「さぁって、ちょっと腕を振るっちゃおうかな」

 新調したエプロンを装着?して、気合を入れる私。
 折角の初物だもん、直ぐに調理しなきゃ勿体無いもんね。
 何を作ったら、アイツは喜んでくれるかな………

 ううん――どんな物だって、絶対に喜ばせてみせるっ!



 ――こうして私の(ちょっとした)戦いが始まった――










 好きこそものの………!?










 先ずは下ごしらえ、とが準備を始めて数刻。
 ただいまの声と共にゆっくりと玄関の扉の閉まる音がした。

 が言うアイツ――陸遜の帰還である。

 本来ならば玄関まで出迎えてお帰りのキスをする程の仲なのだが、今日は少々勝手が違う。
 初物は鮮度が命だもんね、と己の手を動かし続ける。
 すると、陸遜はどうやら何時ものお出迎えがない事を不思議に思ったらしい。
 の背後で恐る恐るキッチンに顔を出す気配がした。





 「ただいま戻りました………って、一体何を――」
 「見りゃ解るでしょ。 お米研いでんの」
 「いや、それは解るんですが………」

 見なくても解る訝しげな様子にが漸く手を止めて振り返ると、陸遜が目の前の光景に目を瞬かせていた。
 それもその筈――近くに置かれた巨大な鍋の中に、恋人がひたすらに米の研ぎ汁を投入していたのだから。
 何が起こっているのか解らないといった表情の彼に、は濡れた手を拭きつつ再び口を開く。

 「ごめんごめん。 今日実家から初物の筍が大量に届いたから、がっつり料理しようと思って」
 「あぁ、そういう事でしたか」

 それなら納得です、と陸遜はここで漸くにっこりと微笑む。
 スーパー等で並ぶ水煮の筍ならともかく、生のものを調理するには先ず灰汁抜きが必要不可欠だ。
 それは知識が豊富な陸遜であれば当然知っていてもおかしくはない。
 状況が把握出来て満足したのか、陸遜はの傍らに歩み寄ると鍋の中を覗き込んだ。

 「これは――随分立派な筍ですね」
 「でっしょー? これだけごっついと、料理もし甲斐があるってもんよ!」
 「ふふっ………そうだ、何なら私も参戦しましょうか」
 「おぉっ、それはありがたい! じゃ明日、一緒に料理しよう!」

 興味津々な表情をした陸遜の提案を、は快く受け入れる。
 彼と一緒に料理をするのは、今回が初めてではない――いや寧ろ毎回と言ってもいいだろう。
 一度手伝いをしてからすっかり料理に目覚めてしまったらしく、が台所に立つと直ぐに手を出すようになった。
 それは自身も嬉しく思っている。
 こちらの世界に来て楽しいと言えるようなものが増えてよかった、と――





 一時の後――
 着替えを済ませて戻ってきた陸遜と、灰汁抜きを開始したが早速料理の相談を始めた。
 目の前には数冊の料理本が並べられているが、二人は一切手に取らない。

 「うーん………オーソドックスだと煮物でしょー、炊き込みご飯でしょー、お吸い物でしょー………」
 「あ、………細く刻んで青椒肉絲という手もありますよ」
 「おぉ、中華だね! 伯言と中国繋がりでいいかも!」
 「はは…面白い事を言い出しますね」

 の一言に笑いつつ冷蔵庫を開けて食材を確認していく陸遜。
 中には料理好きな二人らしく、大概のものはしっかりと揃っている。
 その中から食材の目星をつけて、笑顔でに向き直ると改めて口を開いた。

 「当分は筍尽くしですからね、飽きが来ないよう色々作りましょう!」
 「保存が利く煮物は鉄板だね…んで、あとは明日のおかずに青椒肉絲と中華スープと――」
 「あ、和え物とかもいいかも知れませんね」
 「うんうん、ラー油でメンマ的な感じに!」

