「明日も暑くなりそうだ…」
 昨晩、が寝床で聞いた姜維の呟き。
 早朝にも拘らず光を強める太陽を窓越しに感じて、その予感は確実に現実となった。
 部屋の中に…時を追う毎に熱が籠り始める。
 すると。
 甘い筈であった朝のひとときが、不意に発せられた彼女の一言で全てぶち壊された。


 「… ぅう〜〜〜
     暑いっ! 暑すぎるっ!」


 服の襟元を乱し、掌で風を入れているの姿に
 「…昨晩の貴女とは天と地の差、ですね…」
 姜維はがっくり肩を落とし、大きく溜息を吐いた。
 褥で『離さないで』って私にしがみ付いていた貴女と同一人物だとはとても思えません、と。
 刹那、落胆の様相を呈する恋人の態度にが己の顔を押し付けんばかりに近づけて反撃する。
 「だって暑いの苦手なんだもん…。 て言うか、なんで君は平気でいられるのよっ!?」
 「う〜ん…。 何で、ですかね」
 暑さに耐えながら力一杯訊いてくるとは対照的に、涼しげな様子で腕を組んで考え込む姜維。
 床の上に胡坐をかき、真剣な表情で小首を傾げている。
 その少々可愛らしい姿を見て、も思う。
 『昨晩、荒々しく私の中に入ってきた男と同一人物とは思えない』 と。
 昼間の彼は…始終諸葛亮に付き従い、傍から見ても完全に 『丞相の一番弟子』 といった感じなのだが。

 やっぱり…伯約も男、なのよね。

 は確かめるように独り言を零し、昨晩の姜維を思い出して顔を紅潮させた。
 刹那。
 俯いていた姜維の顔が突如ぱっと上がり、と視線がぶつかった。
 己の顔が紅くなっている事に気付き、慌てて視線を逸らす
 その横顔に明るい姜維の声が降りかかる。
 「解りましたよ、。 暑さが気にならないのは、昨夜の事で身体の方が熱いからです」
 「…朝から何言ってんの! このおバカ!」
 余計暑くなったら…君の所為だからね、と狼狽しながら横目で姜維を見やると…言った本人は悪気のない風体で微笑みをに向けている。
 それを見て、は俯いたまま大きく溜息を吐いた。

 しょうがない…今度も私の負けだわ。
 伯約…君の真っ直ぐなところに惚れた私の、ね…。










 陽が高くなり、じりじりと焦がされる大地を見やると…あまりの暑さに空気も揺れているように見える。
 太陽から直接的に与えられる熱と、ゆらゆらと…立ち上る熱気。
 そんな中、は午前に使われた治療器具を洗浄するべく水場に訪れていた。
 この炎天下、辺りに人の影は見えない。
 このような時間に外で作業するのは酔狂の極みだろうが、逆に言えば好機でもある。
 誰にも邪魔される事なく…周りに気を使う事もない。
 夏場、は敢えてこの時間を利用する。
 水場だから…用心すれば暑さにやられる心配もないから。





 「念のため、もう一度濯いでおこうかな…」
 腰に手を当て、洗浄作業の終わった器具達を見下ろしながらは呟いた。
 夏場は感染に気をつけなければならない。
 持ち帰ってから改めて消毒するから心配はないだろうけど、念には念を…と思い至り、徐に頭に乗せていた手拭いを手に取った。
 暑さ対策、と濡らしていた手拭いは既に熱を帯び、太陽によって沸騰しそうな勢いだ。
 それを水に浸し、再び頭に被ると…ぴしゃ、と軽く音を立てて頭に溜まった熱を一瞬にして外へ追い出してくれる。
 ひんやりして…気持ちがいい。
 がそう思った刹那
 「…なんだか涼しげな事をしていますね、
 背中に聞き慣れた声が届いた。
 湿った手拭いによって少々重くなった頭を振り、声の方へ向くと
 「仕事中のところ…お邪魔します」と、縁側に座って屈託のない笑みを振り撒く姜維の姿があった。





 「伯約…。 君、仕事はどうしたの?」
 盥に入った器具達に再び水を与えながらは問うた。
 すると、姜維は笑みを浮かべたまま中庭に下りて来ての脇に座り込むと
 「丞相が 『この暑さでは執務にも集中できません…少し休みましょう』 と休憩時間をくださったんですよ」
 諸葛亮の口調を真似ながら説明した。
 流石の丞相も…暑さには勝てなんだか。
 は暑さに茹だる諸葛亮の姿を想像して、声を高くして笑うと
 「あはっ…  良かったじゃない」
 良かったのは私の方もだけどね、と満面の笑みで首を竦めた。

 何たる幸運。
 そして、その幸運…貴重な休憩時間に、私の顔を見に来てくれた…。
 嬉しい…。

 ところが、姜維の意図はの想像とはちょっと外れたところにあった。

 「折角の休憩時間ですから…貴女と昼寝でもしようか、と思いまして」

 突如姜維の腕が腰に回され、一瞬にして拘束されるの身体。
 そして、戸惑う余裕すらない程素早く唇を奪われる。
 「今直ぐ…貴女を抱きたい」
 「…! 伯約…っ!」
 刹那の出来事にの頭が纏まらない。
 何が起こってる、の…?
 しかし。
 纏まらない頭とは裏腹に、の手や喉はほぼ反射的に動いていた。
 姜維の腕から無理矢理身体を引き剥がすと…

 「…こんのぉ…。 昼間っから何さらすんじゃ! この色ボケっ!!!」

 ばしゃっ!!!

