戦は何時だって理不尽だ。
己の想いを無視するかのように、次々と人を巻き込んでいく。
それが、大事な人であったとしても。
それでも、戦い続けなければならない。
己の意志の下、己が信じたもののために………。
の得物が閃光と共に振り下ろされる。
空を斬り裂く程の剣圧は…敵陣の一角を崩しながら行く先へと彼女を導いた。
私の行く先は、ひとつ…。
あの人の………傍らのみ!
彼女の心の中にある想いは。
君主への忠誠でもなく。
ましてや君主を慕う民達への慈愛でもなく。
−夏侯惇− 。
その人へ向かうものだけだった。
「…この女…っ」
敵兵が驚愕の表情を浮かべながらを取り囲んだ。
この戦が始まってから何度目かの乱戦で、味方は殆ど斃れ、残った者も憔悴しきっている。
加えて、多勢に無勢。
あまりにも分が悪い状況に陥っているにも関わらず、の顔には笑みが零れていた。
手にしている得物をぶん、と一振りし、声を高くして言い放つ。
「道を開けて。 …私の行く手を阻む者は 『死』 あるのみ」
お願い…ここを通して、と端正な顔立ちならばこそ畏怖の様相を引き立たせる修羅の形相を敵兵に向ける。
しかし…それに怯む事なく敵兵の一人が徐に得物を振り上げ、声を上げた。
「…道は開けぬ。 将の行く手を阻む者は 『死』 あるのみ!」
幾人もの兵が死に伏したであろうか…。
乱戦の連続でも、息一つ乱さずに居る女戦士の出で立ちに
「…何故」
そこまで戦える?と声にならぬ声を上げる敵兵。
すると。
「何故、と…?」
敵兵の呟きには眉を顰めながら軽く息を吐き、一瞥をくれた。
「私は、真に自分の愛する者のために戦う。
それ以外の理由は…私には、ない。
貴方達…真に愛する者のために戦うのでなければ…」
この場から立ち去って、と得物を手に、低く構える。
それを見るや敵兵共がそれぞれの得物を手にじり、と距離を詰める。
刹那。
「お願い…道を開けてっっっ!!!」
敵兵の動きを合図にするかのように、の足が地を蹴った。
そして、瞬く間の速さでその手から眩い一閃の光が放たれる。
紅い飛沫と共に幾つかの抜け殻が地へと弧を描き、鼻を突く生々しい金属臭が辺りに漂い始める。
一呼吸も置けない彼女の剣撃に、いよいよ敵兵も鬼気迫るものを感じたか。
「………このぉっ!」
それぞれの得物を構え直し、一斉にへと斬り掛かった。
…それでいい。
低く構えた頭上に振り下ろされる剣の一撃を自らの得物で受け流しながらは思った。
私の言葉が奴等の心を刺したかは定かではないけれど…奴等は今、間違いなく『信念』の下に動いている。
ならば…。
は改めて意を決し、唇をきゅっと引き締める。
そして、背中に迫る刃を身を翻して避けると
「…この私を、そう簡単に斃せると思うなっ!」
己の得物を頼りに、敵兵の群れへと身を投じた。
自らの手で鮮やかな紅い雨を降らせながら………。
「…忌々しい」
並み居る敵兵の群れに夏侯惇は小さく舌打ちをした。
ここは夏侯惇軍が守りを固めている…本陣前の中継拠点。
敵の大将は今しがた夏侯惇自身が斃した。
その報は…伝令を通して、既に相手にも知れている筈だ。
それにも関わらず、弱まる事のない敵の攻勢。
何が奴等を突き動かしているのか、彼には痛い程解るが…。
ふ…と表情を変えずに軽く息を吐く。
そして、目の前に降りかかる剣撃を己の得物 『滅麒麟牙』 で弾くと
「未だ解らんか…大将は俺が討ち取った。 無闇に死に花を散らすな」
敵兵の一群に向けて言い放った。
すると。
副将らしき初老の男が夏侯惇の目の前に躍り出た。
その男は、手にした得物の切っ先をしっかり彼に向けると声を高らかに叫ぶ。
「貴様を斃さぬまま本陣へ戻れと言うか!? …小癪なっ!」
皆怯むな!と辺りに怒号を響かせ、意気揚々と得物を振り翳す男。
直後、その一撃を真正面から受け止める夏侯惇。
がきぃんっ!!!
