―――  確かさに満ちたヨロコビ ―――








 暗闇の中でじっと目をこらし、身を固くして、は隣で眠る情人の寝息にひたすら、神経を尖らせていた。
 (……間違いないわ……絶対に、間違いない)
 先程、彼女の家に来るやいなや、こてんと横になって寝息を立て始めたそのひとを起こさぬよう、彼女はきりきりと、歯噛みをした。
 (間違いない。子龍は絶対、絶対、絶対、浮気、してる)
 この野郎、だったらさっさと言いやがれ。
 そう心中で吐き捨て、いっそのことちょん切ったろか、と無駄な怒りを燃え立たせ、はその夜も一晩中、悶々とし続けた。
 
 
 
 同僚、という関係のみであれば、と趙雲の付き合いは長い。
 劉備傘下の将として、共に励まし合い、時には反目し合い、お互いに武を磨いてきた。
 ―――筈なのだが。
 (男女の仲、となるとそう簡単に行くわけがないわね)
 その日、いつも通り、と言うよりもいつも以上に部下達をきっちりと鍛え上げ、今日の様は特に気合いが入っておられましたが、何やら御気色すぐれぬご様子なのは、もしや月に一度ご来訪のお客様が今月に限って質が悪く絡んでくるからですか、と無邪気に聞いてきた副将に膝蹴りをくれ、むっつりと鍛練場を後にしたは、やっぱりあのまま『友達同士』でいた方が良かったかも、と鬱々としつつ歩を進めていた。
 もともと、初対面の頃から趙雲に対しては見目の良い男子だな、観賞用にでもしておくか、という意識程度だったし、向こうも、どうしては女になど生まれてきたのだ、男で生まれてきたらさぞかし喜ぶ女性も多かっただろうに、と大真面目に言ってきた事もあったぐらいで、色気のある雰囲気にはなりにくい二人でもあった。
 それが、どうして閨を共にするような間柄、に発展していったのか。
 それを、はきとは、にも未だに説明出来ない。気が付くとそうなっていた、としか彼女には言いようがない。
 (……あいつ、今日もわたしの家に来る気かしら)
 何をするわけでもなく、ただ自分の家に来て、そのまま寝てしまう現在の趙雲の真意が、ほとほとには計り知れない。
 いや、本当はおおよその見当は付いているのだ。それを認めたくないだけで。
 趙雲は、ここ数ヶ月、には指一本、触れては来ない。
 以前は、今日は疲れ果てているから勘弁してくれ、と泣きつこうが、今夜はソノ気になれない、と突っぱねようが、お構いなく家に上がり込んで好き放題、の肌身を貪っていた男が、手の平を返したように今は放置を決め込んでいる―――と来れば、その理由はただひとつ。
 他に、好きな女が出来た、という事だ。
 だったら、自分の家でゆっくり寝ればいいものを(ついでに気に入った女を共寝の相手にすればいいものを)、相も変わらずやって来て、同じ布団で寝ている(だけの)趙雲に、は腹を立てていた。
 (ま、別に恋人同士だってわけでもないし。むかつくと言うのもおかしな話なんだけど。でも…でも、だったらきちんと、終わりにしようとか言ってくれればいいのにさ)
 お互い、相手が初めて、というわけでもない。趙雲にも、にも、過去には関係を持った異性もあったし、恋愛関係の悩みを相談し合った事もある。
 どういうわけか、二人とも、恋が駄目になる原因に共通点があった。最初のうちはうまくいくのだが、次第に相手からの束縛が厭わしくなって自然と距離を置いた事もあったし、逆に相手からそういうひとだとは思わなかった、などという意味不明な幻滅をされて離れて行かれた事もあった。
 (わたしも子龍も似ているのかも知れないな……だから、自然とこうなったのかな……)
 中庭に面した廊下の手すりにもたれ、ぼんやりとは考えた。
 二人とも成熟した大人同士だったし、今更子供じみた焼き餅を持つなどおかしい。
 割り切った関係、とまではいかなくても、もし趙雲に、他に気になる女が出来た、と言われれば、悲しいには悲しいが、さっぱりきっぱりと彼を送り出して、自分も次の恋に進もうと彼女は決めている。口に出しては言わないが、向こうもそうだろうとも推測している。
