今日もこの地――南蛮は晴天だ。
 ギラギラと照りつける太陽が否応なしにこの地の気温を上げていく。
 しかし、ここに住む生きとし生けるもの全てにとってこれは当たり前の事である。
 そう――今密林を歩いている一人と一頭にとっても。



 「うん、ここの生き物たちもみんな元気だね、琥珀!」
 『あぁ』

 誰に頼まれたわけでもないのだが、は虎の琥珀を連れて毎日のようにこの密林を訪れては生き物の様子を見る。
 しかし、理由はそれだけではない。
 近頃はこの辺りも物騒になり、しかも北方では今乱世どころではない大変な状態にあると言う。
 そういった意味でも、の自主的な行動には周りの者たちも感心している事だった。



 ――大概は取り越し苦労に終わるの見回り。
 だが――



 事件は突然、やって来たのだった――










 ほんのり事件な落し物










 「ねぇ琥珀、あれ何だろう?」

 鬱蒼と茂る密林を歩いている最中、ふと視界に飛び込む物体。
 形状を見た限り腕輪らしいが、それから発する光はが今迄見た事もないような怪しさを醸し出している。
 これは確か、昨日来た時にはなかった筈だ。
 「怪しいものがあったらヘタに手を出すんじゃねぇぞ!」
 父――孟獲の言葉もあったが、これだけ怪しい物をそのまま放っておくことも出来ない。

 「どうしよう………持って帰ってお父ちゃんに見せた方がいいかな」

 は怪しい物体へと更に近付きながら独り言のように零す。
 しかし――

 『待て、。 この怪しさ…何が起こるか解らん。 まずは私が傍に寄って見てみよう』

 人間並みの慎重さで琥珀が歩みを進めるを制した。
 確かには強い――何せ身体の大きい虎の琥珀を投げてしまうくらいだ。
 しかし、自分は孟獲にこの娘を護る事を誓っている。
 そのの身に何かあっては孟獲に申し訳が立たないし、自分も悲しい。
 ならば――



 琥珀は周囲を注意深く窺いつつ光る物体へと近付く。
 そして、その物体に恐る恐る触れた瞬間――



 「えぇぇぇぇっ!? 琥珀、どうしちゃったのよぉっ!!!!!?」



 目の前で起きたあり得ない現実に、は絶叫を上げた――。













 「――と、いうわけなの」
 「うーん………この状態、流石のアタシにもよく解らないね」
 「うーん、それ何か見た事があるんだけどよ………かぁちゃんが解んねぇならワシにも解んねぇな」

 『………困った事になった。 これではを護るどころか、何も出来ないではないか』



 一時の後――
 は困惑に頭を抱える琥珀を連れて両親の元へと戻って来た。
 勿論、ついさっき起きた事件?の報告と、この先どうしたらいいかを訊くために。
 しかし、突き付けられたあり得ない現実に両親が理解出来るわけもなく――
 の肩にちょこんと乗っている琥珀は、更に頭を悩ませる事となった。



 そう、琥珀の身体は先程の物体が原因で小さくなってしまったのだ。
 その原因となった物体――腕輪のようなもの――は触れた瞬間、吸い込まれるように琥珀の脚にくっついたまま。
 単純な話、琥珀の脚からその物体を外せば元に戻るのだろうが――



 「これだけ密着しちゃってたら、脚を切るしかないよね」
 『ちょ、! お願いだ、それだけは止めてくれ』

 の言うように、それを普通に外すのは不可能だった。
 それでも、琥珀の命が失われたわけではない。
 小さくなった以外、何も変わらないのならそのままでもいいだろうと周りの者たちは言う。
 しかし、の相棒であり用心棒としての琥珀と、琥珀に絶対の信頼を置いている孟獲にとっては由々しき事態だった。
 孟獲は新たな用心棒を用意するべくこの場をさっさと立ち去り、琥珀本人?は依然頭を抱えている。
 そしては――

 「あたしはおっきな琥珀もちっちゃな琥珀も大好きだよ!」

 肩に乗る琥珀の心地いい重みに、満面の笑みを浮かべていた。
 たとえ小さくなっても琥珀は琥珀。
 長年培ってきた絆はそう簡単には切れる事はないのだ。





 ――だが、この事件がこれで終わろう筈もなかった。



 石の扉が大きく開き、転がり込むように入って来る一人の衛兵。
 彼は切れる息を必死に整えながら開口一番、こうのたまった。



 「だ、大王! 今そこで道に迷ってるオッサンを捕まえやした!」

 「「お、オッサン!?」」















 「おら、お前ら離せよ! 俺は別に怪しいモンじゃねぇんだ!」

 「………自分で言ってるところがまず怪しいと思うよ、オッサン」
 「ちょ、こら、オッサンって言うな!」



 衛兵に引き連れられてきた一人の男。
 オッサンという言葉に敏感に反応するところを見ると、彼はオッサンの手前くらいの年齢らしい。
 戦に出るような装束に身を包み、背中には身の丈程の矛を携えている。
 これを見て、怪しくないと誰が言えるだろうか。
 少々の身の危険を感じながらも、は逸早く彼にツッコミを入れたのだった。





