a roundabout way …
気付いた時には…
貴方は…私の傍に、居た。
だけど…。
心は…何時も…遠くを彷徨うばかりで…。
誰もが目を覆いたくなる程の眩しい日差しを受けて。
ここ、訓練場は動いていなくても汗が吹き出すほどの暑さになっている。
その中に。
手合わせで更に熱くなっている二人が居た。
「こンのおぉぉぉぉぉぉぉ!」
「せいぃぃっ!」
掛け声と共にお互いが駆け寄る。
そして、間合いを詰めた二人の得物が。
ガキン!
ぶつかり合う。
「「うぬぅぅぅぅぅぅぅぅぅ…」」
いっぱいの力をこめるものの、重なった二つの得物は微動だにしない。
緊迫した鍔迫り合いが続く事数刻。
周りの武将達が固唾を呑んで見守っている中。
二人はどちらからともなく力を抜き、背中合わせに座り込んだ。
「「はぁ…はぁ…」」
同じような姿勢で乱れた息を整える二人。
「馬超…強すぎ…っ」
「お前こそ…腕、上げたんじゃないか?」
「えっ…本当?」
馬超からの意外な誉め言葉に思わず後ろを振り返り、笑顔を見せる。
しかし、馬超はそんなの態度に一瞬だけにやりと笑うと
「女の癖にその豪腕だもんな…俺の腕が折れるかと思ったぞ」
と言って槍を放した手を大袈裟に振った。
すると、馬超のその一言に腹を立てたのか、は顔を上気させて再び自身の槍を手に取る。
そして、先程見せた笑顔を引きつらせながら立ち上がると
「馬超…それ、どういう意味かなぁ…?」
手にした槍を馬超の頭上に振りかざした。
しかし、怒りを露にしたを目の前にしても馬超の態度は変わらない。
その場に胡坐をかき、ふざけた調子で自身の腕を胸の前で組む。
「うむ…この豪腕があるから、に男が寄り付かんのだな」
「なっ…!」
は馬超の一言に言葉を詰まらせた。
急に笑顔が消える。
そして、振り上げた槍をゆっくり下ろすと馬超に背を向け、静かに俯いた。
不意にこみ上げてきた涙を見せないように。
…そんなつもりじゃ、ないのに…。
貴方に、そんな言葉…云われる為に…
強く、なったんじゃない…。
は自分自身の気持ちを押し殺すように頭を振り、顔をきっ、と上げると。
皆への挨拶もせずにすたすたと歩を進め、その場を後にした。
ざわつき始める場内。
はいつも、そこで馬超にとっての致命的な言葉を吐き、その場の笑いを誘っていたのだが。
と馬超は…。
が軍に仕官した時からの仲である。
ウマが合うのか…はたまた合わないのか。
何故か二人は顔を合わせる度に喧嘩ばかりだったが。
それが如何にも微笑ましく。
周りの人達はいつも二人のやり取りを楽しく見守っていた。
しかし…。
今日のいつもとは違うの態度に皆が戸惑っていた。
それにに逸早く気付いた馬超は慌てて立ち上がり、の後を追った。
「どうしたのだ?」
中庭に面した縁側に腰を掛けて涙を堪えるの前に立ち、馬超が訝しげに訊く。
すると、は顔を伏せたまま
「…るさいっ」
と呟いた。
辺りは、先程までの快晴が嘘の様に灰色の雲で覆われ始めて暗くなり。
突然の雨の予感を運ぶ冷たい風が黙った二人の距離を微妙に近付けさせる。
馬超は何も言わずにの隣に座った。
言葉なく静かな時が過ぎる。
二人の頭上からは何時の間にか大粒の雨が降り始めて。
雨粒が屋根を叩く音は気まずい二人の間を埋めるように響いた。
「…すまなかった」
やっとの事で口を開いた馬超。
しかし、その掠れた声は雨音に掻き消された。
は俯いていた顔を上げ、馬超の横顔を見詰める。
「今、何か言った?」
「うむ…」
意を決して口にした言葉が届いてなかったことに羞恥心を覚えた馬超だが。
顔をに向けて、今度はしっかり聞こえるように少し声を上げる。
「先程はすまなかった。気に障る事を言ったんだな…俺」
「ううん…私もごめんね」
「あぁ…いきなり出て行くから、何事かと思ったぞ」
その言葉に一瞬だけ顔を上気させると、は頭を振り、誤魔化すように笑顔を馬超に向ける。
「あは…あれはね、多分…戦が近いから気持ちが急に高ぶっちゃったんだ…と思う」
「そうか………。やはり、緊張するか」
「う〜ん…緊張、と言うか…」
は視線を頭上に移し、灰色の空を見上げた。
…当分、雨は止みそうにない…。
再び訪れる沈黙。
それを破ったのは馬超が胡坐をかいた自分の膝をぱん、と鳴らした音だった。
その音に驚いたが馬超の顔を見ると、彼は笑顔で見返した。
