身を刺すような寒さが和らいできて、穏やかな陽気が広がり始めた頃。
しんと静まり返っていた日々が嘘のように、賑わいを取り戻していた。

 見るものの魂までをも奪ってしまいそうな、その色鮮やかな光景に。






 陽だまりの下、咲き誇る薄紅の色に、惹かれるようにして―――


















春爛漫紀行















 さくさくと音のする地面を踏み締めながら、は空を見上げた。
そこには雲ひとつない快晴が広がっていて。
見事な青が一面を塗り潰している。

 日差しの眩しさを手で遮りながら、は歩いていく。
彼女の前を進んでいる、その背中を追って。
自分と空の間に散乱している、やわらかな色の景色を楽しみながら。

 「

 あちこち忙しなく動かしていた視線を、呼ばれた声の方に向ける。
すると程よく開けた場所に、彼が立っていて。
はそこへ一直線に向かう。

 「ここですか?伯言様」

 「ええ、綺麗でしょう?」

 持ってきていた敷物を広げ、そこに残りの荷物を置く。
空いているところに二人並んで腰を降ろして、上を見れば―――――

 薄紅の他に、少し濃い桃色と逆に薄い色合いの白、それらが犇めき合っている。

 「綺麗ですね―――」

 あまりの絶景にその一言しか、は言うことができなかった。
そんな彼女をとても近い距離から、陸遜は眺め遣っている。
心弾むものを見たときに見ることのできる、華やいだの微笑を。

 「この地に初めて赴いたときに見付けまして―――いつか貴女に見せたいと思っていたのですよ」

 桃や梅の時期が終わり、たくさんの草花が咲き誇る季節になって。
海を渡った先にある島国から来たのだという、この花。
散るときも美しいと言われるそれが、満開になっているのを二人で眺めている。
も話に聞いていただけで、見るのはこれが初めてだった。
陸遜に案内された場所は、空を覆い隠すほど花が敷き詰まっているところで。

 「連れて来て下さって、ありがとうございます」

 花を見上げるのを止め、は陸遜に視線を移す。
最上級の笑みを向ければ、陸遜も満面の笑みを返して。
二人してくすくす笑うと、どちらからともなく、身を寄せ合う。

 「大勢で見るのも楽しいかもしれませんけれど―――」

 「いまは二人で楽しみましょう?」

 兄や従妹のことを考えて言っているのだと、陸遜は分かっている。
けれどいまは、互いがそう望んだから、二人きりだ。
次に来るときはみんな一緒でもいいと思っていても。
いまだけはあまり機会に恵まれないこの状況を満喫したいと願う。

 「はい―――」

 ふわりと笑ったに陸遜も笑い掛け、少しの衣擦れと共に、その影が重なった。


































 この広い天下を統一してから、陸遜とは忙しくなく、それこそ休みなく働いていた。
元々が仕えていた―実の兄が治める―国に、最後まで残っていた国が帰順してから。

 天下統一を祝う宴席で、同時に二人の婚姻が発表されて。
それまでにも関係でそういった騒ぎがあった国であったから。
その事実は、あまりに多くの人間を落胆へ追い遣った。
けれど、統一に大きな役割を果たした二人を祝福する者も多く居て。

 その幸せな空気を暫く味わうのかとも思われていた。

 だが現実はそんなに甘くはない。
統一前、二つの大国の大都督と言う地位にあった二人は、その器を必要とされていて。
まだまだ混乱状態が続いていく国の中を安定させるという大役があった。
荒れた土地の再興や、登用されている人物の采配など。
国の隅から隅までを整えていく、そんな大きな仕事が。

 二人に気を使う者も数人は居たが、そんな悠長なことを言っていられないとは誰もが分かっていて。
誰よりもそれを知っている当人達は、周りの心配を余所に動いていた。
どう頑張っても忙しくなることだけは避けられないから、婚姻だけ先に済ませたのだから、と。

 同じような内容の仕事をしているのに、顔を合わせることも稀だった。
夫婦が、それも結ばれたばかりの二人がそれでいいのか?と周りが思うくらいに。
生活そのものが、完全に擦れ違ってしまっていて。
広大な土地を治めるに当たって首都を移し、地方の統括をする。
そのために自らの目で政治の行渡り具合を確かめる、それで数ヶ月離れているときさえあって。

