Cure。。。





 部屋の窓を開け放ち、初夏の眩しい日差しを取り入れる。
 は両の腕を挙げ、う〜ん、と背伸びをして早朝の澄んだ空気を吸い込むと、不思議と眠気が身体の中から去っていったような気がした。





 「お早う、伯言。朝だよ…起きて」
 つい先刻まで眠っていた寝台に腰を掛け、未だ目が覚めない人の耳元に囁くと
 「う〜ん…もう少し…」
 掛け布の下でもそもそと動くもの。
 それこそが彼女の一番大事な男(ひと)、陸遜。
 はう〜ん、と腕を組み、一時考えた後
 「そういう風に我が儘を言っていると…こうだ!」
 とその場に立ち上がり、掛け布を勢い良く剥ぎ取って陸遜に早朝の明るい光を浴びせかけた。





 呉軍の軍師である陸遜。
 呂蒙の下で兵法を学ぶようになってから、彼の仕事は増える一方になっていた。
 毎日、夜遅くまで積み上げられた書簡に目を通し、呂蒙の仕事を手伝う。
 それでも彼の最愛の人−−の元へ向かう足取りはとても軽く、何時如何なる時も彼女に疲れた表情一つ見せなかった。

 が。

 今朝は少し様子が違う。
 起きてはいるが、布団の上で依然身体を丸めている陸遜。
 いつもなら彼の方が先に起き、の寝顔を見詰めているのに…。

 やはり疲れているのだろうか…?

 「伯言…?」
 は、再び寝台に腰を掛けると心配そうな顔で陸遜の額に手を添えると、掌にいつもの体温より少し高い温度を感じた。
 は、直ぐに先程剥いだ掛け布を陸遜の身体に掛けてやる。
 そして、徐に寝台から立ち上がり、踵を返した。
 「…どうしたんですか? 
 「どうした?じゃないわよ…熱がある。 今日は仕事、休みなさい。 呂蒙殿には私から言っておく」
 「でも…」
 「でも…じゃないっっっ!」
 身を起こそうとする陸遜の身体を振り返ったが両手で寝台に押し戻した。
 「これから呂蒙殿の所に行って来るわ。 後で詳しく診るから、此処から動くんじゃないわよ…いいわね」
 「………はい」
 の命令に近い指示に不本意ながらも承知する陸遜。



 仕事が入ると…少し怖くなるんですよね…は。
 まぁ、それだけ心配してくれている、と言う事なのでしょう…。
 其処も好きなんですがね…。



 陸遜は、仕事を休む事に不満を感じていたが…。
 その顔には笑みが溢れ、部屋の扉から外へ出るの姿を嬉しそうに見詰めていた。







 が呂蒙の自室に足を運んだ時には、呂蒙は既に執務に勤しんでいた。
 扉を軽く叩き『呂蒙殿…です』と極々静かな調子で声を掛けると
 「軍医殿か…入っても構わんぞ」
 と言う呂蒙の声がを迎えた。
 「失礼致します…あら、呂蒙殿…もうお仕事始めていたのですね」
 「あぁ…すまんな。 其処の椅子にでも座ってくれ」
 「お構いなく。 話は直ぐに終わりますわ…ですから呂蒙殿もそのままで」
 「解った…。 で、話は何だ?」
 「えぇ…実は陸遜殿の事なのですが…今日の執務を休ませたいと思いまして」
 「…陸遜がどうした?」
 「あっ…あの…先程私の所に来まして…体調が優れないとの事で」
 「うむ…」
 の言葉に呂蒙は腕を組み、少し考えるとそのまま顔だけをに向けて話す。

 「そうか…体調が優れないのであれば仕方あるまい。
 ならば、今日一日しっかり養生するように陸遜に伝えてくれ。
 では…本日は陸遜の事を宜しく頼みましたぞ…軍医殿」

 「はい…承知致しました」
 拱手しながらは答えると扉の方に踵を返す。
 すると。
 その背中に呂蒙のからかうような声が突き刺さる。
 「昨夜、二人で何をしていたかは聞かんが…あまり陸遜に無茶をさせんでくれよ」
 はは…と笑い出す呂蒙。
 その声に一瞬顔を赤らめただったが、直ぐに『軍医』の顔に戻り、笑顔だけを呂蒙に向けて言い放つ。

 「呂蒙殿も…お気を付けくださいね。
 さっと診たところ…あまりお顔の色がよろしくありませんし。
 幾ら奥様がお綺麗でも…あまりご無理をなさらないように…」

 ふふ、と笑いながら扉に手を掛け『失礼致します』と出て行く。
 呂蒙は顔を先程のと同じように上気させながら
 「うむ…軍医…殿もなかなかやりおる」
 はは…と先程より高く笑い始めた。







