今が乱世であるということを忘れてしまいそうになる程に穏やかな日々が続く中。
 かといっていつ如何なる状況に陥るかも分からない。
 それが乱世。
 それを重々承知しているは平和な日常を堪能しつつも鍛錬を欠かすことはない。
 それは他の武将も同じ事。
 自然、多忙な時より鍛錬場で顔を合わす機会は増えてくる。

 そんな中でほぼ近頃の名物と化している甘寧との手合わせが凌統立会いの中で行われた。
 甘寧もも呉の将を担う者。
 実際、二人が本気で打ち合えば容易く決着など付こうはずはないのであるが・・・
 どういうわけか毎度毎度一方的に甘寧はやられている。
 それは見るものが哀れに思わずにはいられぬほどに・・・。

 『お前、俺に何か恨みでもあんのかよ』

 と半分涙目で、腕組みのまま呆れ顔で立つ凌統の陰に隠れるようにして甘寧が訴えるほどに・・・。



 今日も今日とて甘寧をコテンパンに打ちのめしたは満足気に廊下を闊歩していた。
 別に甘寧に恨みがあるわけではない。
 涙ながらの甘寧の訴えに

 『そんなわけないでしょ?愛の鞭よ』

 と満面の笑みで返して周りが顔を引き攣らせつつ一歩後退ったくらいであるのだから。
 実際、にしてみれば愛情の裏返しに他ならない。
 甘寧以外にが容易く勝ちを得られることがそうそうないことからも、が強すぎる、というわけではないことは分かるだろう。
 としては、甘寧を相手に日頃の憂さを晴らしているに過ぎないのだ。
 むしろ、甘寧だからこそ許されると思っている。
 それ故に「愛の鞭」と言ったのである。


 特にやらねばならぬ執務もなく、恋人である甘寧はに叩きのめされた憂いを晴らす為に凌統と手合わせの最中。
 さて、これからどうしようかと考えあぐねるところ、己の歩む廊下の前方に懐かしき人影を認めて思考が中断される。
 目の前にある後姿は今ここにあるはずのない人物のはず。
 しかし自分が親友で、しかもこの国の姫である人の姿を、例え後姿といえども見間違うはずなどない。
 そこまで思い至って後は何も考えず、勢いよく駆け出してそのままの勢いで背後から抱きつく。

 「尚香!久しぶり!帰って来てるなら言ってよ!水臭いなぁ」

 に突然背後から突進された尚香は危うくバランスを崩して倒れそうになるところを、皮肉にもに容赦なく抱き絞められることによってなんとか踏みとどまる事が出来た。
 背後で嬉しそうに微笑んでいるに尚香は恨みがましい視線を送りつつ

 「・・・相変わらずね」

 とため息一つ。
 いつもの尚香であれば、の突拍子もない行動に文句をいいつつも再会を喜んでくれるはずであるのだが、今はチラと視線を寄越すのみでため息を吐いたかと思えば沈痛な面持ちですぐにから視線を外してしまう。
 あまりにいつもと違う尚香の態度には尚香を抱きすくめたまま首を傾げる。
 少し冷静に観察してみれば、尚香の纏う空気にいつもの明るさは微塵もなく、随分と重苦しいことに気付く。

 「尚香?何かあった?・・・あ!誰かにいじめられた?誰だ?・・・あぁ!分かった!馬超か?馬超だな?あいつ絞めてやる!」

 いったい誰にいじめられたのだ、と問いつつ、何か口を開きかけた尚香を遮って、勝手に以前の酒宴の席で随分と意
 気投合した相手を咄嗟に思い描いて「あいつしかいない」と憤り、物騒なことを口にしたかと思えばすぐさま飛び出して行きそうな勢いのを尚香は必死に腕にしがみつくことで制止する。

 「ち、違うわよ!」

 別にいじめられたわけではないのだ、と否定する尚香に「本当か」としつこいほどに確認をしてはようやく納得してそのまま縁側に腰掛ける。
 それに倣って尚香が腰を下ろすのを待ってから

