admire!
…がその催しの存在を知ったのは…。
数日前、治療用具を調達すべく城下に足を運んだ日の事だった。
贔屓にしている店の店主が帰りがけのに声を掛けて、
「軍医殿。 先日、異国の行商人がこのような物を置いて行ったんだが…。
今年はこれに乗じて城下で祭りをすることになったんだ。
殿はお祭り好きだろう?
そこで…軍全体で行ったらもっと楽しいと思うんだが…」
と楽しげに言いながら差し出したのは一本の書簡だった。
この書簡が今年の『大騒動』のきっかけになろうとは…当然の事ながら、この時のには知る由もなかった。
買い物を終えて医務室に戻ったは、どっさりと購入した荷物を無造作に放り出すと。
期待に満ちた面持ちで書簡を開いた。
その中には、異国で祀られている神様の誕生を祝う催し物『くりすます』なるものについて挿絵つきで書かれていた。
雪の舞う季節………十二月二十五日。
絵には、色とりどりに飾りつけられた木々、豪華な料理……。
そして楽しそうに踊る子供達に混じって、赤い服を着た白髭の恰幅のいい老人や綺麗に着飾った女性達の姿が描かれていた。
「…へぇ、面白そうじゃない」
書簡を眺めながらは感心したように笑みを浮かべる。
これを城下で、ねぇ…。
………。
「………これだ!」
は何かを思いついたように一つ大きく頷いた。
その顔は子供のように無邪気な笑顔で、それでいて唇の端はにやり、と吊り上がって…。
まるで何か悪さをしでかしそうな形相に変わっていた。
書簡を両手で開いたまま、は暫し目を閉じたまま何かを思案していた。
「………敵を欺くには先ず味方から…って訳じゃないけど、これは未だ皆にも言わないで、と…」
ぶつぶつと独り言を吐きながら室内を歩き回る。
の脳内では、ある一つの企みが少しづつ形になっていった。
しかし。
「………、なんだ?この荷物の置き方は?」
この一言で一瞬にして現実に引き戻される。
「………!!! 父上!」
が振り返ると。
乱雑に散らばった荷物の傍らに…何時の間にかの父であり、この軍の最高軍医である深怜が腕組みをしながら憮然とした表情で立っていた。
そして高くなりそうな声を極力抑えつつ静かに言葉を吐く。
「。 …私はお前に、『治療器具は我々にとっての商売道具故、丁寧に扱え』…と言ってなかったか?」
…しまった!
『企み』に頭が一杯になっていたは放り出していた荷物を片付ける事を忘れていた。
持っていた書簡を直ぐに閉じ、近くにあった卓の上に置くと散らばっている器具をかき集め始めた。
「ごめんなさい! でもね………別に、大事にしてないわけじゃ…」
「そんな事は解っている。長い付き合いだからな。 ただ私は…お前を此処まで夢中にさせるものが何なのか気になっただけだ」
深怜はそう言うと、今が置いたばかりの書簡を手に取った。
「あっ…父上、それは…」
父の行動を慌てながら制そうとしただったが…時既に遅し。
が父の真横に立ったときには書簡の中身がしっかり見られていた。
深怜が訝しげな面持ちでを見やる。
「…何だ?これは」
…見られちゃしょうがない。
はぁ、と一つ溜息をつき、は父に今までの経緯を話した。
すると、深怜は先程が見せた表情と同じく、その顔に黒い笑いを湛えて問うた。
「…で、誰に一泡吹かせようと思っているんだ? 陸遜か?」
「!? 流石は父上だね…」
は仕方なく今考えたばかりの『企み』を深怜に白状する決心をした。
深怜は知っていた。
が何時も悔しい思いをしていると言う事を。
恋仲の相手…陸遜にやり込められる度に父の前で
「あ〜っっっ! また伯言にしてやられたわ! もう…あの黒さがなかったらもっともっと可愛いのに…っ!」
と愚痴を吐きまくっていたから…当然と言えば当然なのだが。
「………それは面白そうだな」
改めての企みを聞いた深怜は楽しそうに表情を更に黒くして頷いた。
そして…徐に書簡を卓に拡げると
「…その企み、私も一肌脱ぐぞ。 陸遜と一勝負といくか」
呆れながら父の様子を見るの顔を見据えた。
…やっぱり、ね。
血は争えない、か…。
は「『この人には一生逆らえないわ』…と思いながらも心の何処かでそれを嬉しくも思っていた。
意を決して父の顔を改めて見据える。
そして。
「…それじゃ、父上に手を貸してもらおうかなw」
子供の頃から変わらない、娘の笑顔を深怜に向けた。
さて、この父娘の企みは………。
果たして陸遜に一泡吹かせる事が出来るだろうか???