 趙雲とはそういう、後腐れのない、お気楽な関係でいられると思っていただけに、今の宙ぶらりんな、後にも先にも動けないこの状態が、には堪えがたいのである。
 その時、ぽん、との肩を叩く者がいた。
 「……あぁ?」
 「どうしたどうした。、ガラにもなく黄昏れちゃったりして」
 気持ち悪いからやめとけよ、とがっはっはと笑っているのは、昔からの悪馴染みである簡雍であった。
 「……憲和。殴られたい?」
 「遠慮しとくよ。俺、おまえや張飛と違ってか弱い文官だからさ。そんなんされたら死んじまうよ」
 どこがよ、と毒付くに、簡雍は今夜久し振りに、いっちょ行っとく?と、くいっと盃を干す仕草をした。
 「いいけど……あんたと二人はいやよ」
 あんた酔うと下ネタ大炸裂するんだもん、とふて腐れるを誘い、歩き出した簡雍の背中越しに、その時、現在の頭を悩ませている張本人、趙子龍その人が見えてきた。
 (………あいつ。相変わらず華やかな事で)
 彼は一人ではなかった。数人の女官に囲まれているその姿を目に入れ、はいい気なもんだと上瞼を真っ平らにする。
 自分との付き合いに飽きたなら。
 他に、目がいく相手が出来たなら。
 さっさと、言って欲しい。律儀に家に来ないで欲しい。一緒に寝たりなど、しないで欲しい。
 「俺と二人が嫌なら、誰か誘おうか、
 「そうね」
 わざと、は大きな声を出した。
 「姜維殿なんか、いいんじゃない?」
 「ええ?姜維?やめとけよ、あいつ見た目と違って酔っ払うと絡んで来るんだぞ。悪い酒だ、知らないのか?」
 「いいじゃないの」
 自分でも、子供じみた、と思っている。
 思っているけれど、は何処吹く風、という顔を作り、だって可愛いんだもんあのひと、と言っていた。
 趙雲が、ぱっと顔を上げて自分を見ているのを承知の上で。
 「若くて、可愛い男の子と久し振りでわたしも飲みたいわよ。美形の男の子と飲んだら、さぞかしお酒も美味しいと思うわ、ああ楽しみ」
 「そらまあ…あいつもおまえと機会があったら話をしたいとか言ってたし……って俺と二人で飲むのがそんなに嫌なのかよ!」
 「むさい憲和だけじゃ嫌。あ、そうだ、馬超殿と馬岱殿も誘おうかなあ。たまにはあの人達ともお話もしてみたいしね」
 切り出さないなら、こちらから水を向けてやろう、とは思った。
 趙雲はあれで、やや気遣いの細かいところがある。彼女に言わせると的外れもいいところ、なのだが、女の自分から言い出さないうちは、自分から別れを口にしないという主義なのかも知れない。
 だとしたら。
 もう終わりにしよう、と言いやすくしてやるのも、思いやりのひとつではないか?
 その方が、はっきりしない、うやむやの状況のままいさせるよりは、余程、親切というものだ。的外れな配慮ではない。そう思った。
 「あら、子龍じゃない」
 にこやかに、は趙雲の近くまで歩み寄り、ぽん、と気安くその肩を叩いた。
 「
 彼が何か、言いたそうにしていた。
 おそらく、今の話を彼も聞いていた筈だ。ならば私も、と言い出しかねない。
 そうはさせるか、とは目だけで笑いかけ、あんたは来ちゃ駄目よと釘を刺した。
 「わたしは、今夜は、『可愛い可愛い姜維殿』と飲みたいの。ま、そういう事で。あんたも適当に楽しんじゃって」
 おいおい、いいのかよ、と、簡雍が囁いてくる頃には、はまるで徒競走をしている人のように物凄い速さで、物凄い形相で執務室に向かって移動していた。
 「いいのよ」
 「いいのかよ。あれ、なんか誤解してないか?」
 いいの、と言っては扉を脚で開けた。
 と趙雲の関係を、簡雍は知っている。ヘンな勘違いしてないと良いけどな、と言い差す彼を、は呆れたように見やった。
 「何言ってんのよ。先に誘ってきたのはあんたじゃない」
 「そうなんだけどなあ」
 「別に、末を誓い合った仲なんじゃないんだから。わたしも、子龍もね」
 そう言い放つ彼女に、簡雍は何かを言いかけたようだったが、邪魔よ、と追い払われて苦笑いをしつつも退散した。



