偽りと真実。
嘘は本当を隠すもの。
本当は嘘を潜ませているもの。
相反し共存しているもの。
嘘が全て嘘だとは限らず。
また本当が全て本当だとも限らない。
嘘が在りて真実が在り得。
真実が在り得てこそ嘘もまた在り得る。
―真実なる本当を知ることはその裏に潜む嘘を知ることなり―
嘘の嘘となりて真
この世に生を受けて早十七年。
偉大なる父を持ち、そして朗らかなやさしい母を持つ。
住んでいる所は父の治める国の、首都となる町の城。
華やかさには欠けていても、人々のぬくもりが宿ったそこは、過ごし易くて好きだ。
堅牢な城壁に囲まれている城下町も、そこに住む人達も、大好き。
たくさんの女官と、父の臣下に囲まれて育ってきた私。
みんなやさしくて楽しくて、時には怒られるけど。
ずっとずっとこの生活が続けばいいと思っていたのに。
どうして些細な願いが叶わないのか。
別に豪華な食事なんて要らない。
煌びやかな衣装も、装飾品も要らない。
みんなと同じ待遇でいい、そこに格差なんて欲しくない。
いかにも身分の高い家の娘、何ていう肩書きはもっと要らない。
身分も肩書きも、なければ良かったのに。
いまその大きなもののせいで、自分の望む生活が崩れようとしている。
実際には何も変わらないのかもしれないけど、見た目では。
でも私の中では確実に、とても大きく変わってしまう。
いまとなっては忌み嫌う自分の立場だけど、これがなかったら出逢うことも出来なかった人が居る。
それには感謝しているけど、いまはそれ故の哀しみが大きくて。
嫌です、私はずっとここに居たい。
そう言えたなら、どれほど楽なことか。
けれど言うことは許されないし、周りに凄く迷惑を掛けることになる。
みんなに要らぬ心配をさせることになって。
あの人の困った顔を見なければいけなくなる。
だから、だから私は―――――
「分かりました、お父様。そのお話、進めて下さい」
国の第一皇女としての役目を果たす。
私が初めて彼に会ったのは、もう二年近く前になる。
まだまだ遊びたくて、外の世界が知りたかった年頃で。
課せられた勉強も楽しかったけど、他のことも知りたかった時に、私の前に現れた。
「姜伯約です。よろしくお願いします、様」
軍師の諸葛亮が出ていた戦で、連れ帰ってきた人。
年が近いから勉強相手にどうか、と父に引き合わされた。
麒麟児と謳われている彼は諸葛亮の弟子になるのだと言っていて。
「、でいいです。よろしく、伯約」
綺麗な顔に暫し見惚れて、それからすっと手を差し出した。
意図を汲み取ってくれた彼は握り返してくれて。
二人して少し、笑った。
伯約とは直ぐに打ち解けて。
元々城の中を歩き回るのが好きだった私は、案内役をしてみたり。
来ては駄目だ、と趙雲や馬超に言われていた鍛錬場に顔を出したりして。
流石に執務中の彼を邪魔することはしないけど、槍を振るっている姿を見に行って。
勉強をする時間になれば、厳しいけれど凄く丁寧に分かり易く教えてくれる。
ずっと同じようなことばかり学んでいたから、退屈になりかけていた時間が変わった気がした。
時にはいままで知りもしなかったことを教えてくれる。
そんなちょっとした雑学でさえも、笑顔で解いてくれるから楽しくて。
「ね、伯約。城下に行かない?」
「え?でも、勉強は?」
「今日は特別。お父様に許可は頂いたし、伯約となら行っても良いって」
「そう。じゃあ、行こうか」
戦乱が激しくなるにつれ、城下へ出ることさえも中々出来なくなっていて。
それでも城の中から見える街に出たくて、頼み込んだ。
駄目だと言う父達を説得するときに伯約の名前を出せば、するり許可が下りたのだ。
曰く、姜維が共に居るなら問題ない、と。
街へ出てみれば、外の騒ぎなど知らない様子で賑わっている。
実際に己も知っているわけじゃないけど、話としてはよく聞いていた。
いざとなれば、この身も平和のために使われる、ということも。
