雪の舞う季節に似つかない日和。
 自身の力の弱さに逆らうかの如く光を降り注ぐ太陽。
 今は何も見当たらない大地が一斉に芽吹きそうな暖かさがその場を支配している。
 がゆっくりと乾いた大地に身を委ねると…かさ、と既に枯れ果てた草が音を立ててその形を変えた。
 そして、仰向けに寝転がって胸の上で両手を組むと静かに目を閉じ、霞のかかった頭の中で自問自答を繰り返す。

 何度も、何度も…。



 ……………何故、ここに居るの?

      「あの人をこの手で殺めるため」

 ……………何故、殺めるの?

      「『自由』を手に入れるため」

 ……………あなたの 『自由』 って、何?

      「真っ白な心。 呪縛から解き放たれた、心」

 …………… 『呪縛』 ?



      「そう。 この想いは呪縛。 …断たなければならないもの」










熱く燃ゆる想い 冷たく光る刃














 の心のは寂しさでいっぱいになっていた。
 今日は彼女の誕生日。
 「大事な日だから、予定は絶対に入れないで」ってお願いしたのに…。
 やっぱり。
 あの人は…特別な日なんて考えてないのね…。
 力なく項垂れ、大きくため息を吐く。

 「公績の、馬鹿………」










 が凌統に声を掛けたのは三月程前の話である。
 彼には決まった相手が居なかったが…それ故なのか、彼の周りには幾つもの浮ついた話が持ち上がっていた。
 しかし
 「あんな軽い男、やめた方がいいって!」
 親友であるの忠告さえよく聞かず、は長い間胸に秘めていた熱い想いを凌統に伝えた。
 そして…何度となく床を共にし、彼女は『想いが通じ合った』と喜んでいたのだが…その後、女官達やの口から彼の実態を嫌と言う程聞かされて全てを悟った。
 …結局自分も 『慰み者』 なのね、と。
 しかし、そんな事を言われても…急には気持ちの整理がつかない。
 「こんな関係、早く終わりにしなければ…」と思っていても、いざ本人に逢うとその決心が途端に揺らいでしまう。

 二人の時の彼が、優しすぎるから―。










 今宵は執務、だと言っていた。
 ならば、差し入れを持って行っても追い出したりはしないだろう。
 そう思い立ったは、女官に用意させた菓子を盆に乗せて意気揚々と自室から飛び出した。
 これ、持っていきなり行ったら…喜んでくれるかしら。
 ひょっとして…「愛してるよ」って抱きしめてくれちゃったり!
 様々な期待を胸に、彼の部屋へと歩を進める。



 しかし、彼女の期待は儚くも崩れ去っていく。
 その、脆い心と共に………。







 軽い足取りで凌統の執務室に辿り着いたは、入り口の扉に拳を向けた。
 そして、叩こうと手を引いた瞬間…横にある窓の隙間から衣擦れの音に混ざる…
 「んっ…はぁっ」
 溜息にも似た女の喘ぎ声がの耳に飛び込んできた。

 公、績…?

 執務、って…嘘…?

 は言葉もなく、その声を聞いていた。
 菓子を乗せた盆を扉の前に置き、自室へと踵を返そうとするが、その足が動かない。
 耳は依然部屋の中へと集中している。
 あの人は…他の女を抱く時も、優しいのかしら?
 こんな時に限って、不埒な好奇心が頭を過る。
 はその心に任せ、窓の隙間を少し広げて中を覗き込んだ。





 仮眠用の寝台は、微妙に死角に入っているらしい。
 の視線からは少ししか捉えられないが、死角から覗く男女の足が艶かしく蠢き、縺れ合い…淫らな声や音は先程よりも鮮明に聞き取れる。
 「あんっ…んふぅっ」
 「あんたも好きだねぇ…もうこんなになってる」
 凌統の声と同時にぴちゃ、と水を弾くような音が響く。
 「いやっ…やめ…」
 「嫌なわけないだろ? ここは素直に泣いてるぜ?」
 粘膜をかき回す激しい音が響き始め、その音に合わせて女の喘ぎに悲鳴が混ざっていく。
 「あっ! くはっ…あぁんっ! いいっ…! もっと…っ!」
 「もっと? どうして欲しいんだぃ?」
 「いやんっ! 意地悪っ! もう、早くしてぇ…公績、早くぅ…」
 「そんなに焦るなっつの… 夜はこれから、だぜ?」