覇道を護る者と、阻む者。
二人の 『信念』 が瞬間、ぶつかり合った。
「うぬぅぅぅ…」
「…くっ」
互いの得物が小刻みに震えながらぎりぎり、と唸りを上げる。
…流石は百戦錬磨、といったところか。
鍔迫り合いは周りが固唾を呑む程で、力は完全に拮抗していると言えた。
しかし。
それは長くは続かなかった………。
これを好機と読んだか、敵兵の一人が得物を順手に構え、突如夏侯惇の背後へと足を駆った。
だが、己の身に危機が迫っているにも関わらず、夏侯惇は得物への力を緩めようとしない。
斬られるのも、辞さないというのか…。
周りの思いを余所に…敵兵の刃がまさに今、振り下ろされようとしていた…。
刹那。
夏侯惇が力を更に加え、副将の刃を勢いよく弾いたと同時に。
背後から己に向かうものと違う剣圧を感じた。
「ぐ…っ」
夏侯惇の力に圧される形で地に膝を付く副将と、間を置かずに足元へと崩折れる敵兵の身体。
そして。
「…男と男の勝負に水を差すなんて…。 野暮な輩も居たもんね」
夏侯惇の背中に、心底呆れたような言葉が響いた。
『滅麒麟牙』 を構え直し、声の方向にちらりと視線を移す。
すると。
そこには…多少息を切らしてはいるが、残る敵兵共に不敵な笑みを向けるの姿があった。
夏侯惇はその姿に顔を向ける事なく微かに笑みを零すと、その姿を己が視界の端に捉えながら声を発す。
「何…。 その者はお前の心境と同じだったのだろう」
「『信念』 ね。 それなら解るわ…私だって」
…元譲、貴方を失いたくないもの。
夏侯惇の背中に自身のそれを合わせたが言葉を返した。
そして、得物にこびり付いた血糊を一閃で振るい落とし、再び順手に構えると
「…やっと貴方と一緒に戦えるわ」
この場に不似合いな柔らかい微笑みを夏侯惇に与える。
しかし、当の夏侯惇は視線を先程弾き飛ばした副将に戻し、素っ気無い言葉で返す。
「ふん。 遅かったな…お前の分まで殺ってしまおうかと思っていたぞ」
「遅くて悪かったわね! 折角人が援軍として駆けつけたのに…その言い方って酷くない!?」
全くぅ…と己の頬を膨らませて抗議するだったが…直後、表情を元の笑顔に戻した。
これが…彼らしい、と言うべき感謝の言葉。
しか知り得ない、本心。
この状況でも全く変わらない夏侯惇の態度に、はほっと安堵の息を吐く。
直後、得物を力任せに差し向ける敵兵を一瞥し、その剣を自身の得物で払い落としながら
「…まぁ、貴方が無事でよかったわ。 これで少しは手が抜ける筈よ」
ふふん、と軽く鼻を鳴らすと、間髪入れずに敵兵の肩口へ己の一撃を叩き込んだ。
それを横目で見ながら夏侯惇がふ、と小さく微笑う。
…心憎い事を。
夏侯惇は知っていた。
副将と対峙した時辺りから、が近くに居た事を。
彼の戦人たる所以を傍から見、そしていよいよ危なくなったら手を貸そう…とでも思っていたのだろう。
実にらしい『心遣い』である。
だが、それが解っていたからこそ副将に集中する事が出来た。
頼もしい、俺の………
「…。 ここはとりあえず礼を言っておく」
再び順手に握った刃に力を込めながら斬りかかる副将を難なく『滅麒麟牙』で斬り払い、夏侯惇は云った。
そして、身を鎮めて吹き上がる血潮と共に勢いよく倒れる副将の身体に止めの一撃を与えると。
ここでようやくの姿をしかと見据えた。
刹那。
がその視線に気付き、同じように夏侯惇を見やる。
戦の最中…信じる者の視線が己のものと重なった。