 心からの叫びと共に姜維の頭へと降り注いだのは…
 洗浄後の器具を入れようとして水をたっぷり湛えていた盥だった。





 「…酷いじゃないですか。 ずぶ濡れですよ」
 頭から大量の水を被り、手に伝う雫を振り落としながら姜維が言った。
 それを憮然とした表情で見据える

 昼間から不謹慎な…。
 丞相だって、そんなつもりで君に休憩時間を与えたわけじゃないのに…。
 …当然だけど。

 「…これで頭も冷えたでしょ。 早く着替えて昼寝でもしなさい…一人で、ね」
 水も滴るなんとやら…ね、と軽く笑いながら付け加えて再び治療器具と向かい合う
 刹那。

 ばっしゃっ!!!

 の身体にも頭から大量の水がかかった。
 あまりの冷たさにはっと息を呑み、振り返ると…。

 「…冷たいでしょう。 涼むには丁度いいですよ、

 桶を片手に、意地悪い笑いを浮かべる姜維の姿が視界いっぱいに映った。
 死なばもろとも、とでも思ったか…。
 が姜維にした仕打ちは、彼にとっては 『罰』 と微塵も感じなかったようだ。
 「折角です…二人で涼みませんか?」
 更に言うと、姜維は桶に水を湛えて再びににじり寄る。
 その笑顔。
 心底楽しそうにしている…笑顔。
 そして、昼間は一生懸命すぎて見る事の叶わない笑顔。
 は観念して姜維に付き合うことにした。
 観念…というより、自ら進んでという方が正しいが。





 容赦ない水の応酬。
 二人の身体はすっかりびしょ濡れになっていたが、その楽しげな様子は傍から見ると 『子供の戯れ』 のようで…通りかかったある者は微笑み、ある者は訝しげな表情を向け…
 そして………。

 「楽しそうですね…姜維」

 突如、二人の背後から冷たい言葉が突き刺さった。
 心臓が口から飛び出るのではないか、という程驚く二人。
 殆ど同時に後ろを振り返る…恐る恐る。
 すると、
 「貴方は 『休憩』 というものが何なのか、お解かりではないようですね…」
 さぁ…遊びの時間はここまでですよ、と徐に姜維の腕を掴んで縁側に引き摺り上げる諸葛亮。
 その手を必死に阻みながら、が口を開く。
 「ごめんなさい、丞相。 …事の発端は私なの。 伯約は悪くないわ」
 お説教は程々に…と懇願するに諸葛亮は含み笑いで返す。

 「大丈夫ですよ、
 『両成敗』 ですからね…どちらが悪いとしても。
 …貴女の事は後でお父上に詳しく報告しておきますから………」

 何とも怖ろしい捨て台詞を吐きながら姜維を引き摺るようにして連れ去る丞相の後ろ姿に………
 は思いっきり あっかんべー をしてやった。

 …こんな事で貴方になんか負けないからね、丞相!










 夕方。
 絞れるほど濡れた服を着替え、執務に励み。
 同じ軍医である父にしっかり 『絞られ』 て。
 自室に帰ってきた
 床に寝転び、木目の目立つ天井を見上げながら昼間の 『水遊び』 を思い出すと…
 夜に感じる幸せとは別の 『幸福』 が心の中に生まれ、育つのを自覚した。

 「たまには。
 君と、こういう風に遊ぶのも…悪くないわね。
 ねぇ…伯約」







 上げる水飛沫に 零れる笑顔
 陽光を受ける表情(かお)に 喜びを見つける

 今、君が 傍に居る事………







 劇終。





 アトガキ

 あらぁ、初きょん夢がこんなんなっちゃったよ!
 と、おねね様風に叫んでしまった管理人です orz
 ベタベタな甘い夢です。
 本当は暑い最中、残暑見舞いのつもりで書いたのですが…。
 余計暑くなってしまいそうな…(ダラ汗

 きょんは前から書こうと思っていたんですが、微妙にりっくんとカブってる感がありまして…(汗
 しかし、ようやく最近違いが解るようになりました(某コーヒーのCMみたいだな)。
 んで、書こうと(安直過ぎてすみません)。

 涼めるかどうか解らない作品ですが…。
 少しでも楽しんでいただけたら幸いですw
 ここまで読んでいただき、ホントにありがとうございました!



 2007.08.21     飛鳥 拝


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