たとえ この世が終わっても










 全身を使わなければ息も出来ない…。
 は手にしている得物を支えに、とうとう地に膝を付いた。
 その身は満身創痍。
 この手に感じるぬるりとした触感は…倒した奴の血か、己の血か。
 味方は自分以外に誰も居ない。
 ………居る筈もない。
 皆が物言わぬ屍になって地に臥してしまった。
 辺りに映るは…我が軍と違う色の鎧を身に纏っている『敵』だけ。
 その『敵』どもは…眼前で膝を付く武人が女だと解った途端、その顔にいやらしい笑みを浮かべていた。



 …私も遂にこの地で果てるか…。
 一人きり、で…。



 は口中に込み上がる金属臭に顔を歪める。
 そして…
 「アンタ達雑魚に、武人たる私の身体を開く事が出来る? …完全に倒さないと無理でしょうね」
 男の本能を曝け出している『敵』に向けて悪態と共に紅い唾を吐いた。
 刹那、の台詞に激昂したのか、敵兵どもが一斉に得物を手に取る。



 「本気で殺れ! 犯すのは殺してからで構わん!」



 そうだ。
 そうでなければ…私が武人たる意味がない。



 は膝を付いたまま身を構えた。
 それを見て鎧の男どもがににじり寄る。
 ―刹那。



 ざしゅっっ!!



 見るのも叶わない程の素早さでの視界に閃光が走り、『敵』の一角が崩れた。
 が汗の浮かぶ顔に驚愕の表情を乗せる。
 眼前に見えるは…赤い背中。
 そして…その左右に広がる裾を視線が捉えた。



 『その裾…。 本当に天を駆ける燕みたいね』
 って………何時か、貴方に言った事があったね…。



 が茫然としている間にも彼の攻勢は止まらない。
 その得物から次々に一閃を繰り出し、敵兵を黄泉の世界へと追いやる。
 すると、彼が一撃の合間に膝を付いたままのを一瞥して口を開く。
 「未だ、無事ですね…
 「…伯言」
 その声を聞いたはようやくの事で声を発した。
 余計な事を…。
 敵に囲まれ、死を覚悟した武人の散り花を咲かせないとは…無粋な奴だ。
 やれやれ…。
 は呆れたようにかぶりを振ると、柔らかそうな草の上に正真正銘に重くなった身を倒した。










 傾いた西日が目に眩しい。
 は地の暖かさに背中を委ね、静かに目を閉じる。
 先程まで繰り広げられていた血生臭い『孤軍奮闘』は陸遜自身の手によって終わりを告げた。
 しかし…の体力は既に底を尽き、傷の数々から流れ出た血液を止めるのもままならなかった。
 「とりあえず…ありがとう、と言っておくわ…伯言」
 ひゅぅ、と空気が抜ける音と共に僅かな感謝のみを告げる
 唇の端からつぅ、と流れる紅い筋を拭う気力すら今はない。



 やはり…私はこの地で果てる運命なのね…。



 「余計な体力を使わせちゃって、ごめんね…。 でももう…駄目みたい。
      せめて………この命が終わる前に…乱世の終わりが見たかった、な」



 が自嘲気味に笑みを浮かべて言葉を紡いだ。
 なけなしの気力で目を開くと…陸遜の顔が翳んだ視界に入ってくる。
 今にも泣きそうな顔で自分を見下ろす陸遜。
 その顔には改めて謝ろうと口を開きかけた。
 刹那。
 陸遜の表情が一瞬険しくなり…きっと天を睨む。
 そして、意を決したように一つ大きく頷くと―



 ………!!!



 陸遜は満身創痍のをその背中に背負うと、突然全速力で走り出した。
 の薄れ行く意識が陸遜の腕によって一気に現実へと引き戻される。
 何をするのよ、と訊くに走りながら陸遜は微かに微笑み、思いもかけない一言を告げた。
 「…貴女を助けます」
 「…はぁ?」
 己が満身創痍なのを忘れたように素っ頓狂な声を上げる
 そして、呆けた顔をそのままに言う。
 「…また余計な体力を使う事になるのよ、伯言?」 
 「やれやれ…」
 が発する言葉に反応して一瞬だけ俯き、溜息を吐くと…陸遜は再び顔を前に向けて言葉を紡いだ。



 「…余計な事、ですか。
 私はそのような事…微塵も考えていませんよ。
 …貴女がどう思おうが、貴女は絶対に助けます。

 例え、この世が終わっても…。
 貴女の命は未だ、終わってはいけない。
 いえ…私が終わらせません。

 さっ、黙っていて下さい。
 傷にさわる上に、舌を噛みますよ!」



 人一人を背負い、言葉を放ちながら走り続けるのはかなり酷だろう。
 しかし、陸遜はその息を切らしながらもに告げた。
 絶対に…助ける、と。
 その必死な陸遜に「やれやれ…」とかぶりを振るとはやっと安堵したようにその瞳を閉じた。
 自分を背負う陸遜の力強い腕。
 その暖かさに身も心もすっかり委ね、ふっと静かに微笑む。



 私が終わらせません、か………。



 そして。
 心の中で改めて陸遜に対するかけがえない想いを込めて「ありがとう」と告げた………。














 後日。
 全身に大怪我を負ったは自室療養を余儀なくされていた。
 大好きな修練が出来ない、というこの事実に辟易する。
 「…何時になったら思いっきり汗をかくことが出来るんだろう…」
 頭を軽く床に打ちつけて独り言を零す
 一見『一人ぼっち』の彼女だが…様子が少々違う。
 その顔には楽しげな雰囲気を湛え、満面の笑みを浮かべている。
 それは…。







 トントン…。



 部屋の扉を叩く音が空虚な部屋に響く。
 「どうぞ」
 その音にが喜びを隠しきれない声で応えた。
 刹那。
 「…、具合は如何ですか?」
 扉がそっと開けられ、赤い影が入って来る。



 その笑顔は。
 その想いは…。
 何時までも変わらないだろう。










 たとえ この世が終わっても―

      ―あなたの命は、終わらせない。










 劇終。







 アトガキ

 …またおかしい作品をカイテシマッタ…(汗
 当方、現在風邪で寝込み中なので…発熱による幻覚、とお思いください orz
 (お ま え は ア ホ か …というツッコミを期待w)

 今回、長年の悪友Wから『陸遜で何か書け』と半強制的な指令がくだりまして。
 ほぼ即興で出来上がった作品だす。

 て…。
 またヒロインが血ぃ流してるよ… orz
 こんな作品ばかりでえぇのか、自分っ!

 …と、己を殴打(!?)しながらアップします(汗

 この作品の狙いは。
 余計な事を…と言いながらクールになりきれないヒロインを書きたかった(ツンデレとはちと違う)のと。
 りっくんにアノ台詞を吐かせたかった!
 これだけです(苦笑
 (しかし、「私が終わらせない」という言葉はある意味怖いですよね)

 少しでも楽しんでいただければ幸いです。
 ここまで読んでいただき、ホントにありがとうございました!

 2007.5.9     飛鳥 拝

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