両親が遠出から帰って来る度に聞かされる話。
彼の地は、血生臭い戦火に包まれている。
しかし、その中でも人々は確かな思いを胸に強く生きているという。
は、そんな見知らぬ世界へと想いを馳せる――
南蛮の虎と江東の虎
ある晴れた昼下がり――
居城では今日も大王夫妻の話に皆が耳を傾けていた。
この地に住んでいると、とても考えられないような戦の日々。
大勢の兵が命の華を散らしていく中、猛将とも云うべき人物もこの世から去って行く。
大王――孟獲の話では、荊州の地にて南方を統べていた孫堅という男が命を落としたという。
大王の娘であると虎の琥珀は興味津々な様子で話を聞いていたのだが――
孟獲の話を聞いた刹那、琥珀が小さくかぶりを振りながら一つ、溜息を吐く。
『江東の虎――奴が逝ったか』
「え、琥珀!? その人の事、知ってるの?」
琥珀が放った言葉は、勿論他の人間には解らない。
しかし傍に居るには虎の言葉が理解出来るという特殊な能力を持っている故に、琥珀の呟きに心底驚いた。
自分の居ないところで、どうやって孫堅なる男の存在を知る事が出来たのか。
しかもその様子からかなり親しい間柄だと伺える。
そんなの表情を見て、琥珀が何かを思い出すようにふっと笑う。
『知ってるも何も――奴とは武の道を学んでいる時に知り合った仲だ』
「琥珀………あんた一体何者?」
――虎が武の道って…。
のツッコミを聞いていないのか、はたまた聞かない振りをしているのか――
琥珀は寝そべっていた身体を僅かに起こすと、視線を遠くに巡らせながら静かに語り出した。
『孫堅――奴は気持ちのいい奴だった』
その心に、懐かしさとほんの少しの寂しさを抱え込むように――
あれから、もうどれくらい経ったのだろうか――
私が今より若い頃、武の道がもっと知りたいと思ってな………ふと北へと足を向けた。
その時だ――孫堅と出会ったのは。
奴はたくさんの虎を引き連れ、その中で剣を誇らしげに掲げていた。
実に虎が良く似合う――いや、寧ろ奴自身が虎のようだったな。
私はそれを見て『丁度いい、あの中に紛れ込んでしまえ』と思い、虎の群れに加わった。
すると――
「お前………この辺では見ない顔だな、何処から来た?」
なんと、奴から声をかけてきたのだ。
気付かれないように加わったつもりだったのだが、あの時は流石に驚いたな。
私は恐る恐る奴の問いに答えた。
『私は、お前達の言う南蛮という地から来た』
「南か。 道理で毛並みがいいと思ったぞ」
『…!? 私の言葉が解るのか、お前は』
奴が言うには――言葉自体は解らんが、何が言いたいのかが感覚で解るらしい。
その辺が、お前とは少し違うところだな。
しかし、少しでも理解してくれる事が私には嬉しかった。
まぁ…それが奴の『江東の虎』がたる所以なのだろうがな。
短い間だったが、奴と共にいろいろと教わった。
武の道もそうだが、何より――
『孫堅、お前は何故剣を掲げ、戦う?』
「俺には――護りたいものがある。 そのために、誰よりも強くありたいと思ったのだ」
『そうか………私と同じなのだな』
己が武は、護るべきもののために振るう――
武の道を通して、奴は同時に大事なものを教えてくれた。
そして、私が彼の地を離れる日――
『孫堅………いろいろと世話になった』
「いや、俺も琥珀と共に居られて楽しかった。 また会おう」
『あぁ…この乱が鎮まり、お前が自由に動けるようになったらな』
「はは…一日も早くその日が来るように祈っていてくれ」
笑いながら、奴は最後に私の目の前で何かを書いた。
それは――
『虎伯』
――お前に二つ目の名を贈ろう。
こう書いて同じ『こはく』と読む。
勿論、『琥珀』という名もいいのだが………
俺と同じ想いを抱くお前に、俺からの餞別だ――
思い出話が終わり、琥珀が視線を元に戻すと――
同時通訳していたの話を聞いたその場がしんみりとしている。
琥珀の語った内容は、まさに男の友情そのもの。
その親友とも言うべき人物が、乱世に散ったのだ。
これが切なくないと言ったら嘘になる。
聞いていた人の中にはなりふり構わずおんおんと泣きじゃくる者も居た。
しかし――
「ねぇ、琥珀………ひとつ訊いていい?」
表情は真摯ながらも、何処か腑に落ちない様子で問う。
琥珀の胸の内はよく解るが、彼女の心にはそれよりも大きな疑問が頭を擡げていたのだ。
話の美しさが故、か………。
他の面々は未だ気付いていない、疑わしい事実――
「琥珀、あんた………本当に虎、なの?」
『うむ、虎だ。 まぁ細かい事は気にするな、』
夕方――
と琥珀は何時ものように斜陽に浮かぶ丘の上で膝を抱えて座っている。
しかし今日は沈む夕日に人の命を考えずには居られなかった。
「『虎伯』って名前…とてもいい名前だね」
『あぁ。 しかしな、私はどちらの字も気に入っているぞ』
「………うん」
「孫堅さんって………凄くいい人だったんだね」
『あぁ』
言葉少なに遠く地平線を見つめる琥珀。
その心には、が思うよりもずっと悲しい気持ちが支配しているのだろう。
彼女は琥珀の――彼の人も気に入っていたという茶金色の毛に包まれた肩に己の頭を凭れかけながらぽつり、と言った。
――琥珀。
これからも、ずっと一緒に居ようね――
劇終。
――おまけ――
※反転です!いい感じのまま終わりにしたい方は読まずにアトガキへ!
一日の終わり――
何時ものようにの傍らで眠りにつくべく横になる琥珀。
その心の中には、孫堅への想いの他に一つの安堵感があった。
『あぁ…今回は投げられずに済んだか』
「ほぇ? なんか言った? 琥珀ぅ…」
『い、いや、何でもない。 いいから早く寝ろ』
「ふぁ〜い………」
――危ない危ない。
は半分寝てても油断出来んからな――
そう。
琥珀は以前、夢うつつのにぶん投げられた事があるのだ。
そういった意味でも、今回は無傷で済んで安心していたのだった――
本当の終わりv
アトガキ
どーもどーも! 久し振りの更新となりましたこの『南蛮娘』シリーズv
毎回、勝手気ままにギャグっている?んですが――
今回は南蛮娘の相棒とも言うべき虎がメインのお話となっております。
当初はこんなに切なくするつもりはなかったんですが…いやはやどうして。
でも、人の死をネタに思いっきりギャグるわけにはいかないなーと思いました。
お詫びというか何というか………ちょっと笑ってもらおうとおまけを最後に加えましたv
このようなお話で、少しでも楽しんでいただければ幸いかと思います。
ここまでお読みくださってありがとうございました。
2009.03.31 飛鳥 拝
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