 二人の努力があって、もう少しくらい手が離れても大丈夫、というところまで漕ぎ付けて。
他の文官達に任せられる仕事が増えてきてから、漸く二人の時間を持てるようになっていた。
それまでは城の一室で生活していたのも、城から程近い場所に邸を建てて。

 やっと、望んだ生活が送れるようになって、陸遜がに一つ提案した。

 地方を回っているときに見付けた、美しい景色の場所まで出掛けないか、と。


































 何度か啄ばむようにして重ねていた唇をそっと離す。
閉じていた目を開ければ、潤んだ瞳と出会って。
その瞼に陸遜は一つ、軽く唇を落とす。
の背に回っていた腕を緩めると、陸遜の背に縋っていた手も離れていった。

 「お昼でも食べましょうか?」

 「ええ」

 陸遜がそう提案すれば、はふふっと笑ってその準備を開始する。
持ってきていた荷物の中にある、箱を引き寄せて。
包みを解いて重ねていた箱を分けると、中から食事が出てきた。
中身はすべて、の手作りだ。

 先程まで口付けていたというのに、その余韻は二人のどこにもない。
ここには花を見に来ていて、食事を楽しみ為に来たのだと、割り切っているからだ。
続きを、と思うのであれば食べ終わってからでも充分で。
それに一緒になって暫く忙しかった反動もあり、いまはこういう長閑な時間を味わいたいという希望もある。

 「いかがですか?」

 「とても美味しいですよ」

 邸に移り住んでから、食事は出来る限りが用意している。
けれどやはり忙しい身であるから、何日かに一度あればいい方で。
それ以外は邸に仕えてくれている女官がしてくれている。
だから、こうやって時間を気にせずの作ったものを堪能できる。
その時間を陸遜は心底満喫していた。

 「どうぞ」

 「ありがとうございます」

 口の中のものを飲み干すと、が飲み物を渡す。
それに礼を言いながら受け取って、陸遜は微笑んだ。
別段これが欲しい、と口に出さなくても、はそれを汲み取って陸遜の欲しいものを出す。
その逆も然り、二人は当然のように遣り取りをする。

 それは、国が統一される前から、見られることで。
同盟を結んでいるとはいえ、遠く離れた国に居るというのに。
二人は必要最低限の書簡で情報を交換し、見事に連携を見せていた。
その書簡の内容を知っている人に首を傾げさせるくらい、普通に。

 「ご馳走様でした」

 「お粗末様でした」

 食事を終えると、二人寄り添って花を眺め遣る。
天気がいいこともあって、そのぬくもりに眠気を誘われて。
争いがなくなったいまでも得物を持ち歩いていても、気が緩むこともあって。

 陸遜はの肩を抱き寄せると、額に唇を落とす。
擽ったそうに目を瞑るその両瞼にも、頬にも。
軽く唇も重ねて、そのまま後ろへと寝転んだ。

 「おやすみなさい」

 「おやすみなさいませ」

 言うと陸遜はを両腕で抱き込み、瞳を閉じた。





























 少し肌寒さを感じて陸遜が目を開けると、日が翳り始めたところだった。
思いの他長い時間眠っていたのだな、と陸遜は考える。
その彼の腕に抱かれるようにして、は未だ眠ったままだ。
その顔を見て、自然と陸遜の顔が綻ぶ。

 初めて出会ったのは戦場で、その次が邸にが引き抜きに遣ってきた。
その瞳の色に一目惚れした相手を、政略を利用してでも手に入れようとして。
上手くいくかは当人しだいだったその取引も、同じ想いでいたことで結ばれて。
統一を掛けての策は、成功しなければ己の命を差し出す覚悟で行なって。

 いまここにこうしているのが、とても幸せだと感じる。

 眠る前と同じようにして、額から唇を滑らせていく。
特に順番を決めているわけでもないのに、何故かいつも同じ道を辿る。
そのことに気が付いたのは、受けるに指摘されてのことだ。
その時は二人で、何故かどこか面白くて、笑い合った。
それからもずっと同じようにしている。

