――戦乱の足音もここ南蛮の地までは届かない。
 暑いながらも穏やかな雰囲気がこの地を支配している。

 そんな朝――



 何時ものように密林を散歩している一人と一頭は、突如耳を劈くような怒声に度肝を抜かれた――










 猛獣の扱い方










 「だぁぁぁっ! なんで俺がこんな目に遭わなきゃなんねーんだよっ!?」



 遠くでも聞き分けられるようなこの叫びは、も琥珀も聞いた事のない声。
 しかもその声に困っているような色はなく、寧ろ今声を掛けようものなら問答無用で攻撃を仕掛けて来そうな程好戦的だ。
 今迄のんびりと草の上に寝転んでいたは、息を潜めつつ枕代わりになっていた琥珀に顔を寄せる。

 「ねぇ、あれ………何だと思う、琥珀?」
 『大方ここに迷い込んできた獣だろう…と言いたいところだが、あの様子では違うかも知れん。 用心しろ、
 「ん………そだね」

 自分を差し置いて獣とはよく言ったものだ。
 しかし、現在北方では南蛮の地を狙っている軍もあるという話が大王をはじめ、皆の耳にも入っている。
 今密林のど真ん中で叫びまくっている輩もその一味だとはこの時点では判断しかねるが、警戒するに越した事はない。
 琥珀は声の方向を見続けるの前に移動しながら相手の動きを読むべく耳を欹てた。
 すると――



 「いきなりこんな密林があるなんて聞いてねぇぞ! ったく、うぜーんだよ!」
 「そりゃ、軍議に顔を出さないあんたが悪いんだ。 自業自得だね」
 「っるせぇ! ………っつーかなんでまたお前が一緒なんだよ!」
 「………それはこっちの台詞だっつの。 しっかし………何処まで続くんだ、この密林?」



 背の高い草を掻き分けつつこちらへと近付いて来る音が二人分、しかも仲間同士で言い争いをしているような声が聞き取れた。
 琥珀は会話の内容から彼らが何処ぞの軍から派遣された偵察だろうと判断したのだが、あの様子では偵察もままならないだろう。
 一応は己の得物を装着するを庇うように立ちつつ、ゆるゆるとかぶりを振った。



 『………やはり迷ったか』







 遠目ではあっても一度見てしまった者を放っておくわけにはいかず、と琥珀は仕方なく彼らへと近付く。
 ところが――

 「おわっ! おい第一原住民発見だぜ凌統!? ………なぁお前、俺たちの言葉は解るか?」

 「っ! ちょ、原住民って………いきなり何なのよぉーーー!



 つかみっ。
 ぽいっ。



 「………あーあーよく飛ぶねぇ」
 『………お前、仲間なのに心配はせんのか?』



 挨拶もなしに言われた言葉に腹を立てたに投げ飛ばされる一人の男。
 それを他人事のように見るもう一人に、琥珀は思わずツッコミを入れてしまった。
 一緒に居るところを見ると同じ軍の人間なのだろうが、どうやら仲が悪いらしい。
 その相性の悪い二人を敢えて一緒に寄越す軍の人間もどうかとも琥珀も思った。

 「ねぇ、あなたたち………一体どんな関係なの?」

 が率直に訊けば凌統と呼ばれていた男がさぁね、と笑みを浮かべながら軽く答える。
 これでは益々解らない――実に中途半端な答えだ。
 しかし、この二人は今迄会った事もない類の人間だという事だけは理解出来た。
 未だ疑わしい部分は多々あるが――

 と琥珀は小首を傾げながらも顔を見合わせ、一つ大きく頷いた。



 ――これは興味深い、と――。










 興味本位で彼らを大王の下に連れて行っていいものか悩みどころだが、話を聞いてみるとこの男二人は害がなさそうに感じられた。
 とりあえず居城までの間は目隠しをしてもらい、複雑な道を通る。

 その道中――

 男の一人――甘寧と名乗る方が事ある毎にの逆鱗に触れ、投げ飛ばされたのは言うまでもない。





 「へぇぇ………この密林の中に、立派なもんだねぇ」
 「でしょ? お父ちゃんや仲間たち、みんなが頑張って作ったんだよ!」
 「成る程………そりゃ凄いわ」

 一時の後、三人と一頭は大王の居城に辿り着いた。
 どっしりと地に据える石造りの城を見上げ、凌統が感嘆の息を漏らす。
 最新の技術を以って造られているわけではないが………寧ろその南蛮特有の技術と団結力に感心したらしい。
 しかし、一方の甘寧はというと――



