心の中の住人 −後編−
私がトイレから戻ってくると。
元譲はちゃっかり私のベッドに潜り込んでいた。
「ここが、寝床なのだろう?」
私の姿を見るや否や口を開く元譲。
己の 『想い』 を吐き出してすっきりしたのか、今の彼はとても雄弁だ。
口をあんぐりと開けて呆気にとられる私に
「、宵は冷えるぞ。 早くこちらへ来い」
布団を片手で捲って手招きした。
その仕草が、なんとなく可愛いと思ってしまうのは何故だろう…?
私って、惚れっぽい性格なのかしら?
そう思いながら、テーブルの上に暫く放置していた煙草とライターを引っ掴んだ。
箱から徐に一本取り出し、唇に挟む。
そして、ライターから聞き慣れた音を鳴らし、火を点ける。
紫色の煙を吐き出し…それが天井に上っていくさまを見ているうちに私の気持ちも漸く落ち着いてきた。
深酒をした私の酔いは、そう簡単に醒めやしないけど。
…この、妙にリアルな夢も覚めそうにない…。
「…。 何だそれは?」
私が吸ってる煙草を指差して、元譲が訊く。
そうか、元譲の居た世界には存在しないものか…これも。
明日…居たとしたら質問攻めだわね、私。
そう思うと笑いが漏れる。
「あは…。 これね、こっちの世界じゃお酒に並ぶ立派な嗜好品よ」
今の時代じゃちょっと肩身が狭いけどね、と元譲に歩み寄りながら言って聞かせた。
すると、すかさず元譲が身を乗り出して私に問いかける。
「何故…肩身が狭いのだ?」
「…身体に悪いからよ。 それでも止められないんだけどね…私は」
「そうか」
元譲は短く答えると、ベッドの端に腰掛けた私が指に挟んでいた煙草をさっと奪った。
「ちょっ…貴方、何考えてるのよ!」
身体に悪いって言ってるでしょ?と言いながら直ぐにそれを奪い返す私。
「、お前の嗜好品…非常に興味がある。 俺にも寄越せ」
それを再び私の指から取り上げる元譲。
その攻防に、私は凄く必死になってたけど…楽しくもあった。
とうとう、私の吸ってた煙草が元譲の口に咥えられる。
「ダメだってば! …あぁ〜もう! 早死にしても知らないからね!」
「…何を今更。 俺は何時死んでもおかしくない戦場を渡り歩いてきたんだぞ」
「へぇへぇ…そりゃお見逸れしました、元譲様。 …どうぞご勝手に」
と悪態を吐きながらも元譲の仕草をガン見する私。
見様見真似で煙を肺に吸い込む元譲の姿が、思った以上にカッコイイ。
…これが見られるなら、一本くらいはいいか。
なんて無責任な事まで考えてしまう。
しかし…。
初めて吸ったにも関わらず、咳き込みもしない元譲に私は驚いた。
「…噎せない?」
元譲の顔を覗き込み、訝しげな顔をする私に…元譲は変わらない表情でさらりと言う。
「ん? …戦場の砂埃に比べたら、どうという事もない」
「…流石は百戦錬磨の御仁ですな。 言う事が違いますわ」
成程…と私は一瞬にして納得する。
…ある意味、砂埃舞う戦場に長く居続ける方が身体に悪いかもね、と。
元譲は煙草がえらく気に入ったらしく。
その後、他愛のない会話をしながらもう一本吸った。
そして。
「そろそろ寝るか…名残惜しいが」
「ん…そうね」
元譲の提案に私も同意する。
そろそろ…私も現実に帰らなければ。
夢物語の心地よさに酔うのも、もう終わり。
明日から、二人は別々の世界で…それぞれの戦場を駆け抜ける。
今の私には、容易い事だ。
だって…元譲に、たくさんの力を貰ったから。
おやすみなさい、元譲…。
あぁ、ゆっくり休め…。
微かな声で囁き合い、最後のキスを交わす。
その、最後のキスは。
二人が吸った煙草の香りと私の涙が混じって、ちょっと苦くて塩辛かった―。
翌朝。
頭の重たい痛みに呻きながら起き上がった私は。
眼下に広がる 『現実』 に自分の目を疑った。
そう。
心から、強く、疑った―。
「起きたか、。
流石に腕枕を一晩中するのは辛いな。
痺れて、腕が動かん」
「。 何を考えている…?」
天井を見上げていた元譲が私の顔を覗き込んできた。
咥え煙草で。
私はその紫煙を燻らせるものをさっと奪い、自分の唇に挟む。
「…貴方と出会った時の事を、思い出してただけよ」
「そうか。 珍妙な出会いだったからな、あれは」
再び天井を見上げて元譲が思い出し笑いを含めながら言った。
珍妙、って…。
…今、貴方が居るこの状態も、充分珍妙なんじゃん?
って私が元譲の頬に指をめり込ませると
「はは…違いない」
何食わぬ顔で同意する貴方。
その変わらない態度に、不安になりながらも幸せを感じる。
一人住まいのこの部屋に、居座り続ける大きな住人。
その人は今や、私の心の中にも居座るようになった。
とてつもなく、大きな存在感を持って…。
心の中の住人。
私にとって、かけがえなくなった人―。
何時かは離れ離れになるかも知れない、何とも不安定な関係。
だけど…
私は願わずにはいられない。
今、目の前に…傍に居てくれる男(ひと)と。
この先も。
ずっと、一緒に居られますように、と―。
劇終。
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