 「じゃぁ、何でそんなに思い詰めた顔してるわけ?」

 俯いてなにやら思い悩む様子の尚香の顔を覗き込むようにして問えば、意を決したように尚香は一度チラとの顔を見てからポツリポツリと話し始める。




 呉に平和が訪れているように、同盟国であり、尚香が嫁いだ先でもある蜀もまた平和そのものの日々が続いていた。
 そんな中、夫である劉備と共に庭先を散歩中のこと。
 ふと足を止めて見上げる先には一本の大きな桜の木。
 ようやく蕾がつきはじめたばかりのそれは花開くにはもう少し時間がかかりそう。
 そう思いつつ、突然足を止めた尚香を振り返り数歩先で待っている劉備の元へ駆けるところ。

 『劉備殿?尚香殿も・・・お散歩ですか?』
 『お!蕾がついてるじゃねぇか!もう直き咲くか?ってーことは、花見だな!兄者』
 『お前は毎年毎年・・・』

 それしか言う事がないのか、と張飛の言葉に呆れ返る関羽を劉備は「そう言うな」と苦笑交じりに宥めている。
 それに尚香も苦笑しつつ、趙雲の先程の言葉に頷く。

 『天気もいいし、偶にはいいでしょ?』

 いつまでこの平穏な日々が続くかも分からないしね、と笑う尚香に趙雲もまた頷く。

 『そっちは・・・鍛錬?』
 『あぁ。それこそ、いつまた戦になるかも分からんからな』

 鍛錬を怠るわけにはいかない、と四人が手にする得物を見やって問うた尚香に、張飛の言葉につられて桜の木を見上げていた馬超が答える。
 その言葉に「ご尤も」と頷くその後ろではどうやら花見が決定事項となりつつあるらしい。

 『花見といやぁ酒に団子だ。なぁ兄者』
 『お前はまた・・・酒が飲みたいだけではないか』
 『はは、翼徳は花より団子か』

 お前らしいと笑う劉備に「笑い事ではない」と渋い顔の関羽。
 そんな三人の遣り取りを笑みを湛えて見守っていた尚香であったが、この後の馬超の一言から窮地に立たされることとなる。

 『尚香殿は料理はされぬのか?』
 『・・・え?』
 『お?なんだなんだ!?団子、作ってくれるのか?』

 よかったじゃねーか兄者、ととんでもない勘違いを大声で言ってのける張飛に尚香が否定の言葉を発する間もなく、

 『それは良い』

 と先程まで花見を渋っていた関羽さえ笑みで頷き、劉備に至っては

 『それは楽しみだ』

 と今までで一番の笑みを寄越したほどであった。




 「・・・と、言うわけなのよ」

 どうしよう、と項垂れる尚香に、もはやその声が聞こえているのかいないのか。
 わなわなと拳を振るわせたかと思えば

 「おのれ馬超!今度会ったら絞める!尚香を苦しめる奴は許さん!」

 突然立ち上がったかと思えば叫び出すを尚香は再び慌てて抑える破目となる。

 「ちょ、ちょっと!落ち着いて!確かに、なんで急にそんな話になったのか分からないし、言い出したのは馬超だけど・・・」

 そこまで憤ることはないだろう、と必死に宥める。
 それよりも今の状況を打開する策を何か一緒に考えてくれと懇願する尚香に、もようやく落ち着きを取り戻してため息をつく。

 「何で断らなかったの?」
 「だから、断る暇もなかったのよ。玄徳様に楽しみだなんて言われたら・・・」

 頷くしかないでしょ?と頬を心なし赤めて訴える尚香に「ご馳走様」とは再びため息である。

 「それより尚香、あなた料理なんて・・・」
 「出来ないわよ」

 料理なんて出来たの?と問おうとするの言葉を遮って尚香はハッキリと告げる。
 厨房に立ち入ったことすらない、と言う尚香に「やはり」と呆れるほかない。
 尚香の立場を思えば当然の答えと言えばそうであるのだが・・・。

 「で?どうする気?」
 「だから!どうしたらいいかって相談してるんじゃない」

 開き直ったような尚香の叫びには肩を竦めてただただため息である。



 「ま、こうなったらやるしかないわよね」

 しばしの沈黙の後、一人なにやら呟いたかと思えば頻りに頷いているの姿に尚香は隣で首を傾げる。

 「やるって?」

 いったい何を、と問う尚香に「料理の決まってるじゃない」と事も無げに言ってのけるに尚香は正に空いた口が塞がらない。

 「だから私、料理は・・・」
 「なんとかなるって!」

 料理なんてしたことがない、と再び訴えようとする尚香の言葉を制して、戸惑う尚香の腕を引き無理矢理立たせたかと思えばそのまま厨房まで引き摺って行く。



 「私も付き合うから頑張ろう」

 と笑顔で励ますに渋々ながら従って、女中たちに教わった方法で通常の何倍もの時間をかけてあーだこーだと二人、四苦八苦しつつようやく不恰好な団子が出来上がった。
 改めて周りを見渡せばどこをどうすればこうなるのだ、と言うほどの大惨事。
 これは片付けが大変だ、などと暢気な感想を持つとは対照的に尚香は再び重い空気を纏っている。
 それに気付いたが声を掛けるより前に尚香が重い重いため息を吐く。

