磨かれる石 〜笑顔〜















私はずっと一人だった。

幼い時に只の平民であった両親を戦火で失い。

自分を疎ましく扱う親戚連中から逃れるように軍に仕官した。

一人でも生きて行けるように。

そして、弱かった両親が成し得なかった『戦って死する事』を全うするが為に。

一人でも強く。



もっと強く…。










しかし。

そんな私の心とは裏腹に…

現実は私の思いもかけない方向に進み始めていた…。



















今日も修練三昧の一日が終わろうとしていた。

この季節を疑う程の陽気…ぎらぎらと照り付ける太陽とそれを直接受けて熱が籠った地面。

眩む天の下で一日身体を動かしていた面々の体力は既に限界を迎え。

今修練場に残るのは体力に自信のある数人の武将のみであった。





額に浮きだった汗を拭うべく手拭いを腰から取り出すの背中に声がかかる。

「よう! !」

お疲れさん、と言う声には突如表情を険しくした。

返事をせずに後ろを振り返ると。

屈託のない笑みをその顔いっぱいに乗せた典韋が居た。

その表情には、通り名である『悪来』の影すらない。

…それはいい。

それはにしてみれば本当にどうでもいい事であった。

目の前の男がどんなに可愛い表情をしようが、そんな事など問題ではない。

彼女は彼の存在自体を少々鬱陶しく感じていた。

何が典韋を動かしているのかは解り得なかったが。

修練の終わりなど、少しでも時間が空くといろいろな所へ引っ張り回される。

気がつくとその姿は何時もの傍らにあった…。





は眉間に皺を寄せたままで額の汗を拭いながら軽く溜息を吐く。

「…典韋」

修練が終わる度にいちいち私の所に来ないで…と言おうと開きかけた口に、突然瑞々しい何かが突っ込まれた。

反射的に噛んでしまうと、爽やかな甘味と酸味が口中に広がった。

「美味いだろ! 向こうの山に良い桜桃が生ってたんだぜ」

鍛え上げられた岩のような腕に、不釣合い甚だしい小さく赤黄色い実をわんさかと入れた籠を抱えて彼が満足げにからからと笑う。



不覚にも美味しいと思ってしまった口を両手で押さえ、

「…典韋!! どうして貴方はいつもいつも無作法で不謹慎なの!!」

少々もごもごした口調でが叫ぶように訴えかける。

すると、そんな彼女の様子に臆する事なく典韋ががはは、と豪快な笑い声を響かせた。

「はっは! 違ぇねぇや。 だがよ、これがわしの性分だから、しゃぁねぇだろ」

「…はぁ…」

は聞こえよがしに大きく溜息を吐いた。

ここまで潔いと…怒鳴った自分の方が馬鹿らしい、と思わされる。

彼は何時だって突然で、強引だ。

それでも、時折見せる屈託のない笑顔や優しさは紛れもなく本物で…。

は心に鬱陶しさを感じながらも、典韋の存在を拒めずにいた。

やれやれ、とかぶりを振って目の前の大男を見上げると。

その男はにかっ、とまだ年端のいかない子供のような笑顔を向けて

「なぁ、修練はもう終わりだろう? だったら…その辺に座って一緒に食おうぜ!」

と言い放ち、徐にの腕を掴んでぐいぐい引っ張っていく。



…しょうがない、か。



はもう一度大きな溜息を一つ吐くと。

ようやく典韋の強引さに観念して、無骨な腕に黙って従う事にした。










傾いていく太陽が猛烈な速さでこの場を宵闇へと運んでいく、そんな夕暮れ。

