命預けしもの










 「…おい、
 「…何?」
 「………此処に来る度、思うんだが…もう少し何とかならんのか? この部屋…」
 は部屋に入るなり、辺りを見回しながらぼそぼそと歯切れの悪い言葉を吐いた。



 此処はの部屋。
 その中は、普段から地味な生活を好む几帳面な彼女らしく…整然としている。
 床や天井…壁に至るまで必要以上の調度品が存在しない。
 当然の事ながら…も度々此処へ訪れるのだが。
 余りにも無表情なその部屋に、些か物足りなさを感じていた。



 「今度、綺麗な飾り棚でも贈ってやるか…」
 は苦笑交じりで歩を進めながらに聞こえないように低く呟いた。







 部屋の中程に二人で向かい合って座り、徐にお互いの得物を手に取り、手入れを始める。
 武器の手入れなど、一人でも出来ようものだが…。
 二人にとってはその作業も大事な『語らい』の時間だ。
 手入れをしながら得物の具合を伺い、過去やこれからの戦について語り合う…この時は。
 共に夕餉を摂る時間や、肌を重ねる時間…に負けない程二人が好いている『ひととき』であった。



 こうして、今宵も二人の楽しい『ひととき』の幕が開かれる。











 「〜〜〜♪」
 暫し無言で自身の得物と語らっていた二人だったが。
 が不意に作業の手を休め、にやりと唇の端を吊り上げた。
 そして、装備品の一つである『陽玉』を手に取ると、それをに目掛けて投げつける。
 その刹那。
 は、その恋人の顔を見る事もなく…気配だけで『陽玉』を片手で受け止め、視線だけをに向ける。



 「…何がしたいんだ? 
 「…ちぇっ…当たんなかったか。 今のだったら…いけると思ったんだけどな」
 「無駄だ。 お前の考えている事は離れていても容易に解る」
 「へぇへぇ………見上げたもんですな、様」



 は自分の不意打ちが難なくかわされた事に拗ね、不貞腐れた顔をに向けたが。
 直後、その顔を訝しげな表情に変え、を見つめる。
 「ねぇ…。 一つ訊きたいんだけどさ」
 「ん? 何だ?」
 「もさ…『玉』使ってるんだよね?」
 「あぁ…今お前が投げてよこした『陽玉』を使っているが?」
 は、の返事を聞き、更に疑問たっぷりの表情になる。
 「…の割には。 貴方が身に付けてるとこ、見た事がないんだけど」



 実際。
 一緒に戦地に赴く時でも、彼が『陽玉』を装備している素振りが全く感じられなかった。
 しかし、戦闘時にはしっかりとその効果が発動されている。
 (………?)
 何処に装備しているのか…がずっと気になっていた事。



 「…まさか、食べちゃう…って事はない、よね…」
 は顔をに近付け、恐る恐る言う。
 その調子が、聞いているには余程可笑しかったのだろう…手を止めると突如高く笑い出した。
 「そっ…そんなに笑う事ないじゃない…」
 不意に恥ずかしくなったは…僅かに頬を染め、に迫っていた視線を床へ落とす。
 すると、今迄…恋人であるでさえも触れることの叶わなかったの得物が目の前に晒された。
 「…これ…」
 驚きの形相で見上げる
 の顔は、先程の笑いが消えた代わりに優しい雰囲気を湛えていて。
 にはその雰囲気が『これを見てみろ』と言っているように感じた。
 思ったままの得物を受け取り、それを見つめると。
 得物の一部に『陽玉』が嵌め込まれている事に気付く。
 再び驚きの形相で見つめてくるは得意げに一つ頷いた。



 「お前も知っている事だが、『陽玉』は敵の防御を無視して攻撃する事ができる。
 それが俺の気に入る所でな。
 大分前だが…鍛冶屋に直接嵌め込んでもらったのだ。
 俺はもう…『陽玉』以外使わんからな」



 の言葉を感心した様子で聞いていただったが。
 一時の後、不意にすっくと立ち上がると…。
 「! これ、凄く格好いい!!! 私も早速鍛冶屋さんに付けてもらうっ!」
 自身の得物を手に取り、徐に部屋の扉に向かった。
 その背中にの言葉が降りかかる。
 「…いいのか? 他の『玉』は装備できなくなるぞ」
 「うん! いい! 私も『氷玉』しか使わないから」
 「…お前は人を凍らすのが得意だからな………いろいろな意味で」
 刹那、の言葉を背中で聞いていたはその足をぴたりと止めた。
 そして、その形相を修羅のように変え、を思い切り睨みつける。
 「……。 貴方も、今此処で…凍らせてあげようか?」
 「!!! …すまん、言い過ぎた」
 の形相が余程怖ろしかったのか、はうっと息を詰まらせ、やっとの事で声を上げた。
 その様子には直ぐに表情を緩め、ふふっと軽く微笑うと。
 「そんじゃ、行って来るね〜♪」
 との言葉を残し、部屋から出て行った。