 「こんなもの・・・玄徳様には見せられない・・・」

 やっぱり駄目よ、といつになく弱気な尚香にしかしは努めて明るく励ましの声を掛ける。

 「大丈夫よ!料理なんて見た目じゃなくて味よ!味!」

 二人の危なっかしい手つきと騒々しい物音に二人から事情を聞いて快く調理場を明け渡し、陰から心配顔で見守っていた女中たちが思わず「見た目も大事です!」と叫びそうになったことを二人は知る由もない。



 せっかく作ったのだから味見をしてもらおう、と二人して厨房を後にする。
 「毒見をさせられては堪らない」と先程まで見守っていた面々は一目散に退避済み。
 二人の向かう先は今頃手合わせを終えて寛いでいるころであろう人物の下。
 まだ鍛錬場にいるであろうかと中を覗けば、案の定手合わせを終えた二人が、「貴方たちは加減というものを知らないのですか?」と呆れ顔の陸遜に見下ろされつつ鍛錬場のど真ん中で寝転んでいる。
 そこに尚香と二人、苦笑顔で近づきつつ

 「何?また動けなくなるまで打ち合ったの?ほんと、馬鹿なんだから」
 「心外だな。馬鹿はこいつだけだって、
 「なっ、お前・・・」
 「何だよ、本当の事だろ?」

 先程まで死に体であった二人が再び起き上がってギャーギャーと喚き出すのを三人、呆れ顔で見やりつつ「どっちもどっちだろう」と思ったことは言うまでもない。



 「それより、お二人お揃いでどうかされたのですか?」

 あの二人は放っておこうと陸遜がと尚香に向き合うところ。
 ようやく凌統と甘寧も言い合いを終えてそういえば、と視線を寄越す。

 「姫さん、いつ帰ってきたんだ?」
 「え?えぇ、今朝方、ね」
 「そんなことより、興覇、ちょっとこれ食べてみてよ」

 そんなことってお前、と何とも言えぬ表情の甘寧に構いもせずにズイと手にしていた皿を突き出せば、その皿の上のモノを見た途端に甘寧は無意識に顔を引き攣らせて一歩後退。

 「食べてって・・・いや、お前・・・それは、ちょっと・・・・・」

 甘寧の様子に危険を察知した凌統・陸遜もコソコソと退場を試みる。
 が、尚香との二人から容易く逃れられるはずがなかった。
 いち早く気付いた二人はこの上ない笑みを湛え、尚香は陸遜の前に回り込み、

 「どこへ行くの?陸遜」
 「え?あ、いえ、少し用事を思い出しまして・・・」

 顔を引き攣らせつつ逃げ腰の陸遜を逃がすまいと出入り口に背を向けて立ち塞がる。
 一方、は甘寧を見張りつつ、後ろにも目が付いているのか、と疑いたくなるほど正確に凌統の襟首を後手で捕まえ、

 「どこへ行く気だ?凌統」
 「なっ!?・・・あー・・・いや・・・その・・・あ、ほら、甘寧さんが物凄く食べたそうにしてるから横取りしちゃ悪いなぁって・・・な?軍師さん」
 「そ、そうです!」

 に襟首を掴まれたまま、助けを求めるように陸遜を見やる凌統に、一方の陸遜もそれに便乗して頻りに頷く。
 だがやはりたちの方が上手である。
 なんだそんなことか、と呟いたかと思えばヒョイとどこからともなく先程の歪なモノののった皿を取り出しズイと二人の前に差し出す。
 これにはもはや二人も諦めの表情で絶句である。
 その隙をついて脱走を試みた甘寧であったが