「、お前は俺の軍団に属するんだよな」
「うん…馬超の副将、だけどね」
「…それなら問題はない!」
「…なんで???」
の疑問に馬超は戸惑った。
自身の頭を掻き、言葉を捜している。
そして、意を決した馬超は。
訝しげな表情のまま答えを待つに自身の拳を目の前に差し出しながら言葉を吐き出す。
「、次の戦は副将として俺の護衛を命ずる。
無理をして突出する事のないようにな。
…頼むぞ…戦友」
「おう、軍の勝利を信じて!」
馬超の拳に自身の拳を合わせながら。
は…
(戦友、か…)
複雑な気持ちに心が張り裂けそうになっていた。
一方。
馬超は、と言うと…。
(『傍でお前を護る』って言ったら…お前は納得しないしな。
しかし…何故上手い言葉が出てこないのか…)
自身の不器用さを嘆いていた…。
が属する馬超の軍団は軍の最前線という重要な位置を任されていた。
戦が始まり数刻の間に、早くもその場は倒れた兵士達の屍で血生臭くなっていた。
戦さえなければ…。
此処は民の笑顔に溢れた憩いの場に成り得たのだろうな…。
は、先日の下見で馬超がこう言ったのを思い出したが。
直ぐに頭を振り、自身の槍を手に更に前にある拠点へと歩を進める。
そして、視線を目の前の馬上の人に向けると、馬上の戦人(いくさびと)もの方を振り返り、軽く手を上げる。
兜でその表情まではよく解らなかったが、『心配要らん』と言ってくれているようで。
は気持ちだけでなく、身体も軽くなったような気がした。
敵の拠点が目の前に迫った。
と、その時。
「敵襲だーーーーーーーーー!」
と何処からともなく大声が響いた。
馬超以下、軍団の全ての者がはっと息を呑み、声の方を向く。
すると。
敵陣より関係のない方向から一組の人馬が駆けて行く。
まさか…
間者?!
それに逸早く気付いたは
「はぁっっっ!」
自身の馬の腹を思い切り蹴る。
馬は高く嘶き、前足を一瞬だけ持ち上げると、全速力で間者を追い始めた。
「おい!!自重せよ!」
馬超が慌てて叫ぶが、既に遠くを走るの耳には最早届かなかった…。
「…囲まれたわね…」
間者らしき者を追って鬱蒼とした森まで来たは辺りを見渡す。
ぱっと見る限り其処には間者らしき者以外の人影はない。
しかし、は茂みの中に潜む伏兵の気配を既に感じていた。
…ざっと四、五十人…。
私一人で太刀打ち出来るか…。
否、出来なければ…こっちが殺られる!
は乗っていた馬から降りると
「ご苦労様…どうか、あの人の許へ無事に辿り着いてね」
軽く鬣を梳いてやると自身の槍で馬の腹を叩き、今来た方向へ走らせた。
そして、槍の柄を地に着けると、厳しい表情で周りを見回しながら言葉を放つ。
「…其処らに居るのはわかっている!
隠れていないで出て来るがいいっっっ!
我が槍で…貴様達を纏めて、薙ぎ倒す!!!」
直ぐさま槍を構える。
刹那、茂みから幾人もの兵士がその場に躍り出てきた。
多い…!
…しかし!
「馬孟起が副将、! いざ、参るっっっ!!!」
は槍から一閃を放ちつつ、敵の真中に突っ込んだ。
「はぁ、はぁ…」
次々に襲い掛かる伏兵…何処かから駆け付けて来ているのだろう。
一向に減る気配のない兵どもに、とうとうの息が上がってきた。
ふと身体を見ると、思ったより沢山の傷がその口をぱっくりと開けていた。
…まずい…っ
傷なんか…見なきゃ、良かった…。
の身体がぐらりと揺れ、目の前が翳んでくる。
『突出する事のないようにな』
今更ながら馬超の言葉が繰り返しの頭を過る。
「…ごめんね、馬超…」
はそう言うと、力なくその場に膝を付いた。
筈だった。
刹那、の身体がふわり、と宙に浮いた。
否、馬上の戦人に抱え上げられたのだ。
そして、その人物は。
「はぁぁぁぁぁぁーーーーーっっっ!!!」
を抱えたまま片手で龍騎尖を一振りすると、周りの敵を一刀両断の如く薙ぎ倒す。
…馬超…。
やっぱり、貴方の方が強いわ…。
その勇ましい姿…。
私の…す、き…な………
痛みと出血で意識を失う瞬間まで…は馬超の腕の中でその雄姿を見詰め続けていた…。
「………」
「おっ…気が付いたか」
「!!!!! 馬超 !!!!!」
目を開けると、すぐ目の前に馬超の顔があって。
は顔を上気させ、慌てて一瞬上げた頭を再び枕に付けた。
…戦場で戦ってた筈なのに…
あれは…
夢…?