伯約は城下に詳しかった、私よりも。
市場の情勢などを調べるために、定期的に下りてきていたらしい。
装飾品の置いてある店を回り、雑貨屋に顔を出し、自分も知らなかった甘味屋で休憩する。
とても楽しい時間だった。
度々彼の姿が見えないときもあって。
事情を知っていそうな人に聞けば、戦に出ていると聞かされた。
それだけで不安に襲われ、怖い考えばかりが浮かんでくる。
帰ってこなかったらどうしよう。
大きな怪我を負っていたら。
無事に凱旋してきて、己の目で無事を確認するまで、気が気でなく。
ただいま、と笑っている彼を前にして涙が出たときもあった。
それを周りの人間が誤解して、伯約を責め立てたこともあったけれど。
けど、こういう日々を過ごしている間に、気付いた。
私は、伯約が好きなんだって。
いよいよどの国とも争いが激しくなってきて。
民や臣下を大切にする父が日々心を痛めているのを見るようになった。
ずっと続くと思っていた国の平和も、脅かされるようになって。
そんな情勢が私の耳にも入るようになって、話が持ち出されてきた。
伯約と出会った頃とは違う、私ももう一人の女だ。
近いうちにあるだろうとは思っていたけれど。
幼い頃から言われてきたことでもあったから、覚悟も出来ているつもりだった。
多分、この想いを知るまでなら、躊躇いなどしなかったのに。
恋も何も知らないままだった二年前の私なら、決められた通りに振舞っていた。
国の安定を護るために、力の強い一族の元へ嫁ぐこと。
それが国主の娘としての役目だと、分かっていたから。
何の感情もなく、例え自分の娘でも外交に使うことに心を痛める父のために、働いていたのに。
いまは、嫌だった。
好きな人がいて、その人と一緒に居たい。
そう思うことが悪いことだとは思わない。
でも、そのことをどうしても父には言えなかった。
国のこれからを考え、悩み、悲しんでいる父を見てしまったら、言えなかった。
出かけていた言葉を飲み込んで、黙っているしかなくて。
「。私と勉強するのは今日で最後だから」
「え!?どうして・・・・・・」
「に婚礼の話が出てるだろう?その準備のためにね」
嫁に行く前の若い娘の傍に年頃の男が居るのは体裁が悪い、そういうことだった。
勉強を始める前に言われて、その日はずっと会話もなくて。
ただ重い空気だけが二人の間に流れてた。
そして別れのときに、言われた。
「もう私のことを字で呼んではいけないよ。これからは姜維、と呼んで下さいね、様」
何かが崩れていくような音がした。
多分、私と彼の間にあった地面がなくなって、溝が出来た音。
もう近付けないのだと、思い知らされた。
これでこのまま、何も伝えないまま、この地から離れていくことになる。
この胸にある想いだけを持って、顔も知らぬ人のところへ。
悲しくて哀しくて、でも涙は流れなくて、現実だけが押し寄せてきた。
「本当にいいのか?」
「うん、この国を護るためでしょう?だから私のことは気にしないで、お父様」
いくつかあった縁談のうち、最も好条件の一つが纏まろうとしてた。
その直前、呼び出されてみれば最終確認で。
酷く悲しい顔をしながら聞いてきた父に、笑って見せた。
もうずっと伯約とは会っていない。
あの勉強の日を最後に、私は城内でさえも歩くことが少なくなった。
身の回りの世話をしてくれる女官に、いろいろと教え込まれ。
数人は付いてきてくれるが、そうでない者とは別れを惜しんで。
声を聞いていない、目も合わない。
でも私は時々伯約の姿を目にしていた。
部屋から望める庭に、誰かと共に居るのを、何度か。
その場所から私の部屋が見えるのは知っているはずなのに、こちらを見る気配さえなかった。
もう覚えてさえいないのか、気に留めるほどでもない存在なのか。
いいことなんて思い付くはずもなく、悪いことばかり考えて。
姿を見ることさえ辛くなってきて、早く国を出たいとも思い始めていた。