先程までの暑さが嘘のように引き、熱を与える力を失った斜陽が優しく二人の影を作る。

人が疎らになった修練場の片隅に二人は並んで腰をかけた。

刹那、膝を抱えたの目の前にどさり、と桜桃の籠が置かれる。

食されるのを待つような輝きを放った桜桃の山。

その量が思ったより多い事にはぎょっ、と一瞬目を丸くしながら典韋の顔を見上げた。

「…典韋、これ」

「好きなだけ食えよ! 何なら全部食ってもいいぜ!」

「…食えるかっ!」

何も考えていないような笑みを振り撒きながら簡単に言ってのける典韋に殆ど反射的に言葉を返す

しかし、先程の修練でたくさん汗をかいた今の彼女にとって桜桃は格好の物である。

の言葉に「どうすっかな…」と考え込んでしまった典韋に

「まぁ…余ったら女官達に配ってあげればいいわね」

逃げ道とも取れる言葉を放つと、形のいい実を一つ掴み、自分の口の中に放り込んだ。

再び口の中を涼しげな風が吹き抜けるような爽やかさが広がり、同時に喉の渇きを潤す。

「…美味しい」

「だろ? 見るからに美味そうだったからよ、お前にも食わしてやりたいと思ってな」

一握りの桜桃を口に頬張りながら満足げに語り出す典韋。

その楽しげな表情を見ていると、自分の心も軽くなるような気がする。

は心の中で微かに笑い、桜桃をまた一つ口に入れていっぱいに広がる甘酸っぱさを心地よく感じた。










一時の後。

桜桃を頬張り続ける典韋の手が不意に止まった。

そして。

ん?と訝しげに小首を傾げるの顔を何時になく真剣な瞳で見つめると、彼の心の中にずっとあった疑問をぶつける。

「なぁ…。 お前、何であまり笑わねぇんだ?」

「…貴方には関係のないことだわ」

典韋の問いに表情を再び険しくして憮然と言い放つ

しかし、典韋は彼女の表情の変化に怯まず言葉を続ける。

「…だけどよ、笑うって人間にとって一番いい事なんだ、って軍医さんが言ってたぜ」

「………」

人間にとって一番いい…。

典韋に言われて、は抱えた膝の上に顎を乗せて考え込んでしまった。

そう言えば。

英蓮…私にも会う度に言ってたな…。

「笑う事って心と身体を健康に保つ秘訣なのよ。 貴女もたまには笑わないと、何時か壊れちゃうわよ」って。

成程…彼女を見ていればよく解る。

医師という大変な仕事をしているのに、何時でも楽しげに笑いかけて来る英蓮をは少々羨ましく感じた。

…私には…。

「私には多分、無理だわ。 心から楽しいって感じた事がないもの」

つい口をついて出てきた言葉。

それを聞いた典韋は「そっか…」と言うと軽く俯く。

典韋は、彼女が軍に仕官してきた経緯を知っている。

両親の死に加えて、親戚から受けた酷いとも言える仕打ち。

それを思えば…彼女の心が頑なになるのも無理はない。

しかし………。

「わしな…お前の笑顔、ぜってぇ可愛いと思うんだけどよ…」

今度は典韋の方が考えていた事を口に出してしまった。

はっと息を呑み、口を慌てて閉じるが…時既に遅し。

刹那、同様に驚いて顔を上げたの視界に二つの夕陽が飛び込んできた。

いや…一つはてっぺんまで真っ赤に染まった典韋の頭だったのだが。

それを見た瞬間、は心の箍が一つ音を立てて外れたような気がした。

ぷっ、と軽く吹き出すと…息せき切ったように訴え始める。



「やだっ…! 何を言い出すかと思ったら…何赤くなってんのよ!

今、夕陽が一個増えたって思っちゃったじゃない!

