして、私の首に当てられたのは氷水に浸したらしい冷たいタオルだった。
文明の利器に頼るだけが脳じゃないさ、と語る左近の顔はまさに策士。
その史実通りの頭の回転に、私は今迄何もしないでゴロゴロしてたってのがとても恥ずかしくなった。
やっと動けるようになった私に、左近はいろいろ教えてくれた。
家の周辺に撒く打ち水の効果とか。
団扇と扇子の発祥とか。
風鈴の作り方とか。
ガラス製じゃない風鈴が日本に伝わったのが大分昔だった事に私は驚いた。
左近は店にあった風鈴がガラス製だったのに最初驚いてたけど。
「………昔の人たちはいろんな方法で涼んでたんだね」
「あぁ、しかし――」
「ん?」
「俺が居た時代に比べると、今は本当に暑いな………流石の俺も倒れそうだね」
この暑さじゃ、打ち水も風鈴も効果なしと見える。
さっきの私みたいにゴロンと床に寝転がる左近を見て、私は声を上げて笑った。
時は過ぎて、夕方――
今夜地元のお祭りがある事を思い出した私は、早速左近を誘った。
勿論、二人とも浴衣に着替えて。
去年はいろんな意味でバタバタしてたから、お互いに初披露となる。
「ふむ………今の浴衣はなかなかに着易いんだな、」
「うん、昔と違って今はいろんな素材を使ってるからね」
「化学繊維、ってやつか」
「そうそう、それ」
でもやっぱり一番いいのは天然素材だよ、と私は慣れない手つきで帯を巻く。
一年に数回しか着ない代物だから、流石にこればかりは難しい。
仕上がりが気に入らなくて何回かやり直していると、今迄黙って見ていた左近が急に笑いやがった。
「はは………、大変なら手伝ってやろうか?」
「け、結構よ!」
「少なくともお前さんよりは上手いと思うぜ? 女性の帯だって何度も締め直してやってたからね」
「………左近のエッチ」
とんでもない事をさらりと言ってのける左近。
それがアッチの意味だって顔を見れば解る。
このスケコマシ!って私が真っ赤な舌を出しながら悪態を吐いてたら――
「そんな事ではお祭りが終わっちまいますよ、お嬢さん」
「くっそー! 何か気に喰わないその言い方!」
「どうする? このまま何度もやり直すかぃ? それとも――」
「へぇへぇ、貴方様のお言葉に従いますよ、左近様!!!」
こっちがお願いしてもいないのに、左近が手を出してきた。
でも、着替えるだけで大分時間がかかってるのは事実。
仕方ない、ここは素直?に手伝ってもらおう。
こうして、ちょっとしたすったもんだがあったけど、無事に着替えも完了。
私と左近は手を繋いで近くの神社へと出かけたのだった。
「こんばんはー大将! 今日はこっちに出稼ぎね」
「おぉ、ちゃんかい。 ………今年は渋い彼氏つきでいいねぇ!」
「いぇーい! ありがとー!」
神社の境内に並ぶ出店を覗きながら歩いてたら、近所の飲み屋を営む大将の姿があった。
今日はお祭りだから飲み屋も繁盛しないって事で、ここで焼きそばを売ってる。
その馴染みの大将から左近の事を彼氏、って改めて言われると何だかくすぐったい。
それは隣に居る左近も同じようで、いやーそうですねぇ、なんてちょっと照れてる。
ところが――
「………しっかしちゃんも浴衣を着ると艶が出るねぇ………おじさんもあと10年若かったら――」
「あは、10年じゃ足りないでしょ、大将」
「と言うより………すみませんね大将、はもう俺のものですから」
!!!!!
一瞬にしてからかうように言って来る大将から私を護るように抱き寄せる左近。
周りにたくさん人が居るってのに何て大胆な!
「ちょ、左近! 待ってよ………恥ずかしいってば!」
「いや、こうでもしないとが狙われる………俺がしっかりと護ってやらなきゃね」
「大丈夫だって! 私も左近しか考えられないから………って、あぁぁぁぁっ!!!!!」
私ったら何て事を!?
つか、左近につられたよ………うぅ、こっぱずかしい!!!
今の一言で完全に注目される事となった私は顔が上げられずに俯く。
………にも関わらず、依然私を抱きしめる左近は涼しげだ。
「いやー大分惚れられちまってますね………はは」
「はは、じゃねぇぇぇぇっ!!!!!」
出店の前で繰り広げられてるやり取りに周りは笑いに包まれる。
おまけに『夫婦漫才キターーーーー!』って言う人まで現れた!
うっは、恥ずかしすぎて超ヤバイんだけど!
