いまの世は戦国乱世。
嘗て遥か昔、海を渡った大陸で起こっていたような、天下を賭けての戦乱が続いている。

 その舞台となっている日の本全土の北方、奥州と呼ばれているところ。
いくつかある城の一つで、奥州の王と称されている少年が暮らしていた。

 奥州が王・独眼竜と畏怖にも値する呼び名を持つ少年、伊達政宗が城で―――


















手を伸ばせば届く距離















 夏と雖も涼しい気候の奥州の土地。
政宗自ら居城と定める城の、廊下に一つの影があった。
右目を黒い眼帯で覆い、紺の絣を着流している少年。
彼こそがこの城の主、伊達政宗だ。

 何を考えているのか、物思いに耽っているのが一目で分かる。
廊下に寝転び、片腕を枕にして。
空いているもう片手は、高く青い空へと伸ばして。

 「届かぬ、か―――」

 いまは他の誰かが手に入れている状態の天下、それを政宗は常に狙っている。
そのことは彼の臣下ならば、誰でも知っていること。
だから、いま彼が呟いた一言を聞いても、天下のことだろうとしか思わないはず。
でも、彼がいま考えていることは天下云々ではない。
それは、彼の腹心中の腹心である小十郎が見れば、分かること。
いまの政宗は天下を狙っている大名の顔をしていない。
ある一つのことに悩み続けている、年相応の少年の顔だ、と。

 思春期の少年そのものだ、と。

 「何に届かないんです?政宗様」

 目を瞑って、空へと向けていた手で顔を覆っていた政宗の頭上から声が掛かる。
さらさらとした、冬の奥州では珍しくもない雪を思わせる声。
近付いてきていたその気配に気付いていなかった政宗は、ハッと驚いて目を開ける。

 「あら、驚かせてしまいましたか?」

 ちょっと困ったような笑みを浮かべて、政宗の顔を覗き込んでいるのは、一人の少女。
少女といっても、実のところ、政宗より二つ三つ年上だ。
長い髪を左肩の上辺りで一つに結んでいる。

 「・・・

 ポツリ政宗が少女の名を呼べば、はい?と返事しながら、彼女は腰を降ろした。
政宗より若干薄い色の絣を着ている彼女は、やわらかい笑みを湛えたまま。

 「どうかされました?政宗様。何かお悩みの様子ですけど」

 「いや、何でもない」

 寝ていた政宗も身を起こし、と並ぶように座る。
悩みを、悩みの原因である本人に聞いてもらうわけにもいかず。
だから頭を振って口を噤んだ。

 ここ最近の政宗の悩みの種―――
それは正に、彼の隣で微笑んでいるにあった。
いまここでこうして並んでいる彼女は、政宗臣下の一人だ。
普段の装いや雰囲気からは到底考えられないが、戦場に出れば信頼できる将になる。
女だと侮っていれば、一瞬で命を取られるほど、彼女の腕は素晴らしいものだ。

 そんな彼女に、政宗は純粋な恋心を抱いていた。
普段の彼を知る者ならば、彼らしくないと言うくらい、消極的な。
何に対しても積極的に動く政宗だというのに、にだけは行動に出られない。
それが抱えている悩みだ。

 ちらりと横目での様子を窺えば、それに気付いてか目が合う。
目が合うと必ずと言っていいほど、彼女は穏やかな笑みを見せる。
例外なくその笑みを向けられて、政宗は慌てて顔を背けた。
微かに赤くなっているであろう顔を見られないように。

 「政宗様」

 「何じゃ?」

 何も言えない沈黙が続いて、どうしようか悩み出す。
何か楽しい話題はないものか、考えてみても何もない。
少し動かせば触れれる位置にある手に触れてみたい、そう思っても出来ない。

 「では悩み解決のお役に立てませんか?」

 心配している、と表に出ている顔で問われて、政宗は暫し考え込んだ。



















 「その格好はどうにかならぬか?」

 所変わって、政宗とは広い城のとある庭へと来ていた。
 向かい合うように立っている二人の手には、一振りの刃。

 「あら、どうしてです?」

 (目のやり場に困るではないか・・・)

 額に手を当てて、はぁっとため息を吐きたくなるのを堪える。
 政宗の目はを見ているようで、見ていない。
 顔は何とかまともに捉えられるのだが、すすっと視線を下へと下げていけば・・・・・・

 が問いに政宗は気を紛らわすための手合わせを申し込んだ。
 政宗自身、奥州王として刀を握り、もまたその臣下として刃を持つ。
普段は決してこういう風に向き合うことはないのだが、一度打ち合っ
てみたいという思いはあった。
だから、敢えてこの状況を作り出したのだが―――