もう…笑わせないでよ!」



可笑しい、と笑いながらは思う。

あぁ…腹の底から笑うのってこんなに気持ちのいい事なんだ、と。

彼が言った言葉は流石に照れくさかったが…この笑いをもたらしてくれた典韋に心から感謝したくなった。

「ありがとう…典韋」と極々小さな声で呟く。

そして。

心の中に感じていた典韋への鬱陶しさが消え失せ、その代わりに新たな気持ちが生まれ始めた。







………これなら、少しくらい貴方に振り回されても…。

悪く、ないかな………。

















「ねぇねぇ、典韋。 今度はあっちの出店に行ってみようよ!」

が楽しげな雰囲気をその身いっぱいに湛え、大通りの向こうを指差して小走りで先を行く。

そして…典韋はと言うと。

しゃぁねぇな、と言いながらもの後姿を追い駆けていた。

しかし、その瞳は真っ直ぐに…彼女の笑顔を満足げに見据えている。







ここは城下の街。

城下でちょっとした祭りをやっている、という情報を何処かしらか聞きつけた典韋は、早速を誘った。

これまでは

「そんなの一人で勝手に行けばいいじゃない…いちいち私に声をかけないで」

と一向に興味を示さなかっただったが…。

先日の一件以来、彼女は変わった。

典韋に向ける態度にあまり変化は見られなかったが、彼の誘いを断る事がなくなった。

いや寧ろ自ら典韋を引っ張り回す程になっていた。

祭りの話を持ちかけた時も。

「典韋が、案内してくれる? …だったら行く」

お祭りって実際見た事がないのよね、と照れ笑いを浮かべながらすんなり承諾し、いそいそと二人揃って出かけてきたのだった。







「なぁ! 楽しいだろ?」

先を行くにやっとの事で追いつき、彼女の肩に手をかけながらにかっと笑う典韋。

それを見て己の顔も満面の笑みに溢れている事に照れを感じ、は慌てて表情を硬くする。

そして、口の中に入っていた点心を頑張って咀嚼して一息で飲み込むと

「ん…。 悪くないわね」

呟くように言い、典韋から視線を逸らして素っ気無い雰囲気を装った。

正直言うと…楽しい。

世の中にはこんなに楽しい事があったんだ、と初めての体験に嬉しくも思う。

しかし…それを率直に語れる程、のこれまでの生き方は器用でなかった。

故に「悪くない」という言葉は、今の彼女にとって一番の賛辞だと言えよう。

だが、が吐いたその言葉に典韋は笑みに少々苦いものを含める。

「…わしには充分に楽しんでるとしか見えねぇんだけどよ」

ぼりぼりと頭を掻きながら呟く典韋に、ははっと息を呑んで自身の姿を顧みた。

片手には出店の点心を大量に抱え、もう一方の手には簡単に遊べるような玩具を引っ掛けている。

そして頭には子供が好みそうな可愛いお面を乗せ…。

その下からは先程典韋に強請って買わせた髪飾りが小さく音を立てながら覗いていた。

言い逃れできないこの状況にはただただ笑うしかない。

「あはっ…こういうのを『楽しい』って言うんだよね」

「おぅよ! 祭りが楽しくなきゃ、しゃぁねぇだろ!」

の嬉しそうな呟きに律儀に相槌を打ちながら典韋が元の明るい笑顔を取り戻し、さり気なく肩を並べた。

刹那。

そんな二人のやり取りを別の声が遮った。

「ほう…。 祭りに珍しい組み合わせだな」

「「…?」」

同じく『祭りに珍しい』声に二人が同時にその方向へと振り返る。

すると、後ろには寄り添うように肩を並べる男女の姿があった。

「やべぇ…旦那じゃねぇか…」

「英蓮…」

二人が同時に声を絞り出す。

今は慌てるような場面ではないのだが、二人は突然の予期せぬ展開に対処しきれないでいた。

どちらからともなく顔を見合わせる。

刹那、夏侯惇がはは、と軽い調子で笑い、

「ここは城下だ…このような会い方をしてもおかしくはあるまい?」

と悪びれた様子もなく言い放った。

そして、傍らに立って二人を交互に見ていた英蓮が夏侯惇の言葉にうんうん、と頷いた直後、「あっ!」と軽く声を上げ、意地悪い笑顔を浮かべながら彼女なりの答えを導き出す。

