想いを伝える術
「畜生!なんで懐へ上手く入り込めないんだ!」
は持っていた模擬剣を床に叩き付けると、その場に膝を付き、声を上げながら悔し涙を流した。
勝負に負けた方が使ったものを片付けるという『賭け』をしていたのだが…いくら武将にまで伸し上がって来たくらいの腕前を持っていても、流石に相手が悪い。
いつも彼女は相手−張遼−に負けていた。
傍らにはを負かした相手が置いていった訓練用の武具が無造作に転がっている。
は、それを一瞥すると
「大体ねぇ…あの人は強すぎるのよ!
そりゃさ、『手加減しないで』って言った私も悪いのかも知れないけど…
だからって本気で斬りかかることないじゃない!
くっそ〜…明日は絶対勝ってやる!」
独り言を延々と零しながら武具を物置に仕舞うべく、頬に伝う涙を訓練着の袖で拭って立ち上がった。
武具を物置に片付けると、の体力は限界に近くなっていた。
力なく床にへたり込む。
すると、背中から「えいっ! やぁっ!」と勢いのある掛け声が聞こえてきた。
声の方を見ると、大剣を振るう見慣れた後姿が見えた。
…え?まだやるの?夕食まで間もないのに…。
「楽陵!」
が背中に声を掛けると、その主−楽陵−は振り向き、歩み寄りながら
「、お疲れさん。…また負けて泣いたんだろ」
と、全て解ってるような口調で言ってきた。
「へへ…楽陵には嘘、つけないか。張遼殿って凄く強いんだもん…参っちゃうわ」
は組んだ腕を上げてう〜ん、と背伸びをしながら笑った。
それに倣って楽陵も背伸びをする。
「ま、張遼殿相手にあれだけ善戦すれば立派なもんだろ?。お前の攻撃も結構当たってたしな」
と言いながらの頭をぽんぽん、と軽く叩く。
「げっ…やっぱ、見てたんだ。恥ずかしいなぁ…もう」
はそう言うと「そろそろ部屋に戻るね」と立ち上がり、逃げるように踵を返した。
刹那、楽陵の腕がそれを遮る。
の体は一瞬にして楽陵の腕の中にすっぽりと納まってしまう。
「あ…あの、楽陵?」
驚きを露にしたが目の前の顔を見ると、
「お前さ…この前の返事、まだ待たせるのか?」
楽陵が真剣な眼差しで見詰め返した。
この前…そうか、あの事…。
先日、は楽陵から「好きだ、付き合ってくれ」と言われた。
楽陵とは旧知の仲。
同じ歳、同じ時期に仕官したということもあって、訓練初日から意気投合し、今では一番の親友と呼べるようになった。
その楽陵から「好きだ」と。
「ごめん…私、楽陵のこと『親友』としか呼べない…他に好きな人が…」
意を決したは一瞬口を真一文字に結んでから言葉をゆっくり吐き出した。
楽陵は落胆の表情を浮かべたが、すぐに抱きすくめていた腕の力を抜くとの体を解放した。
そして、徐に自分の大剣を持つと
「、俺は、絶対に…諦めないからな!!!」
と叫びながら剣を振り始めた。
の自室。
しかし、女性の部屋とは程遠く、中には寝台と大きな本棚、机が置いてあるだけだった。
郷里の母親が「貴女も女の子なんだから」と仕官する時に買ってくれた鏡台は部屋の片隅で半分埃を被っている。
…武人には化粧、必要ないもの。
「う〜…横腹、痛い…」
汗を流した後、は食事も摂らずに寝台に横になった。
湯殿の脱衣所で脇腹を見た時、張遼に斬られた場所が赤く染まっていて…自室に戻る途中医務室に寄り、手当てを受けていた。
「痛いはずだよね…でも、明日は絶対に負けない!」
と言いながら掛け布を首まで掛ける。
「今夜は、早く寝て…朝から修練しようっと」
…トントン
ウトウトと眠りに落ちる直前、扉を叩く音がの部屋に響いた。
「…誰?」
「張文遠だ」
「えっ? ちょっ…張遼殿?