 そんなわけで、その日、簡雍と痛飲し(姜維は悪酔いすると日頃の鬱憤が愚痴という形になって現れるので、その夜は呼ばない事にした。そらまああの丞相に四六時中こき使われてるんじゃそうなっても仕方あるまい、ちったぁ同情するがなとは簡雍の言である)、フラフラのヘロヘロでが自宅に戻っていったのは、既に日付は翌日に回り、そろそろ鳥が鳴き騒ごうかという時刻に差しかかっていた頃だった。
 「ふふふふー。子龍が、なんだぁー。男はアイツだけじゃ、ないんだぞぉー」
 などと、負け惜しみのような景気づけを一人呟きながら、あっちへよろよろ、こっちへよろよろしつつ門の辺りにまで差し掛かったは、その下で腕組みをして立っている人物の姿を見とめ、ぎょっとした。
 「な……何してんの子龍」
 「……酒臭い」
 つかつかとの傍に歩み寄り、くん、と匂いを嗅いで眉根を寄せた趙雲に、はふん、と鼻で笑ってみせる。
 「飲んでたんだもん。そりゃ酒臭いでしょうよ」
 「……姜維殿と飲めて、楽しかったか」
 「あんたの知った事じゃない」
 「こんな時間まで、しかも女の身で酩酊して、みっともないとは思わないのか」
 「だからあんたの知った事じゃないって言ってるじゃないの」
 どうしてそんな事を言われなくてはならない。むかっとして眼前に立ちはだかる趙雲を押しのけ、家に入ろうとしたは、ぐいっと手を掴まれて目を剥いた。
 「………話がある。
 「あ、っそ」
 遂に、話す気になったか。どこか、後ろ暗いような安堵感は、ずんずんと自分の手を掴んだまま奥に入っていく趙雲の姿で消えた。その背中を見ながら、此処で話せと喚いた。
 恋人関係ではない、と思ってはいても、部屋の中で縁の切れ目を言い渡されるのは、やはり、辛い。
 引導を渡されるなら、今、この場の方が良い。部屋の中で膝付き合わせてそんな事になったら、きっと自分は取り乱してしまいそうだし、そうなったら無駄に親切なこの男は慰めるだろうし、そんな相手に泣きつきたくもないし、そうかと言って彼が立ち去った後、その残り香を感じながら嘆くのもとても惨めだし、だったら、外で話だけ聞いて彼を門から叩き出し、ゆっくり、自分の部屋で泣けるだけ泣いて、それですっきりしたいのだ。
 「……お前には」
 誠意、というものがないのか、と吐き捨てられ、は度肝を抜かれた。
 「せ……誠意?なに、それ?」
 「火遊び程度の相手だとしても、此方にも男の意地がある」
 全くもって意味不明。摩訶不思議。呆気に取られただったが、部屋に連れ込まれて牀の上に突き飛ばされて、あやうく彼女は先程胃に収めた酒が逆流しそうな思いを味わった。
 「なっ…何をす」
 「話、だ」
 これの何処が話?!別れ話なら、きちんと椅子に座って向き合って、落ち着いてするべきものではないか?それとも何か、彼の『話し合い方』とはいわゆる、ハダカの付き合いと呼ぶような類なのか?こう、相手にのしかかって帯を解いて首筋に舌を這わせるのが彼の流儀なのか?嫌な流儀だ。
 「バカッ!何すんのよ、嫌だったら!」
 「煩い。少し黙れ」
 「い、嫌だーっ!子龍のバカ、変態、強姦魔―っ!」
 「お前に言われたくはない」
 お前のような不実な女にはな、とせせら笑われ、はどっちがじゃー!と絶叫する。
 散々、好きにしておいて。
