今日も訪れる丘の上――

 「見えた! 琥珀、お父ちゃんとお母ちゃんが帰って来たよっっっ!!!」

 煌々と照り付ける太陽の下、突如若い娘の嬌声が響いた。










 おかえり。










 少数精鋭を従えた二組の人馬が領地に足を踏み入れた刹那、駆け寄る大勢の人々。
 「お帰りなせぇ、大王!」
 「大王! よくぞご無事で!」
 「はっは! ワシはこんな事でくたばらねぇよ!」
 出迎える面々に手を振りながら笑顔を振り撒く孟獲の様子は誰が見ても頼もしく見えた。
 まさに大王といった風格が漂っている。
 しかし――

 「お父ちゃん、お母ちゃん! お帰りー!」

 人垣の間から聞こえた一つの声でそれはがらりと一変した。
 孟獲は転がるように馬から降りると、飛び込んで来る娘の身体をしっかと受け止める。
 「今帰ったぞ、! いい子にしてたか?」
 「うん! 戦う練習もちゃんとしたし、勉強も…めんどくさいけど頑張ったよ」
 「そーかそーか。 流石はワシの娘だ!」
 「えへへー」
 照れ笑いを浮かべるよりも表情を崩し、娘の頭をひたすら撫で続ける孟獲。
 その様子は親バカ以外の何物でもないだろう。

 彼の直ぐ後ろに控えていた祝融はやれやれといった風に両手を軽く挙げ、深く溜息を吐いた。

 「アンタがこんなんじゃ、の将来が心配だねぇ」










 その夜――
 大王の居城では、盛大な宴会が催されていた。
 この地では何かある毎に祭りとも言うべき宴会が開かれる。
 それは住人が婚姻した時も、子供が誕生した時も変わらずに。
 しかし、今夜は暫く不在だった大王夫妻の帰還を祝う会である。
 どうやらこの宴は一晩で終わりにするつもりがないらしい――。



 「がっはっは! やっぱりここが一番落ち着くなぁ! なぁ、かぁちゃん!」
 「そりゃそうさね。 ここはアタシらの故郷(ふるさと)だよ! みんなが居てこそのアタシらだ」

 大王夫妻の言葉に宴がますます盛り上がり、炎を囲んだ踊りにも熱が籠り出す。
 そんな中、は父と母に挟まれる形で上座に座っていた。
 もちろん、傍らには彼女の絶対的な相棒である琥珀の姿もある。
 『、楽しいか』
 「うん! すっごく楽しいよ。 だって…お父ちゃんもお母ちゃんも居て、みんなが居て…琥珀も居る」
 『はは、それなら何時もと変わらんだろう』
 「うん、みんなと一緒に居る事が楽しくて、嬉しいんだ」
 琥珀の茶化すような言葉にもからから笑いながら答えるの瞳は美しく輝いている。
 それは、離れていた両親が還って来て、また同じような楽しい毎日が繰り返される事への幸せや充実感の成せる業。
 彼の地――北方では血生臭い戦が繰り返されている。
 それを思うと、この地のなんと平穏な事か――







 「この数…お土産にしたらちょっと多くない?」
 宴も漸く落ち着き、皆思い思いに騒ぎ始めた頃――目の前に並べられた品物の多さには目を丸くした。
 見事な刺繍が施された反物。
 綺麗な宝石が散りばめられた櫛や簪。
 精巧な彫りで模られた小箱。
 それぞれの美しさにも驚いたが、これらは父からの贈り物にしては些か豪華すぎる。

 「もしかして………お父ちゃん、どさくさ紛れにどっかから盗んで来たんじゃ――」
 「! 幾ら相手が父ちゃんでも人聞きの悪い事言うんじゃないよ!」
 「っ! ごめんなさい、お母ちゃん………」