 唇を通り越して、白い首筋へ押し当てると、ん、と小さな声が聞こえた。
ぱっと顔を上げると瞼が震えて、漆黒の瞳が姿を見せた。

 「・・・・・・伯言様?」

 まだどこかぼんやりした瞳で、けれどしっかりと名前を呼ばれる。
疑問系だったのは、あまりに彼が笑っているからなのか。
陸遜が黙っていると、はもう一度その名を呼ぶ。
この呼び方になったのも、婚姻を結んでからだ。
そう思うと更に嬉しさが込み上げてくる。

 「目が覚めましたか?」

 「ええ。起して下さっても良かったですのに」

 そんなことはしませんよ、と陸遜は苦笑する。
己の腕の中で幸せそうな表情で眠っている愛しい人を、誰が無理に起せるものか、と。
結果的には起すようなことをしてしまっていたが、それはそれだ。
そろそろ帰る時間にもちょうどいいだろう、と理由を付けて。

 「帰りましょうか」

 「はい」

 ゆっくりと起き上がって、荷物を片付ける。
寝ていて乱れたの髪を陸遜が梳くと、も同じように陸遜の髪を整えた。
立ち上がりが荷物を持つと陸遜が敷物を畳んで。
それを済ますと彼女の持っていたものをすべて受け取り、帰路に着く。
来たときのように、背に付いていくのではなく、は陸遜に寄り添って。

 「また来ましょう」

 その言葉には小さく頷く。
この景色をまた、次の年同じ季節に。

 「今度は出来れば、子供も一緒に―――」

 耳元で囁かれた言葉に、は頬を染めた。
けれどすぐ、小さな声で、はい、と答える。
増えた家族と来れれば、いま以上に幸せだろうと考えながら。














 春爛漫。

 その薄紅が彩る木の下には、この国の平和を作った二人が寄り添っていた―――――














<こちらは執筆者・葵さんのコメントです>

まずは・・・3周年、ありがとうございます!!
ここまで続けて来られたのも、来て下さる皆様のお蔭です

初めはちょっと記念夢を用意できないかな、って思ってたンですが
ちょうどお花見時期、スコンと話が湧いて降って来たので・・・・・・
サイトメインに当たる二人で書こう!と決めたものの、どの設定で?って悩んでたンです、初め
夫婦設定にするなら長編か、でもあれは此度のヒロインの名前変換がありませんし、主人公が違いますから
でもシリーズの方にしてしまうと、何年後!?ってことになって話のズレが出てきてしまうので
ちょうどいい!って思ったのが昨年、2周年記念の時にプチ連載していたエンパ設定だったンです
そんな感じの記述が文中に出てきますが、それとは別にしても充分読めるものになっていると思います


こちらはフリーとします。お持ち帰りは今月末(4月末)まで
報告などは任意で、気が向いたら教えて下さいませ♪


読んで下さってありがとうございましたっ
これからもよろしくお願いします!!


 <ここからは管理人・飛鳥のコメントです>

 まずは――御前、3周年おめでとーwww (←この場でも『御前』でよいものやら;;
 合同企画を共に進めているアタクシとしても自分の事のようにうれしゅーございます!

 いや、流石は御前! 降って湧いたようなお話(←失礼)でもすんなり書けてしまうとは!
 イラストもそうですが…書き手(描き手)の早さには何時も感服いたしますです。
 しかも…今回のお話は私も大のお気に入りとしているあのプチ連載の外伝ときたもんだwww
 これが黙って見ていられるかってんだ!(←いい加減 落 ち 着 け

 御前のお話には何時もふんわりと包み込まれるような想いを抱くんですが…
 やはり今回もそんな優しいお話で、思わずヒロインに嫉妬してしまう自分が(←だ か ら?
 お花見、いいですねぇ…しかも愛するダンナ様と一緒だなんてwww
 恋するオトメであれば一度は妄想する場面を、見事に再現しておられます。

 こんな素敵なお話、私のよーなフトドキモノ(をい)が貰っていいものか…些かおこがましいとは思いますが――
 予告もしましたし、しっかりといただきましたぜ、御前♪

 とゆーわけで(汗)、アタクシの方こそ今後ともよろしくお願い致します。
 このお話は家宝として日々拝ませていただきます!(←ウザwww


 2009.04.08   飛鳥 拝礼




ブラウザを閉じてください!