「…。 寝てしまいましたか?」
あれから数日後。
陸遜がの部屋を訪れて一時…仲睦まじい語らいを終えた二人。
床に敷かれた布団の上に横になり、半分眠りかけていたは陸遜の声に反応して直ぐにその場に起き上がった。
「!!! …ごめん、伯言」
「いえ…いいですよ。 そのまま眠っても構わないですよ、私は…」
陸遜はそう言うとの両方の肩に手を添え、そのまま再び床に押し倒した。
そして。
「…こうやって貴女の寝顔を見ているのも楽しくて…幸せですから」
片手をの髪に移して優しく撫でながら他の誰にも見せないような柔らかい笑顔をに向けた。
その言葉に顔を軽く上気させたは、陸遜に視線を合わせたまま同じ笑みを浮かべる。
「伯言…好きよ。 愛してる」
「ふふっ… 私も、愛していますよ。 …」
微かな笑い声を洩らし、陸遜の顔がのものに近付く。
優しい…それでいて熱い口付け。
「ごめん、伯言…。 最近何かと忙しくてね」
「えぇ…ここのところ行商人が医務室に訪れる事が多かったので…気にはしていたのですが」
「うっ…うん…。 新しい治療薬とか、書簡とか…いろいろ持って来て貰ってるから」
「…医療の分野も大変ですね」
「それは兵法や軍略だって同じでしょ?」
はそう言うとその場に身を起こし、乱れた黒髪を整えながらくすっと微笑った。
伯言、ごめんね…
本当は仕事半分、『企み』半分なのよ…。
勘の鋭い陸遜を欺くのは容易ではない。
しかし、愛する人との逢瀬を避ける事など…とても出来ない。
の心の中で次第に陸遜への『すまない』という気持ちが膨らみ始める。
それを隠しながら紡ぐ『偽りの言い訳』。
は服を着替える陸遜に気付かれないように顔を伏せ、一つ溜息をついた。
…このまま…。
ばれないように進める事ができる? 私…。
更に数日後。
父娘二人で模索した『企み』の準備は、極秘裏に最終段階に入っていた。
仕事の合間に行商人から異国の材料を仕入れ、書簡に描かれていた服を作る。
そして、それを着て陸遜の前に現れ、驚かそう………という。
軍医父娘としては何とも簡単な『企み』であった。
が鋏を片手に精魂籠めて作っていた服から僅かに出た糸を手入れしていると。
背後から低い声だが、明らかに楽しげな鼻歌が聞こえてきた。
このような父の様子に慣れていないが不安に感じながら後ろを振り返ると………。
「うわっ!!!」
目の前に迫っていた赤い物体(?)に心底驚かされた。
其処には…彼の国では『さんたくろうす』と呼んでいる、赤い服を着た白髭の老人が立っていた。
その老人はその場でくるん、と一回りすると、おどけた様子でお辞儀をしながら白髭の間から白い歯を見せる。
「どうだ? 。 …似合うか?」
「………もう、驚かさないでよ」
老人の正体、見たり。
はほっと胸を撫で下ろしたが、直ぐに父の方を軽く睨み、問い詰めた。
「って………なんで父上がそれ着てるのよ」
「う、うむ…」
老人に扮した深怜は、その先が言い辛いのか、もごもごと口ごもる。
父の、何時もの父らしくない態度には何とも言えない嫌ぁな予感がした。
所在なさげに自身の頭をかき、父の次の言葉を待つ。
すると、深怜はその顔を情けなく伏せると思いもがけない台詞を口にした。
「この服を作ってるうちにな………私も着てみたくなったのだ。
私も、これを着て…陸遜を驚かせたい、んだが………」
その場に消え入るような程の小さな声でぼそぼそと言葉を紡ぐ深怜。
本人の話では。
父自身も陸遜に悔しい思いをさせられているらしい。
時間が空いた時、休憩がてら…彼らは時折囲碁をしていた。
その囲碁で…現在陸遜に大きく負け越している、と。
………が初めて聞く事実、初めて見せつけられた父の弱みだった。
「知らなかった…。 父上も伯言にやられてたのね」
「うっ…うむ…」
「でも、それとこれとは話が別よ」
父の意外な弱みに一瞬怯みかけただったが、ふるふると自身の頭を振り、きっと深怜を睨む。
「この話を持って来たのも私だし…何より此処まで考えたのは私よ。 着るのは私。 これだけは譲れないわ」
「うぬぅ…」
流石の深怜も人の父…愛娘の我が儘にはぐぅの音も出ない。
子供のように不貞腐れながら付け髭を外し、赤い服を脱ぎだす。
「仕方がない。 …今回はに華を持たせよう」
「ありがとう、父上。 …大好きよ」
「………うむ」
娘の言葉に照れくさそうに背を向ける深怜。
着替えを終えた深怜は、今迄着ていた赤い服を大事そうに布袋に仕舞いながら
「…さて、。 今度は何時実行するか、だが…」
との方を振り返った。
刹那、振り返った先のの姿に驚愕の表情を向ける。
そして。
「………!!!」
言葉もなくその場に卒倒しかけた。
…さて、父もが卒倒する程のの姿は…。
陸遜にどれだけの衝撃を与える事ができるだろうか…?