しかし、そんな思いを余所に、の腕や足…体中に走る痛みが全てを物語っていた。
は落胆の表情を馬超に向ける。
「戦…終わったんだね…」
「あぁ…あれから一昼夜程で終わった。思っていたより早い決着だった」
「そう………」
溜息混じりに呟くと、は顔を馬超から背けてその身体を小刻みに震わせた。
自分が倒れている間に戦が終わった…。
馬超が無事だと言う事は、この戦は勝利で終わったのだろう、と容易に理解できたが。
彼女の心には勝利の喜びよりも違う気持ちで一杯になっていた。
傷だらけの腕をやっとの事で動かし、手で顔を覆うと嗚咽を洩らし始めた。
「馬超っ…私…悔しいよ…っ!
私も…馬超のように…軍の為に働きたかったっ!
軍の…殿の為に…ううん、何より…馬超、貴方の為に…っ」
顔を覆った手から涙が伝う。
涙ながらに思わず出る本音に自身は気付かない。
馬超は一瞬上気した顔でを見たが…直ぐに優しい笑顔を未だ嗚咽を洩らす彼女に向ける。
そして、にどんな言葉をかけてあげれば良いか…を考えながら。
を気遣うように黙って…静かに一旦席を外した。
寝台の上で身体を起こし、は室の天井を見詰めていた。
結構な時間泣き続けた結果…目や鼻が赤くなり、手で触れるとほんの少し痛みが走った。
と、其処へ直属の女官が水桶を手に姿を現した。
「様…目が痛みますでしょう? 少し冷やした方が良いかと」
女官はそう言うと、水桶を寝台の脇に置き、中に入っていた布を軽く絞っての目に宛がう。
ひんやりした感触が心地いい。
は目に当てた布を手で押さえながら少し俯く。
「ごめんね…格好悪いところ、見せちゃったね」
「いいえ。それも武人が故の苦悩…私も重々承知しておりますわ」
「…ありがとう…」
は女官の方を向き、軽く微笑んだ。
武人が故の、苦悩…か。
私の場合はそれだけじゃないんだけどね…。
涙の理由。
悔しさも勿論あっただろうが。
それよりも…。
馬超との約束を守れなかった事。
その馬超…本来ならば護らなければならない人…に助けられた事。
それが…。
何にも変え難い悲しみになってを襲っていたのだ。
「…様、あの…」
の心に再び泣きたい気持ちが押し寄せようとしたところで。
女官が重たい口を開いた。
「何…? 何か言いたい事でもあるの?」
少し震えた声でが訊くと、女官は小首を傾げて一瞬だけ眉間に皺を寄せる。
そして、意を決したようにの腕に手を添えると。
「様…これは言っていいものか解りませんが…
私には様のお気持ちが…よく解ります。
ですから…お話します。
実は、先程水場で馬岱様にお会いしまして…。」
先程聞いたばかりの話をに伝え始めた…。
軍の面々が帰還した時。
馬超の腕の中にはがいた。
本来、傷ついた兵を運ぶのは医療班の役割なのだが…。
彼はそれを許さなかった。
あれから馬超は伏兵を一網打尽にし、間者らしき者を…仇を討つが如く討ち取った。
そして一旦医療班にを託した後、破竹の勢いで進軍し、敵軍の総大将の元に辿り着くと。
瞬く間にその場に居る敵軍の将を全て撃破した。
その後、医療班の天幕で意識のないの身体を半分奪うように抱え上げ…。
医療班の制止も聞かず、彼女の身体を大事そうに抱きかかえたまま…ゆっくり帰還した。
「…様。
私…馬岱様のお話を伺った時。
漠然にですけれど…馬超様のお気持ちも解ったような気がします…」
女官の口から紡がれる言葉に。
は只々呆然とするしかなかった。
に対して。
ましてや軍団長の命令を無視して突出し、軍に迷惑をかけた…
言わば罪人と言っていい者に対して。
其処までするのは…?