 散々、抱くだけ抱いておいて。飽きたらちっとも触ってこなくて。きちんと別れるのか、続けるのかもはっきりしてくれなくて。自分の家を寝るだけの別宅化しておいて。何が不実、だ。
 そう叫んでも、罵っても、趙雲は平気での衣服をむしり取っていく。びり、という音までした。破けたらしい。お気に入りの服を!と非難する場合ではなさそうだった。むしろ、その余裕すら徐々に彼女の中からこそげ落ちていく。
 「あ…い、いや…だってば!」
 幾夜も馴染んだ(それも最近ご無沙汰だったが)行為のお陰か、趙雲の指先と舌先の動きは、驚く程的確にの快楽の導火線に火を灯す。弱い膝の裏を、くすぐるように愛撫されて全身が震え、は悔しさに泣きそうになった。
 こんな時に。
 今更。
 もう駄目かも、という時になって。
 こんな真似をする。
 卑怯だ。
 汚い。
 大嫌い。
 「……嫌か」
 そんなの耳許に唇を付けて、趙雲は言ってきた。
 「私とこうするのが、は、嫌か」
 「……いやよっ!離せっ!こんちくしょー!」
 「では、何故、私とこんな関係になった?」
 「知るかっ!この、最低男!ド下手くそ!色魔!」
 頭に血が上っているせいか、はそう悪罵を投げつけられた瞬間に変わった趙雲の目の色に気付かなかった。色魔、の次に早漏、と言おうとしたのだが、それは不発に終わった。ある意味、男にとって最上の屈辱を与えないでおいたのは幸運だったとも言えるが。
 「ひゃ……っ!」
 ぐちゅり、と水音がした。趙雲があまり優しさを感じられないような仕草で、の脚の間に手を差し入れてそこを嬲ってきたので、彼女の悪態は淡雪のように消えていった。
 「そういう最低男にこうされて、こうなるお前も相当な最低女だ」
 「うっ……くぅ………」
 「下手くそとはな。下手で悪かったな。そういう相手にあれだけよがって見せたのは演技か、。だとしたらお前も私と同じ、いや、それ以上の色魔だぞ」
 「い、やっ!痛い…!」
 せいぜい痛がれ、という無情な言葉と共に、ぐいと趙雲はの脚を広げた。
 (こ、こ、この男は…!)
 少しでも、趙雲と別れるかも、と悲しがっていた自分がバカだった。別れを言いやすいように、なんて気遣った自分がアホらしい。
 目を閉じて、それでも声だけはこれ以上出すもんか、と歯を食い縛っていただった。
 が。
 「………だ」
 いつまで経っても、身体の奥にあの衝撃波がやって来ないので、薄々とは目を開けてみた。
 「駄目だ………っ!」
 (…はれ?)
 が見たもの。
 それは。
 先程までの悪辣さはどこへやら。すっかり小さくなって、背を丸めた趙雲の、悲しい後ろ姿だった。
 「……ど、どうした、の……?」
 何か、緊急事態でも起こったのだろうか。もしかして、趙雲のやる気を削ぐような、ヘンな物でもくっついてたんだろうか、と慌てて脚の間を見たが、そこには何の変異もない。少しあられもない様相を呈してはいるが。
 「な、な、何?ど、どうかした?」
 「………見るな」
 「へ?」
 「…た……ない」
 「はあ?」
 趙雲の背中ににじり寄り、耳を澄ませてみたが、彼の返答は小さすぎて覚束なかった。
 「何よ!何なの!」
 不可解さと苛立ちで不必要に大きくなったの声に、やけくそ気味に趙雲が、勃たない!と吼えるまで、少々、時間が掛かった。