 陸遜と話をしていると、メニューの発想がどんどん膨らんでいく。
 このテンポのよさにはムフフ、とほくそ笑んだ。
 かつて一人で料理をしていた頃はひたすら料理本と睨めっこして、自分でメニューを考える事はなかった。
 それを思うと、今の状態が以前と比べて更に楽しいと感じる。

 好きな人と、好きな料理をする――

 不意に心の中で湧き上がるちょっとした幸せに、は満面の笑みを恋人に向けた。










 次の日、灰汁抜きを終えて始まる二人の料理。
 だが――

 事態はそう簡単に上手くは行かないらしい――










 「きゃっ!?」
 「あぁもう、重たい物は私に任せてくださればいいのに………」
 「ごめーん伯言」

 灰汁抜きが終わった鍋をひっくり返して、陸遜に拭いてもらう
 見れば床も水浸しである。

 「うはぁ………こりゃ掃除から始めないと」
 「ですね」

 家中の雑巾を集めながら、二人は笑みに苦いものを含めた。



 そして――



 「――痛っ」
 「あぁもう………戦では刃物を使ってたのに、何で未だに包丁が上手く扱えないかなぁ………」
 「それとこれとは話が別です」
 「あはっ、そういう事にしておくよ」

 食材と一緒に指を切ってしまった陸遜に応急処置を施す。
 ゲームの中では物凄く器用そうな風体だったのに、何故か少し不器用な彼。

 ――『天は二物を与えず』ってそのまんまじゃん――

 は絆創膏だらけの手と少し不貞腐れた顔を交互に見て、思った。
 本人には失礼だけど…めっちゃ可愛い、と――





 その後も――

 「うわっ伯言!? それ塩じゃなくて砂糖っ!」

 とか。

 「ちょ、! それ零れそうですっ!」

 とかとか。

 あらゆるトラブル?に見舞われながらも料理が漸く完成した。
 テーブルに向かい合わせで座る二人の表情はまさに疲労困憊。
 普通ならば簡単に済むものも、二人にかかったら数倍もの時間と労力がかかってしまうのだ。

 だが――



 「――ん、美味いっ!」
 「これは私と、二人の共同作業で出来上がったものですからね………美味しさも一入ですよ」

 三人寄れば文殊の知恵――いやここには二人だけだが――とはよく言ったもので。
 出来上がった料理は予想以上に美味しく、二人は頻りに舌鼓を打つ。
 それは苦労の末に完成したから、だけではなく――

 「やっぱり二人で作る方が断然美味しいね!」

 二人の想いや一人ではないという楽しさからもたらされるものでもあった。

 「はは………協力しないと更にとんでもない事になりかねませんしね」
 「あはは………いや全く」

 ………勿論、二人の協力なくしてはこの日のうちに食べられなくなるのだろうが。





 「しっかし………料理がすんごく好きなのに、どうして何時もドタバタしちゃうんだろ」
 「そうですねぇ………私は楽しいのでいいんですが」

 渾身の傑作を平らげつつ、しみじみと語り合う二人。
 その頭の中にはそれぞれ同じような疑問が浮かび上がる。

 確かに、出来上がりは大満足だ。
 味は人様に出しても恥ずかしくない程度だし、見た目も悪くはない。
 しかし、それに至るまでが『すったもんだ』なのである。
 それはが一人で料理をしていた頃から変わらず――



 ――あぁ、これが――

 「………下手の横好き、ってやつだ………」



 ひとつの確定的な考えに至り、はがっくりと肩を落とした。
 違う世界から飛んで?来た陸遜はともかく、自分は昔からずっと料理が好きでやっていた。
 それにも関わらず、一向に腕が上がらない事実。
 は箸を咥えたまま盛大に溜息を吐く。



 「あーぁ、カッコ悪ぅ………」

 「すみません、。 私が不甲斐ないばかりに――」
 「いやいやいや、伯言は料理歴が短いからいいの。 これは私の問題」



 慌てて詫びを入れる陸遜に、全力で手を振って答える
 『終わりよければ全てよし』という言葉の通り、今回も結果的には大成功に終わった。
 だが――

 そう、の女としてのプライドが納得していないのだ。
 流石に今回ばかりはダメージが大きく、しゅんと項垂れる。

 「はぁぁ………私がもう少し器用だったら、伯言に迷惑かけないのに………」







 ………ん?