その、答えは…誰もが一つしか思い付かないだろう。
目を塞いだ布が一気に温まる程、の顔が上気する。
慌てて布を水桶の中に入れ、自分で絞り…今度は顔全体を覆った。
こんな顔、馬超に見せられない…っ
数刻の後。
部屋の扉を叩く音と同時に室の中に入ってくる馬超。
その姿を見るや否や、女官は寝台の脇から立ち上がり、そそくさと扉に向かって歩き出す。
そして、馬超と擦れ違う瞬間。
「…馬岱様からお話は伺っております。
口止めをされていたのですが…今、それを様にお話した処でございます。
ですから…。
…後は、馬超様に…様をお任せ致しますわ」
と言い放つと、ふふっと悪戯っぽい笑顔を馬超に向け、室を出て行った。
「「………」」
何から話せばいいのか…。
否、寧ろどのような顔をして相手を見ればいいのか。
解らないまま二人は黙っていた。
沈黙にも耐えられなくなり、が当て布から顔を上げると。
何時の間にか馬超が寝台に座っていた。
「ばっ……馬超っ!!!」
顔から引きかけていた血の気が再びの顔を上気させる。
居た堪れない気持ちが大波のように押し寄せてくる。
はなんとか気持ちを落ち着かせようと…大きな息を一つ吐くと
「あの…馬超… ごめん、ね」
途切れ途切れに呟いた。
すると、馬超は少しだけ高く笑うと
「そんなにしおらしくするな…お前らしくない」
の肩に手を添える。
そして、の目の前にその顔をずい、と迫らせる。
「しかしな、俺の忠告を無視して突出しやがって…俺は肝を冷やしたんだぞ」
「だから…ごめん、て…?!」
が言い終わらない内に、その身体は馬超の腕の中に納まっていた。
「…馬鹿、お前が危険な目に遭うかと思うと…気が気じゃなくなる。
だから…あの時も俺の護衛を命じた。
傍に居てくれれば…護り抜く事は容易いからな。
すまなかった…俺も、言葉が足りなかった」
「護り抜く…って?」
は訝しげな顔で馬超を見上げる。
先程までの大波のような気持ちは何時しか治まり。
その代わり、言い様のない愛おしさがこみ上げてきた。
すると、馬超はその顔を上気させてから視線を逸らした。
天井を仰ぐように見上げ、何やら考えていたが。
意を決した馬超は真っ直ぐにと視線を合わせた。
「初めは…本当に『戦友』だった。
お前と馬鹿をする事が物凄く楽しかった。
しかし…気が付いたら…お前を…愛して、いたんだ。
その時から…。
俺は、お前を、この手で…護りたいと思った。
他の誰でもない…この俺が、な」
「馬超…」
の瞳から一筋の涙が頬を伝った。
しかし、それは先程の涙とは明らかに違った涙。
嬉し泣き。
涙を流しながらも、の顔には笑みがこれでもか、と言う程零れていた。
馬超の不器用な言葉。
それが、他のどんな美しい言葉よりもの心を貫いた。
「おい、。お前…そんなに涙もろかったか?」
「…るさい…っ」
は馬超の言葉に慌てて涙を拭うと、軽く睨みつける。
しかし、その表情は直ぐに笑顔に戻り…。
自身の腕を馬超の腰に回すと、唇を軽く合わせた。
「好き、と気が付いた時には…貴方は既に『戦友』として傍に居た。
だけど…言い出す勇気がなかった。
だから…『戦友』でも構わない…せめて傍に居られたら…と思った。
それにね…今は戦乱の世。
何時、離れ離れになるか…独りぼっちになるか解らない。
それが、一番怖かった…
でもね、今なら言えるよ。
馬超…貴方を愛してる」
から紡がれる言葉に、馬超も同じように心を貫かれた。
を抱き締める腕に力を篭める。
そして。
「これから先は…正義と、お前の為にこの槍を振るう事を誓おう」
自身の唇をのそれに重ねた。
お互いに遠回りをしていた心が。
今、ようやく…出逢う事が出来た。
「「誰よりも … 愛している …」」
fin.
アホガキアトガキ
リクエスト夢☆
『甘色戦略』の管理人である慧ちゃんへの献上物です。
相互リンク記念夢…ということでしたが。
リクエストは…。
「お相手を馬超で。」
ってだけだったんです。
まぁ…このリクエストを貰った時点で既に大体のあらすじが私の中で出来上がっていたんですが。
…その『書きたいこと』を全部詰め込んだら…
アホみたいに長いモノが出来上がっちゃいました… orz
しかも、終わりが………(泣き
慧ちゃ〜ん!
此度は相互リンク、有難う御座いました!
満足な夢を見られるか…かな〜り微妙ですが。
こんな拙く…長い夢でも宜しかったらお持ち帰りください…(滝汗
最後に、ここまでお付き合いくださってありがとうございました!
2006.8.30 御巫飛鳥 拝
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