「もしかして、二人…逢い引きだったりして!」

その追い討ちとも言える発言に二人は更に驚愕した。

片や

「ちっ…違うって英蓮! 違うってばっ!」

驚愕のあまり、首を千切れんがばかりにぶんぶん振りながら力いっぱい否定し。

片や典韋は、顔を頭のてっぺんまで紅潮させ、意味もなく群青色の天を仰いでいる。

何とも初々しい二人の様子を見て、夏侯惇と英蓮は顔を見合わせると同じ笑みを零した。

…気付かぬは本人ばかりなりだな、と。

夏侯惇は目の前の新鮮な反応をもう少し楽しみたい、と思ったが。

「…元譲。 これ以上私達が居ない方がいいんじゃない?」

己の耳元に唇を寄せた英蓮の微かな笑いを含んだ声に「うむ」と頷く。

「そうだな…。 あまり『逢い引き』の邪魔をしたらいかんな」

二人に聞こえるようにわざと声を上げ、『逢い引き』の部分を特に強調して言葉を放つ夏侯惇。

直後、「行くぞ」と英蓮の手を掴み、歩き出す。

それに合わせて英蓮も夏侯惇に従い、元のように寄り添いながら言う。

「お邪魔だったわね。 後はお二人でごゆっくりどうぞ♪」

この英蓮のからかうような言葉と、擦れ違いざまに見た夏侯惇の勝ち誇ったような笑顔に…典韋は何故だか敗北感を覚えた。

同時に、言いようもない微妙な怒りも込み上げる。

う〜、と軽く唸った刹那。

その心に反応した身体が勝手に動き出す。

身を低くし、夏侯惇の脚をぐっと掴むと…力任せに思い切り引っ張った。



びたんっっっ!