 の部屋に置き去りにされたは。
 やれやれ…といった様子で僅かに頭を振ると…
 「…お前の部屋に俺一人だけ残して…どうするのだ…」
 大きく溜息を吐きながらがっくりと首を垂れた。











 「ただいま〜♪
 ねぇ、。 鍛冶屋さんね、お願いしたら直ぐに取り掛かってくれたよ!
 次の戦迄には間に合わせてくれるって…。
 よかったぁ♪」



 ご満悦の表情を浮かべたが帰ってきて、再びの前に座った。
 「おぉ…よかったな。 得物がお前の元に戻って来るのが…俺も楽しみだ」
 の言葉に自分の事の様に喜び、大きく頷いた。
 は予備の細剣を手に取ると、お気に入りの『四聖細剣』と同じように愛情を籠めて手入れを始める。
 そして、既に自身の得物の手入れを終えたがその手伝いをする。
 …実に仲睦まじい光景である。



 一時の後。
 「…俺もお前に訊きたい事があるのだが」
 先程とは逆に、今度はが手を休めてに尋ねる。
 「何?」と言いながらも手入れを続けるだったが、はそれを気にも留めずに更に問う。
 「次の戦には…他にどのような装備品を身に付けて行くのだ?」
 「う〜ん…そうねぇ…」
 はやっと手を休めると、両腕を自身の胸の前で組んで首を捻り始めた。







 「そうだ…『神速符』は欲しいな」
 目を閉じ、暫し首を傾げながら考えた後…はその目をぱっちりと開き、と視線を合わせて言った。
 「貴方が馬に乗っているから…しっかり追いつけるように、ね」
 「…ならば、お前も俺と同じように馬に乗って出陣すれば良いだろう」
 が視線をそのままに表情を訝しげに変えながら答えると、
 「…あ〜、そっかぁ♪」
 至極納得したようにうんうん、と頷き、の目の前に薄笑いを浮かべた自身の顔を近づけて言葉を吐く。
 「そんじゃさ………、貴方の愛馬をお借りするわ」
 「!!!!!」
 刹那、の顔に明らかな狼狽の色が見えた。
 そして、慌てた様子での肩に両手を乗せると自身の頭を振りながら
 「…い、いや待て。 そうなると俺が困る………お前は『神速符』でいいだろう」
 自身の言葉で前言を撤回した。
 一方のは、の言葉に「了解」と言いながら内心ほっと胸を撫で下ろしていた。
 何故なら…。
 実は彼女自身、馬上戦は得意とするところではなかったからだ。



 遠乗りは得意なんだけどね…。



 は心の中で呟きながらその顔に苦笑を浮かべた。











 それから更に一時過ぎた。
 が予備の細剣の手入れを終えて元の場所に保管していると。
 先程「少々出てくる」と言って部屋から出ていたが白い道具袋を手に戻ってきた。
 そして、その中から徐に一つの書簡を取り出すと、に目掛けて投げつけた。
 その刹那。
 は、恋人の顔を見る事もなく…気配だけでその書簡を片手で受け止め、視線だけをに向ける。



 「…何? 
 「流石だな…。 お前もなかなかやる」
 「無駄よ。 貴方の考えている事は離れていても容易に解るわ」
 が放った言葉に二人で笑い合う。



 「…先の戦で手に入れたのだが、俺には必要ないのでな…お前にやろうと思って持ってきた」
 書簡を顎で示しながら言葉を紡ぐ
 がゆっくりと大事そうに書簡を開くと、それは『真空書』であった。
 は顔を上げての顔をまじまじと見つめると、『真空書』を握り締め、遠慮がちに尋ねる。
 「………いいの?」
 「お前の攻撃範囲の狭さは周知の事だ。 次の戦からは…素早いだけでは切り抜けられん、と思ってな」
 「…。 嬉しい、ありがとう」
 「…贈り物にしたら色気のないものだがな」
 はは…と自嘲気味に笑いながらに優しい目を向ける
 すると、その色気のない贈り物を更に大事そうに閉じ、両手で包み込むと
 「それでも…私には嬉しいもんだよ」
 と言いながらきょろきょろと周りを見渡し始める。
 「何をしている?」
 「う〜ん…これを何処に装備しようと思ってね」
 「うむ…そうだな…」
 部屋の中を目で物色しながら暫し考え込む両人。
 すると………。



 がぼっ!!!