 「なぁ、。 その虎――琥珀って言ったか、物凄くかっけぇな」

 興味の対象は専ら琥珀の方であった。
 確かに北方で育てられている虎に比べれば毛並みもいいし、体躯も大柄だ。
 だが、褒められた琥珀自身は以外――特に余所者に対しては簡単に心を開かない。
 甘寧の褒め言葉にもふん、と鼻を鳴らすばかりで直ぐにそっぽを向いてしまう。

 「だめだよ琥珀。 折角褒めてくれてるんだから、ありがとうの一つくらい言わないと」
 『いや、こやつらに興味はあるが、私は完全に心を許したわけではない。 特にこの男はに失礼な事ばかり言う。 好かんな』
 「んもう………」

 が咎めても好かんの一点張りで取り付く島もない。
 それは城の中に入っても変わらず、大王夫妻に彼らを紹介する際も
 『こやつらは興味深い人間たちだが私は好かん、と伝えてくれ』
 とわざわざ通訳を頼む位である。
 その様子にはやれやれと溜息を吐き、どうしたら仲良くなれるのかなと思案し始めた。
 しかし、そんな彼女の心配は甘寧の一言により違う意味を持つ事になる。



 「よし、決めた! 俺は琥珀に乗ってみるぜ!」

 「はぁっ!? 何でいきなりそうなるのぉ甘寧さん!?」



 幾ら琥珀の体が大きいとしてもその一言はあまりにも唐突だった。
 虎に乗る、というのも稀に見る事だが………初対面と言ってもいい程の相手に乗ろうなど、誰が思いつくだろうか。
 更に言えば当の琥珀は甘寧を忌み嫌っている。

 果たして、その虎に甘寧は見事乗る事が出来るか――。

 人々の目下の興味は、今やこればかりに向けられていた。





 案の定、琥珀は真っ向からその勝負に挑んだ。
 の通訳によると、馴れ合うのも嫌だが逃げるのはもっと嫌だとの事らしい。
 あの手この手で背を狙う甘寧の猛攻?をことごとく退ける琥珀。
 そしてどのような目に遭おうとも決して諦めない甘寧。

 二人の攻防は周りが固唾を呑んで見守る中、長い間続いた。










 その夕方――



 未だ一人と一頭、男の戦いは続いていた。
 後ろから飛び掛られれば投げ飛ばし、正面から挑まれれば自慢の腕で叩きのめす。
 流石は大きな体躯を持つ虎、琥珀だ。
 甘寧の執拗な攻めにも全く怯まず、人間と見間違う程の冷静な判断で返り討ちにした。

 だが、そんな琥珀も次第に崖の端へと追い詰められる。
 何時もはと共に斜陽を眺める、崖にも見える丘。
 それが今は決戦の場となっていた。



 「ぜぇ、ぜぇ………い、いい加減観念したらどうなんだ、琥珀よぉ」
 『お前こそ往生際が悪いぞ甘寧。 さっさと尻尾巻いて帰れ』

 互いに息を切らしつつ悪態を吐く琥珀と甘寧。
 だが、勝負を続けているうちにその顔に笑みが浮かび始めていた。
 男たちが見せる笑顔には、どのような意味が隠されているのか――



 「よ、よし………琥珀、これが最後の勝負だ。 これで負けたら俺は諦めるぜ」
 『承知した。 かかって来い、甘寧』

 辺りが朱に染まり始めた最中、互いに限界を認めたのか甘寧が琥珀に最後の勝負を挑む。
 そして、琥珀が身を低くしたのを合図に決戦の火蓋が切って落とされた――



 ――かに思われた。



 だがしかし――





 ガララッ!!!



 「琥珀っ!?」



 刹那、琥珀の足元が勢いよく崩れ、大きな体が甘寧の目の前から忽然と消えた。










 ――私は、死ぬのか。

 空にその身を委ねながら琥珀は思った。
 丘とはいえ高さはかなりある――眼下の地に叩きつけられれば大怪我だけでは済まされない事を誰よりもよく知っている。
 幼い頃、やんちゃだった自分を庇って堕ちて逝った母親を思い出して琥珀はそっと瞳を伏せた。



 『因果応報、か………』



 刹那――



 「琥珀っ!!!!!」



 己の腕をがしっと掴む逞しいもの。
 恐る恐る顔を上げると、視線の先には身体や腕をいっぱいに伸ばして琥珀を支える甘寧の姿があった。
 腕っぷしに自信があっても流石に琥珀の身体を片腕で支えるのがきついのか、甘寧はくっと僅かに呻く。

