――イライラする。
優しいのは解るけど、私も一軍を率いる将。 護られているだけじゃ嫌なんだ。
………真っ直ぐ前を見る貴方を護るために………
私はもっと、もっと強くなりたい――
あたたかい、背中
「貴様を斃し、けりをつける!」
高らかに響く声と共に元譲の得物が唸りを上げる。
どのような状況下でもぶれる事のない真っ直ぐな剣撃に、敵はひとたまりもない。
私が手を出す前に斃しちゃうんだから………強過ぎるのも考え物よね。
彼の「敵将、討ち取ったり!」の声と共に我が軍の勝利は確定した。
敵総大将の亡骸を目の前に、周りの味方たちから歓声が上がる。
「流石は夏侯惇様! お見事でございました!」
「夏侯惇殿が居ればこの軍も安泰ですな」
だけど、総大将が落ちたところで油断はしてられない。
ほぉら、来た。
両手を挙げて喜ぶ副将の背中に残党の刃が光るのを、私は見逃さなかった。
キンッ!
「バカ! 何やってんの!? 大将を斃しても未だここは敵本陣のど真ん中なのよ!?」
「か、かたじけのうございます様!」
未だ諦めの見えない残党の一閃を己の得物で弾き、直ぐさまそいつの喉元に一撃を叩き込みながら私は副将に檄を飛ばす。
勝利が決まった後に命を落とすなんて、決してあってはならないと私は思う。
物凄くかっこ悪いしね。
人は誰しも天涯孤独じゃない――ましてや軍に身を置いていれば身分も何もなく、みんな仲間なんだから。
仲間が無事である事、それが何よりだって殿も言ってるもの。
私の檄が効いたのかこの場の空気が一転、緊迫したものに変わった。
その様子を横目で見て、今迄残党に睨みを利かせていた元譲が満足そうに頷く。
「よくやった、」
「礼は要らないわ、元譲。 そもそもこの戦を指揮しているのは私達だし」
律儀に言葉を投げて寄越す人に私は素っ気無く答えると直ぐに残党へと視線を走らせた。
「此度の戦、大儀であった………夏侯惇、そして」
「あのぉ…殿、そのついでみたいな言い方、止めてもらえます?」
血で血を洗うような戦も終焉を告げ、我が軍の兵は皆本陣へと帰還した。
本陣に構えるは君主――乱世の奸雄と謳われる男、曹操。
二人の顔を見るや否や、君主はその場に立ち上がりつつ彼らの功績を讃える。
しかし、彼に暖かく迎えられたにも関わらずの心には未だ煮え切らないものが存在していた。
その結果が今の言葉である。
――確かに、元譲は殿の右腕と呼ばれる人。
だけど――
「どうした、。 わしの言葉、これだけでは不服か?」
「いえ――」
の様子から何かを感じ取ったのか、曹操が訝しげに尋ねる。
だが、尋ねられた当の本人はかぶりを振って言葉を濁した。
何故なら――
――言えるわけないじゃない。
恋仲の相手を思うように護れない自分に腹が立つなどと。
自分の窮地を夏侯惇の助けによって切り抜けた事が悔しい、などと。
これは一軍を率いる将にとって、そして愛する人を護りたいと思っている彼女にとっては一番恥ずべき事だと思っていた。
隣に居る想い人と背中を預け合うという誓いをした以上、足手纏いになるのだけは自分自身許せなかったのだ。
しかしそんなの心中は露知らず、曹操はくくっと喉を鳴らしながらのたまう。
「もしや夏侯惇に手柄を取られて悔しいか、よ」
「なっ………! そ、そそそそんな事ありませんてば! 戦に勝利したにも関わらず悔しいなんて!」
「そう隠す事もあるまい。 おぬしの顔に書いてあるわ」
「えっ!? ちょっ、な、何を言い出すんですか、もう………」
は直ぐにでも鏡を見たい、と思った。
常日頃から解り易い性格だとよく言われてはいるが、それは表情にも出るのか。
顔を合わせて声を高らかに笑い出す男二人を不貞腐れた顔で見つめながらは心の中で人の気も知らないで、とそっと呟いた。
その夜、鍛錬場にて――
「畜生………私は元譲のお荷物になりたくないのっ! 何で上手く護れないのよ私っ!?」
戦の直後で疲れているだろうにも関わらず、奇声に近い声を上げながら得物を振り回す。
その姿は必死に何かを求めているように見えた。
それは――己の強さに他ならない。
初めは一兵卒に過ぎなかった自分がここまで来れたのは勿論自分自身の実力だと言える。
しかし夏侯惇と恋仲になった今となっては、それだけでは満足出来なかった。
前線を任された此度の戦――その最中、共に戦ったはいいものの苦戦連続の自分は彼に助けられてばかり。
これでは背中を預け合うどころか、彼にとって自分は負担になる存在でしかないように感じたのだ。
私は、貴方を護りたいのに――
その悔しさがを夜の鍛錬へと駆り立てた。
息が切れ、心臓が己の意識と同調するように脈打つ。
体力の限界が近いと自覚しながらも、彼女は尚も得物を誰も居ない空に向けて繰り出した。
刹那――
「このような時分に鍛錬か、」
何時から見ていたのか、の背後から聞き慣れた声が届いた。
得物をそのままに声の方向を振り返ると、眉間に皺を寄せた想い人――夏侯惇が腕を組んで立っている。