 「迷惑だなんて…私はほんの少しも思ってませんよ、



 気が付くと、恋人が隣に移動していて。
 頭には暖かい手が添えられていて………
 その直後、耳元に優しい声が届いた。



 「料理って、楽しいでしょう?」

 ………うん。

 「私たち二人が作った料理は、他の人が作ったものに負けないと思っているでしょう?」

 ………うん。

 「ならば、考え方――いえ、言葉を変えましょう」



 『下手の横好き』 ではなく………

 『好きこそ、ものの上手なれ』 と――



 諺とは面白いものですね、と満面の笑みを浮かべる陸遜と未だしょんぼりしている
 が立ち直らないのは、その言葉の意味にある。
 『好きなことには自然とそれに熱中するから、上達が早いという事』
 全然上達してないじゃん、と反論するだが、陸遜は諭すように話を続けた。

 「が不器用なのと料理が下手なのは全く別、って事ですよ」
 「………ん?」
 「だって、出来上がったものはとても美味しいんですから。 下手ではありません」
 「んじゃぁさ伯言、これって自慢してもいいわけ?」
 「勿論です! 私も他の方々に自慢しますよ。 『私の愛する人は不器用ですが料理が上手いんですよ』ってね」



 愛する人、って………

 照れながらも、の気持ちは徐々に上向きになっていく。
 そっか…美味しく出来れば料理自体は下手じゃないんだ!と。
 それに、陸遜の言うように『好きこそものの上手なれ』であれば――

 「んじゃ、この不器用さも何時かは直るって事――」



 ………………ん?



 「ちょっと待て伯言! アンタ今『不器用』って言ったね!? はっきり言ったねっ!?」
 「はい、あ、あの、………?」
 「言い訳無用! アンタにだけは言われたくないわっ!!!」

 「あははは………とにかく、貴女が元気になってよかった………」



 痛いところを突かれ、むきー!と陸遜に食って掛かる
 しかし、その顔にはもう落ち込んでいる雰囲気はなかった。
 馬鹿、が付く程正直な陸遜には何時も一喜一憂してしまう。
 それでも――



 ――好きこそものの上手なれ、か。

    だったら――



 「何時かアンタをギャフンと言わせてやるっ!!!」



 素早く逃げる恋人を必死に追い掛け回しながら――

 好きな人とだったら何をしていても楽しいんだな、とは心の中でこっそり思うのだった。










 劇終。



 アトガキ

 ども、お久しぶりでござんす orz
 スランプ脱出の手段 『困った時の陸遜頼み』 でっす(笑
 更に言っちまえば………本館に短編を投下するのも8ヶ月ぶり。。。
 ホントお待たせいたしました。

 しかもだ。
 このネタ、初物の時期に思いついて書き始めたんですが………
 初物どころか、筍の時期も終わっているという体たらく orz

 スランプってホント怖いですね(をいwww

 今回は不器用なヒロインと、器用なお相手………と思ってたんですがw
 何をどう間違えばりっくんも不器用になるんだwww
 と、お互いにカワユスな部分を書いてみました。
 不器用なりっくんも、たまにはえぇでっしゃろ♪
 そんなわけで今回は私らしくなく(笑)、ゆるすぎるくらいのほのぼのを目指しました。

 とんだお目汚しを……… orz


 こんなお話ですが、少しでも楽しんでいただければ幸いです。

 ここまでお読みくださってありがとうございました。

 2011.06.01     飛鳥 拝


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