ずっと居たい、離れたくないと思っていたここから。
「しかし私はお前に辛いことを強いたくはないのだ」
「お父様・・・・・・ありがとう」
この時代、この時世、親兄弟であろうとも情けはない。
特に上に立つものにとって、道具としても使われるというのに。
やさしい父を持って、本当に幸せだったと思う。
この国に居て、たくさんの人に出会って、凄く幸せな日々を過ごせて。
だから、後悔はしないように。
父に礼を言って、心配させないように笑うと、部屋を出た。
後悔はしないと決めたら、早いほうがいい。
いつ縁談が決まってもいいように身の回りだけは纏めてあるから。
あとは気持ちの整理だけ。
久しぶりに歩く城内は何故かしんとしていて。
人が居る筈なのに静かなそこを一人歩く。
誰にも会わないで目的の部屋に辿り着く。
少し身構えて扉を叩いてみても、何の反応も返ってこない。
扉を押してみれば難なく開き、するりと中に身体を滑らせた。
まだ日のあるうちにこの部屋に来てから、どのくらい時間が経ったのか。
窓の外が徐々に暗くなっていくのを、じっと眺めていた。
椅子に座るでもなく、ただ窓の傍に佇んで。
ぎぃと重たい音がして、暗くなっていた部屋に一筋の光が入ってきた。
自分のところまで届いてこない光を見遣る。
そしてその先、逆光で顔が見えない人を見た。
顔が確認できなくても、誰なのか分かる。
自分が待っていた、この部屋の主だ。
「誰か居るのか?」
向こうから私の姿は見えていない筈だけれど。
動いたつもりもなかったけれど、気配で分かるのだろう。
やはり戦場に立つ武将だと、そんなところで実感する。
こつん、と一歩踏み出せば、はっと息を呑むのが伝わってきた。
扉がゆっくりと閉まる中、一歩一歩近付いていく。
「、どうして―――」
そんなに驚くことなのだろうか、彼は目を見張っている。
その顔があまりに意外で、くすりと笑う。
「久しぶり、伯約」
名前の呼び方を直すように言われてから、話すのは初めてだ。
だから直さなくてもいいだろう、どうせこれで最後だから。
「最後に会っておこうと思って」
「そう。縁談が決まったのか」
こくんと頷けば、そうか、と納得された。
少し闇に慣れてきた目でも、彼がどんな顔をしているのか分からない。
でも見えないから言えることもある。
「だったらこんなところに来てたら駄目じゃないか」
「いいの。用が済めば戻るから」
「用って?」
手を伸ばしても、届かない距離。
私の手はもう頑張っても届かないから、捉まえてくれるものがないから。
「あのね、私、伯約が好きなの。凄くすごく好きだった」
この気持ちを持て余したまま嫁げば、後悔すると思ったから。
伝えてすっきりして、国を出て行きたかった。
だから、ここに来た。
「嫁ぐ前に、どうしてもそれだけ伝えておきたかったから」
ごめんね、と一言、彼の横を過ぎる。
扉に手を掛けて、身を翻す。
これで国を出る準備は終わった。
「っ!」
強い力で引き戻され、何かにふわりと包まれた。
凄くあたたかい、でも頭が付いていかなくて。
何?って考えだけがぐるぐる回る。
「私も貴方が好きだ」
嘘だって、思った。
だって、そんな素振り全然なくて。
仲が良かったけど、凄く良くしてくれたけど、妹みたいなものだと思ってたから。
「嘘・・・・・・」
「嘘じゃない」
少しだけぬくもりが離れて、直後くちびるにあたたかいものが触れた。
口付けられたって、暫くしてから分かって。
真っ赤になっているだろう顔を、伯約の身体に押し付けた。
「ありがとう、伯約。これで私、思い残すことないよ」
そっと身体を離して、今度は自分から口付けた。
この想いに答えてもらって、確かなぬくもりをもらって。
もう燻っていたものはない。
「さようなら」
想いが通じても、一緒には居られないから。
だから、ありがとう、さようなら。
顔を見ないで、伯約の部屋を後にした。
「―――――え?」