「今宵はゆっくり休め、と孟徳も言っていただろう」
「げ、元譲………」
正直驚いた。
今は夜の帳も下り、誰もが戦の疲れを癒すべく眠りについているだろう時分。
そんな時間に人が――よりにもよって夏侯惇が来るとは思ってもみなかったのだ。
しかし、夏侯惇が現れたところでの悔しさが収まるわけでもない。
「貴方こそこんな時間に鍛錬でもしに来たの?」
「いや、昼間のお前の様子からここだと思ったのでな」
「ふふ………貴方には全てお見通しってわけね、元譲。 でも――」
ここで止めるつもりはないわよ、とは得物の切っ先を夏侯惇に向けてにやりと笑う。
それは戦場で見るような不敵なもので、見方によっては目の前の男に喧嘩を吹っ掛けているようにも見えた。
「そんな状態でこの俺に勝負を挑むか、」
「勝負じゃないわ…手合わせよ、元譲。 ちょっと付き合ってくれる?」
「どういうつもりかは知らんが………面白い、受けて立とう」
「そうこなくっちゃ!」
体力がないと解っていて勝負を挑むなど、恐らく彼女しかしないだろう。
だが、無謀だとしか思えない勝負を夏侯惇はいとも簡単に受けた。
その顔に言葉と同じく、何処か楽しそうな表情を湛えているのは気のせいか。
一方、肩で息をしながら夏侯惇の準備を待つの心には一つの思惑があった。
私より強い、この人と手合わせすれば………私ももっと強くなれるかも知れない、と。
しかしの思惑空しく、この勝負は夏侯惇の大勝利で呆気なく終わる。
限界近くまで鍛錬した後の勝負だ――の体力が直ぐに尽きるのは火を見るよりも明らかだった。
地にへたり込んだまま顔を上げる余裕もないに、夏侯惇は幽かな笑みを浮かべながら云う。
「これで解ったか、。 今宵はゆっくり休めという事だ」
「くっ………」
はただただ悔しげに唇を噛み締める。
たとえ体力がもたなくても、目の前の男に一撃くらいは与えられると思っていた。
だが心の片隅では理解しているのだ。
この人は、生半可な気持ちでは絶対に負かすことの出来ない、強い人なのだと。
だからこそ、命を懸けて護りたいと思える程愛したのだと――。
「………どう、したら」
「ん? どうした?」
「どうしたら貴方のように強くなれるの!? 私、貴方に護られてばかりじゃ嫌なの! 貴方を護りたいの!」
気が付くとの瞳から涙がぽろぽろと零れていた。
地に拳を打ちつけながら、やりきれない想いに、泣いていた。
暫くの間、聞こえるのはの嗚咽だけだったが、その沈黙を破ったのは夏侯惇だった。
傍に寄り、泣き顔を見せたくない、と言う彼女を殆ど強制的に自分の方へと向かせてそっと語りかける。
「もう泣くな、」
「うぅっ………だっ、て…悔しいんだもん」
「それは俺に護られてる事か………それとも俺を護りたい、という事か」
「両方………」
「そうか。 だがな、俺はお前を護っているつもりも、お前に護られるつもりもない」
「………は!?」
悔し涙を流すに届いた声――それは女を慰めるには些か的外れな言葉だった。
今迄泣いていた事をすっかり忘れたように、目を瞬かせながら素っ頓狂な声を上げる。
………何をいきなり言い出すんだこの人は。
直ぐに理解出来ない。
戦場で背中を預け合うということは、互いを護るという事ではないのか。
頭に疑問符を浮かべながらも、夏侯惇の心中を探るべく泣き腫らした瞳を凝らす。
しかし、続く夏侯惇の言葉での心の中にあるものが全て解決した。
「どちらが護る、ではない。 俺たちは共に戦場を駆け抜ける事を誓った………違うか?」
――愛する者と共に、戦う。
戦場で合わせる背中の温かさ、お前なら解るだろう――
「元譲………ごめんね」
「何を謝る必要がある。 おい――もうへとへとで動けんだろう」
違う意味の涙を流しながら謝るの疲れきった身体を軽々と背負い、夏侯惇はふっと幽かに笑う。
彼も解っていた。
想いが真っ直ぐなために、時に一生懸命になり過ぎる。
だが、その強さがあるからこそ、命を賭して護りたいと思える程彼女を愛したのだと――。
「――ねぇ、元譲」
「何だ」
「今の貴方の背中もね、とってもあったかいよ」
劇終。
アトガキ
いやぁ、何が言いたいのか解らん話になっちまいました!(←いきなり何言うかアンタわ
ちゅーわけで、久しぶりに惇兄の話を投下いたします。
結局のところ――
スミマセン、惇兄にあの台詞を言わせたかっただけなのです(汗
これも久しぶりの事なんですよ………台詞からネタが浮かんできた、って!
だからです、何処か意味不明なお話になったの(自爆
しかし…ウチの武将ヒロインは惇兄がホントよく似合います。
っつーか一番書きやすいカップリングだったり(汗
こんなお話ですが、少しでも楽しんでいただければ幸いです。
ここまでお読みくださってありがとうございました。
2009.12.22 飛鳥 拝
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