いつものように筆を執り作業を黙々とこなす呉の軍師。


少年の面影も消えない年齢でありながら、その知略は呉を代表するほどのもの。


並みの人間の倍の仕事量をなんなくこなす様は立派というほかない。







あなたは私の誇り













すらすらと流すように動かしていた筆先を止めて外を見る。


いつの間にか日も完璧に落ち、空には星が輝いている。


墨がそろそろ無くなるな、と考えながら陸遜は筆を置いた。


大きく伸びをして喉を潤そうと腰を上げたところ侍女が扉を叩く。


「はい、どうぞ」


深くお辞儀をし、一人の侍女が中へと入ってくる。


「お茶をお持ちしました」


その狙ったような丁度良さに陸遜は口を綻ばせた。


「それから、こちら墨です。補充なさってくださいませ」


陸遜は目を丸くした。


「ありがとうごさいます、助かります」


このようなことは最近よくあった。


猛暑に見舞われ今夜は寝苦しくなりそうだ、と思った夜は氷が入った桶が部屋に運ばれていたりもした。


「あなたが、いつもしてくださっているのですか」


お礼を言おうと陸遜は侍女に微笑んだ。


だが、侍女はいいえ、と首を振った。


首をかしげると侍女は頭を下げ、言葉を発す。


殿より仰せられましたので、お持ちいたしました」


陸遜はとくん、と自分の胸が高鳴ったのに気付く。


は今年から陸遜直属の文官となった者。


細い身体をしゅんと伸ばし、いつもきちりと髪をまとめている。


何か小さな動作にしても品があり、文官という目立たない役職でありながらも多くの男の目を引いた。


には、そのかちりとした真面目さの中にも男を魅了する艶があるのだ。


陸遜はの姿が見えない時は無意識に探し、見つかれば見つめた。


だが、陸遜と年齢差はさほどないが、何か手も届かないような雰囲気が陸遜にはしていた。


・・・それが憧れを含む恋心とは、本人は気付いていない。


侍女にお礼をし、にもお礼を言うように言付けた。












お礼を言うのでを呼んで来てくれと頼めばよかった、とふと思った。


自分直属の文官であるのに、すごく遠い存在に思っていた


そのが自分の身の回りのことを考えてくれていると感じるだけで、陸遜は嬉しかった。


文官の仕事もあるのにそこまで気を回すことのできるは、やはり素晴らしい人だと陸遜は素直に思う。


侍女が持ってきてくれたお茶をすすっていると、こつこつと扉が鳴った。


「はい?どなたですか」


透き通るような声が聞こえる。


です。よろしいですか?」


微かに茶を持つ手が震えた。


「どうぞ、お入りください」


出来る限り冷静に言葉を発す。


開いた扉から、 が入ってきた。やはり綺麗だ、と陸遜は目を細める。


「呂蒙様より預かっておりました書簡をお持ちしました。」


そこには今日取りに行くべきはずであった書簡。


戦の準備やら何やらですっかり忘れていた。


「!すみません、お手数をおかけしました」


頭を下げてから書簡を受け取る。に近づくと微かな香の香りにくらりとしてしまいそうだ。


「それから、よろしければこちらを」


遠慮がちに差し出されたの両手には小さな香袋。


受け取ると、先程陸遜が感じた香の香りがした。


「これは、何ですか?」


「身体の疲れを取る作用があるという香です。近頃陸遜様は休みを取っていらっしゃらないので・・・」


心配そうに眉を顰め、御節介でしたら申し訳ございませんとは頭を下げた。


「いいえ」


目を瞑り、その香りを愉しむ。


「すごく、その心遣いに感謝しています」


目をゆっくりと開き、陸遜は言葉を続ける。


「いつも、私の身の回りのことを考えてくださってありがとうございます」


その言葉には嬉しそうに微笑んだ。


陸遜は思わず見惚れた。今までもの笑顔が魅力的だと感じることは多々あったが、


今日はそれ以上に胸が高鳴る。


どうしてだろう、と陸遜は思ったがすぐに理由は分かった。


その笑顔が自分にだけに向けられているからだ、と。


ゆっくりとが言葉を繋ぎはじめる。


「陸遜様はすごく仕事熱心で敬服しております。私は、少しでもその力となりたいのです」


真っ直ぐと目を見据えられ、陸遜は息苦しささえ感じた。


にこりとは微笑み、礼をする。


「それでは、その書簡は明日までとのことです。よろしくお願いします」


舞い上がるような心に影が差す。が行ってしまう、と焦った。


無意識のうちに陸遜は扉へ行こうとするの手を掴んでいた。


「陸遜様?」


振り返ったは目を見開いてこちらを見ている。


何も言えず見詰め合う。


心なしかの頬が赤みを帯びているように見えた。


殿・・・私はあなたともっと話したい」


思っていることがそのまま口から出てきた。





















は自分の耳を疑った。


陸遜様は今何とおっしゃった?