数日後、父に呼び出されて、会いに行った。
縁談が纏まったという知らせだろうと思って行った先で聞かされたのは、予想もしなかったこと。
「お父様、いま、何て―――――」
「、縁談はなかったことになった」
続けられていた縁談の破棄、だった。
もうあと少しだったものが、どうしていま駄目になったのか分からない。
本当に、何が起こったのか。
「。お前に想う相手がいるのに、無理に嫁がせたくはないのだ」
驚いた。
父が何を言ったのか、聞き間違えかと思うくらい驚いた。
何故、自分に想う相手がいるのを知っているのか。
言った覚えはなくて、誰かから聞いたのか。
「お父様、何で・・・」
「教えてくれた者がいるからな」
それに、と父は続けた。
もう私は呆然とするしかなくて、流れてくる言葉を聞いているだけ。
「想いが通じ合っているのなら尚のこと。大切にな」
「ありがとう!お父様」
退室を許されてもいないのに、部屋を出た。
廊下を走ってはいけないのを分かっているけど、早く行きたい場所がある。
彼に早く言いたい、嫁がなくてよくなった、と。
捜す彼の姿が見付からない。
執務室に行っても、諸葛亮のところにも。
鍛錬場に行っても、誰も彼の行方を知らなかった。
分かる場所を全部捜して、でもどこにも居なくて。
この嬉しさを伝えたいのに、その本人が居ない。
どうして、どこに、って息が切れるくらい捜して。
あ、もしかして、あそこに。
思い立ったのは城の一角にある庭だった。
自分の部屋から見える、小さいけれど気に入っているあの場所。
庭に行くと、私の部屋を見上げている彼の姿が在った。
やっと見付けて、嬉しさが込み上げてきて、名を呼びながら抱き付いた。
「伯約!」
―好きだから、ずっと一緒に居て下さい―
この瞬間が嘘だと言うのなら。
どれが本当?何が真実?
自分が疑うものが嘘。
自分が信じるものが本当。
だから―――
―これが、嘘だというのなら
真にしてしまえばいい―
<こちらは執筆者・葵さんのコメントです>
15300Hit踏んで下さった飛鳥さんに捧げます!
姜維夢『嘘の嘘となりて真』でした
や、長らくお待たせしてしまってスミマセン
そして3回目の申告、本当にありがとうございます!
リクエストはお題提供でした
いくつかあったお題の中から“それが、嘘だというのなら”を使わせて頂きました〜
お相手は凌統か姜維か戦国の三成か、とのことでしたが
凌統はキリリクの登場が多く、三成じゃちょっとお題からして書き難いと感じたので姜維を
ゴメンナサイ、私の勝手で決めてしまいました;;
その上、凄く長くなってしまって
裏話、と言える様な制作裏話はないンですが・・・
その辺りはメールにて本人にお伝えしたいと思います!
では、本当に15300Hit、ありがとうございました!!
これからもどうぞよろしくv
<ここからは管理人・飛鳥のコメントです>
うわ、忘れた頃のキリリク!
ありがとうごぜーますだ!!!(←マジで忘れていたフトドキ者)
二度あることは三度あるという言葉の通り、本当に三度踏んでしまったんですよ、キリ番を!!
それが…合同企画が持ち上がって消えたと思っていたんですが…
いや、感謝です!
しかも、ウチの散らかし放題のお題をしっかり使ってくれているじゃありませんか!
これはもうサイト管理者冥利に尽きるというもので!
三つ指突いて押し戴きます!
返せって言われてももう返しませんよ〜www
※ちなみにヒロイン画も戴いております! こちらからどうぞ。
しかし…どうやったらこんな柔らかいキョンキョンを書けるのか!?
と尊敬に似た思いを抱きつつ、感謝の言葉に変えさせていただきます。
いつもいつもありがとうございます!
そして…こちらこそ、今後とも宜しくお願い致します!
2008.06.03 飛鳥 拝礼
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