 「あんた、馬鹿じゃないの」
 暫しの後。
 俯いたまま身じろぎもしない趙雲を椅子に座らせ、その前に茶を入れた湯飲みを置いて、は深々と溜息を吐いた。
 「勃たないならそう言えばいいのに………馬鹿みたい。子龍」
 「……言えるか、そんなもの……」
 ここ数ヶ月、まったくそういう兆しがない、という事実を苦心して聞き出したは、心の何処かで空気が抜けていくような感覚を覚えた。
 「…だからあんた、この頃ウチに来ても寝るだけだったのね」
 別にあたしとするのに飽きた訳じゃないんだ、と呟くと、趙雲に睨まれた。
 「飽きたのはそっちだろう」
 「あ?飽きてなんてないわよ。いつ言ったのよそんなもん」
 「…私とするのが嫌だ、と言っていたくせに」
 それは、無理矢理の、強姦まがいのソレが嫌だっただけで、と抗弁する間もなく、趙雲は、私とするのはうんざりだ、鬱陶しい、と言っていたくせに、とぐちぐち言い出した。
 「い、言ってないって、そんなの」
 「月英殿に言っていたじゃないか……聞いたぞ」
 「えっ?」
 遡る事数ヶ月前。
 そういえば、月英と雑談していた時、そういう話になって、しつこい男性は嫌だ、という事を言っていたような気がする、とは遠い記憶の頁を繰ってみた。
 「言ったっけ……?」
 「言っていた」
 たまたま趙雲が通りかかった時、が、今付き合っている男は(つまり趙雲)、こっちが疲れてるのにお構いなしに閨にもつれ込んできて困る、とぼやいていたのを聞いてしまった、という事らしい。
 「そういう時はただもう早く終わって欲しい、とか、こっちの身にもなれ、とか……」
 「あ。そ…そうだったっけ?」
 「私がこんな風になったのはそれを聞いてからだ、
 恨みがましく見上げられ、しかも、最近やって来たばかりの姜維殿を見ていると、何だか可愛くって気になっちゃう、などとその時にほざいていたので更に落ち込んだ、と続けられ、ぷっ、とは吹いた。
 「笑い事か!」
 「あ、ああ。ごめんごめん」
 「それからもう、どうやってもこんなだし……としたいのに…ちっとも……た…た、勃たないし」
 遂に、は机に突っ伏して爆笑し始めた。
 悪いとは思ったのだが、この男がどんな顔で、どんな思いで我が身の異常に悩んでいたのか、を想像すると、笑い死にしそうになる。
 「ご!ごめん!ホントにごめん…!」
 涙を拭き拭き顔を上げると。
 どこか、傷付いたような、ひどく、悲しそうな趙雲の表情が見え、再度ふるふると全身が笑いの発作により震え出しそうになった。
 「お、男の人って、案外、繊細なのね…」
 それにしても意外だった。
 この男が、そんな事で悩むなんて。
 もっと割り切った、さばさばした気持ちで自分との情事に臨んでいたのだと思っていたから。
 そう言うと、趙雲は憮然として、そんなつもりではないと言い切った。
 「私は、私なりに、お前との事を真面目に考えてきたつもりだ」
 「…うん」
 「遊びでも、割り切った付き合いでもない。少なくとも、私の方は」
 「何よそれ。わたしだってちゃんと考えてたもん」
 「嘘だ。は、ちっとも本気で私との事を考えてはいない」
 そうであれば、いつでも余所に行っても良いよなどとは言わない筈だ、と詰め寄られ、は頭を掻いた。
 「それはその…保険、みたいなものよ。子龍だって嫌でしょう、重たい女なんか。いつも、縛られるのは嫌だって言ってたじゃないの。昔から」
 「それは過剰に、という意味だ。のように言われてしまうと、自分はその程度の男かと辛くなる」
 「……うん…そうだね」
 「私に、本気ではないのかと……辛くなる」
 「…ごめん」
 は立ち上がり、趙雲の傍に近寄った。
 「子龍、ごめんね」
 膝に置かれた手を、そっと抱き込む。拗ねた子供のように、彼はそれを振り払ったけれど、彼女は構わずもう一度、同じ行動をした。
 今度は、彼も払わなかった。
 「けど、子龍だって、悪いよ?何にも話してくれなかったじゃない」
 「……男には面子がある…」
 「そういう、子龍のカッコ付けるとこ、わたし嫌だな」
 不能だろうが何だろうが、わたしは素直な子龍が好きだなあ、と言うと、不能と言うなと怒ったように趙雲はぶすくれた。
 「勃たなくたっていいじゃない。そういう事情だ、って分かっていれば、わたしだって子龍が心変わりしたんじゃないか、って不安にならなかっただろうし、さ」
 「…そもそもの元凶のくせに。威張るな、
 恥ずかしい白状をしたせいなのか、男としての矜持を傷付けられた故なのか、仏頂面をしている趙雲の膝の上に乗って、くすくすは笑った。
 そうか。
 だから、家に来ても寝ているだけだったのか。
 そういう身でありながら、律儀に一緒に寝ていたのか。
 閨がしつこい、他の男が気になる、と言うのを聞いて、拗ねてしまったか。
 いつも取り澄ましたような、一分の隙も見せてはくれなかったような彼のその姿を見て、は、身の内から相手を可愛い、と思えてしまった。
 「出来なくても、さ。わたし、こうしているだけでも充分、だよ?」
 そう言って、趙雲の背中に腕を伸ばし、かるく、抱いてやると、同じような仕草が返ってくる。
 「…ごめんね。子龍」
 「…ああ」
 「わたし、卑怯だったね。ちゃんと、あなたと向き合わないでいて、文句言えないよね」
 「それは……私も同じだった」
 わたし。
 あなたが、とても好きよ。
 そう言うと、すぐ目の前で、じっと、自分を見つめ返す趙雲の黒い瞳が揺れるのが分かった。
 「ちゃんと、始めようね。何だか…何だか、一緒にいる時間が当たり前過ぎて…口で言うのも照れ臭かったけど。好きよ、子龍。わたし、あなたがとても好きよ」
 「…
 ん?と聞き返すと。
 「それは…その言葉は嬉しいが。
 出来たら。
 出来ることなら、愛している、の方が良い、と返されて、は趙雲の頭をはたいた。
 「女の方から言わせる気?!ま、いいや……愛してるわよ、子龍」
 「…もっと」
 「……愛してる、よ?」
 「もっと」
 「…愛、してる…」
 この男が、半端なく単純で、しかも図に乗る質だということも、はその夜知る事となった。
 すっかり、『立ち直った』らしい、勃然と熱を晒し始めた趙雲によって。
 今回は、迷いも躊躇いもない、明確な、確かさに満ちた彼の意志が、自分の身体の内部に埋め込まれることによって。