 は事の全てを聞かず、その場を後にした。
 視線を宙に泳がせ、両手は力なく身体の脇に垂れ下げたまま、とぼとぼと歩を進める。
 瞳には涙が溢れ、零れていく雫は着ている服を濡らし続けるが…それとは裏腹に、下半身には重く熱い感覚が疼く。



 聞かなければ、よかった。

 あの、声は…。
 聞き慣れた声を…私が間違える筈がない。
 公績、貴方は…。
 私の、親友にも、手を出していたのね…。





 心は完全な混沌の中に居た。

 親友にまで手を付けた凌統。
 そして、凌統の誘いを拒まず、逢瀬を重ねていた
 何時から始まっていたのか知らないが、『公績』と呼んでいる事である程度以上の時の長さを感じる。
 自分には「諦めた方がいいよ」だの「別れなよ」だの言っていたくせに…。
 私よりも前から付き合っていたの?
 だから私にあんなことを言ったの?
 解らない。
 彼らの気持ちが、解らない。

 そして。
 自分自身の心さえも解らなくなっていく…。





 ……………公績が、憎いんでしょ?

     でも、愛してるの。

 ……………も、憎いんでしょ?。

     でも、大事な親友なの。 私にとっては。

 ……………じゃ、どうするの?

      「……………」







 の心は混沌の中で、ぼろぼろと音を立てて壊れていった。














 あれからは皆の前に姿を現す事がなかった。
 身近な人間が心配して部屋を訪れても「ごめんなさい…暫くは近寄らないで」の一点張りで、その顔すら見ることが叶わなかった。

 そして、それから一月程経ったある早朝。
 はようやく自身の部屋から出たのであった。







 「…」
 「? …どうしたの? こんな朝早くに」
 の自室の扉を叩く事なく、ずかずかと入り込む。
 右手にはその切っ先を冷たく晒す直刀が鞘から抜かれた状態で握られている。
 しかし、それを構える事をせず、身体の横にぶら下げている。
 そして、顔には柔らかい笑顔が湛えられていたが。



 それは…不自然に貼り付いていただけだった。



 「…許さない」
 笑顔を貼り付けたままが静かに吐き捨てる。
 「えっ…? ? なんかおかしいよ?」
 は彼女から放たれる異様な雰囲気を感じ取ったのか、距離を取るように後ずさりながら訊いた。
 が、の耳に届く事はなく…依然「許さない…」と呟き続けていた。
 そして。
 「許さない…貴女を…。  許さない…!!!!!」
 彼女の口から零れ続ける呟きが叫びに変わった刹那、ぶら下がっていた刀から一筋の閃光が放たれた。





 断末魔の悲鳴と、肉を切り裂く激しい音の後…
 部屋から出るの背中に…どさり、と何かが崩折れた音が小さく響いた―。





 ……………気が済んだ?

      「…まだよ。 まだ終わりじゃない…」














 枯れた大地に寝転がり、自問自答を繰り返す
 その傍らには紅いものがこびり付いた刀が無造作に転がっている。
 そして。
 それは彼女自身をも紅く染め上げていた。
 親友の血で濡れる手を天に翳す。



 「…。
 貴女の血、綺麗ね…。
 でも、私の 『呪縛』 はまだ続いている…」





 遠くから枯れ草を踏みしめるような音が近付いてくる。
 間違いなく、公績の足音。
 は刀を再び握りしめ、血塗られた身体をゆっくりと起こした。
 貴方はどうするかしら…?
 親友を殺した私を、殺める?
 の壊れきった心に妙な恍惚感が過る。
 しかし、それは直ぐに彼女自身の言葉でかき消された。

 「だめ。 それでは私の心は解き放たれない…」

 大地にしっかりと足をつけ、立ち上がる。
 そして、こちらに近付く男の姿を視線の先に捉えた。







 の無残な遺体が発見された時…凌統はの仕業だ、と瞬時に理解した。
 との逢瀬が目撃された事は、僅かに開けられた窓と扉の前に置かれていた菓子の盆が物語っていた。
 「女の嫉妬は怖いのよ」
 以前聞かされていたある女の睦言を今更ながら思い出す。
 俺も、やばいかな…?
 凌統はそう思いながらもに向かって歩を進めた。