 「何をしている?」
 「げっ!・・・い、いや、何も・・・」

 凌統と陸遜が容易く捕まったのだ。
 甘寧に逃げ場などあろうはずもなかった。



 ようやく観念したのか、何故か正座できちんと三人横に並んで座る三人の前にズイと再び皿を差し出せば、本能的に顔を引き攣らせて身を引いてしまう三人にの血管がピクリと動く。
 しかし目の前の物体の底知れぬ恐怖が勝りの微妙な変化に気づけなかった。
 故に

 「えぇい!なんだその顔は!!毒なんざ入ってないぞ?全く・・・男なら出された物を黙って食えばいいんだ!!」

 何とも理不尽な言葉を吐いて、手にしていた皿を有無を言わせず陸遜に持たせ、尚香の持っていた皿から無造作に両手に団子を掴んだかと思えば、そのまま甘寧と凌統の口に押し込んでしまう。
 不意の仕打ちに凌統も甘寧もされるがまま。
 窒息寸前でもがいている。
 その様子に陸遜は顔を青褪めさせつつ、ギラリと光るの目を視界の隅に捕らえ、同じ目に合っては堪らないと、覚悟を決めて目を瞑り、手にして皿から小ぶりの団子を遠慮がちに掴んで必死の思いで口に運ぶ。


 「で?どう?」

 肩でゼェハァと息をしつつ、ようやく口いっぱいの団子を呑み込んだ凌統と甘寧。
 何とも言えぬ表情で小さな団子をようやく飲み干した陸遜。
 そんな三人に「おいしいでしょ?」と満面の笑みで問えば

 「・・・い、些か私には甘みが強いかと・・・」
 「お、俺も・・・」

 遠慮がちにビクビクと肩を竦ませつつの二人の遠まわしな感想には「砂糖の量を間違えたか?」などと暢気な解釈を入れる。
 だが甘寧の次の一言で怒りが爆発する。

 「・・・!お前、俺を殺す気か!?」

 限度を知らないのか、という甘寧の抗議には「お前には言われたくない」と呆れ顔。

 「つーか、お前らも正気か?些か、どころじゃねーだろ!砂糖の塊食ってんじゃねーんだぞ!?こんなもんよく人に食わせられるな」
 「・・・おい、甘寧・・・」
 「甘寧殿!」

 まずいですよ、と慌てて制する凌統と陸遜であるが時すでに遅し。

 「・・・もう一回、言って見ろ」
 「あぁ?こんなもんよく・・・」
 「もういいわよ!!ごめんなさい・・・やっぱり無理なのよ!」

 の怒りに気付いてか否か。
 素直にもう一度言い直そうとした甘寧の言葉をしかし尚香は遮って鍛錬場を飛び出していく。

 「尚香!!」

 慌てて叫び手を伸ばすであるが、一瞬、尚香の動きの方が早い。
 パタパタと尚香の駆ける足音が響いた後、しばしの沈黙が訪れる。
 嵐の前の静けさ、とはよく言ったもの。
 のただならぬ怒りをいち早く察知して、凌統・陸遜両名はすでに逃げる態勢を整えている。
 一方甘寧は「何だ?あいつ」と尚香の飛び出して行った出口をポカンと見やるのみ。

 「・・・上等だ、興覇・・・」

 底冷えのするいつになく低く響くの声にようやく何かまずいことをしたか、と気付く甘寧であるが、あまりに遅すぎた。
 静かに一歩甘寧に近づき、同時に一歩後退さる甘寧に容赦のない渾身の一撃を見舞う。

 「尚香を泣かせる奴はたとえ興覇だろうが許さん!!」

 見事に顔面にの一撃を食らって遥か彼方に吹っ飛ばされた甘寧を無視しては尚香の後を追う。
 残されたのはに吹き飛ばされて完全に伸びてしまった甘寧と、そんな甘寧に自業自得と思いつつも合掌をする凌統と陸遜のみであった。



 「尚香!」

 ようやく追いついてその肩に手を伸ばせば「放っておいて」と振り払われる。
 だがそこで退くではない。
 素早く尚香の前に回って進路を塞いで向かい合い、その両肩に手を置く。

 「諦めちゃ駄目だよ、尚香。初めて作ったんだからしょうがないって!練習練習!武術も料理も一緒だって!ね?」

 最後まで付き合うからと微笑むに再び半ば強引に説得され、その日から数日間、尚香の猛特訓が始まった。
 その甲斐あってか、ようやく味も形も「団子」と呼べるものになったものの・・・
 そのために夢にまで魘されるほどの犠牲になったものがいたことは言うまでもないであろう。