己の脚の思わぬ抵抗に夏侯惇の身体が前につんのめり、両手が上がった状態で真っ直ぐに地に叩きつけられた。

その見事な倒れっぷりに、他の三人が突如弾けたように笑い出す。

「はっは! 見たか、! …こいつ、まんま倒れやがった!」

「あはっ…! 流石は夏侯惇様…倒れ方もお見事!」

「やだっ…何言ってんのったら! …元譲! 幾らなんでも受身ぐらいは取りなさいよ…」

あまりに無様な己の姿と三人の笑い声に、夏侯惇は腹這いに倒れたまま動かない。

しかし、その手は力一杯握りしめられ、ふるふると小刻みに震えている。

刹那。

「典韋…貴様、俺を愚弄するのも大概にしろ」

低い声が和やかな空間を遮り、笑いを一瞬にして止めた。

ゆらり、とゆっくり立ち上がる夏侯惇から感じられる威圧。

それが己に向かっての事だと瞬時に感じた典韋は。

「…この手が勝手に動いただけなんだ! わざとじゃねぇ!」

血相を変えてじりじり、と夏侯惇と距離を取るように後ずさるが…。

夏侯惇の怒りはそう簡単に治まりそうにない。

これ以上ない程に眉間に皺を寄せ、典韋ににじり寄ると…。



「俺をこのような目に遭わせておいて…。 言い訳はするなぁぁあっ!」

「うぎゃぁぁぁ〜〜〜! すっ、すまねぇ! わしが悪かった!」



刹那、弾かれたように飛び上がり、走り出す典韋。

そして、それを修羅の形相で追い駆ける夏侯惇。

その二人の滑稽な姿に、から再び笑い声が飛び出す。

「はははっ! 二人とも子供みたい! 可笑しい〜〜〜!」

己の腹を抱え、瞳に僅かの涙を浮かべながら笑う

すると、その姿を横目で見ていた英蓮が微笑を浮かべ、に語りかける。

「…やっと貴女の笑顔を見ることが出来たわね」

「あはは…。 ねぇ、英蓮…笑うって結構辛いのね」

お腹が痛いわ、と呟きながらもなかなか笑いが止まりそうにもないに英蓮が話を更に続ける。

「…だけど、楽しいでしょ」

「うっ、うん…」

「それじゃ、楽しいと思える事を教えてくれた人に感謝しなさいよ。 …あそこで元譲に追われてる大男さんに、ね」

貴女にもそれくらい解ってるわよね、との鼻を軽く指で突く英蓮に。

ようやく笑いが治まったが、恥ずかしそうな笑顔を英蓮に向けてしかと頷いた。













一陣の旋風のように夏侯惇と英蓮は去った。

まるで仲睦まじい様子を二人に見せ付けるかのように、ぴったりと寄り添いながら。

その後姿を眺めていては素直に羨ましい、と思った。

私も何時か、誰かと………。

と考えた瞬間、脳裏に浮かぶ光景。

その中で自分の傍らに居る相手に心臓が反応する。 とくり、と。

やはり、おかしい。

あの桜桃の一件以来、自身の心に変化があったのは自覚している。

しかし…その中に僅かに潜む淡い感情の正体が何なのかが解らない。

初めての感覚が今回の出来事で大きくなってきた事に、は戸惑いながらふと典韋を見やると。

その本人は腕を組み、何かを思案しているようだった。

いや…何かを言いあぐねている、と言った方が間違いないか。

そういえば。

夏侯惇が典韋を捕捉して頭に拳の一撃を喰らわせた直後、典韋の耳元にぼそぼそと何やら吹き込んでいた。

それが原因なのだろうか…?

とりあえず、とが口を開く。

「…典韋、どうしたの?」

すると、その言葉に典韋が過剰な反応を示す。

「いやっ…何でもねぇ!  、待ってろ…ちょっとそこらで飲み物でも調達して来らぁ!」

一瞬びくっと肩を震わせると、何とも歯切れの悪い口調でまくし立てて逃げるようにその場を離れて行った。

…やはり、典韋もおかしい。

先程の典韋と同じように腕を組み、考え込む

お互いの微妙なぎこちなさに胸がざわつく。

このまま…気まずくなったら嫌だな、と。

「どうしたらいいのかしら…」

率直な気持ちに逆らう事なく独り言を吐きながらは典韋が戻って来るのを待った。










雑踏の中で、女一人が物思いに耽っている…こんな場面は祭りの場では些か不似合いだ。

直ぐに、街の荒くれ者の目にも留まる。

う〜ん、と唸っているの目の前に数人の悪者面をした男が立ち、口々に誘いの言葉を吐く。

「なぁ、姉ちゃん。 俺達とちょいと付き合わねぇ?」」

「一人で居てもつまんねぇだろ? 何処か遊びに行こうぜ」

「悪い思いはさせねぇからよ…」

直後。

思案の邪魔をされたが眉を顰めながら男達を見上げる。

「それだけ居れば充分でしょ? …煩いから私に声をかけないで」

「なっ…なんだと!」

に煩い、とはっきり言われた男達は…気が短いのか、途端に腹を立てた。

そのうちの一人が歯をぎりっと噛み締め、の着物の胸座をぐっと掴む。

「こっちが甘い顔してりゃいい気になりやがって…もう一度言ってみろ!」

「もう一度だけでいいのかしら? 『う る さ い』って言ったのよ。 聞こえなかった?」

厳つい顔をした男達に囲まれ、胸座を掴まれている事に全く臆する事なくが吐き捨てた。

すると、胸座を掴まれたままの状態で自分の身体がふわり、と持ち上がる。

「こりゃ…一度痛い目を見なきゃ解んねぇようだな!」

この男の一言に、その場が騒然となる。

遠巻きに見ていた人は散り散りに去って行き、ある出店の店主は衛兵を探しに行った。

見ている人が少なくなった事にはしめた、と思った。

これなら…こいつらを多少痛めつけても支障はないだろう、と。

袖の中に隠し持っている短刀の感触を確かめ、男達に気付かれないようにさっと袖の中で構える。

刹那。

騒然となっている人ごみから典韋が現れ、の胸座を掴んでいた男の肩に手をかけると

「わしの女に手を出すたぁ…いい度胸してんじゃねぇか」

凄味のある声で言葉を放った。

すると、その声に聞き覚えがあったのか…男がぱっと手を離し、の身体を解放した。

そして、周りの仲間達に今にも凍りつきそうな様子で震えながら声をかけた。

「こいつは…。 あっ…『悪来』の女だ。 野郎ども、ずらかるぞ!」

口々に『悪来』の名を発しながら四散していく荒くれどもの無様な様子をなんとなく眺めていただったが。

刹那、今言った典韋の言葉が頭を過った。

………わしの、女?