「うぅ………ここから逃げ出したい」
「そうかい? じゃ――皆さんすみませんね、お姫さんのご退場です」
すると、左近は俯いたままの私をがっちり拘束したまま器用に移動を始める。
その背中から――
「またウチに飲みに来いよ、ちゃん、左近君!」
って、話の発端である大将の声が聞こえたけど………
知るもんか、もう。
「あーもう、恥ずかしかった!」
それからちょっと経って――
私と左近は賑わいから少し離れた広場に移動した。
片隅に置いてあるベンチに腰をかけると、私は前に立つ左近の浴衣姿を改めて見つめる。
今時のイケメンじゃないけど、高い身長にがっしりとした体型は私も大好きなところ。
大きな傷のある顔はヤクザに見えなくもないけど、それも人懐っこい左近にかかればチャームポイントになるみたい。
そして、今着てる浴衣――
「………反則だわ、似合いすぎる」
勿論、左近のために柄から選んだのは私。
だけどやっぱり昔の人だからなのか、よく似合う。
さっきから他の女の子たちにチラチラ見られてるのが凄く気になるし。
本人は何の事か解らない感じに首を傾げてるけど。
「ん? 何の事ですかぃ、お姫さん?」
「左近の浴衣姿………て言うか、その言い方止めてもらえる?」
何だか腹が立つ。
左近を色目で見て行く女の子たちにもだけど、それに全く気付かない本人にも。
………ううん、気付かないフリをしてるだけかも知れない。
あぁ、もう!
嫉妬心なんか、何処かへ行っちまえ!!!
………ん?
「………さっきの言葉、凄く嬉しかったぜ、」
気付いたら、左近が隣に座ってた。
私の身体は既に左近に拘束されて、両腕の中に不自然な形で納まってる。
んで、私がもぞもぞと動いて漸く顔を上げると――
ちゅっ。
「なっ!? なななな何すんの左近!?」
「さっきの言葉の礼さ」
「だだだだからってこんな所でしなくても――」
「それと、想像以上に綺麗だったの浴衣姿に、ね」
それは一瞬の出来事だった。
左近の唇が触れたところに、たちまち熱がこもる。
どんだけ大胆なんだコイツは!?
………でも。
つい直前までイラついていた私の心は見事に落ち着いた。
嫉妬心も、何処かへ行っちゃったみたい。
なんか、今のキスで左近の気持ちが伝わったような、気がしたんだ。
大丈夫だ、って。
「ありがとう左近――私も嬉しかった」
「お前さんが俺のものだって言った事かぃ?」
「うん………いや、それだけじゃないわ――」
――左近が、私の浴衣姿がキレイだって言ってくれた事。
私の事を好きでいてくれる事。
何時でも私を護ってくれてる事。
そして、左近がこの世界に来てくれた事――
「全部、感謝したい」
「そうか………そしたら、俺も今ある全てに感謝しなきゃならないな」
二人、顔を見合わせて笑う。
ベンチについた手は何時の間にか重ねられていて。
それに合わせるように、私たちは満面の星空の下で唇も重ね合わせた。
「さて、そろそろ帰りますかね、」
「えーもうちょっとこの格好で一緒に歩いていたいなぁ………」
「だめ。 この後、お前さんの浴衣を脱がすという重要な事が残ってるんだから」
「全然ロマンチックじゃねぇぇぇぇぇっ!!!」
――こうして、私と左近が繰り広げる2010年夏の一幕が終わりを告げた。
「――っと、こんなもんかな」
私は呟きながらノートパソコンを閉じた。
さっきまで開いていたファイルの中にはこれまで起こった事が赤裸々に語られている。
――これは、誰にも見せる事のない私だけの物語――
「日記かぃ、?」
「うん、今回もいい感じに書けたと思うよ………見る?」
「勿論!」
あ、一人だけ居たわ。
この物語を閲覧できる人――左近が、ね。
劇終。
アトガキ
ども、しばらく鳴りを潜めていた飛鳥です(汗
此度は遅ればせながら残暑お見舞いのお話を投下いたします。
因みに、タイトルはオノレへの戒めのためにも付けたものです(汗
つか、タメ口を叩く左近が書きたかっただけなんですけど(をい!
更には、手記ちっくに仕上げてみたらどうだろ、とちょっとしたチャレンジも。
そして、書いているうちに
「なんかウチのお題に沿ってる感じがなくね?」
………てな感じで結果的にお題使用と相成りましたwww
もう、タイトル通りです。
久々に甘いあまーいお話となりました。
うぬぅ………策士相手だと甘くなる傾向があるのか私は(汗
相変わらず逆トリップ(しかも一人称)がマイブームです。
しかし、これを発奮材料にして更なる発展に向かいたいと思います!
ここまで読んでくださった方々へ心より感謝いたします。
20010.08.23 御巫飛鳥 拝
使用お題『一瞬の出来事だった』
(当サイト「ナレーター調?10のお題」より)
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