私に笑いかける軍の人達。
それに私も笑顔を向ける事で答える。
だけど――
彼らは知らない。
この中に 『影』 が暗躍しているという事を――
影潜む笑顔
「何っ!? 裏切り者の――」
「しっ! 声が大きいよ子龍!」
少々裏返った声を上げる趙雲の唇に指を押し当て、慌てて言葉の先を制した。
誰かが聞いていなかったか、耳を澄まして注意深く辺りを見回すが…幸い、今は深夜――何処にも人の気配はない。
壁の向こうや天井裏にも、だ。
「大丈夫、か………」
ここで漸くほっと胸を撫で下ろすと、は趙雲の唇に当てていた指を下ろした。
裏切り者――。
この乱世には当たり前のように存在するもの。
ここに居るも、かつては『埋伏の毒』として敵軍に潜り込んでいた事がある。
敵軍に間者を送り込む事、それは………敵を欺き、戦を楽に遂行させるための常套手段だ。
しかし、目の前に居る男はなかなか理解出来ないといった様子だった。
暫しの沈黙の後、趙雲が複雑な思いからかその表情に苦いものを重ねながら再び重い口を開く。
「まさか、そのような組織があるとは………」
「にわかには信じられないだろうけど…これは確かだよ」
「………そうか、ならば早急に対処しなければならないな」
続くの言葉に困惑が入り混じった気持ちを払拭すると、趙雲は意を決したように唇をきゅっと噛み締めて一つ頷いた。
流石は蜀漢屈指の勇将………こんな時でも冷静だね。
は、目の前で真摯な表情を湛える想い人に改めて心から感嘆する。
思いもかけない事実に、他の将ならば狼狽するだろう。
この男も然り――始めは動揺を隠しきれなかった。
しかし彼女の詳しい話に確信を持った刹那、趙雲は普段皆に見せる冷静さを取り戻していく。
両腕を胸の前で組み、何やら思案している男の姿を眺めながら…はふっと口元に笑みを零した。
だが――
「、私はこれよりお前の言う『組織』の本拠を叩きに行く。 悪いが、案内を頼む」
「………はいぃ!?」
再び顔を上げた趙雲の第一声に、今度はが驚く事となった。
これは、冷静な人間が思いつくような行動ではない。 まずは密かに君主か軍師へ報告し、それから対策を考えるのが普通だろう。
しかし、目の前の男の瞳は既に武人のそれに変わっている。
「『裏切り者』が何時牙を剥くか解らない。 ならば、奴等が行動する前――今が好機だ」
「だからって子龍…! まずはその『裏切り者』を始末するのが先なんじゃ――」
「それでは何も解決しない。 『組織』から新たな間者が生まれるだけだ」
――だから、元から断つ――
「…成程、解ったよ子龍。 善は急げだ………早速――」
「――」
刹那、出立の準備をすべく扉へと踵を返したの背中から趙雲の腕が伸び、ふわりとした温かさに包まれる。
「…子龍?」
「突然の事ですまない。 しかし…この話を他でもない私にしてくれた事、感謝する」
「――クスッ」
近くなった唇からかけられる感謝の言葉に、は幽かな笑みを返した。
――他でもない貴方だから、話したんだよ。
独り言のような言葉を、小さく零しながら――。
が振り返る事で再び二人の視線が一つに絡まった。
趙雲の言葉から、突然に降りかかった『組織壊滅』という密かな行動――。
しかし、彼らの姿に切迫した雰囲気はない。
二人が浮かべる笑顔の先には………
これから繰り広げられるだろう戦いの場が、確かに見えていた――。
「――ここが組織の本拠なのだな」
とある村落――
ここは戦とは程遠い生活をしているだろうと思われる程小さく、少々見かけただけではそのまま素通りしてしまいそうだ。
その村落の入り口に、少数精鋭を引き連れた趙雲とは居た。
の話では、この村落自体が『裏切り者の組織』らしい。
ここに来た者は間者としての教育を受け、村長を兼ねた頭目からの指令の元、動く。
村落という隠れ蓑に覆われた状態だから、今迄組織の存在が明らかにされなかったという事だ。
この状況を、所謂『闇討ち』を得意としない彼が如何に打破するか――
少々緊張した面持ちで、は夜の帳に沈む村落を眺めながら小さく呟いた。
刹那――
ひゅん――
背後から射掛けられる無数の火矢。
それは、趙雲が徴集した精鋭達による一斉射撃だった。
瞬く間に火の海と化する村落を見て、は瞳を白黒させて驚愕した。
いっ、いきなり火計――!?