 「意地の、張り過ぎだぜ、琥珀………だから、落ちんだ」
 『そこまで言うなら手を離せ甘寧。 お前も落ちるぞ』

 初めは乱暴な言葉遣いや態度でいけ好かない奴だと思っていた甘寧。
 だが今は仲間とは呼べないまでもいい好敵手だと思えるようになった。
 そんな男を、自分のために危険な目に遭わせたくはない。
 琥珀は言葉が通じなくとも心から甘寧に訴えた。
 『お前は、落ちるな』と――



 刹那――



 「んじゃ、遠慮なく」

 「え、えぇぇぇぇぇぇっ!?」



 ぱっ。



 今の琥珀を支える唯一の命綱が断たれた。
 瞬間、その場に居る誰もが甘寧を史上最悪の奴だと思っただろう。



 しかし、甘寧の荒技?はここからが本番だった。



 「おらぁぁぁぁっ! 行っくぜぇ琥珀ぅっっっ!!!」



 刹那、何を思ったのか琥珀を追うように崖下へ身を投じる甘寧。
 そして更に己の得物を手に取ると、今迄一度たりとも出していなかった無双乱舞を発動させたのだ!
 疾風の衣に身を包んだ甘寧が物凄い勢いで崖を駆け下りていき、その手がついに再び琥珀の身体を捉える。
 だが――



 『何をしている、甘寧!?』
 「お前を助けんだよ! って、おわぁぁぁっ!? 勢いが止まんねぇっ!?」
 『………だから何をしている、と言ったのだ』



 やはり無双乱舞といえど、重力には逆らえない。
 琥珀の腕をしかと握ったまま半分堕ちるように地が近付いて来る。
 自分を助けると言ってくれた甘寧の必死な顔を横目で見遣りながら、琥珀はこの非常時にも関わらずふっと笑みを零した。
 そして――







 一人と一頭が地に降り立った時、甘寧の身体は琥珀の背に乗せられていた。
 いや、ここは琥珀が甘寧を乗せてやったと言った方が正しいだろう。
 追って崖下に到着した一同は、男たちが無事だという事と甘寧が琥珀に乗っているという事に驚き、同時に安堵の溜息を吐いた。
 しかし、一番安堵したのはこの崖を見事に降りきった一人と一頭だろう。
 方や甘寧は琥珀の頭をぽんぽんと叩きつつへへ、と笑いを零し、方や琥珀はやれやれ、とかぶりを振りながらもまんざらではない様子を見せている。



 『全く………無茶しおって』
 「お互い様だろ、琥珀」

 「ねぇ、あなたたち………何で普通に会話してんの?」



 男たちにツッコミを入れながら、は不思議に思う一方、動物と会話をするのはそう難しい事じゃないのかなと感じ始めていた。
 以前に琥珀が教えてくれた孫堅という人物、そして――ここに居る甘寧。
 心を通じ合わせる事が出来れば、言葉も理解出来るんだろうな、と。



 「ふぅん………友達って、こんな形でも出来るんだね」
 「そういう事。 男ってさ、拳じゃなきゃ語れない時だってあるんだぜ、
 「んじゃ、あなたと甘寧さんはどうなの、凌統さん?」

 感心しながらも、は隣に居るもう一人の来訪者に尋ねる。
 これは彼らに出会った時からずっとと琥珀の中にあった興味の対象だった。
 しかし当の本人は楽しげに心を交わす相方と虎の方に顔を向けたまま、ニヤリと口角を吊り上げる。
 そして――



 「さぁね」



 初めと同じく、軽い調子で返したのだった――。










 劇終。



 アトガキ

 ども、南蛮シリーズ投下によって勢いをつけようと思っている飛鳥です。

 今回はスランプではないですが、思うように時間が取れなかったのでこちらをアップ。
 比較的書きやすいなーと思っているあの二人を出してみました。
 メインは甘寧さん。
 当サイトのメインで書いていない人物を書こう!と構想を練ってみました。
 そしたらば情報屋が『虎に乗った甘寧』という何かの名作をパクったようなネタを授けてくれまして。
 結果、このよーなお話になりました。
 (因みに、崖を駆け下りるシーンは無双4に出てきた甘寧&凌統のシーンをパクってます←笑)

 うーん、かっこいいんだかただのバカなんだか(←仕様

 これから冬本番。
 そんな寒さを吹き飛ばすような熱い男の戦い?楽しんでいただければ本望です!

 ここまでお読みくださってありがとうございました。

 2009.12.18     飛鳥 拝


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