 「食うなぁぁぁぁぁっっっ!!!!!」



 一旦口に咥えた『真空書』を再び手に取ると、は可笑しそうにふふ、と笑った。
 「…冗談よ。 そうだ、…いいところ見つけたわ」
 呆気にとられて少々固まっているに向かって一瞬だけ片目を閉じると。
 扉に近い処にある棚から矢筒を取り出した。
 そして、その中に『真空書』を入れて、に微笑む。
 「…此処で充分でしょ? 元々あまり弓は使わないし」
 「うむ…成程。 其処に『神速符』も入れれば…邪魔にならんな」
 の意外な発想には心底感服しながら言葉を返す。
 すると、はその顔を少々顰めて視線を床に落とした。
 「でも…こうすると…矢筒が重くなるのよね」
 「うぬぅ………。 ! 
 一瞬思慮深く首を垂れただったが、直ぐに何かを思い出したように顔を上げた。
 を笑顔で真っ直ぐに見つめると、の呼びかけに顔を上げたに言葉を投げつける。



 「…心配には及ばん。 お前の腕力なら問題ないだろう」
 「……………!」



 は怒りに満ちた表情で。
 「…私を何だと思ってるのかしら…」
 に聞こえるか聞こえないかの低さで呟きながら自身の指をぱきぱきと鳴らしていた………。



 危うし、!!!











 頭に大きな瘤を作ったがお茶を挟んでと向かい合って座っている。
 は先程の頭に一撃を食らわせた後直ぐに機嫌が戻った。
 …実に『瞬間湯沸かし器』である。
 そのが暫しこの場から離れ、いそいそとお茶を淹れて来て、現在に至る。





 まだ装備品の話をするつもりなのだろう、二人の傍らにはお互いの道具袋が置かれている。
 まだ熱さを帯びるお茶をずず、と一口啜ると…は茶碗を卓に置き、道具袋から『鉄甲手』を取り出した。
 「…お前はこれを持っているか?」
 「うん…持ってるけど?」
 「これはいい…特殊攻撃の時に敵の一撃を食らっても怯まないからな」
 『鉄甲手』を自身の腕に装着し、得意げに話すだったが。
 が自分の『鉄甲手』を手に持ったまま首を捻っている事に疑問を感じた。
 『鉄甲手』を装着したままの手をの頭に添え、ぽんぽんと軽い調子で叩きながら問う。
 「…どうしたのだ?」
 「いや…そんなにいいもんなのかな、って思ってね」
 はそう言うと訝しげな面差しでを見つめる。
 そして、一時の間の後…の『鉄甲手』に自身の手を添えながら再び口を開いた。
 「だってさ…これ着けてると、気付かないうちに体力がごりごり削れて行くんだよ?」
 「ならば…肉まんを食べればいいだろう」
 「………貴方と一緒にしないでくれる?」





 「…あ!!!」
 暫し沈黙の時がその場に流れていたが、不意にが声を上げた。
 一瞬びくっと肩を震わせたは、直ぐにの顔を覗き込む。
 「…何だ?」
 すると、は人差し指をに真っ直ぐ向け、満面の笑顔で頷いた。
 「そうよ! 、貴方の肉まんを戴けばいいんだわ」
 「…何ぃ?」
 の口から紡がれた意外な言葉に顔を顰めた。
 そして、自身の道具袋から『饅頭袋』を取り出し、の目の前に突き出しながら
 「これで充分だろう」
 と憮然とした表情で吐き捨てる。
 しかし、はそれを横に押しやり、頭を振った。
 「…嫌。 
貴方の肉まんがいいの」



 『俺』の…???



 室内が一瞬凍りついた。
 の表情が瞬く間に固まった。
 至極不安げな様子で恐る恐るに尋ねる。
 「まっ…まさか…俺を倒して………」
 はその言葉に自身の目を光らせ、唇の端を恐ろしげに吊り上げた………。



 その刹那。
 「いい加減にしなさい!!!」



 すぱこ〜ん!!!



 の後ろ頭にの『鉄甲手』が飛んだ。










 「…ねぇ、
 「ん? 何だ?」
 暫く自分の後頭部に飛んできた『鉄甲手』を見つめていたが不意に顔を上げて訊く。
 「これさ…。 私が身に付けると、微妙に格好悪くない?」
 「………お前が見てくれを気にするとはな…」
 「ふふっ…意外だった?」
 「否…この部屋を見ていれば、な…」
 の問い掛けに周りを見渡しながら苦笑交じりに答える。
 そんなの仕草には同じく苦笑を浮かべた。
 そして、『鉄甲手』を自身の手で弄びながら更に尋ねる。
 「…でもさ、だって…一緒に戦ってる恋人が格好悪かったら嫌でしょ?」
 の如何にも女らしい一言には「ん?」と一瞬訝しげな表情を目の前の恋人に向けたが。
 直ぐに、はは…と少々高く笑った。