 「ただいま…伯言」
 帰りに医務室に寄って陸遜の身体を診る器具や薬品などを調達したが戻ってくると、陸遜は寝床の中で静かな寝息を立てていた。
 「やっぱり、疲れも溜まってたのね…」
 は呟くと、器具類を寝台の傍に置いて陸遜の寝顔を見詰める。
 歳相応の可愛い寝顔を見ていると、の心に陸遜への愛しさがこみ上げて来た。
 その気持ちも共に、は陸遜の身体にかかる掛け布をそっと外す。
 すると、着ている夜着が汗で濡れている事に気が付いた。
 「あら…これは診た後に着替えさせないとね」
 と言いながら立ち上がる。
 勝手知ったる何とやら…は直ぐに箪笥から陸遜の着替えを出して寝台に戻った。
 そして夜着を肌蹴る。





 「…よかった…只の風邪だわ」
 陸遜の身体を一通り診た後、は安堵の溜息を付いた。
 しかし、風邪は万病の元。
 は『よいしょっと』と陸遜の身体を抱えると寝台の上に起こした。
 陸遜はまだ眠っているらしく、その体重をの肩に委ねている。
 「やっぱり…寝てる人の身体は重いわ…っ」
 誰に聞かせるでなく呟きながら陸遜の身体を支え、器用に汗で濡れた夜着を脱がせる。

 …熱い。

 やはり、先程より熱が上がっている。
 それに気付いたは手馴れた様子で手早く着替えを陸遜の腕に通した。
 すると、不意に支えていた身体が軽くなり、耳元に熱い息が吹きかけられる。
 「…このような事、他の人にもしてあげたのですか?」
 「あんっ…やっ…伯言…起きたの?」
 「えぇ…たった今」
 熱でだるいのだろう。陸遜は力なく言うと、その身体を寝台に付いた両手で支えた。
 そして、顔をのそれに近付け、更に問うた。
 「他の人に…今のような事、した事があるのですか?」
 「えっ…? 着替えの事?」
 「そうです…」
 「う〜ん…そうねぇ…」
 が陸遜の質問に答えを渋っていると、急に腕を掴まれて身体がぐらり、と揺れる。

 …どさっ。

 一瞬の後、の視界に見慣れた天井とにやりと笑った陸遜が映った。
 両肩を陸遜の腕によって押さえ付けられ、身動きが出来なくなる。
 「…こら、伯言。 …この手を離しなさい」
 「嫌です…答えてくれるまで離しません」
 「一時的にとは言え…今は病床の身。 質問にはちゃんと答えるから…」
 「…では、言ってください」
 ははぁ、と一つ溜息を付くと。
 「ふふ…私が着替えを手伝うのは女性だけよ。 伯言…妬いてるのね」
 優しく、慈愛に満ちた笑顔で陸遜を見詰めた。
 すると、陸遜も…顔を上気させながらも同じような笑顔でを見詰め返す。

 「えぇ…妬いてますよ…何時でも、ね。
 貴女が他の兵士達に治療を施している時であっても。
 その優しい笑顔は…私のためだけに向けてほしい。
 その優しい言葉は…私のためだけにあってほしい…と思っています。
 本当はそのような事、考えてはいけないのでしょうけれど…。
 …、貴女を愛していますから…」

 陸遜の熱い身体が覆い被さる。
 そして、二人の唇が一つに重なった。





 「薬湯を煎じてくるわ」
 は、乱れた作業衣を整えながら起き上がった。
 そして、寝台から降りると同時に陸遜が身体を起こした。
 「駄目よ…まだ寝てなさい」
 寝台から降りようとする陸遜をが制する、が。
 「…どうやら、薬湯の必要はなさそうですよ」
 の背中に陸遜の元の張りのある声が響いた。
 振り返ると、眠っていた時の可愛さは何処へやら…意地悪そうな笑顔が其処にあった。
 「荒療治…って結構効きますね」
 「…伯言…貴方には違う薬湯が必要みたいね…」
 陸遜の言葉にそう返すと、は彼の顔を軽く睨み…。
 「とりあえず…思いっきり苦ぁ〜〜〜い薬湯を煎じて来るから…其処から動くんじゃないわよ、いいわね!」
 念を押しながら勇ましい足取りで室から出て行った。
 残された陸遜は。

 「の薬は…本当に効くけれど苦いんですよね…。
 まぁ、自身がそうなのでしょうけど…
 …おっと、こういう事を言ったら…更に苦い薬を飲まされそうですね」

 愛するとのやり取りを心から楽しんでいるように独り言を零していた。





 その後…。
 『愛する者の存在』が一番の風邪薬になるのかも知れない…。
 と二人が思ったのがほぼ同時だったと言う事は誰も知らない事実である…。





 fin.





 アトガキ


 …甘い、甘すぎるっっっ!!!

 しかもりっくんが白いのか黒いのか解らなくなってるし…。
 微妙にエロいし…
 ヒロインの態度が微妙だし…(ツンデレっぽくなってる〜)

 今回、私が書きたかったこと。
 1.呂蒙殿とのやり取り
 2.寝床に押し倒されるヒロイン
 3.着替え…(恥

 詰め込むだけ詰め込んだら………我ながらこっぱずかしい出来に… orz

 ここまで読んでいただき、ホントにありがとうございました!

 2006.9.4     飛鳥拝

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