敵兵の群れを目の前に、息を切らしながらも得物を片手に凛と構えるの身を案じてか。
夏侯惇がに再び背中を預けながら声をかける。
「だが…一つ言っておく。 …無理はするなよ」
「それはお互い様よ、元譲。 私は何があっても…貴方を護りたいの」
「…その台詞、そっくりそのままお前に返そう。 …その想いも、お互い様だ」
「…そうね。 言うだけ無駄だったわ」
ふ、と微かに笑みを零すと、お互いに一瞬だけ見つめ合う。
そして。
再び視線を敵兵共に戻すと、その行く先へと殆ど同時に身を躍らせた。
紅い雨を、自らの手で降らせる事も辞さないというように………。
「…孟徳。 今戻ったぞ」
本陣の主に向かって歩み寄る二人の武人。
彼らの顔にはこの戦を『勝利』として終わらせる事が出来た事への充実感が溢れている。
しかし。
直後、君主−曹操−から送られた一言で。
一瞬にして唖然とした色に変わる事となった。
「…同じ志を持つ、二又の矢がようやく一つとなって戻って来おったか」
「…孟徳、それはどういう意味だ?」
夏侯惇の率直な疑問に曹操はくくっと喉を鳴らす。
「おぬしらは二又で一つの矢。 …それだけの意味よ」
…二人で、一つ。
君主はそう言いたかった。
此度の戦は、間違いなく乱戦となる。
それ故、彼らを一小隊として離さざるを得なかった。
しかし…。
いまいち納得がいかない二人を目の前にして、曹操の顔に不敵な笑いが溢れる。
「同じ 『信念』 を抱く者、同じ心を抱く者。 別つなど…出来るわけがなかろう」
一度二つに別たれても。
同じ心を持つ限り…再びそれは一つに返る。
曹操は「此度の戦…おぬしらもよくやった」と労いの言葉を二人に寄越すと、踵を返した。
刹那、その背中に女の大音声が投げつけられる。
「ちょっ…そっ、それ、どういう意味よっ!」
その声に驚き、殆ど反射的に振り返ると。
完全に「からかわれた」と思ったのだろう…。
拳を握りしめ、顔一面を赤らめて訴えかけるの姿があった。
曹操は緩やかに歩み寄り、その肩を軽くぽんぽんと叩きながら
「ふっ…本当はおぬしにも解っておるのだろう?。 実におぬしは解り易い」
悪戯っ子のような笑顔をに向けた。
直後、の顔がますます紅潮していく。
「そっ…曹操様っ! もう…幾ら貴方が君主だって、許さないんだからっ!」
「はっは…そのようにムキにならんでもよかろう」
必死に食って掛かると、それを飄々とかわす曹操。
そんな二人のやり取りを。
夏侯惇は、全て解っているような微かな笑みを共に。
優しく、暖かい瞳で見つめていた………。
つかの間の 『平穏』 。
だが、戦はまた理不尽に繰り返されるだろう。
それでも、彼らは戦い続ける。
己の意志の下、己が信じたもののために………。
全ては、心の…。
信じるがままに……………。
劇終。
アトガキ。
企画サイトに捧げる、管理人による夢。
充実感! やっと戦闘シーンが書けた(をい
今回は殆ど戦闘シーンで纏めてます。
流血シーンの楽しい事楽しい事♪(←鬼畜
あと、ヒロインちゃんと惇兄のやり取りも目玉、かなw
戦闘しながらの会話って、結構難しいけれど楽しいんですよ。
少しでも楽しんでいただけたら幸いですw
ここまで読んでいただき、ホントにありがとうございました!
2007.8.4 飛鳥 拝
使用お題『●●ままに…。』。
(企画サイト「何でもよさそうな?お題」より)
ブラウザを閉じてくださいね☆