 「お前は気になるだろうが…俺はどのような姿でも構わな…」
 「私が構うのっっっ!!!」



 の返答を予測していたのか…の言葉を皆まで聞かず、遮るように声を上げた。
 「もう…本当に解ってないんだから…。 これだから男って!」
 ぶつぶつと文句をぶちまけながら、頬をこれ見よがしに膨らませる。
 その様子に愛おしさを感じ、の表情が更に緩んだ。
 むくれて視線を逸らしているの肩にそっと手をかけると、
 「…待て、。 俺は…戦っているお前の姿も充分可憐だと思うぞ」
 うんうん、と満足げに頷いた。



 …可憐って…。

 滅多に言わない言葉を…。



 の思い掛けない発言に、の頬がみるみるうちに赤く染まっていく。
 上気した顔を見られまいと俯くその姿は。
 まるで、初恋に心を躍らせている少女のようだった………。











 このように。
 今宵もこの部屋を…優しい空気が流れて行く。
 それは…つかの間の幸せを一瞬たりとも無駄にしないように、と思う二人の心そのものに感じられた。
 甘く、楽しい時間。
 恋人達にしたら『当たり前』だと思われるだろうが。
 乱世に身を置く二人だからこそ大事にしたい時間なのだった…。





 一揃いの装備品を目の前に、が大きく溜息を吐きながら項垂れる。
 「…もうこれ以上装備できない、か…」
 「ん?どうした? まだ足りないか」
 「うん、足りない。 …これから先もずっと…貴方と共に戦いたいもの」
 はそう言うと俯いたままもう一つ溜息を深く吐き、
 「………もっと…強くなりたいのに………」
 自身の唇をきゅっと噛み締め、悔しそうに言葉を搾り出す。



 ………。



 「………心配要らん、
 一瞬、二人の間を冷たい風が過った気がしたはすっと腕をの方へ差し伸べると。
 の言葉を待たずにその身体を自身の方へ引き寄せた。
 そして、片手での身体を支えながら、もう片方の手で自身の頭を照れくさそうに掻き毟りながら呟く。
 「否、それで充分だ…
 「………?」
 「お前は…既に俺の命を預けられる程の女だ。 故に、心配要らん」
 の発した言葉は、を幸せな気持ちにさせるのに充分な力を持っていた。
 「…。 ありがとう…」
 は気持ちそのままの笑顔をに向けると。
 その胸にしがみ付くように顔を埋めた。





 お互いの体温をより強く感じるように…固く抱き合う二人だったが。
 一時の後、が何かを思い付いたように顔を上げ、と視線を合わせた。
 刹那、もっと触れていたいと思うの気持ちを余所に…がその身体を離し、道具袋を弄り始める。
 「だったら…尚更強くならなきゃ!」
 「…、先程も言っただろう? 『心配要らん』と」
 「だからよ。 貴方の命を預かるんだから…もっと強くならないと…」
 「いや、だからな…」





 ………二人の会話は…当分終わりそうにない………。











 数日後。
 の部屋に、からの贈り物である一つの赤い飾り棚が届いた。
 はそれを部屋の一番目立つ所に置くと、先日と話し合った装備品を綺麗に並べ始めた。



 道具が整然と並べられた飾り棚を目の前に、腕組をしながらう〜んと首を捻る。
 「こんな綺麗なものに…装備品なんか並べたら…にまた何か言われそうね」
 はそう言うと可笑しそうにからからと笑い出した。



 味気のない部屋が………明るく生まれ変わろうとしている。



 ………の贈り物と、二人の幸せに彩られて………







 劇終。







アホガキアトガキ

 やっ………やっても〜たっ!!!
   ↑
 完成後の管理人の一言。

 甘い。
 バカップル。
 ………絶句。

 サブタイトルを付けるなら。
 『装備品ショートコント集』か??? orz

 寒くないすか? ひざ掛け、アンカ等をお忘れなく(滝汗

 しかし。
 結構好きだったりします…こんな作風(ぇ

 この作品は…情報屋様のリクエストでした(言うのが遅ぇよ
 とりあえずギャグが見たい、と前からあらゆる情報ツールで会話をした結果の作品です。
 なので。
 扱いは『GIFT』と言うよりはオリジナルに近いかな、と思いますた。

 タイトルも情報屋本人が付けたもの。
 装備品=命預けしもの=恋人
 という感じで…。
 だから『もの』は平仮名なんです、はい。

 情報屋様…。
 こんなんなってしまってすみません orz
 宜しかったら何度も読んでくださいね(無理?

 長いアトガキでした…重ね重ねすみません(汗

 最後までお付き合いくださり、ありがとうございました!


 2006.11.21  飛鳥 拝


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