「正義の名の下、俺が貴様を斬る!」
 叫びに近い言葉と共に繰り出される刃は、より一層鋭さを増しながら敵将の肩口へ振り下ろされる。
 刹那、その場に紅い幕が張られるかのような飛沫が舞い散った。



 その血塗られた切っ先を紅く光らせる刃は―

 紛れもなく 人を 傷つけた 証―。





 鈍き光を発する刃を振り翳し、更なる閃光を放とうとしている馬超の背中に―
 刹那、少々冷ややかな言葉が投げつけられた。





 「…で? アンタの言う『正義』って結局何なの?」










 貫け! 正義君!










 だが、呆れるように吐かれたの言葉は馬超自身の雄叫びで遮られる事になった。

 「敵将、討ち取ったりぃ!」

 己の正義が敵将に勝った、と周りに知らしめるが如く叫ばれた音声は些か大きく…その言葉に恐れを為したか、将を失った敵兵が残らず退散する程だ。
 慌てて足を縺れさせながら遠くへ走り去っていく背中の数々を見て、
 「あーあー、情けない。 ひょっとして…あの人達、お家かどっかにイチモツを忘れて来ちゃったのかしら?」
 額に手を翳し「おーい、今度はちゃんと『付けて』来なさいよー!」とおどけた調子で言葉を投げ遣った。
 その言葉、にしてみれば一種の檄のつもりだったのだが―

 「。 お前な、幾ら何でも『イチモツ』はないだろう…」

 彼女と同じく、士気が瞬く間に萎えてしまった馬超ががっくりと肩を落とし、膝に手を付きながら溜息混じりに零した。
 その様子からは馬超の気持ちが容易に窺える。
 大方、一応は女なのだから…簡単にアノ部分を口に出すな、少しは慎みを持てと言いたいのだろう。
 しかし、はそんな馬超の遠回しなツッコミに悪びれもせず
 「だって、将の仇を討つ気のない弱っちぃ男は、付いてないのも同然じゃない?」
 貴方も早く進軍しないと…イチモツを忘れてるって思われるわよ、私に!とからから笑いながら先を歩き出した。
 ここは、一旦落ち着いたとは言え、戦場だ。
 戦場に立ち、己の信念のために戦うのは男も女も武人であれば至極当然。
 にしてみれば、敵に背を向けるという行為は最も許されない事だった。
 そんな奴等に少々下劣な言葉を吐いても罰は当たらない、と彼女は思っていた。
 今の自分は、女である前に一人の武人なのだから―。





 残党がその辺に潜んでいないか注意深く探りながら歩を進める二人。
 それでも、喉は暇なのだろう…彼等の会話は途切れる事を知らない。
 は、先程馬超の大音声でかき消された疑問を改めて本人にぶつけるべく口を開く。

 「あのさ、孟起。 アンタの言う『正義』って、何?」
 「俺」

 隣を歩く恋人に顔を向け、簡単に答えを告げる馬超。
 その顔は、何をそんな事を今更聞いてくるのだ?と言わんがばかりで―

 「うわ、言っちゃった…きっぱり言っちゃったよこの人!」

 馬超の天然ぶりにの顔がみるみるうちに苦笑に支配される。
 己の意志をしっかり持って戦うのはいい。 寧ろ武人であれば完全に必須事項である。
 意志のない戦は、ただの殺戮にしか過ぎないから。
 しかし…この男はその意志が少々外れたところにあるらしい。
 いや、或いは………私を笑わそうと、わざと言っているのか。
 ところが、苦笑たっぷりの表情のまま思案を重ねるに更なる追い討ちがかけられる。
 「きっぱり言って、何処が悪い? 己が正義を掲げて戦う、俺こそが正義だ!」
 利き腕に携えた得物を天高く掲げ、豪語する馬超。
 そんな意気揚々とした彼に、は頼もしさを感じると同時に確信に近い想いを抱くのだった。

 アンタ…本当に馬鹿でしょ、と―。





 しかし、彼女もここで言い包められる程小さい器は持ち合わせていない。
 予てから自分の心の中で感じていた事を馬超にそのまま言ってみる。

 「でもさ、孟起…そんなに連呼すると…正義も安っぽく聞こえるね」
 「なっ…!」

 刹那、勇んで歩を進めていた馬超の足がぴたりと止まり、そのまま口をぱくぱくさせながら身体を強張らせる。
 の言葉が余程衝撃的だったのか、彼の身体はそれっきり固まって動かなくなってしまった。
 己の掲げる正義が、安っぽく聞こえる―。
 自分の中にある『正義』が軽くなるような気がしたのだろうか?
 予想以上に大袈裟な反応をする馬超に、が声をかけようと口を開いたが―