 些か困った様子の政宗に、は首を傾げているだけだ。
自分がそうしているというのに、まったく自覚などない。
それも当たり前といえば当たり前のことなのだ、本人にしてみれば。

 廊下で話していたままの装いな二人は、自らの得物だけを取りに一度別れた。
そしてこの庭に差もなく現れて。
その時に政宗は内心ぎょっとしていた。

 政宗の得物は言うまでもなく、刀と拳銃。
でもいまは銃のほうは持ち合わせていない。
いくら真剣で打ち合うといっても、銃を城内で発砲するわけにはいかないから。

 対するの得物は、薙刀だ。
身長より少し長めのそれを、難なく操る。
そして政宗を困らせているのが、その格好。
小袖の裾を割り軽くたくし上げていて、太ももの途中から白く艶かしい足が覗いている。

 生足が見れて、嬉しくないわけではない。
ではないが、それで動くというのが問題なのだ。

 「戦場でも似たようなものではないですか」

 「それはそうじゃが・・・」

 確かに、戦場でも彼女は大盤振る舞いといって良いほど、足を出している。
その上、その格好で馬にまで乗る。
だから、相当際どいところまで見えるといえば見える。

 けれど、それはやはり戦場と日常の違い。

 戦場では皆、生きることに、眼前の敵と戦うことに必死でそこまで気にしていない。
決戦前ならば、それこそちらりちらりと視線を送っている者も居るが。

 でもいまは、命の危険にあるわけではなく。
寧ろ遊びにも近い状態のときで。
その上、特別な想いを抱いている者がそのような格好でいれば、どうしても目は行ってしまう。

 「とにかく、始めるか」

 我を忘れる前に、政宗はすらりと刀を抜いた。
チャキッと音をさせて構えると、呼応するようにも薙刀を構える

その瞬間から二人の瞳は真剣になり、周りの空気も一変した。

 その装いは普段着のままであれ、瞳と纏う空気だけは戦場に立つ武将となる。





























 打ち合いは楽しんだものの、政宗の根本的な悩みは解決していない。
消えてなくなれば楽なのかもしれないが、逆にそれは募っていくばかり。

 畳の上で壁に背を預け胡坐を掻いていた政宗は、片膝だけを立てて、その上に額を乗せた。
もう外は夜の帳が降りきっていて、暗い。
夜にもなれば、いくら夏でも奥州は寒い。

 ひんやりとした空気の中で灯りが一つだけ燈り、政宗は一人酒を煽っていた。

 相当酔いが回ってきているのか、目は大分虚ろになっている。
杯を持つ手も、だらりと下がってしまっていた。
そこに酒を足す気力もないのか、はたまた眠ってしまったのかピクリとも動かない。

 スッと音もせず、襖が開いた。
その気配だけを感じ取ったのか、政宗は顔を伏せたままでポツポツと話し出す。

 「本当のことを言おうとすれば、何も言えぬ」

 政宗がこの部屋で飲んでいるのを知っているのは、腹心である小十郎だけだ。
だから追加の酒を持ってくるのも、彼だけ。
そう思い込んでいる政宗は尚も話す。

 「どうでもよい者には分かっていて、何故知って欲しい本人にだけは届かぬ?」

 酔いのせいだろう、政宗は自分で何を言っているのか分かっていない様子だ。
部屋に入ってきた人間が真横に腰を降ろそうとしても、気付く素振りはない。

 「うかうかしておったら、わしにもあやつにも縁談の話が来る―――」

 政宗達はもう結構いい年だ。
政宗は伊達家の当主として、ちゃんとした正妻を迎える義務がある。
そしても・・・ただの少女であれば当の昔に縁談が来ていただろう。
それを裏で潰していたに過ぎない。
政宗自身に縁談が持ちかけられ始めると、裏で手回しすることも叶わなくなる。

 「ただ一言・・・に言えば済む話なのだがな」

 「・・・何と、仰るのです?」

 「好きじゃ、愛しておる、と―――――!?」

 横に座る者から止めた言葉を促されて、さらりと口にする。してから違和感に気が付いたのか、バッと政宗は勢いよく顔を上げた 。
横を見れば、至近距離に想い人の顔があった。
微かに染まった頬で、はにかむ様に笑っている顔が。

 「何故がここに居るのじゃ!?」

 「小十郎様に、お酒を持っていって暫く政宗様に付きあって下さい、と言われましたから」

 くすくす笑っては政宗と同じように壁へ背を預ける。
ぴったりと横に寄り添うようにして、昼間よりも近い距離で。

 「ねぇ、政宗様。いまわたしが何を思っているか、分かります?」

 「いや・・・・・・」

 分からぬ、と政宗は首を振る。
驚きで少し酔いが醒めたのか、幾分か返答がしっかりとしていた。
その政宗が持つ杯に、持ってきた新たな酒をは注いだ。
政宗の手の上から重ねるように杯を取ると、少し口を付けた。