それは自身にも解き切れない問題であった。
『企み』の支度が全て完了した次の日。
は「善は急げ」と言わんがばかりにそれを実行する決心をした。
…と言うより。
愛する人を欺くことに耐えられなくなった、と言った方が正しいだろうか。
は父が用意した座布団を自身の身体に何重にも括り付けた。
そして、肩に詰め物をした赤い服を着て…白髪の鬘(かつら)と顔一杯の付け髭を身に付けると。
何処から見ても『白髪の爺さん』だと言えるような姿にすっかり変化していた。
傍でその姿を見ていた深怜は
「うむ…よく出来ている」
と満足そうに満面の笑顔で一つ頷く。
それは…自分の作品(?)に対してだけの満足…。
自己満足じゃない…。
はそう思いながらも父に満面の笑みを向けた。
そして、室の扉をそっと開けて髭だらけの首だけを出し、外の様子を伺う。
うん、誰も居ない。
行くなら今ね。
「じゃ、父上。 …行ってきます」
「うむ。 結果報告、楽しみにしているぞ」
「………了解」
父娘二人、顔を見合わせて頷き合う。
そして、は扉から外へさっと身を躍らせると、早足で去って行った。
いよいよが陸遜の自室の目の前に到着した。
此処までの行程では上手い具合に誰とも顔を合わせなかった。
念のため、扉を叩く前にもう一度周りを見回す。
…よし。
誰も居ないわ。
そろそろ…。
………始めますか………。
は自身の胸に手をやり、軽く一つ息をつく。
そして、徐に扉を叩いた………。
とんとん…。
「はい。 どうぞ」
中から愛しい人の声が聞こえた。
執務中なのだろう、その何時にも増して張りのある声には一瞬尻込みする。
が、『頑張れ!私!』と自身の気持ちを奮い立たせると。
は引き手に手を掛け、一気に扉を開け放った。
「………!!!」
扉の前に立つ紅白の人影に陸遜ははっと息を呑む。
その顔は恰(あたか)も異形の物を見ているようであった。
口をぱくぱくさせながら
「あっ………で、出た…」
と言葉を詰まらせ、その場に座ったまま身体を後ずさりさせる。
…してやったりw
陸遜が思った以上の反応を示してくれたことに、 は心の中でほくそ笑んだ。
そして、室の中へ歩を進める。
すると陸遜は
「よっ…寄らないでくださいっっっ!」
と言いながらとの距離を保ちつつ後ろへじりじりと逃げていく。
その様子に、の心の底から笑いがこみ上げて来る。
…第一段階、完了。
「ぷっ……くすくす……あっはははははは!!!」
堪りかねて発せられた笑い声に陸遜の身体は硬直した。
異形の物の正体、見たり。
陸遜は身体を硬直させたまま安堵の息をつくと
「………人が悪いですよ」
と不貞腐れた表情で軽くを睨んだ。
その表情に一瞬『可愛い』と思っただったが。
『未だ終わりじゃない』と気を持ち直すと人工的にふっくらさせた腰に手を当てて言う。
「…何時もの仕返しよ」
「………やられましたね」
陸遜は胡坐をかいた自身の両足に視線を落とした。
そして、の姿を苦々しく見上げるとぽつりと零す。
「……いい加減その服、脱いでくれませんか」
………来た。
第二段階、開始。
「…解ったわよ。 ちょっと後ろ向いててね」
白髪の鬘を取りながらが言う。
その言葉に「はい」と答え、素直に振り向く陸遜。
やはり未だ動揺しているのだろう。
何時もならば
「………その服の中まで知っている私に、そういう事を言うんですか?」
と言って…決しての言う事を聞かないのだが。
「………伯言、いいわよ」
身に付けていた鬘、付け髭、赤い服、座布団を全て床に置くと。
は陸遜にゆっくりと近付き、その肩をぽんぽん、と叩きながらゆっくりと声をかけた。
その言葉を受け、陸遜は肩にあったの手をぐっと掴むと
「………私を苛めて、楽しいですか? 」
憮然とした表情での姿を………。
「!!!!!