 ガサ―



 突如、茂みが不自然な音を立てて、動いた。
 は瞬時に身を低くし、得物を構える。
 …間違いなく、居る。
 先程、からかいながら見送った残党か…はたまた援軍か、伏兵か―。
 未だ、この戦は終焉を迎えないらしい。
 小さく舌打ちをし、依然隣でコキンと身体を硬くする馬超の背中を一発強く叩くと
 「はいはい、そこ、簡単に固まらない!」
 漸く我に返りふるふるとかぶりを振る馬超に耳打ちをした。



 今こそ、貴方の正義を掲げる時よ―。










 実のところ、には馬超の『正義』が何なのか…馬超にしてみればほんの一部だろうが、解っていた。
 父・馬騰の死から西涼の地にて兵を起こし、その後―
 馬超は度重なる戦で、数多の仲間を失い…そして、袂を別った。
 そして、心身共に疲弊したある日、かの人に出会ったのだ。
 その人の名は、劉備。
 彼は、初めから不思議な人だった。
 両親や師匠に死なれ、孤児だったを引き取った時もそうだったが…彼には、野心というものが感じられなかった。
 この人が、本当に蜀を担う君主なのか、と疑う程だ。
 しかし…彼に降り、彼の元で武を振るうようになってから…次第に彼の君主たる所以を知る事となる。
 彼は、己が力を自分のためではなく、民のために使っていた。
 民が何にも憂いを持たず、平和に暮らせるような世を創る―。
 それが、彼の唯一の願いだった。
 その願いに触れた時、は仁君の中に秘める本当の熱さ―正義―を知った。
 恐らく、馬超も同じだったのだろう。
 彼の正義を感じ、そして正義そのものと言っても過言ではない彼に仕える事を誓った。

 ―正義を護る。

 馬超が幾度となく口にする言葉。
 それこそが馬超自身の言う『正義』に他ならない、と―。










 「正義の名の下に、俺が―」
 「―私が貴様を、斬る!」

 馬超が振り上げた得物を援護するようにが一閃を放った。
 二人の刃は、ほぼ同時に大男の身体に食い込む。
 「…邪魔をするな!」
 「私にだって、掲げる正義の一つや二つくらいあるのよっ!!」
 並み居る敵兵を相手に武器を振るいながら突如繰り広げられる口論。
 それは傍から見れば少々緊迫感のないものだが、彼等は彼等なりに真剣なのだ。
 剣を振り上げながら飛び掛る兵士に一撃を食らわせ、馬超が問う。
 「ならば、お前の言う『正義』とは何だ?」
 「私」
 「…お前も、俺と同じ答えを返すか」
 「だって、私も同じだし ― っ!」

 軽い笑いで答えようとしただったが…刹那、馬超の死角から射掛けられた弓矢を視線に捉えた。
 目にも止まらぬ速さで足を駆り、跳ぶ。
 そして―



 「貴方が死んだら…『正義』じゃなくなる」



 私の『正義』も消えてしまう、と小さく零しながら寸でのところで弓矢を弾いた。
 「悪い、
 「…言っとくけど、これは私のためでもあるから」
 「そうか。 ならば…俺達は想いも同じだ、と言うわけだな」
 「………そういうこと!」
 短い返事を最後に、が敵兵の壁へと突入する。
 その紅潮した顔は、戦でなければ何時も見せるような可愛らしいものであったが、馬超は敢えて見て見ないふりをした。
 ここは戦場―。
 己が信念の下に、己が武を如何なく発揮する場。
 この場では、例え彼女が大事な者だったとしても女である前に、武人だから―。



 ならば、俺が護るまで!



 少々遅れを取ったが…と、馬超は再び得物を握り直し、を追うように敵兵へと修羅の如く襲い掛かる。
 どんなに激しい戦でも、彼の視界には必ずの姿が捉えられていた。





 この世で一番大切な

             俺の『正義』―。







 劇終。





 アトガキ

 久し振りのリクエスト作品でございます。
 鎹さん、此度は相互リンク&記念リク、ありがとうございます!

 此度のリクエストは。。。
 お相手を馬鹿な感じのばちょんで、という(汗
 で、その瞬間思い浮かんだお題(ネタ!?)が『貫け! 正義君!』でした orz
 現在、私には…笑いの女神がにっこりと微笑んでおります(ヲイ
 案の定、飛鳥ちっくに最後は甘めで終わりましたが…
 鎹さん、ご希望に添えましたでしょうか?

 素敵な(オモロイ!?)リクエストをありがとうございました!
 今後とも宜しくお願い致します。

 そして、読んでくださった方々に感謝の気持ちをこめて………。


 2008.04.12   御巫飛鳥 拝


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