 「話せば解るってばよ! 俺は――」

 こちらから聞くまでもなく――
 男は自らを張飛と名乗り、これまでの経緯を皆に語り始めた。



 彼――張飛の話によると――

 現在の北方は孟獲が何時も言うように大変な状態にあるという。
 昔この地を治めていた始皇帝が死の淵から蘇り、暴虐の限りを尽くしているらしいのだ。
 そこで群雄が手を組み、過去の栄光に捕われている死者を再び葬ろうと戦っているというのだが――



 「孟獲を呼びにこっちに来たのはいいんだけどよ、道に迷っちまった上に大事な物を落としちまってな………」
 「そういう事だったのかい、なら仕方ないさね」

 「………ん? ねぇお母ちゃん、その落し物って………」



 張飛の言葉に引っかかり、が話を遮る。
 引っかかったのは道に迷ったという部分と、大事な物を落とした、という部分。
 道に迷うといったらあの密林しかないだろう。
 しかも、落し物に心当たりがあると言えば、現在琥珀の脚にしっかとくっついている腕輪のような物体しか考え付かない。
 だが 「これかも」 とが張飛に向けて口を開いた刹那――



 「あぁぁぁぁっ!? 俺も未だ見た事もねぇ 『肩乗り虎』 が何でここにあるんだよ!? つかその 『武幻』 俺のっ!!!?」
 「「武幻???」」



 突如上がった張飛の叫び声でぽかんと開いた口が塞がらなくなる。
 『武幻』 といった聞いた事もない単語に一同の頭の中が疑問でいっぱいになった。
 だが、それにも構わず張飛の行動は続く。
 だだだと物凄い勢いでの方へ走り寄ると、琥珀の脚から腕輪のような物体を取り外そうとするが――

 「――くっそ、やっぱりダメか」

 簡単に外せない事が解っているかのように己の頭を掻いた。
 そして困惑した表情をその顔に貼り付けたまま、に向かって口を改めて開く。



 「なぁ、それどうしたんだ?」
 「んとね………さっき密林を歩いてたら見付けたの。 んで、琥珀が触ったらちっちゃくなっちゃったの」

 「うーん………そっか、そいつは覚醒すると小さくなるんだな」
 「かくせい?」
 「あーそか、お前らにはいまいち解らねぇか。 これはだな――」



 再び張飛の説明が始まった。
 琥珀の脚にくっついた物体は 『武幻』 というもので、腕か脚に装着すると特別な能力が身に付くらしい。
 そして、今回の事件の渦中にある武幻は 『完全無双覚醒』。
 通常では出せない力を装着した瞬間から引き出す事が出来るという。

 しかし――

 「なんで強くなるはずなのにちっちゃくなっちゃうの?」
 「そこまで俺が知るか!」

 ………確かにその通りである。
 張飛の話では、覚醒すると普段と違う姿になるようだが、その姿は人それぞれ。
 ましてや今覚醒しているのは虎の琥珀。
 虎が覚醒したらどうなるかだなんて、誰も考えもしないだろう。
 それでも持ち主が現れた事で現在の状況が好転する、と当の琥珀は大喜びだ。



 『。 そんな事はいいから、こいつに外し方を訊いてくれ』
 「えーだって琥珀、覚醒するとちっちゃくなるなんて不思議じゃない?」
 『いいから早くするんだ!』
 「おーこわ」

 ――んもう、そんなに焦らなくてもいいのに。



 息せき切ったようにけしかける琥珀にやれやれとかぶりを振ると、は再び張飛に向き直る。
 このお騒がせな物体の外し方を訊くために。

 すると、張飛から発せられた答えに一同が再び目をひん剥いた。



 「そりゃ簡単だぜ。 一回戦闘すりゃいいんだ」
 「「せ、戦闘っ!?」」

 「あぁ。 これはな、戦闘する前に装着するもんなんだ………で、戦った後に外すんだよ」



 これは武幻の効果を考えれば簡単な事だ。
 しかし、この物体が何なのかが解らない人にとってはその答えは容易に導き出せるものではない。
 この簡単かつ難解な解決策にこの場がざわつき始める。

 琥珀よりも強いかも知れないは恐らく琥珀と戦うなんて嫌だと言うに違いない。
 加えて小さくなっても元は強い琥珀だ、彼に勝負を挑む無謀な輩は残念ながらこの地には居なかった。