 「……嘘つき……」
 「……何が?」
 すっかり陽が高くなった室内。
 汗ばんだ趙雲の身体の下で、かすれ上がった声を上げ、昨日まで不能だったヤツがここまでするか、とは毒付いた。
 「もっ…しつこ……いって…ば!」
 「それはお前の責任でもある、
 弱々しく空を蹴るの脚を肩に引っかけ、趙雲はうっそりと笑った。
 「この数ヶ月、欲求不満でどうにかなりそうだったからな。責任は取ってくれ」
 「あっ…!も、も、もう、む、無理!無理……ぃあ…っ!」
 これが『終わったら』今度はお前が上だ、と決められて。
 この、色魔人!というの悪罵もまた、喘ぎに消されていった。





* FIN *






*** あとがき ***


 飛鳥さんより頂いた、78674(悩むなよ)キリ番リク、子龍夢です。
 お題は、飛鳥さんよりのご提供で、『確かさに満ちたヨロコビ』で。お相手は、趙雲の同僚、というか創作武将です。

 と言うか。
 すいません、飛鳥さん、子龍さんをイ○ポにしちゃいました(ラーラーラーバー○エール♪)。
 全国の趙雲ファンに刺されそうな気がします。いや、スイマセン…スイマセン、ほんとにスイマセン……。
 意外と、趙雲はこういう情けないところがありそうな…いや、何でもないです、ないです、そんなもん、私の頭が腐っているだけです。
 たまには、こういう格好悪い趙雲もアリかと。(私の書く趙雲は大抵情けない)

 いつもお世話になっている飛鳥さんに、せめてもの御礼の気持ちをこめて。
 そして、これを読んで下さった方が少しでも、楽しんで下さる事を祈りつつ……
 最後まで読んで頂き、ありがとうございました!撤収!

  07/08/25(Sat) 新城まや 拝



↓ここからは管理人から↓

新城さん、此度は私のリクエストにお応えくださってありがとうございます。
実は…ずっと以前からアクセスする度に語呂合わせ(こじ付け、とも言う)をしておりました。
それが今回…ネタとも言うべきキリ番を踏んだので早速リクエストさせていただきました。
しかもエロが入っていればなんでもOKなどと不埒な事まで…(汗

…ふぎゃっ!?
これは最初に読んだ時の私の叫びです(猫が誰かに踏まれた時の声ではありません)。
新城さんのところの子龍さんは基本的に色気があって大好きなんですが…。
このような母性本能をくすぐられるような子龍さんもいいっ!
ヤキモチ、拗ねる、イ●ポ…。
そんなこととは縁遠そうな彼が新城さんの手にかかるとイチコロっすねwww
存分に楽しませていただきました!

積もる話はこの辺で…(汗
新城さん!
今回は私のワガママにお付き合いくださってありがとうございました。
一生のお宝とさせていただきますねwww

ここまでお読みくださってありがとうございます。
では私もこれにて撤収!

2007.08.26  御巫飛鳥 拝礼

お手数ですがブラウザを閉じてお戻りください。