 「よぉ!じゃねーか!」

 久しぶりだな、と気安く声を掛けてくる張飛にも笑みを持って答える。

 「張飛殿、相変わらずお元気そうで何よりですが・・・あまり尚香を困らせないように」

 爽やかな笑みを浮かべつつも後半、声を潜めて耳打ちするに張飛は背筋を嫌な汗が伝っていくのを感じる。

 「あ?あー・・・えーっと・・・・・お、おぉ!甘寧!お前も来てたのか!よかったぜ・・・」

 よかった、と何やら心底ほっとした、というようにから数歩後ろに立っていた甘寧に縋りつけば

 「なんだぁ?気持ち悪ぃ・・・」

 放せ、と抗議の声を上げる甘寧に「そう言うなよ」と無理矢理その手を引いて宴席へと誘って行く。
 途中チラと視線を寄越す甘寧には手を振ることで答え、甘寧もまたそれを確認して頷き、後は張飛に素直に従う。


 そもそも、花見の日程が決まったからと呼び戻された尚香に半分無理矢理くっついてきた
 そのが揉め事を起こさぬようにと陸遜が無理矢理共に甘寧を寄越した。

 『甘寧さんじゃ逆効果じゃないんですか?』

 という凌統のご尤もな意見は「ならば貴方が行きますか?」という陸遜の恐ろしい一言でなかったこととなった。
 の共など、命がいくつあっても足りない。
 しかし甘寧にしてみれば、仮にも恋人であるとしばし旅ができ、挙句タダで酒が飲めるのだ。
 断る理由もないであろう。
 陸遜の申し出を渋るに反して甘寧はあっさりと承諾して今に至る。


 甘寧が酒宴に混ざって行くのを見送って、はこのほうが都合がいい、と一人視線を彷徨わせる。
 尚香は一足先に劉備と共に酒宴の中心に混ざっている。
 一緒に行こうと誘われたものの、少し話したい相手がいるからと断って少し離れたところから見守っていた。
 探し人はどうやらまだ酒宴の席には現れていないようだと思う矢先、見覚えのある武将二人を視界の隅に認めて不適な笑みを浮かべる。

 「趙雲殿。お久しぶりですね」
 「!?殿?驚いた・・・尚香殿と共に?」

 認めたうちの一人に駆け寄って声を掛ければ、一瞬驚いた後に優しい笑みを湛えつつ尚香の共かと問う趙雲には素直に頷く。

 「なんだ、来ていたのなら声を掛けてくれればよかろう」

 そうすればもっと早く顔を出していたのに、と趙雲の隣で拗ねたような顔をする馬超には静かな笑みを向ける。

 「馬超・・・お前には、たっぷりと礼を言わねばならぬと思ってな・・・」

 楽しみをとっておいたのだ、と笑うその様子に趙雲はなにやら嫌な予感を覚えて「私は先に・・・」と馬超を置き去りにいそいそと酒宴混ざっていく。
 それを「何だ?あいつは」と見送りつつ、

 「礼?そんなもの言われる覚えは・・・」

 お前に礼を言われるような事をした覚えはないぞ、と首を傾げる馬超に吐息がかかりそうなほどに近づいて意地の悪い笑みを浮かべたかと思えば

 「馬超、いいことを教えてやろうか?」
 「何だ?急に」
 「呉の三大恐怖を知っているか?」

 知るはずがないだろうと首を傾げる馬超にはニヤリと笑む。
 呉の人間が見れば一目散に逃げ出すであろう意地の悪い笑み。
 知らぬなら教えてやろう、とその胸倉を掴めば一瞬馬超がたじろぐ。

 「一つ、陸遜の火矢。一つ、孫呉の絆。そして最後の一つは・・・私の笑み、だそうだ」

 ニヤリともう一度笑ってから一瞬後には鬼の形相となる。
 この頃には馬超は身の危険を覚えていたが、時すでに遅し。

 「よくも尚香をいじめてくれたな!二度とそのような事、出来ぬようにしてやろう!」

 言うが早いかいつになく凄まじい一撃が馬超の顔面を襲う。
 辺りに響いたはずの痛々しい音は酒宴のざわめきに掻き消されることとなり、馬超の悲痛な叫びもまた賑わいの中に呑み込まれていった。