 「嬉しいんです、凄く―――」



















 「んっ!?―――――ぅんっ・・・」

 耳元で聞こえた言葉を、いいように解釈して、政宗はの口を塞いだ。
驚いて付いてきていない彼女の口内を舌で弄り、充分味わってから放す。

 「好きじゃ、。先程の言葉、わしの思うように取っていいんじゃな?」

 「はい―――」

 荒らされた息を整えて、はこくり頷いた。
是を得て、政宗は力いっぱい彼女を抱き締める。
も抗うことなく、口付けで赤くなった顔を隠すように政宗の胸へと埋めた。

 「夢ではないな?」

 「よろしければ・・・・・・頬を抓って差し上げましょうか?」

 「遠慮する」

 先程まで酔っていたせいなのか、想い通ったことに政宗は現実感がなかった。
それを正直に口にすれば、やわらかい笑顔で遠慮したい言葉を掛けられる。

 「政宗様、まだ飲まれますか?」

 「もうよい。・・・・・・自棄酒は終わりじゃ」

 「何か言われました?」

 「何もないわ!」

 ボソッと呟いたのが微かに聞こえたのか、は顔を覗き込んで聞き返す。
都合が悪いわけでもないのに、政宗はそれを強く制す。
も、それ以上聞こうとはしかなった。

 穏やかな時間、二人寄り添って手を繋いで。
























 「小十郎!」

 「何ですか?政宗様。朝早くからお元気なことで」

 「わしの嫁の世話は要らぬ!そう、皆に伝えておけ」

 (なるほど、そういうことで)

 「何々?何の話?」

 「成実には関係ないことじゃ」

 「何それ、酷いな」

 「まあまあ。政宗様、良かったですね。けれど心を広く持っていな
いと、すぐに嫌われますよ」

 「う、うるさいわ、馬鹿め!!」






 (政宗様の悩みは解決した、ってことですよ)

 (ああ、そういうこと。良かったじゃん)



















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↓こちらは葵さんのコメントです↓

13600Hit、ありがとうございます!
飛鳥様へ、戦国無双は伊達政宗『手を伸ばせば届く距離』をお届けしましたv


この度もキリ番申告、ありがとうございます〜
戦国武将に初挑戦させて頂きました!


ヒロインは年上武将とのご希望でした。(年上なのか定かじゃなくなっちゃいましたけどね;;)
デフォルト名はこちらで考えさせて頂きました
由来は“涼やかで、凛とした鈴の音の雰囲気を持つ少女”をイメージしたところからです
のほほん天然なヒロインになりましたが><;


今回、内容は飛鳥さんが配布しているお題の中から選んでください、
とのことでしたので・・・
新しく更新されたばかりの『何(なに)』な10のお題、より
【そこにある、何か】を使わせて頂きました
お題に沿ってるような沿ってないようなでスミマセンw


今回も前回同様、お持ち帰り&苦情は飛鳥さんのみです
ご感想はどなたからでもv
では、13600Hit、本当にありがとうございました!!


P.S ヒロインイラスト、今回は見た目・デザイン(服)共に納得いく出来になりました〜
    が、もう暫しお待ち下さいませ(申し訳ありません^^;; )



↓こちらは飛鳥@管理人のコメントです↓

うぎゃぁ〜っ!
と、例の様に悲鳴から始まりました管理人の嬉しさ120%のこめんと!
最近頂き物ばかりで申し訳ないと思いつつ………。
キリ番ゲッターの私に付き合ってくださるのは嬉しいのですが…
本当に大丈夫なのか!?葵さんっ!
お姐さん、心配になりますよ orz
…と言いつついつもリクエストしちゃうんですけどね(汗

此度は戦国無双から…政宗夢を。
周知の事実ですが、管理人たら眼帯隻眼萌えでございまして。
政宗書いて!とワガママを申しましたところ、見事な萌え夢で返ってまいりました!
まちゃがカワイイんですよ!ヒロインちゃんよりも可愛いんです!
こんな純情な恋模様…既に随分とオバハンになったアタクシにはとても真似できません!
本当に幸せものです…アタクシ。
しかも、この作品のヒロインちゃんのイラストを書いてくださって…
二重の喜びが管理人を襲っておりますw
(ヒロインイラストはこちらから)

少々長くなりましたが…(汗
ここまで懇意にしていただいていいのか!と完全にゴロニャン状態の管理人ですけれど…
これからも宜しくお願い致します orz
本当に、本当にありがとうございましたw



2008.01.17   飛鳥@管理人 拝礼




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