 冗談でも言っていい事と悪い事がある――
 は祝融の怒声に直ぐ詫びを入れる。
 でも、そうでないとしたら…この贈り物の数々は何処から来たんだろう?
 そう思いながら大人しく首を垂れていると、今迄困ったような表情をして娘を見つめていた孟獲が漸く重い口を開いた。



 父の言う事には――
 が年頃だとつい口を滑らせてしまったがために、婚姻相手を探している男共が挙って贈り物を持ち込んだらしい。
 来るものは拒まず、というのが彼の真情だったが…



 「貰っちまったのはしょうがねぇ。 だけどな、ワシは未だ嫁に出すつもりはねぇぞ」

 『…今直ぐ返して来い!』

 孟獲の言葉に直ぐさま反応する琥珀。
 その様子は誰から見ても腹を立てているのが明らかで、今にも大王に食って掛かりそうな勢いだ。
 しかし彼の言葉は傍に居るにしか解らず、他の一同は何故ここで琥珀が怒るのかが解らずにオロオロしている。
 刹那、孟獲に牙を剥いている琥珀の尻尾をが引っ掴んだ!

 「ちょ、琥珀! そこまで怒らなくてもいいって! 未だ縁談前の話なんだから――」
 『いや、今後厄介な事にならんとも限らん! ならば今のうちにその芽、摘み取らねば!』
 「一度貰った物を付き返す方がよっぽど厄介な事になるって!」
 『しかし!が誰とも解らん奴の元へ嫁ぐなど――』

 「琥珀! お願いだから落ち着いてー!!!」



 どっしーん!



 ――一瞬、何があったのかが解らなかった。
 尻尾を掴むの腕に叫びと共に力がこもった刹那、宙に浮く琥珀の身体。
 そして…虎の大きな体躯が弧を描き、地に叩きつけられると…漸くその場が落ち着いた。
 呆気に取られる一同。
 しかし琥珀を投げ飛ばした張本人が一番驚いているらしく、尻尾を掴んだまま眼下の虎を見つめていた。

 「えっ…ちょ、琥珀? 大丈夫?」
 『…これが大丈夫な姿だと言えるか? 今のは結構痛かったぞ… (この模様だと軽度の腰椎すべり症、といったところか)』
 「うぅ………ごめーん琥珀ぅ」

 の隠れた力、見たり。
 日々の鍛錬で、何時の間にかその身体からは想像もつかない力強さを身に付けていたらしい。
 その時、本人以外の者達が揃って思った事はただ一つだった。



 ――この親にしてこの娘あり、と――。










 未だ、宴は終わらない。
 更に盛り上がるその場から離れ、は今寝床に居た。

 「今日も楽しかったなぁ…」

 既に寝息を立てている琥珀をちらりと見遣りながら、寝ぼけた頭で今日を振り返る――



 予定通り無事に帰って来た両親。
 家族のように出迎え、宴を開くみんな。
 これ見よがしに贈られた北方の珍しい品々。
 そして――年頃になったのに、未だ色恋沙汰に首を突っ込ませてくれない父と琥珀。



 「あーぁ。 親バカは一人だけじゃなかったか………」



 夢の中に誘われながら、は未だ知らぬ恋へ想いを馳せるのだった――。







 劇終。



 アトガキ

 ども、多忙中のヘタレ管理人です(汗
 今回は夢と言っていいでしょう!ちゃんとアノ夫婦も出てますからね。

 今回はネタに詰まっているのではなく…書く時間がないから(苦笑)。
 本当に思いつくまま書けるので…あまり時間を要さないんですよ。
 このお話は…前回の序章に続くお話となっております。
 父親と虎!?に溺愛されるヒロイン………
 一応設定年齢は17歳なんですけど、なんか子供ですね;;

 今後もこんな形で楽しく書かせていただこうと思っております。
 
このようなお話でも………少しでも楽しんでいただければ幸いかと。

 ここまでお読みくださってありがとうございました。

 2008.11.25     飛鳥 拝



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