「陸遜様・・・?」


陸遜に掴まれている手首が熱を持つ。


端整な顔をした陸遜。真剣にこちらを見据えられ、は顔が火照った。


「私は、殿のことをもっとよく知りたいです」


手を引かれ、陸遜との距離が近くなる。


は恥ずかしくなり顔を伏せた。


「あなたは私直属の文官であるのに、私にはとても遠い存在のように感じて・・・」


顔を覗き込まれ、は咄嗟に掴まれていないほうの手で顔を隠した。


「そんな、あなたは国を担う軍師様で私は文官です・・。遠い存在であるのは当然です」


そうじゃない、と陸遜は苦しそうな声を発す。はその声を耳にして心臓を掴まれるような錯覚を起こした。


「あなたは私を見ていない・・・私は・・・いつもあなたを見ているのに・・・」


信じられない言葉。は恥ずかしさも忘れ陸遜の顔を見た。


そこには、真剣な陸遜の顔。少年の面影など何処にもない、男のそれだった。


ゆっくりと手首を離され、陸遜の華奢であるが大きな両手にすっぽりと頬を覆われる。


「何か・・・言ってください」


そう言われても、陸遜の真っ直ぐな目に見据えられ何も言葉を発することが出来ない。


痺れを切らすように陸遜の唇が性急に近づいてくる。


は目を閉じてそれを受け入れた。


触れ合った陸遜の唇は、想像以上に熱を持ち、の身体も熱くなる。


地位の差も、何も考えられなくなるような口付けには夢中になった。


漸く陸遜がの唇を放した。


「抵抗しないのは・・・私が上官だからですか」


紅く染まった顔のまま、陸遜は静かに言葉を発す。


は目を伏せた。


それは、違う。


いきなりのものだったが優しく、少しでも私が抵抗すれば逃れられただろう。


そうしなかったのは・・・。


「私は・・・陸遜様の許で働くようになって、陸遜様のお働きを見ておりました」


先程の熱い接吻で生理的に溜まっていた涙がつつと頬を伝う。


「陸遜様のその才は本当に素晴らしく、陸遜様の許で働いている自分がすごく誇らしく感じていました」


涙を拭いてくれる陸遜の指が優しくて、微かに身体が震える。


「上官としてお慕いしていると思っておりましたが・・・間違っておりました」


陸遜の指が止まる。


「身分を弁えていないとは承知いたしていますが・・・一人の女として・・・陸遜様をお慕いしております」


陸遜の大きな瞳が少し潤んだのが少し見えたが、は目を再び伏せた。


殿・・・!」


力強く、抱きしめられる。


「あなたは私にとってすごく手の届かない存在のように感じていました」


耳元で囁かれた言葉に息を呑む。


「すごく、嬉しいです」


そのまま耳に唇をおとした。










自分の中で勝手に作った壁が崩れる


遠い存在だと感じていたあなたはすぐ傍にいた


熱い身体も、熱い吐息をもってもあなたの存在を直に感じる


ゆっくりと二人はそれを味わうように目を瞑った。













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↓↓↓ユラ様のアトガキ↓↓↓

瑞樹飛鳥様に捧げます☆
リクエスト、ありがとうございました♪
かなり時間が掛かってしまいましてすみません。
お題は、誇りに思うからこそ遠くに感じてしまう心情を出したかったのですが・・・;。
細かいリク、書いていてすごく楽しかったです。
少しでも、愉しんでもらえると幸いです!これからもよろしくお願いします☆

ユラ・・・2006.12.10



↓↓↓ここからは管理人のアトガキ↓↓↓

ユラ様!!!此度は私めのリクエストにお答えくださってありがとうございます!
しかも…約1週間で『時間がかかった』と…!!
とんでもございません!
寧ろ、そのスピードを分けて欲しい(げふん

今回のリクエストは。
年上文官ヒロインで、りっくんを影で支える…という感じで。
そして、初めての提供お題『あなたは私の誇り』で。

いや…スンバラシイっす!
最初から恋仲にしてしまうのは簡単ですが…。
この、手の届かない存在を誇りに、想い続ける…。
綺麗です! 素敵過ぎます!
…おパソの前で悶え死ぬ寸前でした orz

此度は本当にありがとうございました!
これからも宜しくお願いいたします。

2006.12.11  飛鳥 拝礼



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