普通に言ってしまえば簡単な一言だが。

はそれを典韋から言われた事にこの上ない喜びを感じた。

そして…その瞬間、自身の心の中にあった淡い感情の正体をはっきりと自覚する。

これが、『人を好きになる事』なのね、と。

しかし。

の口から発せられた言葉は、自分自身も呆れる程可愛げのない一言だった。



「典韋…。 貴方が居なくても、私一人で撃退出来たのに」



その不器用極まりないの言葉に、今度は典韋が少々腹を立てた。

目の前に立ち、の頭をごちっと軽く拳で叩くと…不貞腐れた顔を向けて言葉を紡いでいく。



「戦以外の場で女が簡単に手を上げるんじゃねぇよ。

わしはお前に…こんな事で汚れて欲しくねぇんだ。

これからは…。

わしがお前を護ってやるから…もっと頼りにしてくれ」



その言葉は何とも歯切れの悪いものであったが。

典韋の頭がその言葉に呼応するように赤くなっていく事で、に真意が伝わった。

紅く染まった典韋の頭は。

あの時、典韋が籠いっぱいに採って来た桜桃のようだった。

同時に、の頬も鮮やかに紅く色づいていく。

心の中の淡い気持ちと共に。

はくすっと軽く笑いを洩らすと、典韋の顔をまじまじと見つめて呟く。

「…それって…」

「おうよ! もう逃げも隠れもしねぇ! 、わしはお前が好きだっ!」

典韋は、先程吐いた台詞で吹っ切れたのだろう…今度ははっきりとした意思表示をした。

殆ど叫ぶように連ねられた言葉に、の心が激しく躍り出す。

が気持ちのままに手を伸ばした。

そして、紅くなった顔で天を仰ぐ典韋の首にぶら下がるように抱きつくと。

「ありがとう…典韋」

はにかんだ笑顔で典韋の頬に口付けを落としたのだった。















祭りが終わり、帰宅の途に着く二人。

すっかり夜の帳が下り、少々冷え込んだ空気が場を支配する中。

二人は互いの手を握り合い、歩いていた。



「ねぇ…典韋。 あの時…夏侯惇様は何て言って離れたの?」

「あぁ…あれはだな…」



典韋が夏侯惇の口調を真似して『あの時』の再現をした。



「近頃…兵士達の間でがいい女になった、という噂が立っている。

もたもたしていると、他の男に奪われるぞ…典韋」



「…だとよ」

「クスッ…」



が照れ笑いを浮かべながら典韋の腕に絡みつく。

そして…少々色は戻ったが、依然赤いままの典韋の顔を見つめながら心の中でそっと呟いた。







強くなりたい。

その気持ちは今も変わらない。

だけど…今は…。

『戦って死する事』を全うするが為に、ではなく。

隣で笑ってくれる男(ひと)の為に。



私に笑顔を戻してくれた、貴方の為に…。



この想いも。



もっと強く………。





「典韋…。  だいすき」













劇終。




※桜桃=さくらんぼ(一応)



アトガキ


リクエスト夢。
『Gracia』の管理人であるユラちゃん(ぇ)への献上物です。

まず謝罪させてください。(またか!
やたら長いです。 ウチのデフォルトヒロイン『英蓮』を友情出演させてます。
惇兄をギャグの対象にしてます。コッパゲさんのキャラが微妙にずれている気がします。
そして…少々まとまりのない話になってしまいました orz
ユラちゃん、本当にごめんなさい(汗

リクエスト内容は…。
お相手は典韋で、付き合い始める前からのお話をほのぼのタッチで。
ということでした。
しかし。
ほのぼのどころか…少々ギャグが入っちゃいました(汗
それでもトータル的にはほのぼのかな、と。
とりあえずはヒロインちゃんの心の変化が書けて満足ですよ、私ゃ(殴

ユラちゃん♪
此度は楽しいリクエストをありがとうございました。
このようなものでよければ(殴
宜しかったらお持ち帰りください(ダラ汗


少しでも楽しんでいただけたら幸いです☆
最後に、ここまでお付き合いくださってありがとうございました!



2007.5.26     御巫飛鳥 拝



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