――あの方は、一体どのような方なのでしょうか。
口々に語られる彼の話を聞く度に、私の心はあの方への興味で波立ちました。
家康公の専横を止めるべく、大々的な戦を決意した人。
そして、囚われて尚己の信念を曲げぬ人――。
――そのお方が本日、この地にて――。
その時、彼は言った。
が立つこの地――六条河原は、透き通るような青空の下にあった。
刑場に相応しくないと思われる程の晴天。
その何時もより遠く感じる空を仰ぎ、彼女は複雑な思いからか一つ小さく息を吐いた。
――まさか、こんな形で会う事になるだなんて――
――石田三成を斬首せよ――
東軍の御大将である家康公から命が下ったのは、つい二日前の話。
三成が罪人としてここ京の地に護送されて直ぐに知らされた報である。
はこの時、違う任でこの地を訪れていたのだが――
奇しくも、新たに与えられた任は『処刑の日、石田三成を警護せよ』というものだった――。
今しがた、をはじめとした警護兵の元に罪人が連れて来られた。
つい先日まで引き回しにされたその姿は、見るも無残なものだった。
それでも彼は新しい小袖には袖を通さず、はじめに囚われた姿のままでここに居る。
顔を動かさず、視線だけを周りに泳がせながら三成は溜息と共に云う。
「たった一人の人間のためにこれ程の警護とは………ご苦労な事だな」
「なっ、何ぃっ!?」
「無駄なのだよ。 こうなった以上、俺は逃げも隠れもせん」
自害もせんがな、と荒ぶる警護兵を余所に言葉を続ける三成。
だが、死を目の前にしているにも関わらず未だその瞳に光を宿しているのをは見逃さなかった。
――このお方は………
何か思うところがあるのだろう、が一歩前に出て三成に声をかける。
「処刑の時が近付いてまいりました。 三成様、最期に何か所望するものはありませぬか?」
「ちょっ、殿、何を言われるか!? 罪人に情けをかける必要などない!」
の突然の行動に、周りの警護兵が騒然とした。
普段は人の影に隠れて行動する彼女が、此度に限って何故………!?
すると、止めに入る兵の喉元に薙刀を近づけながらは制するように言葉を重ねる。
「お待ちください。 罪人とて人には変わりありませぬ………ここは私にお任せくださりませ」
そしてこの刑場には些か華やか過ぎる微笑みを三成に向けた。
「ふっ…この軍にもまともな者がいたようだな。 お前、名は何と云う?」
「………にございます、三成様」
「では、お前に一つだけ所望する。 俺は喉が渇いた――水をくれんか」
三成の様子に、再びこの場が騒がしくなる。
警護の女に名を訊いた上に彼女と同じような笑みを浮かべているではないか。
己の死が間近に迫っているというのに、何という余裕だ。
しかし周りの雰囲気をものともせず、彼らのやり取りは更に続いた。
「水、ですか――残念ながら水はご用意出来ませぬ、が………柿ならば、そこから直ぐに取って来られましょう」
己の後方をちらり見遣りながら返す。
その視線の先には大きな果実をたわわに実らせた柿の大木があった。
しかし直ぐにお持ちしましょう、と踵を返しかけたを三成自身が言葉で制す。
「――待て、。 柿しかないのならば俺は要らん」
「しかし三成様――」
最期の望みなのに、何故………?
三成様は柿ではなく本当に水を欲しているのでしょうか?
喉が渇いていると云っている三成自身が拒否をした事には訝しげな表情を向ける。
刹那――
「柿は痰の毒であるからな………だからそれには及ばん、」
三成の一言に周りから嘲るような笑いが起こった。
「直ぐに首を斬られる者が、痰の毒を気にしてどうなる!」
「この期に及んで毒絶ちをされるとは………とんだお笑い種ですな!」
次々に発せられる心ない言葉。
は死を目前にした人に対して簡単に笑えるような兵達を心の底から軽蔑した。
しかも、三成の真意が解っていない――いや、解ろうともしていないのだ。
次の瞬間、腹を抱えそうな勢いで笑っている兵達を一瞥すると薙刀をしかと構え、静かに一喝した。
「お黙りなさい。 貴方達に三成様の何が解るというのですか?
黙らなくば………私は三成様でなく、貴方達をここで斬ります」
はこの軍に対して反旗を翻したわけではない。
ただ、彼らの軽はずみな嘲笑に黙っていられなかっただけだった。
振り上げた薙刀が小刻みに震える。
この震えは兵達に対する怒りか、哀しみか――
刹那、その様子を見ていた三成が幽かな笑みを零しながら小さく溜息を吐き、泰然と口を開いた。
「大志を持つ者は、最期の時まで命を惜しむものだ。 まぁ、下々の者には解らなくて当然だがな」
――やはり、そういう事だったのですね。
己の行動と三成の一言でぐうの音も出なくなった兵達を尻目に、は三成に微笑みかける。
例え己が逆境に立たされたとしても、決してその心に志を失わない。
その意志の強さが、大軍を率いる程の強さになり得たのだとは理解した。
しかし、様々な想いを孕みながら処刑の時は刻一刻と近付いていた――
「皆の者、役目ご苦労であった」
労いの言葉と共に、処刑人へと引き渡される三成。
その笑みを含んだ視線が一瞬だけと絡まる。
――、さらばだ――
依然光を失わない彼の瞳がそう云っているようで、の心に何とも言えない感情がこみ上げてくる。
――三成様、私は――
「お、お待ちくださりませ――」
「止せ、殿。 罪人を生かすか殺すかは我々が決められるものではない」
「………………………」
彼が、処刑場へ近付いていく。
はその瞳に焼き付けるかのように、三成の後姿を無言のまま見つめ続けた。
滲んだ涙で、視界が霞むまで――
劇終。
アトガキ
本館での戦国夢初登場及び戦国ヒロイン初執筆ブツです!
しかし、この記念すべき?お話がこのような切ない話になろうとは………!?
というわけで、漸く重たいケツが上がったアタクシですが――
今迄戦国といえばギャグという、些か失礼な法則?が私の中にありました。
しかし、考えてみれば戦国(無双)にもかっちょいいお話が多く存在します。
今回、情報屋からこのネタ(ネタ云うなwww)を持ちかけられた時、私は目が覚めました(汗
(因みに、こちらのお話は魅月様からの52000キリ番リクエストにお答えした形にもなっておりますが…ご本人様から追ってのご連絡がないため、戦国部屋に置かせていただきます。 ご了承ください)
このお話はみっちーの人となりが良く出ている代表的な逸話ですよね。
これを無双夢ちっくに仕上げてみたらどうなんのかなーと最後まで楽しんで書くことが出来ました。
僅か数時間で仕上げた、手前ミソ的なお話ですが――
少しでも戦国の世界を堪能していただければ幸いに思います。
ここまでお読みくださってありがとうございました。
2009.04.18 飛鳥 拝
使用お題『その時、彼は言った。』
(当サイト『ナレーター調?10のお題』より)
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