 男が目の前に立つ。
 「やっぱり…あんただったのか」
 城内は大騒ぎなんだぜ?と血塗られた女に微笑む。
 しかし、最早今のにはその微笑みすら映らない。
 その瞳はただ…目の前に立つ『呪縛』を断ち切るためだけにあるように。
 の表情が変わらない事を気にも留めず、凌統は腰に手を当てて更に近付いた。
 間近に迫る凌統の顔。
 刹那、の心が突如苦しい程熱く高鳴る。



 あぁ…。
 私の心は…未だ貴方を欲している…。

 「だめ。 このままでは 『呪縛』 から逃れられない」



 かぶりを振り、親友の血に染まった得物を見据える。
 朝日の眩しい光で、紅く反射するそれは、心の中にある煩わしい程の熱い想いを凍らせるように…冷たい光をに与えた。



 ……………そう。

 この冷たく光る刃こそが、今の私の力…。










 刀から冷たい閃光が放たれた。
 の時と同じく、肉が切り裂かれる音がその場に響く。
 「くっ…」と呻き膝を付く凌統の前に倒れる血塗られた身体は、最初見た時よりも更に鮮やかな紅で彩られていた。
 自らの得物を胸に突き立て、天を仰ぐように横たわる
 しかし、その顔は柔らかい微笑みを湛えている。
 それは今までとは違う、心からの笑顔だった。
 口いっぱいに金属の味が広がる。
 横を向き、口腔内に溜まった血をごぼ、と吐き出して再びゆっくりと顔を上げる。
 そして、力の弱まった視線で凌統を見据えながらぽつり、と言葉を零した。



      「…これで、終わる…の、ね」







 凌統は自身に起こった出来事をまるで他人事のように思っていた。
 目の前に転がる紅い塊に言葉を投げつける。



 「殺るなら………なんで、一思いに殺らない?
 なんで…あんたが倒れなきゃならない?
 一体あんたは何がしたかったんだ!」



 「なぁ…教えてくれよ」と既に目が閉じられたに詰め寄り、問いかける。
 刹那。
 事切れたと思っていたの目がかっと見開かれた。
 そして、驚愕の表情を向ける凌統に向かってにぃ、と血に染まった唇の端を吊り上げると…最期の力で凌統の胸座を掴み、熱い想いを凌統にぶつけた。







 「ねぇ…公績。
 一つ、笑えない冗談を…言って、あげようか?



      私は、死んでも、貴方を、許さない……………」










 ……………今度は気が済んだ?

     えぇ。 これで私の心は 『呪縛』 から解き放たれた…。

 ……………本当に、これでよかったの?





 いいの。

      これからは、あの人が 『呪縛』 に囚われればいい……………。










劇終。




アトガキ

すみません…完全ダークです(汗
無駄に改行が多くて更にすみません(ダラ汗
途中、ユルいエロが入ってますので…一応裏扱いです。
とりあえずは放置しますが、ワンクッション置きますのでご了承ください(遅ぇよ

初裏がこんなもんで…しかもその部分が少ないし!
エロに関して…書いているうちに照れが入るんだ、と初めて気付いた管理人。
したがって…今後増える予定ナッシン☆(をい!

死ネタ、ホラー、そしてエロ。
18禁三種の神器が揃いました!(何
実はこれ…当直(本業)中に思い浮かんだネタだったんですよ。
病院に居たから…誰かしらの影響を受けた恐れが(ぇ!?
当初は凌さんと心中する構想でした。
しかし…これじゃあまりにも凌さんがカワイソウ、と(これでも充分カワイソウだろ)。

最後に。
凌さんのファンの皆様。
ごめんなさい! 本当に申し訳ありませんでした!
(私も…これでも凌さん大好きなのよ〜〜〜!)

とりあえず退却!(←とりあえず、て…

ここまで読んでいただき、ホントにありがとうございました!
詳しい裏話は日記にて。

2007.3.5     飛鳥 拝

使用お題『自由』。
(当サイト「短めお題10連発!」より)

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