土地柄なのか、火の回りは異常な程速く――紅蓮の炎は容赦なく地を伝い、あらゆるものを紅く染め上げていく。
逸早く火柱と化した建物の中から幾つかの断末魔の悲鳴が聞こえた。
そして、辛うじて炎を逃れた者達が外へと飛び出してくるが――
「安心しろ………一撃で黄泉へと送ってやる」
安堵の息を吐かせる間を与えず、趙雲の槍が唸りを上げながら何の躊躇いもなく首を次々にばっさりと斬り落とす。
炎と血潮で紅く光る刃と白銀の鎧。
戦場で幾度も見る勇姿だったが、口元から覗く何とも言えない笑みにの心の中で初めて戦慄が走った。
――子龍って、こんな人だったっけ――
そのも、ただ立っているだけでは居られない。
彼女の身にも降りかかる敵の刃。
刹那、剣を大きく振り上げて迫り来る男に目を見張るような速さで近付き、その首筋に刃の切っ先を突きつける。
「くっ………お、お前はっ!?」
「この場での大きな振りは命取りだよ――さよならッ!!」
「ぐわぁぁぁあっ!!!」
一閃と共に地へと斃れ伏す男。
それを見届けるでもなく、は村落の中を進んでいく趙雲と合流すべく足を駆った。
全て終わり、趙雲とは並んで消し炭と化した村落を眺める。
は暫し呆気にとられていたが、漸く口を開く余裕が出来たようで
「………子龍、貴方が黒いとこ、初めて見たよ」
両手を大袈裟に挙げ、ゆるゆるとかぶりを振りながらぽつりと呟いた。
すると――
「この蜀漢の敵を暗躍させたままではいけない。 完膚なきまでに叩き潰さなければ」
思いもかけない言葉が返ってきた。
声のする方へ顔を向けると、先程が戦慄を覚えた笑みがそこにある。
「裏切り者には、それなりの制裁を――そういう事だ」
「………成程ね」
実直で、仁君と謳われる君主の人となりに惚れてこの軍に仕官したと言う趙雲。
そんな彼が…裏切り者を簡単に許す筈がない。
は、未だ戦慄を抱える心を隠すように――ひとつだけ大きく頷いた。
数日後――
「…というわけ。 ごめん、今迄黙ってて」
「まさかとは思っていたが――どうりで、『組織』に対して詳しい筈だ」
の突然の『告白』に、趙雲が驚くでもなく瞳を伏せながら呟いた。
の告白――
それは、彼女もあの『組織』の一味だったという事。
幼い頃から間者としての教育を受け、始めは何も解らずに頭目の指示を全うするだけだった。
しかし、彼女は次第に疑問を持つようになる。
――目的もなく、敵を欺いているという自分の立場を――
「――だから我が軍に入り、組織から足を洗おうとしていたんだな」
「うん。 ここに居れば身の安全は保証される。 それに――」
「それに?」
「………今は貴方が居るから」
ぽつりと言ったの頬が紅く染まった。
その仕草を見ていると、彼女がかつて『裏切り者』としてこの世を君臨していたという事実が信じられなくなる。
だが、間者としての彼女の働きは目を見張るものがあったというのも、紛れもない事実。
趙雲は紅くなったの頬に手を添える。
そして――
「もう大丈夫だ、。
かつてお前と関わっていた人物、そして…私がお前と逢っていた時間に一緒に居た人物は全て私がこの世から抹消した」
僅かに潤ませる瞳をしっかりと見据えながら、大きく大きく頷いた。
何時来るか解らない『攻撃』に怯え、備えるのならば――
その『攻撃』の元を断ち切ってしまえばいい――
「これで、私を縛るものはなくなったんだね」
「あぁ、そうだ――」
見つめ合う二人の口元には、同じ笑みが零れていた――
劇終。
アトガキ
黒い、黒いぞーーーーー!(←いきなり何言うかアンタわ
というわけで、こちらのお話は――
5万打という見事なキリ番を踏んだ紫乃瑪ちゃんにプレゼントすべく書いたリクエスト夢です。
…奇しくも、間もなく彼女のサイトが1周年を迎えるとの事。
此度はそのお祝いも兼ねて優先的に書かせていただきましたv
リクエスト内容は、『5趙雲(黒)のニヒルな笑いが見てみたい♪』。
ちょっとばかり難問でしたが…
ある日ふと浮かんだ『組織壊滅』ネタに、情報屋の薫り高い(をい)エッセンスを加え――
何気にクオリティが高い作品に仕上がったのではないかと自負(←自分で言うな
少々きな臭く、重たいお話になりましたが――
このようなお話でもよろしかったらお持ち帰りくださいませ、紫乃瑪ちゃん♪
そして、読んでくださった方々に感謝の気持ちをこめて………。
2009.01.17 御巫飛鳥 拝
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