 さて、どうする――



 「おっ、そうだ。 琥珀って言ったか………お前、ちょっと俺と戦えよ」
 『貴様とか………ふむ、これは面白い。 受けて立とう、と伝えてくれ



 場に居る一同が思案し始めた刹那、落し物の持ち主からふと持ちかけられる提案。
 これは皆にとって願ってもない事だった。
 幸い、立ち直った琥珀自身も非常に乗り気である。
 ならば――





 こうして番外編特別クエスト 『張飛 対 虎』 が発生した――。















 一時の後――
 この戦いは呆気なく幕を閉じる事となる。
 小さくなったとは言え、覚醒した虎を相手に覚醒していない状態では、流石の張飛でも太刀打ち出来なかったらしい。

 「くっそぉ………覚えてやがれ! 次は絶対負けねぇ!」
 「………多分、次はないと思うよ、オッサン」
 「ちょ、オッサンって言うな!」

 身体中に引っかき傷を付けられ、地団太を踏む張飛と捨て台詞のような言葉にツッコミを入れる
 その微笑ましいとも言えるやり取りに、この場には自然と笑いが零れる。

 予期しない形ではあったが、それでもクエスト――勝負は着いた。
 は直ぐに琥珀へ駆け寄ると、脚にくっついていた武幻に手をかけた。
 すると――



 ぱか。



 武幻はあっさりと琥珀の脚から外れ、地に落ちた。
 そしてそれは直ぐに持ち主――張飛の手に戻る。

 「すまねぇな琥珀、迷惑かけちまった」
 『いや………私も久し振りに本気の勝負が出来て楽しかった』
 「………琥珀、強かったぜ」
 『張飛、貴様もな』

 男同士、熱い握手を交わす張飛と琥珀。
 男と男の勝負を終え、その表情には何処か清々しさを感じる。
 だがしかし――



 カチッ。



 張飛が手に戻った武幻 『完全無双覚醒』 を装着した瞬間、その場には何とも言えない空気が流れた。
 彼が覚醒したその姿はなんと――



 ちょーん。



 勇ましいのは纏うオーラなどで解るが、顔が可愛らしい犬そのものではないか。
 醸し出す雰囲気に似つかわしくない可愛い顔。
 それを見て一同が思わず口を揃えて可愛い、と呟いてしまう程だった。



 ――うん、琥珀が可愛くちっちゃくなったんだから、こうなっても不思議じゃないけどさ………



 「張飛さん、あたしね………張飛さんは覚醒しない方がカッコイイと思う」

 「………うん、俺もそう思う………」















 ちょっとした事件はあったものの――
 今日も平穏無事に、一日を終える事が出来そうだ。

 こんな事件も、偶にならばいい刺激にもなるのだろうな。
 そう思いながら、琥珀は元の大きさに戻れた事にホッと胸を撫で下ろしていた。
 そして、は――



 「お父ちゃん、もしかして武幻のこと、知ってた?」
 「おぉよ、ワシも向こうに行った時よく使ってるからな! っつーかやっぱりアレは武幻だったか!」

 「ちょ、お父ちゃん………思い出すのが遅いってばぁぁぁっ!!!!!」



 つかみっ。

 ぽいっ。



 「あぁぁぁぁっ!!! 何でワシが投げられなきゃなんねぇんだよぉぉぉぉぉっ!!!」

 『自業自得だ、孟獲』







 に放り投げられた大王はともかく――



 今日も平穏に、南蛮の夜は更けていく――










 劇終。



 アトガキ

 ども、久し振りの南蛮シリーズ更新でございます。
 今回はスランプでもないのですが…情報屋からいいネタをもらったので速攻執筆。
 ありがとう、情報屋!
 ………プレイしていない人は解らないかも知れませんが、マルチレ2のネタでございます。

 作中に出てくる『肩乗り虎』 はキャラクターの装飾品の一つです。
 装備すると本当に肩にちょーんと乗っていて…必死にしがみ付いているようにも見えます。
 なんとも可愛らしく、そして虎なら…と、情報屋がアイデアを出してくれました。
 そして、覚醒と言えばこの人、張飛の顔の可愛らしさ。
 イラストなどでよく見ると、本当にワンコに見えちゃうのが不思議v
 その辺のネタをぎっしりと凝縮して書かせていただきましたが、いかがでしたか?
 (因みに武幻『完全無双覚醒』、私は未だ入手出来てません。 涙涙なのです)

 近頃、本格的なギャグを書いていなかったのでこの話にてブチ撒けましたが…
 このようなお話でも、楽しんでくださると嬉しいです!

 ここまでお読みくださってありがとうございました。

 2010.04.23     飛鳥 拝


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