わわっ…少し、待っててくださいっ!」
は慌てた。
早く寝床に就いたため、今のの格好は夜着一枚。
普段こんな時間に部屋を訪れる者は誰もいない。
親友である楽陵でさえもだ。
仕方なく上着を一枚だけ羽織ると扉をすらりと開けた。
「あの…張遼殿?」
が訝しげな顔で見上げると、張遼は
「…すまない、もう寝てたか…邪魔するぞ」
と遠慮もせずにの部屋の中に入ってきた。
そして、部屋の中央に置いてある座布団の上にどっかと腰を下ろす。
はあまりにも強引な張遼の態度に何も言えない。
扉の前に突っ立ったままで張遼の顔を見詰めていた。
すると、張遼は「お前も座れ」との腕を掴み、傍らに座らせる。
やっと少し落ち着いたは―
楽陵に知られたら大変なことになるなぁ…と張遼の隣で考えていた。
「、先程の修練の時はすまなかった。…つい本気になってしまってな」
「いえ。私が未熟なだけですから」
「いや、その逆だ。お前の剣技が見事だった故、本気にならざるを得なかったのだ」
「え…そんな…」
張遼の突然の賛辞には頬を上気させる。
本当は今すぐ飛び上がりたいくらい嬉しいのに、張遼の前だとどうしても緊張してしまう。
それは張遼が世間に名高い武将だからか、それとも…。
…全てを理解できるほど今の本人には余裕がない。
「…?」
「あっ…はい! お褒めいただき、有難う御座います!」
声を掛けられ、はっと我に返ったは咄嗟に少々的外れな言葉を返す。
張遼は、そんなの反応を楽しむかのようにふっと笑った。
そして、持ってきた布の袋から小さな瓶を取り出した。
「それは…?」
「傷薬だ。脇腹、痛むだろう?」
張遼はそう言うと、徐に蓋を開け、中身を手に取った。
え?なんで張遼殿が?
「其処に寝ろ」
「えっ…あの…」
「私が塗ってやろう」
張遼は、戸惑うを空いてる方の手で抱き寄せるとそのまま寝台まで連れて行き、傷口を上にして寝かせた。
そして、夜着の紐を解き、脇腹を露わにする。
その白い肌には当て布がしてあり、張遼がそれを剥がすと
「…痛っ」
とが顔を歪めた。
が、それも一瞬ではあまりの恥ずかしさに顔を赤らめ、枕に埋めてしまった。
「思ったより深いな…」
張遼が言う。
模擬剣とは言え、張遼程の武人となればその切れ味は鋭い。
剥がした当て布にはまだ血が滲んでいた。
「すみません…」
が枕に顔を埋めたままか細い声で言うと、
「お前が謝る必要はない。これは私が付けた傷だからな…」
と傷口に薬を取った手を宛がう。
「ひゃうっ!」
はその冷たい感触に身を震わせた。
その反応に張遼は「くくっ」と小さな笑い声を零す。
「何が可笑しいんですか!」
「いや、が可愛い反応をするので、な」
「しっ…失礼なっ…ひぃん!」
「くっ…あははは」
「張遼殿!酷いです…」
と言いながらもは微笑っていた。
と同時に、薬の冷たさと傷口の熱さが入り混じって気持ち悪い筈なのに、は心地いい、と感じていた。
薬を塗ってくれる骨ばった手が。
…張遼の強引な優しさが。
やっぱり私…張遼殿の事が…
「うむ。これでいいだろう…もう起きていいぞ」
張遼は新しい当て布を袋から取り出し、傷に当てて元の状態に戻しながら言った。
「あの、張遼殿…?」
「ん?何だ」
「すみません…こんな事までして頂いて」
「いや。これは私がしなくては、と思ってな」
「え?それはどういう…!!」
尋ね終わらないうちにの言葉は張遼の唇で塞がれた。
「お前が、欲しい」
熱い…。
傷口の熱さよりも自分に触れる張遼の唇の方が、熱くを溶かしていく。
「…」
「突然ですまなかった。自分の気持ちを上手く言えそうになかったのでな」
の体を優しく抱き締めたまま彼女の黒髪を指で梳く。
は顔だけ張遼に向けると
「張遼殿は…強引過ぎます…。でも…そういうところも、好き…」
囁きながら軽く口付けた。
fin.
↓反転でおまけ。
「しかし、明日の修練は休んだ方がいいな」
「えっ…どうしてですか?」
「その傷では明日動いたら傷口が開いてしまう。私も、早く治って欲しい」
「張遼殿…」
「いや、早くお前と一つになりたいので、な…」
「!…ちょ〜りょ〜どの〜…?」
「わわっ…待て!傷が開く………」
ばちん!
部屋を出た張遼の左頬には赤く手形が付いていたそうな。
ホントの終わり!
アトガキ
あれ?またやっちゃった?(滝汗
今回、オチがギャグだったので反転にしてみました…ギャグが好きな方だけ見てください(遅ぇよ
彼は…ホントはそんなに強引じゃないとは思いますが…
あの口調からそう思い込んでしまった…てか、そう望んでしまった管理人 orz
…山田様になら強引にうばわr(自主規制
ヒロインの傷を何処にしようか、最後まで迷いました。
で…ちょっとエッチぃ感じに仕上げてみましたが…どでっしゃろ?
裏まではまだまだ遠いなぁ…(をい
因みに、今回エディット武将『楽陵』を出してみました。
そして張遼様と『強引バトル』(笑)。
楽陵さん、ちょっと押しが足りませんでしたね(汗
ここまで読んでいただき、ホントにありがとうございました!
2006.7.1 飛鳥拝
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