! その格好は!!!」
陸遜はの姿に再び驚愕した。
その姿とは。
赤い服、という点では先程の姿と変わらない。
が。
その服は、普段の服装からは決して考えられないもので、の女性らしい身体の線がはっきり解る露出度の高い服だった。
裾は末広がりで短くなっていて、太腿を半分以上曝け出している。
そして、裾や襟、袖口…あらゆる所に白い毛玉のようなものがついていた。
陸遜の身体は再び硬直したが、先程の硬直と違い…興奮で顔が上気していた。
………よし。
大・成・功♪
は、陸遜の視線が釘付けになっている事に羞恥心を覚えながらも嬉しそうに陸遜を見下ろしていた。
「………とても綺麗ですよ」
暫し硬直の時間が続き、ようやく落ち着いた陸遜が呟いた。
しかし、未だその顔は上気しており、止まらない動悸に自身の胸に手を当て、呼吸を整えている。
そんな陸遜の言葉に「ありがとう」と返し、は
「頑張って作った甲斐があったってもんだわ」
満面の笑みで陸遜を見つめた。
すると、陸遜は自身の胸から手を離し、唇の端を軽く吊り上げると
「…しかし…。 その姿は…とても挑発的ですね」
不意にの腕を掴み、床に組み敷く。
「………これは、貴女からの『おねだり』と取って宜しいですか? 」
「ちょっ…おねだり、って…」
「自分だけ楽しい思いをしようだなんて…許しませんよ。 今度は私の番です…」
の言葉を皆まで聞かずに、陸遜は自身の欲望のままにの唇を強引に奪いにいった………。
数刻後。
暫し放心状態であった二人だったが。
「………、面白い事思いつきました」
「…え?『面白い事』…って?」
天井を見つめたまま言い放った陸遜の言葉に反応し、が床から身を起こした。
そして、陸遜の顔を見下ろすと。
その顔は…唇の端を吊り上げ、くくっと黒い笑いを洩らしている。
…また、何か悪い事企んでいるわね。
陸遜は床に置いてある『さんたくろうす』の服を指差しながら言い放つ。
「これ、他の人たちにも見せて差し上げましょう…きっと楽しいですよ♪」
「…やっぱり」
は予想通りの陸遜の言葉に、乱れた長い髪をかき上げながら大きな溜息をついた。
陸遜が『くりすます』の存在を知ったのはこの後のことである。
その後。
未だ『くりすます』の存在を知らない軍の面々は…。
陸遜が思いついた『悪戯』に快く賛同した深怜と陸遜…二人が扮する『さんたくろうす』の姿に騒然となった。
その姿を…ある者は『物の怪』と言い、ある者は『異国からやって来た幽霊』だと言った。
この『赤い服の老人』の伝説(?)は後世にまで語り継がれる事に………。
………当然の事だが。
ならなかった とさ。
劇終。
アホガキアトガキ
『玻璃の箱庭』の管理人であるとも様からのリクエストにお答えしました。
此度は素敵なリクエストをありがとうございます!
内容は
1.軍医ヒロインで。
2.お相手は陸遜。
3.サプライズ&イベントもの
(リクエストでは『ハロウィン』だったんですが、時期的に過ぎてしまいそうだったので…クリスマスということで)
4.ギャグっぽく。
5.軍医父登場を希望。
以上で。
何とも私好みのリクエストで…w
思わぬ長文になってしまいました(滝汗
しかし…今回のりっくんは…めっさスケベでヘタレ orz
もし、「こんなりっくん嫌じゃ!」と思われるのであれば…書き直します(涙
そして、父が出すぎで………。
このような駄文で…ごめんなさい!
とも様…宜しかったらお持ち帰りください…(切願
そして、ここまでお付き合いくださった皆様に。
本当にありがとうございました!
2006.11.4 御巫飛鳥 拝
使用お題『逆襲』
(当サイト「短めお題10連発!」より)
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