 酒瓶片手に上機嫌な甘寧の横にドカリと腰を下ろして盃を差し出す。

 「何だ?随分スッキリした顔して・・・」

 まさか何かやらかしたんじゃないだろうな、と顔を引き攣らせつつ酌をしてくれる甘寧に礼を言いつつ

 「別に何も?ちょっと挨拶してきただけだよ」

 甘寧に注いでもらった酒を飲み干し、逆に甘寧の盃を満たしつつ返せば「ならいいが」と甘寧もまたその酒を一気に飲み干す。

 「それよりさ・・・」
 「あ?」

 再び甘寧の盃に酒を満たしつつ、それより、と溢すに「何だ?」と俯き加減のの顔を覗き込む。

 「偶にはこういうのもいいね!」
 「なっ!?」

 突如顔を上げて満面の笑みで言うであるが、予想以上に顔が近い上に今までみたことのないような笑みを浮かべるに甘寧は思わず頬を赤らめる。
 それに気付いたが「何照れてんの」とからかうが案の定、

 「ば、馬鹿言ってんじゃねー!照れてねーよ」

 とそっぽを向かれる。
 それに苦笑しつつ、は逞しい甘寧の方に頭を預け、再び酌をする。

 「呉にいたんじゃ、こうはいかないもんね」
 「・・・まぁな」

 は孫策に、甘寧は黄蓋に、それぞれ掴まって二人でゆっくり酒を酌み交わすことなどできない。

 「陸遜に、感謝しなきゃ、かな?」

 陸遜の思惑はどうであろうと、こうして二人で酒を酌み交わすことができたのだから感謝の一つでもしてみようかと笑い合う。
 満開の桜の下で笑みを交わし合う。



 いつまでもこの時が続けばいいと願わずにはいられない。
 共に笑い合い、時に喧嘩もして、仲直りしてはまた笑い合う。
 偶にはこうして花見酒もいい。
 いつまでも、どこまでも、こうして二人寄り添っていたい。
 偶には素直に気持ちをぶつけ合ってもいい。
 たとえそれがお酒の力を借りていても。
 たとえ、満開の桜に心が揺り動かされたからだとしても。
 いつもと違う穏やかな空気に二人、共に酔い痴れて行く。
 どこまでも深く、為すがまま、為されるがままに・・・。




 さて、に制裁を食らった馬超はというと、が姿を現して後も一向に姿を見せないことに不審感を抱いて探しに向かった趙雲に発見されるまで庭の片隅で意識を失っていたという。
 うわ言での笑みを恐れながら・・・。





 終




 ↓↓↓こちらは作者様のコメントです↓↓↓

まずは相互リンクをしてくださった飛鳥様に心の底からお礼とお詫びを。
素敵なお題をありがとうございます!そして暴走しすぎました(爆)
自重、できませんでした!ごめんなさい!
脇役が予定より5人程多くなってしまった・・・
相変わらず主役の影が薄くてすみませんT-T
しかも時代背景完全無視&馬超オチ!
予定外の登場の挙句にオチに使うってどうよ!!
拙宅では馬超と甘寧の位置づけが同じなんです・・・たぶん(ーー;)
こんなんでもよかったら貰ってください!返品不可ですけど!(こら)
苦情・書き直し・再リクエストは受け付けますw
もちろん飛鳥さんのみ!お持ち帰りも飛鳥さんのみご自由に。
煮ても焼きつくしてもとことんご自由にw

2008.4.10 鎹 紫乃瑪


↓↓↓ここからは管理人のコメントです↓↓↓

 鎹さん、此度は相互リンクを記念してのリクエストを受けてくださってありがとうございます!
 今回、ただ今当方で構想中の甘寧さん夢をリクエストしてみました。
 お題はこの夢のタイトルである『男は黙って………』だったのですが。。。

 鎹さん、やってくれましたね(←りっくんばりの黒笑)。
 すみません、最初読んで爆笑してしまいました!
 ヘタレ甘さんの可愛いこと可愛いこと!
 それに…ワキを固める個性的な面々!
 ここでばちょんを出すか!とか、うわ、殿天然だよ!とか凌さん、やっぱりツッコミ役だよ!とか。。。
 とにかく私を散々っぱらツッコませてくださいましたwww

 お礼は改めてメールでするとして…
 此度は思いっきり清々しく、楽しいお話をありがとうございました!
 私、飛鳥一生の宝物とさせていただきます!

 ここまでお読みいただいてありがとうございました!

 2008.04.12   飛鳥 拝礼




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